横浜での所用のついでに横浜みなとみらい地区から山下公園へと散策してきました。
桜木町から汽車道を経て新港パークに出てみると、潮風が吹き抜けており、いつも賑わっている「ぷかり桟橋」には人影もなく、ぷかりぷかりと揺れて静かな晩冬の港風景が拡がっていました。
海上保安庁の前には、「ララ(Licensed Agencies for Relief in Asia) 」物資の記念碑があり、説明板によると、第2次世界大戦後に全米の海外事業運営篤志団からアジア諸国へ食糧や衣料品などの救援物資が送られ、6年間にわたってこの新港埠頭に荷揚げされたそうで、「ララ」の功績を後世に残すために建立された記念碑です。
先週もスケッチに訪れていたが、この日は赤レンガパークでも、散策する人影は少なく 大桟橋にも着岸している客船もなく寂しさを感じるほどで、館内の店舗を歩いてみると閑散としていたが、倉庫の外観は何度見ても重厚で、特に窓の形が何とも言えない風情があり、スケッチしたくなる題材である。
象の鼻パークから山下公園へと向かうと、こちらも静かな公園風景でしたが、入口の一角にあるインド水塔が目を引く存在で、関東大震災で被災したインド人への救済の感謝の印に寄贈されたもので、特に内部天井の模様は実に美しいものでした。
さらに岸壁に沿って歩くと、今日もカモメが波に乗ってチャップチャップ浮かぶ姿が実に愛くるしく、山下公園の定番の光景が見られていた。
また、山下公園のシンボルである氷川丸の錨にも、カモメの水兵さんが号令でもかかったように、整列して羽を休めていたが、「かもめの水兵さん」の歌詞通りの情景が望められ、 「白いぼうし 白いシャツ 白いふく・・」 の詩は、まさにこの光景から生まれたようですね。
氷川丸の桟橋には、ひっそりと白灯台がありますが、これも山下公園の隠れたシンボルであり、山下公園のスケッチでは外せない主役でもある。
噴水公園で引き返して開港広場へと向かったが、公園通りのホテル・ニューグランド旧館はレトロな雰囲気があり、もっとも好きな建造物ですが、いつの間にか角にCafeの窓が改装されており、赤いひさしの窓が一層美しく映えていた。
山下公園は、知る人ぞ知る関東大震災の瓦礫や廃土を埋め立てて造成されたそうですが、開園以来約80年で、横浜の観光名所ともなっているが、折もおり東日本大地震の瓦礫処理がまだ5%と、復興のネックになっているようだが、何かヒントにならないのだろうか?と思いつつ関内へと向かった。