チームを去る選手の最初のあいさつは、今や最もレジェンドの中のレジェンドとなったGK野澤洋輔選手であった。
いつも明るい笑顔が魅力的であった。
笑顔で始めたが、言葉に詰まる場面もあった。
ぼくの大好きなアルビレックスのサポーターのみんな、10年間…やべえな、これ…(とつぶやき、目をぱちぱちさせる)…10年間ありがとうございました。
ぼくが新潟に来たとき、まだ練習場もこのビッグスワンもありませんでした。
あれから、みんなと一緒に戦った時間は、最高に幸せでした。
J1に上がれなかったこと、J2に落ちなかったこと、J1を決めたあの日、そして今シーズンもらったたくさんの声援。
全部が宝物で、絶対に忘れません。
新潟での「みんなのヒーロー」ノザは、これで見納めになりますが、後ろにいる今のヒーローたちの応援をこれからもよろしくお願いします。
(両手で顔を覆う)
(…両手を「バア」と言うように見せて、笑顔で)うそだよーん。
以上で~す。(と、明るく終わる)
Nスタンドには、ずっと次の横断幕が掲げられていた。
「野澤洋輔と過ごした日々は新潟の宝物 いつまでも俺達のヒーロー。」
野澤のあいさつには、初期の苦労話もあった。
確かに、練習場もなく公園で練習したこともあった時代のことである。
最初のビッグスワンの試合で敗れたとき、大泣きしたキーパーは野澤だった。
J2最終戦でJ1昇格を決めたときも、GKは野澤だった。
その苦労にふれながら語るとき、共に歩んだサポーターたちの心を震わすものがあった。
その野澤のチャント(応援ソング)は、「オレたちのヒーロー」と野澤のことを歌っている。
その彼が、チームを再び去るに当たって、チームの後を継ぐメンバーたちのことを「後ろにいる今のヒーロー」と呼び、その応援をお願いして去って行く野澤。
そして、感極まって泣く真似をして、「うそだよーん。」
…と、明るさを忘れない彼だったが、あいさつを終えた後は、目もとをぬぐった瞬間があったことを観衆は見ていた。
彼のあいさつが終わった後、場内には、彼のチャントが響き渡った。
次は、小川佳純選手だった。
いつも冷静に熱く燃えながらプレーした彼。
あいさつも、実に簡潔で無駄がなかった。
2017シーズンの途中に加入してから今日まで応援してくださったファン・サポーター、ボランティア、スポンサーの皆様、応援ご支援ありがとうございました。
昨シーズン、今シーズンと、J1昇格という目標を掲げて挑んだシーズンでしたが、目標が達成できなかったことが非常に悔しく、皆さんの期待に応えられなかったこと、本当に申し訳なく思っています。
そんな自分にもあいさつの機会を与えてくれたクラブに感謝しています。
今シーズン限りで新潟を離れることになりますが、またどこかの地から、来年新潟がJ1に昇格するというのを願っています。
本当に、2年間半ありがとうございました。
周囲への感謝と、J1昇格を内遂げられなかったことへのお詫び。
あいさつの機会があるということの特別さを自覚して、それに対するクラブへの感謝。
そして、またどこかの地から、来年新潟がJ1に昇格するというのを願っているという、主将まで務めたこともあった立場をわきまえた上での言葉が並んだ。
実に無駄がない。
いかにも、責任感が強い小川らしいあいさつだった。
その彼には、次のような横断幕が、Nスタンドに掲げられた。
「強い覚悟と責任感でチームを引っ張った小川佳純に最大限の感謝を。」
…ところで、この最終戦から2日たった今日26日、契約満了選手たちの発表が相次いだ。
サムエルサントス、パウロンの両ブラジル人選手、第2GK田口、そして浦和を出てから7年間も新潟でプレーした田中達也まで…。
ある種仕方がない、当然かもしれないと思いながら、田中達也まで出て行くとなると、経験豊富なベテラン選手がいなくなってしまうことを意味する。
何より、野澤、矢野、小川、ヨンチョル、達也…と、新潟のために献身的にプレーして愛された選手たちが、一斉にいなくなってしまうことのさびしさは、サポーターにとって、とてつもなく大きい。
いつも明るい笑顔が魅力的であった。
笑顔で始めたが、言葉に詰まる場面もあった。
ぼくの大好きなアルビレックスのサポーターのみんな、10年間…やべえな、これ…(とつぶやき、目をぱちぱちさせる)…10年間ありがとうございました。
ぼくが新潟に来たとき、まだ練習場もこのビッグスワンもありませんでした。
あれから、みんなと一緒に戦った時間は、最高に幸せでした。
J1に上がれなかったこと、J2に落ちなかったこと、J1を決めたあの日、そして今シーズンもらったたくさんの声援。
全部が宝物で、絶対に忘れません。
新潟での「みんなのヒーロー」ノザは、これで見納めになりますが、後ろにいる今のヒーローたちの応援をこれからもよろしくお願いします。
(両手で顔を覆う)
(…両手を「バア」と言うように見せて、笑顔で)うそだよーん。
以上で~す。(と、明るく終わる)
Nスタンドには、ずっと次の横断幕が掲げられていた。
「野澤洋輔と過ごした日々は新潟の宝物 いつまでも俺達のヒーロー。」
野澤のあいさつには、初期の苦労話もあった。
確かに、練習場もなく公園で練習したこともあった時代のことである。
最初のビッグスワンの試合で敗れたとき、大泣きしたキーパーは野澤だった。
J2最終戦でJ1昇格を決めたときも、GKは野澤だった。
その苦労にふれながら語るとき、共に歩んだサポーターたちの心を震わすものがあった。
その野澤のチャント(応援ソング)は、「オレたちのヒーロー」と野澤のことを歌っている。
その彼が、チームを再び去るに当たって、チームの後を継ぐメンバーたちのことを「後ろにいる今のヒーロー」と呼び、その応援をお願いして去って行く野澤。
そして、感極まって泣く真似をして、「うそだよーん。」
…と、明るさを忘れない彼だったが、あいさつを終えた後は、目もとをぬぐった瞬間があったことを観衆は見ていた。
彼のあいさつが終わった後、場内には、彼のチャントが響き渡った。
次は、小川佳純選手だった。
いつも冷静に熱く燃えながらプレーした彼。
あいさつも、実に簡潔で無駄がなかった。
2017シーズンの途中に加入してから今日まで応援してくださったファン・サポーター、ボランティア、スポンサーの皆様、応援ご支援ありがとうございました。
昨シーズン、今シーズンと、J1昇格という目標を掲げて挑んだシーズンでしたが、目標が達成できなかったことが非常に悔しく、皆さんの期待に応えられなかったこと、本当に申し訳なく思っています。
そんな自分にもあいさつの機会を与えてくれたクラブに感謝しています。
今シーズン限りで新潟を離れることになりますが、またどこかの地から、来年新潟がJ1に昇格するというのを願っています。
本当に、2年間半ありがとうございました。
周囲への感謝と、J1昇格を内遂げられなかったことへのお詫び。
あいさつの機会があるということの特別さを自覚して、それに対するクラブへの感謝。
そして、またどこかの地から、来年新潟がJ1に昇格するというのを願っているという、主将まで務めたこともあった立場をわきまえた上での言葉が並んだ。
実に無駄がない。
いかにも、責任感が強い小川らしいあいさつだった。
その彼には、次のような横断幕が、Nスタンドに掲げられた。
「強い覚悟と責任感でチームを引っ張った小川佳純に最大限の感謝を。」
…ところで、この最終戦から2日たった今日26日、契約満了選手たちの発表が相次いだ。
サムエルサントス、パウロンの両ブラジル人選手、第2GK田口、そして浦和を出てから7年間も新潟でプレーした田中達也まで…。
ある種仕方がない、当然かもしれないと思いながら、田中達也まで出て行くとなると、経験豊富なベテラン選手がいなくなってしまうことを意味する。
何より、野澤、矢野、小川、ヨンチョル、達也…と、新潟のために献身的にプレーして愛された選手たちが、一斉にいなくなってしまうことのさびしさは、サポーターにとって、とてつもなく大きい。