これにキスや野菜などの天婦羅がついて蕎麦はセイロかカケ。セイロを頼んだが本格的な信州そばで本当に旨い。これで1100円とはありがたい。
蕎麦前とは蕎麦を手繰る前に一杯やることだが、酒肴のメニューも旨そうなのが並んでいた。次から次へと客が来て忙しそうだったので聞かなかったが店名と一品メニューの野沢菜から想像するに、このオーナーシェフ夫婦は信州出身だろう。
酒のメニューも豊富で夜にも来たいが、年金生活者には日本酒の価格帯は残念ながら無理だった。夜は現役バリバリの皆さん相手のなかなか素敵な店なんだろうと思う。
Grand Canyon from the Stratosphere! A Space Balloon Story
行方不明になった風船につけたカメラをハイカーが2年後に見つけたら、こんな画像が残っていた。引用元。
こわー。近寄らんほうがいいな。→「報復人事」恐れる日大教職員組合 #ldnews https://t.co/uJezpjolPQ
— 落合洋司 Yoji Ochiai (@yjochi) 2018年6月28日
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銀座の熊本県のアンテナショップでKさんに買っていただいた「ホシサン」の麦味噌。これまで使っていた味噌が終わったので勇躍登場。味噌のストレートの旨さがわかる食べ方をしてみた。自らを主張する強さはなく、しかしさりげない旨味が毎日食べたいと思わせる味噌だ。一回食べだすとづっと続けて使いたくなると伺ったがなるほどと思った。熊本に旨いものありの一つだ。
The Orange oakleaf, Indian oakleaf, or Dead Leaf butterfly (Kallima inachus), is striking for its beauty and boasts incredible camouflage.
“動く中吊り” 週刊文春7月5日号
「週刊新潮」食べてはいけない「国産食品」は本当に食べてはいけないのか?
「週刊新潮」食べてはいけない
「国産食品」は本当に
食べてはいけないのか?
▼新潮記事に評価書を引用された内閣府食品安全委員会の困惑
▼ハムほか加工肉危険の根拠「相乗毒性」は「人体に影響なし」
▼東大名誉教授は「新潮記事に科学的信頼性はありません」
▼冷凍食品・レトルト「うまみ調味料で味覚障害」はエビデンスなし
▼危険ハム1日120枚 ソーセージ60本でも上限超えず
▼牛肉にも含有トランス脂肪酸が心配なら菓子パンより食パン
▼新潮コメント識者も「消費者の不安を煽る記事で粗がいっぱい」
ワイド特集 スクープ半端ないって
ドンファン妻独占告白でフジテレビが支払った“交通費”
木南晴夏と電撃婚 玉木宏 条件は「4億円豪邸で母と同居」
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「私はヒアリに刺された!」被害者が語る未体験の“痛み”
メラニア夫人「どうでもいい」ジャケットはZARA製39ドル
関東に来たからには普通に鯉の甘露煮(うま煮)を食べることが出来るだろうとネットで検索したが、なかなか高級な店以外ヒットしない。でもなんとか赤羽の居酒屋の通常メニューにあることがわかった。しかも鯉の洗いや鯉こくまでもあるらしい。赤羽という地名は昔から聞いたことはあるが行ったことはない。調べると上野で高崎線に乗り換えて二駅目だとわかった。先日、上野の台湾フェステイバルに行ったおりふとそうだ赤羽にいってみるかという気になった。赤羽駅を降りて一番街に向かって歩き出すと
夕方4時前というのに飲み客と見える人が何人か同じ方向に歩いている。はじめ方向を違えたが「まるます家」が見つかった。
店はほぼ満員だった。男女の比率がほぼ半々なのに驚く。食べ物がうまいので飲まない女性たちもよくここに来るようだ。
早速、鯉のうま煮と芋焼酎のお湯割りを頼んだ。焼酎一杯350円というのもうれしい。うま煮は800円。
焼酎のお代わりと鯉の洗い400円を追加した。客はいわゆる老若男女が入れ代わり立ち代わりだ。
気持ちよくほろ酔い加減になりお代1900円を払って店を出た。
なかなか大きな駅だった、赤羽駅は。
うま煮は期待したほどではなかったが、時々鯉が食べたくなる信州ルーツの阿智胡地亭としてはこの店は時々来ることになるだろう。
ご希望の方がおられればご一緒しましょう。やはり茅野で食べたうま煮や京都錦市場のそれとは調味料やかける手間暇が違うのだろうが、それはそれで仕方がない(笑)。
京都錦市場で買った鯉の甘露煮 大きいのが1000円、もう一つが900円だった。2014年11月当時。
子持ち鮎
ハモの照り焼き 1200円
串かつ54年、さらば神戸の人情屋台 常連客「昭和文化遺産だった」
神戸市東灘区、阪神御影駅北側にあった屋台の串かつ店「いくちゃん」がこのほど、54年の歴史を閉じた。路上に漂う油の香りと電灯が照らし出すのれんは、長年親しまれた駅前の名物だった。新鮮な食材を目の前で揚げる味、そして立ち飲みならではの気楽さが多くのファンをつくり、知らない人同士が自然に談笑した。常連客らは「長い間、本当にお疲れさま」と店主をねぎらっている。(松岡 健)
いくちゃんは、店主の北本良三さん(80)が1964(昭和39)年、阪神御影駅の南側で始めた。35年ほど前からは駅のすぐ北側で営業してきた。屋号は妻郁(いく)さん(80)の名前から。狭い木のカウンターがある屋台は7、8人が囲むといっぱいになるが、場所を譲るように入れ替わりながら、毎晩数多くの客が訪れた。牛、豚、鶏をはじめ季節の魚、レンコンや山芋といった野菜など20~30種類の食材をトレーに盛る。冬場のカキは伊勢から取り寄せるなど仕入れ先は選び抜いた。ソースも薬味を加えて独自の味わいにした。屋台には老若男女さまざまな人が集い、一期一会の輪ができた。夏は瓶ビール、冬は熱かんが並ぶ。仕事や接待で疲れて一息つきに来ると、北本さんは「ここは自分の酒を飲むところや」と温かく迎えた。だが横柄な客などには厳しく、注文を受けても「出すもんはない」とぴしゃりと返した。店を開けるのは夕方からで、冬場は足元から冷えてくるが、「熱いものを飲んだら大丈夫」と、雨の日と日曜祝日以外は揚げ鍋の前に立ち続けた。休みの日は趣味の登山を楽しみ、信州など各地に出掛けた。誘われた常連客は山の仲間に。六甲全山縦走大会は25回完走し、参加する客らのサポート役も担ってきた。体力を残しつつ店を閉めることは、5月の連休ごろに決意したという。同月末で閉店した。常連の一人で会社員の男性(51)は「駅で降りて一杯やって帰るのが日課だったので、心にぽっかり穴があいたよう。あの味はどの店よりもおいしかった。まさに“昭和文化遺産”だった」と惜しむ。仕事は一区切りとなったが、北本さんは仲間との山歩きは続けると話し、元気な笑顔を見せている。
阪神御影駅のクシカツ屋台 「いくちゃん」
震災のあと、また店を再開したことが神戸新聞などにも取り上げられた店だ。夕方、横を通るとき気になっていたが
常連さんで大概一杯で顔を突っ込んだことがなかった。しかし飲み仲間がなんと常連さんの一人とわかり
連れて行ってもらって、ようやく旨いと有名なクシカツを口にすることができた。独特の濃いソースは確かに
やみつきになる。レンコンと銀杏とクジラを揚げてもらった。そして岡成さんからウインナー、玉ねぎなど分けてもらった。
18時から約30分、ぬるかん2本でほろよいになってイタリアンの店に移動した。こうして飲み仲間の輪が広がり、
新しい経験をさせてもらえるのは謝謝、ナマステだ。
もう少し詳しい「いくちゃん」情報はこちら
体調不良で急遽不参加になった純さん、早く直してもらって、また行きましょう。
僕らが住んでいる東京って、改めて、どんな街なんだろう。「ほぼ日の東京特集」は、江戸東京博物館の館長を務める藤森照信さんと、糸井重里の対談からスタートします。 東京の街並みを長年に渡って観察してこられた藤森さんが、建築や歴史について語ってくださいました。東京の街が世界でも際立っていることが、「木でつくられていること」でした。(ほぼ日刊イトイ新聞)から引用。
東京という名の、広い森。 - ほぼ日刊イトイ新聞 https://t.co/TEk1aX2aiX
— achikochitei (@achikochitei1) 2018年6月23日
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江戸東京博物館の中は・・
「江戸東京博物館」の詳細はこちら(クリック)をどうぞ。
戦時中の下町風景。
家の中。
機銃弾の貫徹。鉄板がこれだから機銃掃射された人間は体がバラバラになったというのもわかる。
電熱器。会社に入った頃はまだ同じ型のものが売られており、工場の独身寮の個室に買った500wの電熱器を置いて、鍋でラーメンを作ったり、一夜干しをあぶったりしたのはいいが、部屋に吊るした作業着に魚の臭いが染み付いて、隣の席の女子社員に嫌がられたことを思い出した。酒を飲んで夜中に次々と帰寮する仲間が、飲んだ後のラーメンはうまいと言って部屋にきて、もう寝ている私の横でラーメンを作って食べていたこともよくあった。
スバルの最初の型式車も置いてあった。