聖金曜日にきくのは、ピーター・シーモアたちによる「マタイ受難曲」。表題の番号がBWV244ではなくBWV244bとなっているのは、バッハの自筆総譜(1736年稿)をもとにした「マタイ」ではなく、初期稿(1727年稿)にもとづいていることを示しています。この初期稿は、バッハの娘婿ヨーハン・クリストフ・アルトニコルによる筆写とされてきましたが、ペーター・ヴォルニーの研究では、アルトニコルの弟子ヨーハン・クリストフ・ファールラウの筆写とされています。
このBWV244bは、アリアの声域がちがっていたり(第30曲のアルトのアリアがBWV244bではバス)、通奏低音パートがひとつしかないなど、自筆総譜とくらべていくつかのちがいがみられます。そうしたBWV244bの録音には、すでに樋口隆一と明治学院バッハ・アカデミーや、ゲオルク・クリストフ・ビラーとトーマス教会合唱団、ゲヴァントハウス管弦楽団のアルバムもありますが、シーモアたちのアルバムはOVPPによるものとして注目されるところです。
ところで、第1曲中のコラールは、歌わずに、器楽のみで演奏されることもあります(シーモアたちは歌詞をつけて歌っています)。BWV244bでは、第1曲のコラールは譜表の最上段に「オルガーノ」とあり、歌詞のわりつけは不完全です。しかし、ヨーハン・フリードリヒ・アグリーコラの筆写譜(初期稿から派生したとみられる筆写譜)のように、詩全行がつけられたものもあります。とすれば、旋律のみで歌詞を暗示するよりは、やはり、ここはシーモアたちのように歌うべきなのでしょう。
CD : SIGCD385(Signum Records)