ジョシュア・リフキンとバッハ・アンサンブルによる「ミサ曲 ロ短調 BWV232」、ずいぶんひさしぶりにきいたのですが、まずその特徴をまとめてみると、
- リフキンの校訂譜(当時未出版)を使用
- 合唱の編成はソロ歌手のみのパート1人
- オーケストラの編成も第1ヴァイオリンをのぞきパート1人
です。
この録音の意義はなんといっても、録音としては世界初であろうOVPPによる演奏(OVPPについては「OVPPによる演奏」)、につきると思います。1981年11月の音楽学会で発表された、いわゆるリフキン説を実践した録音で、1981年12月31日から1982年1月11日にかけてニューヨークでおこなわれました。
リフキンたちの録音は1983年の「グラモフォン」の声楽部門を受賞していますが、発売後はその学説とともに賛否両論の嵐に。といっても、専門家も愛好家も、否定派のほうが圧倒的な感じでした。この録音に、1984年のパロットの録音(「パロットによるロ短調ミサ曲」)が続かなければ、リフキン説は埋もれる運命にあったかもしれません。
とはいえ、録音でリフキンに続いたのはパロットぐらいで、いわゆる古楽の世界でも、やはりOVPP、あるいはそれに準じたものはほとんどないまま(もちろんリフキン説はなお検討が必要)。古楽の演奏でも、ソロと合唱を分け、常識的なパート3~4人の合唱というもので、演奏家にOVPPが支持されるようになったのは近年です。
さて、リフキンの演奏ですが、やわらかく、軽快で、あたたかみのあるものです。いってみれば、リヒターの峻厳な演奏との対極にあり、緊張を強いられるところがあまりありません。ネルソン、ベアド、ドゥーリー、ホフマイスター、オプラハといった歌手(ほかに歌手が3人)もまずまずです。
ただし、リフキン説による演奏実践としては、どうしてもパロットの録音とくらべてしまいます。パロットたちの、パート1人~2人のきわだった合唱をきいてしまうと、リフキンたちの合唱は、あたたかいというよりぬるく感じてしまうのも事実。一石を投じたという意義は大だと思いますが。
バッハの日常といえるカンタータでのリフキンたちの演奏は、かなりきけるものもありますが、こと晩年のバッハの集大成といえる「ロ短調ミサ曲」だと、もうすこしひきしまった技術がほしいところです。したがって、やはりリフキンの「ロ短調ミサ曲」は、OVPPによる世界初録音の意義に集約されると思います。
なお、出版されたリフキン校訂譜(ブライトコップ社)を手にしながらきいたのですが、もともと録音のために準備された校訂譜ながらも、さすがに四半世紀をへて、録音時からはずいぶん修正されていました。録音時の校訂譜を期待して楽譜を購入したので、しかたないとはいえ期待はずれでした。
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