かねて紹介しますといってまだだった礒山雅の大著『マタイ受難曲』。この機をのがすとだらだらいってしましそうなので、受難週のうちに紹介しておきます。紹介するのは筑摩書房(ちくま学芸文庫)から2019年に発刊された『マタイ受難曲』で、これは東京書籍から1994年に発刊された上製本を文庫本として再刊したものです。管理人は東京書籍からの第1刷を所持しており、これにもとづき著者にいくつか指摘していたことがあったため、再刊後、すぐに入手しました。
筑摩書房第1刷と東京書籍第1刷を比較するとそのちがいは、東京書籍第1刷でみられた誤植(閉鎖された著者のウェブサイトにも正誤表が掲載されていました。これは画期的だったと思います)が修正れていたこと(第2刷以降で修正されていた可能性も)。また、補章の「レコード/CDによる演奏の歴史」に2007年までの分を2度にわたって補遺されていることです。ただ気になっていた誤植以外の指摘については、修正や補筆はありませんでした。
指摘したのは187頁の第8曲のソプラノ・アリアの説明で、著者がレチタティーヴォなしに「福音書記者の語りから直接導入されるのは全てのアリアのうちでもこのアリアと〈憐れんでください〉のアルト・アリア(第39曲)だけ」としているところ。じっさいには、「福音書記者の語りから直接導入される」アリアには「こうして、私のイエスは、今捕らわれた」(第27曲)があり、聖句からの「直接導入」ということだと「私のイエスを返してくれ!」(第42曲)があります。
4曲ともユダとペトロの裏切り(とその悔悟)にかかわる聖書の場面の直後で、バッハ(あるいはピカンダー、両者)の意図を感じます。メールでのやりとりでは、「まったく正当なご指摘で、気づきませんでした」ということだったのですが、なにせ20年近くまえのやりとりです、らしいといえば失礼なのですが、うっかり失念されたのか、それとも考察のうえのことなのか、いまとなっては著者が亡くなられたので不明です。
そんな指摘はともかく、安価(税込1980円)で入手しやすくなったので、バッハ・ファン、「マタイ受難曲」ファンでまだお持ちでないかた、必携です。