カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

観音寺の枝垂桜 &ご近所の一本枝垂れ

2012年04月07日 | ☆ ふるさと・大和

「この町の今年の枝垂れを写しているの」そんな私に、野原の観音寺さんの枝垂れが綺麗だと教えてくれた人があって出かけた。
あまりいいお天気でなかったが、「わが町の枝垂れシリーズ」を終わらせないと(実はまだまだ綺麗な枝垂れはあるのだけれど・・・)。
町の桜どころのソメイヨシノも一気に開花してきている。
私の、のんびりブログはどんどん追い越されてしまう。


観音寺さんの山門に立つと、本堂に掛かるアングルに簪のような可憐な枝垂れの枝が見えた。



境内に入ると、その枝がボリュームを増して本堂に花のお供えをしているように優しく見える。



見上げると、枝垂桜の花天井が、雲に覆われた空の代わりに、頭の上に華やかに覆いかぶさってくるようだ。



庫裏の方にお寺の方に声をかけて帰ろうと、境内を回ると、そこにも枝垂れが優しく差し掛かっている。
一本の古木が枝を広げて訪れる人を出会いの挨拶のように迎えてくれる。
奇しくも住職は私の新卒2~3年当時の教え子、87歳のお母様もとてもお元気で、長い時間懐かしい話しに花を咲かせて和ませてもらった。
枝垂桜は嬉しいご縁だった。



わが町の枝垂れ桜シリーズの最後は、ご近所の農家の一本桜。
前日の激しい嵐にも負けず、健気に優しく咲いています。4月4日撮影

デジブック 『ご近所の一本枝垂れ』
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続 わが町の枝垂れざくら 探訪 

2012年04月06日 | ☆ ふるさと・大和


南朝三帝(後村上、長慶、後亀山天皇)ゆかりの賀名生皇居跡の堀家の枝垂桜は、今ほころびかけたばかりだった。
今年は梅の花の開花も遅れたので、堀家の後方の梅林も満開状態で、梅と、桜の共生する季節となった。
4月4日の撮影だから、今日当たりもっと枝垂れが、色を増して賀名生の里を飾っていることだろう。

この扁額は、幕末に天誅組の吉村寅太郎(土佐脱藩)が書いたものである。
レプリカであるが、本物は大切に保存されている。






この賀名生の里に来るたびに、「堀家住宅が六百年以上前、南朝の行宮であったのだ」といった思いで感慨深く眺める。
足利尊氏に京の都を追われ吉野へ向かう後醍醐天皇を手厚くもてなした「堀孫太郎信増」の邸宅はその後、後村上、長慶、後亀山天皇の皇居として南朝の歴史と共に、現在も堀家の子孫の方の住宅としてお住まいになっている。

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春の嵐の翌日 わが町の枝垂桜探訪  

2012年04月05日 | ☆ ふるさと・大和
 

岡の八幡さん
地元の人たちはそう呼んでいる。
新しい時代の魁となった、天誅組の志士たちが、この八幡さんに結集して、行動を起こした歴史に残る神社である。




いつ終わりが来るのか、分からないような激しい風雨に、じっと耐えて1人でいると、怖がり屋の私の心臓の音が、高まって苦しくなってくるような春の嵐の夜が明けた。
あの嵐に町の枝垂桜はどうなっているのだろうと、冬に戻ったように冷たい風の吹く町へ出た。

鳥居に掛かるソメイヨシノはまだ蕾が硬い。

 

 

ソメイヨシノの白い花が咲き始めるよりずっと早く、枝垂桜が花をほころばせる。
ほころびかけた所に、あの猛烈な風雨だったので心配したが、花はしっかりと枝に掴まってあの嵐をやり過ごしたのだ。
枝先の花は咲いているが、全体的には三部咲きほどだろう。

晴れた空が広がってきたので、引き続き五條市新町通りの中ほどにある、「町並み伝承館」に車を走らせた。
東浄川が吉野川に合流している地点にある。
この小さい川を遡ると、私の生家のあった場所で、懐かしい。

町並み伝承館
デジブック 『わが町の枝垂桜』





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波瀬(はぜ)植物園・思いがけず座禅草も

2012年04月04日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

今年二度目のミズバショウを見たのは、三重県松阪市飯高町波瀬(はぜ)にある「波瀬植物園」だった。
冬季閉園で、この日も開園したばかりの上に小雨が時々降っていたので、受付には人がいなくて、入園料は指定の場所に入れて入園した。



植物園の入り口に「おふく茶屋」があるのを、ネットで調べていたので、お昼まで植物園を見て、ここで昼食の予定にしていたが、ここも閉店で残念だった。三重県は、お正月が済んでも、注連縄飾りはそのまま入り口に吊るしておくらしい。
以前伊勢市に行ったときにも、5月ごろだったが注連縄飾りが各家にかけていたのを思い出した。
伊勢神宮のお膝元だからなのだろうか・・・




白い清楚なミズバショウの群落の中に、まるで遠慮がちに居候しているような、ザゼンソウを三株見つけた。
嬉しくて「わぁ!!ザゼンソウや!」と声を上げた。
滋賀県の今津まで行かないとザゼンソウには出会えないと思っていた。
池の中の浅瀬にじっと座って座禅を組んでいるような姿が、ユーモラスで可愛くて、これも春に先駆けて美しい花の咲く前の、早春のご挨拶坊主のようなのが、とても好きで、機会があれば見に行きたいと常々おもっていたのだった。(余談だか、3日の朝のテレビで東吉野のどこかでも、ザゼンソウが咲いたと放映していた。)
案外近くの山間の湿地で見られるのかもしれない。



    


      

ショウジョバカマ・セリバオウレン・ミヤマカタバミ・ネコノメソウ・フキノトウ・ダンコウバイ(木)


   

大きな立派な岩をふんだんに使って山の地の利をうまく利用した、岩石の石組み庭園のような園内を、突き当りの三段の滝のところまで登って、下りは左の山際の土手に沿ってきたが、そこでは上にある山野草が、いたるところに咲いている。
鉢植えでなく自然の中でどんどん繁殖していく小さい春の花たちが、土手に目を凝らすと、ここにも、あそこにもといった具合に見つかるので、このような花の好きな人にとっては、とても楽しい場所である。
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高見山トンネルの向こうへ

2012年04月03日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

毎朝雨戸を開けるのに濡れ縁に出ると、東の空が晴れていたら一番先に目に付く三角の山がある。
奈良県と三重県の境にある高見山である。
標高は1248m。台高山脈の北端に位置し、関西では冬季に霧氷を見ることができる山として有名であるが、冬にはこの方面に行ったことがない。



三重県松阪市飯高にミズバショウの咲いている植物園のあることを、尾上ツヤ子先生に教えていただいたのがきっかけで、3月28日に高見トンネルを越えて松阪市へ行く機会を得た。


     

トンネルを越えて三重県側に出たところ。トンネルの左手に高見山への標識が立っている。
高見山登山をする人は、いくつかのルートのあるなかで、ここから登る人もあるのだろうと思いながら、暫くその先を眺めていた。





家から飯高方面へ行くのにはR166を通って高見山トンネル越えが一番早いと、息子にも聞いていたが、本当にそう思った。
このトンネル開通までの大変困難ないきさつが、この開通の碑に記されている。
「便利だ」「楽だ」「早い」は、この碑に刻まれた開通までの苦難の上に支えられているのだ。



トンネルを出た地点もかなり山深く高い地点にあることが、谷の深さや、山の重なりで分かる。


櫛田川に沿って走る国道の両側前方の急な山々は、金剛山脈のなだらかな麓とは違った地形も興味深いものだった。
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