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   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

御坂サイフォン橋と伽耶院

2009年05月05日 | 自然
図書館で借りた「近代土木遺産ウォーク」を読んで、「今日は『御坂サイフォン橋と伽耶院』へ行こう!」と思った。


先ず、御坂(みさか)神社参拝。人は誰もいない、静かな神社だった。

神社の方と話すと、今日の午前は「御田祭」が催されたとのこと。
私はちょうど終わった頃に訪ねたようだ。




御坂神社  

先ず目にはいるのが立派な能舞台 

能舞台が老朽化したので、最近建て替えられたとのこと。
しかし、残念ながら予算の関係で、新しい能舞台ではまだ一度も能は上演したことがないとのことだった。

拝殿 

拝殿奥の本殿   白虎や青龍の彫刻が施されている


御坂神社から40m歩いて御坂サイフォン橋(眼鏡橋とも呼ばれる)へ向かう  

サイフォン橋の上の道  

左側が旧い橋の上、右側が新しい橋の上。もちろん車は通行できない。

橋の上から上流の方を見たら、3人の釣り人がいた   新緑の中に藤の花

少し下流の橋の上から見たサイフォン橋  

写真の人が立っている沈下橋へ向かう途中で目にしたマンホールと花

 三木は古くから金物の町

  

沈下橋と下流の橋 

サイフォン橋 

※以下は、「近代土木遺産ウォーク」より引用
淡河(おうご)川から取水された疎水はトンネルで山を抜け、サイフォン橋の北側で52.5mの落差を下り、志染川を橋で渡る。その後サイフォンの原理を利用して50mの標高差のある南側の山まで達し、印南野台地まで流れていく。昭和8年に計画された疎水は、イギリス人の技師パーマーの設計により明治24年に完成。

現在疎水が通っているのは同じ形で下流側にくっつけて造られたコンクリート橋の中であり、役目を終えた石造りのサイフォン橋はそのまま残されている。橋の南岸斜面には山を登る送水管を見ることができる。


なるほど沈下橋の方からは新しいコンクリートの橋はよく見えるが、古いサイフォン橋は少ししか見えない。釣り人の方からは古いサイフォンがよく見えるのだろうが…。


きれいに耕された畑を見ながら、「志染の石室」へ向かう 
  

  

  


「志染の石室」は、高さ2.7m、幅14.5m、奥行7.2mの石室。
低く広くえぐられたような巨大な岩の下に水がたまっている。

12月下旬~3月初旬にはヒカリ藻の作用により湧き水が金色に光ることがあるため「窟屋の金水」とも呼ばれている。

  



次に訪れたのは、伽耶院(がやいん)

※境内には「飛鳥時代(645年)法道仙人が開基した古寺で、花山法皇が大乗経を五部奉納されたという由緒もあり、後西上皇から伽耶院の勅号を賜っています。」という説明書きがあった。

伽耶院の仁王門 

※仁王門の前には「安置されている尊像は行基菩薩の作と伝えられる金剛力士であるが、天正年間秀吉の三木城攻めに際して頭部及び胸部を焼失したという。」という説明書きがあった。

 こんなお気の毒な仁王様は目にしたことがない

伽耶院入口 

開山堂  

本堂  


入山料は…   …草ひき10本

本堂入り口にある説明書き  


おにゃんこみくじ(300)

本堂の前にある切り株に鎮座しているのは、かわいい猫たち!!

  



多宝塔  

三坂社    

※「三間社流造。こけら葺の建築で、当山の鎮守三坂大明神を祀る。」という説明書きがあった。


新緑の美しいモミジ 

3枚のプロペラは初めて  いいものを見た!!  

帰ろうとした頃に少し雨が降ってきた




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