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   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

四十余年前の北海道の旅 2【時の流れ】

2021年08月02日 | 

四十余年前の北海道の旅の写真を見ていて、「明らかに時が流れたんだな…」と思うのは、国鉄がJRになり、降り立った駅が今はもう廃駅になり、消え去ったという事実。

 

■昭和58年発行の地図帳 

          

 

「青函連絡船航路」と、「海底トンネル予定線」があります。

    

 

湧別駅や常呂駅があります。

 

標津駅や標茶駅があります。

 

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■平成15年発行の地図帳

  

 

「青函トンネル」があります。青函連絡船航路は跡形もなく消えました。

 

オホーツク海の線路が消えました。

※常呂駅(ところえき)は、湧網線の廃線に伴い、1987年(昭和62年)3月20日に廃駅となりました。

※沙留駅(さるるえき)、紋別駅(もんべつえき)は、名寄本線の廃線に伴い、1989年(平成元年)5月1日に廃駅となりました。

 

ついでに、旅したところ(網走、斜里、摩周湖、美幌峠、阿寒湖、尾岱沼、野付、落石岬)の位置を改めて地図で確認しました。その中で気がついたのですが、標茶駅から根室標津駅へ行く路線も消えていますね。

※標津線(しべつせん)は、1989年(平成元年)4月に廃止されました。

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かつての私の旅をそのまま再現することは不可能だということです。

何だか寂しくなりました。

隔世の感があります。

 

私の感傷的な気分はさておき、廃線や廃駅はその後人々に幸せをもたらしたのでしょうか。


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