(ロシアが進めるバルト海経由でドイツへ直結する「ノルド・ストリーム」計画に参加するEuropipe(独)のパイプのようです。“flickr”より By morak faxe
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【ナブッコ・パイプライン】
液化天然ガスを主としている日本ではあまり馴染みがない天然ガスのパイプラインですが、供給国・通過国・消費国など多くの国々の利害が絡むため、国際関係・パワーゲームの縮図とも言えます。
最近話題となったのは「ナブッコ・パイプライン」。
天然ガスのロシア依存から脱却しようとするEUとアメリカが中心になって推進する輸送ルート計画で、中央アジア、中東からロシアを迂回し、欧州にガスを運ぼうというものです。
計画では、トルコからブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを経てオーストリアまで全長3300キロを結び、10年着工で総工費は79億ユーロ(約1兆130億円)、14年完成を目指しています。ロシアに25%を依存する欧州の天然ガス消費の5%を賄うとされています。
****天然ガス「ナブッコ計画」5カ国調印 産出国取り込み激化*****
カスピ海周辺の天然ガスを欧州に送る「ナブッコ・パイプライン」計画の政府間通過協定が13日、トルコの首都アンカラで調印された。ロシア領を通過しない同パイプラインは、欧州のロシアへのガス依存度を低減させるのが狙いだが、ロシアも対抗する構想を進めており、ガス産出国の取り込み合戦が激化しそうだ。
資源外交を強めるロシアは06年と今年1月、ウクライナへの天然ガス供給を停止し、欧州もその影響を受けたことがあり、ナブッコ計画は欧州のエネルギー安全保障を高めると期待されている。
計画にはトルコ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、ドイツが参加。13日は、ドイツを除くパイプライン通過国5カ国が協定に調印。欧州連合(EU)からバローゾ欧州委員長、計画を後押しする米政府のカスピ海エネルギー問題担当特別顧問らも出席した。
供給国としてアゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラク、イランなどが挙がっているものの、具体的な取り決めには至っておらず、完成までに十分な供給量を確保できるかが最大の課題だ。ガス埋蔵量世界2位のイランの参加には、米国が強く反対している。
ナブッコ計画は協定内容をめぐり合意が難航、供給国側に将来性への疑念を抱かせた。約150億立法メートルを供給する予定のアゼルバイジャンが先月末、ロシアへの売却にも合意、ナブッコ計画推進国の懸念を呼んだ。
ロシアはナブッコ計画と直接、競合する「南ルート」を計画。黒海の海底を通り、ブルガリアからオーストリアとイタリアをつなぐもので、すでに通過国一部と協定を締結している。【7月14日 産経】
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【てんびん】
パイプライン通過国5カ国が協定に調印したことは“一歩前進”と言えます。
「ナブッコ・パイプライン」に期待する欧州委員会のバローゾ委員長は「このパイプラインは今や不可能ではなく不可避となった」と述べています。【7月14日 ロイター】
ただ、問題は記事にもあるように、肝心の供給国が未だ確保できていないことです。
供給源としてアゼルバイジャンが有力視されていますが、同国は既に生産量の大部分をトルコに供給しており、また、2010年からロシアにガスを輸出する合意に調印したばかりで、欧州とロシアをてんびんにかけていると言われています。【7月13日 毎日】
“てんびんにかける”ということでは、ロシアとの関係が強かったトルクメニスタンも同様で、3月にはロシアへの供給につながるトルクメン国内の東西パイプラインの建設に関する合意書への署名を延期、4月には「ナブッコ」に参加しているドイツのエネルギー大手RWEとの間で、カスピ海の同国沿岸部でガスの試掘と開発に関する覚書を締結しています。
ロシアとの関係は、天然ガスの購入価格交渉のもつれ、パイプラインの爆発事故もあってスムーズではないようですが、当然ロシア・プーチン首相も巻き返しを図っています。
更に、資源外交を進める中国も絡んで、トルクメニスタンではロシア・欧米・中国の三つ巴の争いが展開されています。【4月19日 毎日より】
【クルド問題も】
こうした事態に、オーストリアとハンガリー、アラブ首長国連邦の企業連合はイラクのクルド自治政府と80億ドル規模のガス供給合意を締結。このガスをトルコ経由でナブッコに供給することで不足分を補おうとしました。
しかし、これにはイラク中央政府とトルコが反対しています。
クルド人がエネルギー収入を得れば、ますます分離独立の機運が高まるという懸念からです。
イラク政府は6月、クルド自治政府が独自のエネルギー合意を結ぶのは憲法違反だとして、ナブッコとの合意の無効を宣言。代わりにクルド人自治区外のガス田からの供給を提案していますが、その場合は供給開始が早くても14年以降になることが明らかになっています。【6月30日 Newsweek】
また、トルコはこれまでEU加盟交渉が進展しなければナブッコに協力しないとけん制してきた経緯があり、今後もEUに圧力をかけるカードとしてナブッコを使うとみられています。【7月13日 毎日】
【自信を見せるプーチン首相】
問題山積ですが、その背景にあるのが、ロシアが進める競合計画の存在です。
ロシアは「ナブッコ・パイプライン」に対抗し、黒海経由で欧州に天然ガスを運ぶパイプライン「サウス・ストリーム」計画を推進しています。トラブル続きのウクライナをはずして供給を安定化したいのはロシアも同様です。
****天然ガス輸送 南ルート供給力増強 露、欧州シェア拡大に自信****
ロシアとイタリアは15日、黒海海底を経由して南・中欧に天然ガスを供給するパイプライン「南ルート」について、供給能力を当初計画の2倍にあたる年間630億立方メートルに増強する合意文書に署名した。欧州のガス需要の25%をまかなうロシアは、南ルートの建設によりトラブル続きのウクライナを回避しつつ、欧州でのシェア拡大を狙う。
署名はロシア南部ソチで露国営ガスプロムと伊石油大手ENIが行い、プーチン露首相とベルルスコーニ伊首相が立ち会った。南ルートは総工費250億ドル、2015年までの供給開始を見込む。
AP通信によると、欧州のガス需要は07年の5800億立方メートルから30年には7500億立方メートルへと約3割増加し、将来のガス輸入増は避けられない。
ガスの対露依存からの脱却を目指す欧州連合(EU)や米国は、カスピ海からガスを運ぶパイプライン「ナブッコ」の建設を目指しているが、供給源を確保できていないのが現状だ。
プーチン首相は、ナブッコについて「別の計画が実現できる確証があるのなら、私たちは止めも邪魔もしない」と話し、南ルートの天然ガス供給能力に自信をみせた。【5月17日 産経】
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“私たちは止めも邪魔もしない”(プーチン首相)とのことですが、ロシアの天然ガス独占企業ガスプロムは6月末、ナブッコがガス供給源と想定しているアゼルバイジャンから優先的にガスを輸入する権利を得るなど、「ナブッコを妨害する試み」も見られます。7月1日にはトルコにも参加を呼び掛けています。
ただ、“ガスプロムが世界的な経済危機で大幅な収益減に見舞われ、資金難から着工を疑問視する見方が浮上。同社内では、バルト海経由でドイツへ直結する「ノルド・ストリーム」の建設を優先する動きもあり、「サウス」計画は不透明感を増している。”【7月13日 毎日】とのことで、こちらも順調ではないようです。
【イランは未だ排除】
ロシア依存からの脱却を目指す「ナブッコ・パイプライン」ですが、供給国が確保できていないこともあって、ロシアからの供給も受け入れるとの話も出ています。
****露「ナブッコ・パイプライン」への天然ガス供給は可能=米高官****
米政府のカスピ海エネルギー問題特別アドバイザーのリチャード・モーニングスター氏は12日、米国主導で建設が計画されている、カスピ海周辺国の天然ガスをロシアの領土を迂回して欧州に運ぶ「ナブッコ・パイプライン」に、ロシアが天然ガスを供給することは可能だと述べた。
一方、イランの同パイプラインへの天然ガス供給には反対するとして、これまで米政府が示してきた立場を強調した。(中略) モーニングスター氏は報道各社の合同インタビューに応え「ナブッコ・パイプラインで輸送される天然ガスの50%は、全ての供給国に対して開放されると理解している。ロシアもこの50%分の枠内で供給することができる」と述べた。
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イランの天然ガス埋蔵量は世界第2位で、全世界の埋蔵量の16%を占めると推定されていますが、イランに制裁を続けるアメリカの姿勢はまだこの問題に関しては変化していません。
そのイランはパキスタンと天然ガスのパイプライン建設計画に合意し、すでに一部が着工されています。エネルギーの安定供給の確保に腐心するパキスタンに、国連の経済制裁の下で外資不足にあえぐイランの利害が一致したものです。
このパイプライン計画はもともと「イラン・パキスタン・インド(IPI)ガスパイプライン計画」と呼ばれ、インドも参画する予定でしたが、イランを利することを嫌うアメリカの圧力でインドが離脱した経緯があります。
オバマ大統領はイランとの対話路線を打ち出していますが、イラン大統領選挙後の混乱をめぐってイラン・アメリカが対立すれば、パキスタンへの圧力もかかることも想定されます。【7月1日 産経より】
こうして眺めると、やはりパイプラインは国際関係の縮図です。