孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  強まる早期の前倒し総選挙に向けた流れ

2010-04-13 22:44:28 | 国際情勢

(4月10日バンコク 赤のデモ隊と黒の治安部隊、まるで黒澤明の映画の世界ようでもありますが、21名の犠牲者がでました。“flickr”より By gend07000
http://www.flickr.com/photos/36387844@N03/4507238989/)

【“選管は急きょタクシン派にすり寄り・・・・”】
タイの首都バンコクの繁華街を占拠するタクシン元首相支持派「反独裁民主統一戦線(UDD)」のデモ隊と治安部隊との10日夜の衝突による死者は、日本人カメラマンの村本博之さん(43)ら民間人17人を含む21人、負傷者は874人となっています。
UDDデモ隊側は、11日夜、バンコク西部の占拠場所周辺で、犠牲者の棺おけを担ぎ、泣きながら衝突があった場所などを練り歩く、追悼パレードを行っています。
その後もUDDデモ隊は座り込みを続け、大型ショッピングセンター近くの拠点を占拠していますが、治安部隊は撤収し、13日からはタイ正月に入ったこともあって、街頭は小康状態となっています。

街頭は小康状態ですが、強制排除に失敗して多くの犠牲者を出したアピシット首相を取り巻く政治状況は厳しさを増し、早期の前倒し総選挙に向けた流れが強まりつつあるように見えます。

****タイ:選管が与党の解党要求 違法献金認定****
タイ選挙管理委員会は12日、アピシット首相が率いる与党・民主党に違法献金が行われたと認定し、検察当局に対し同党の解党を求める告発を行うことを決めた。タクシン元首相派UDDに対する軍の強制排除が失敗に終わり、アピシット政権が苦境に陥ったのを受け、選管は急きょタクシン派にすり寄り、反タクシンの民主党に厳しい決定を下したとの見方が出ている。
民主党の不正献金疑惑は05年の総選挙時、民間企業から約2億6000万バーツ(約7億8000万円)の違法な選挙資金提供を受けたというもの。UDDが選管に調査を申し立てた。
UDDは今月、「調査が不当に引き延ばされている」として選管の建物に押しかけ、早期の処分決定を要求。選管側は「20日までに決める」と答えたとされるが、12日、その期限よりも1週間も早く、解党処分を求めて告発することを決めた。

タクシン派政権の最大野党「国民の力党」は08年12月、選挙違反で憲法裁判所から解党処分を受け、同派政権の崩壊につながった。民主党に対する解党処分は今後、検察当局の判断を経て憲法裁で審理されるため、処分の最終決定には長期間かかる見通し。
現時点で民主党の解党が決まったわけではないが、UDD幹部は12日、占拠中のバンコク繁華街の演壇で「我々の勝利だ」と気勢を上げた。
強制排除の失敗を受けてアピシット首相は12日、UDDに提案した「年内下院解散」のスケジュールを、「6カ月以内の解散、年内総選挙実施」に繰り上げる検討に入った。しかし勢いづくUDDはあくまで即時解散、総選挙実施を求めて繁華街占拠を継続する構えで、混乱収拾のめどは立っていない。【4月13日 毎日】
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“選管は急きょタクシン派にすり寄り・・・”というのも、アピシット首相には気の毒な感じもしますが、現実というのはそういうものなのかも。

【国軍「事態解決は政治の問題だ」】
アピシット首相を見限ったように見えるのは、タイ社会の中枢に位置する国軍も同様です。
タイのアヌポン陸軍司令官は12日、記者会見で「今必要なのは下院の解散だ。どれだけ時間がかかるかは交渉の結果による」と述べ、早期の選挙実施を提言しています。
“国軍幹部は「事態解決は政治の問題だ」と政府を突き放すように語った”【4月13日 時事】とも。
こうした状況では、再度の強制排除に踏み切るのは事実上不可能と見られています。

【6カ月以内の解散・総選挙】
これまで政府は、憲法改正などを前提に今年末の総選挙を提案していたそうですが、現在の四面楚歌の状況で、6カ月以内の解散・総選挙が検討されています。
****タイ政府、半年内に解散の妥協案 流血事態受け提示へ****
タイのアピシット首相は12日、議会の即時解散を迫りバンコクで反政府デモを続けるタクシン元首相派の幹部に対し、半年以内に議会を解散し年内に総選挙を実施する妥協案を提示する方向で与党関係者らと協議を始めた。10日の治安部隊による強制排除が多数の死傷者を出しながら失敗に終わり、混乱収束のめどが立たない中、首相は一気に苦境に追い込まれた。【4月12日 時事】
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UDDは首相の即時退陣と国外退去を求めており、この妥協案が事態の解決につながるかは不透明のようです。
与党解党の話まで出てきていますので、UDD側は強気に出ることも考えられます。
“強制排除は失敗に終わり、首相の決断は裏目に出ただけでなく、軍も首相を事実上見放した。国内では「下院の早期解散以外に解決策なし」との声が高まり、政権は「死に体」化しつつある。”【4月13日 毎日】

【困難な国王仲介】
タイ社会を動かす力を持っているのは、国軍と王室です。
国軍は、先述のように、敢えて火中の栗を拾う意思はないことを表明しています。
92年の騒乱を調停したプミポン国王は82歳と高齢で健康がすぐれないこともあって、今までのところ仲介の動きは見せていません。

王室が全くの中立的立場かというと、タクシン元首相を追放した軍事クーデター以前にタクシン政権下での選挙を非民主的だと批判し、その後、タクシン氏に法の裁きを受けさせるべく判事らに決意を促した経緯もあるとか。【4月13日 産経】
国王あるいは王室自体はともかく、王室側近の既成権力層は反タクシンとされ、プミポン国王の信任が厚くタイ社会に強い影響力を持つプレム枢密院議長はアピシット政権の最大の後ろ盾とも言われています。
また、タクシン元首相は、軍事クーデターの黒幕として、王室側近であるプレム枢密院議長ら批判するという、これまでにない決断をしています。
そのプレム枢密院議はアピシット首相に対し13日からの「タイ正月」までの事態打開を促したとされており、アピシット首相が今回強制排除に敢えて出た理由のひとつともされています。
いずれにしても、“タクシン氏が貧困層を中心に農村部の国民から強い支持を得ているという現実もある。政治を超越した存在であるべき国王が、仲介するのは容易ではない。”【4月13日 産経】と見られています。

【発砲したのはどちら側か?】
そうしたなかで、シリキット王妃ら衝突で犠牲となった軍人を弔問したことがタイ国内で大きく報じられているのは注目されます。
****王妃が犠牲軍人を弔問=タイ*****
13日付のタイ各紙はプミポン国王のシリキット王妃らが12日、タクシン元首相支持派「反独裁民主統一戦線(UDD)」との衝突で犠牲となった軍人を弔問する写真を1面で取り上げ、王室が状況を憂慮している様子を伝えた。
3月にタクシン派が反政府集会を開始して以降、王室が表舞台に出てきたのは初めてとみられる。黒い喪服姿の王妃は正装したワチラロンコン皇太子を伴い、ろうそくをともすなどして死者に弔意を示した。【4月13日 時事】 
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王室としての立ち位置は、若干反タクシンの側にあるのかな・・・と思わせるものがありますが、少なくとも軍を衝突の責任者としての“悪玉”にはしないというということでしょうか。

多くのメディアで取り上げているように、UDD側も治安部隊から奪った銃を所持していましたので、村本博之さんを含む民間人犠牲者がどちら側からの発砲によるものかは定かではありません。
“アピシット首相は12日、「(UDDの中に)テロリストがいることが明白になった」と非難。軍は現場の指揮官クラス以外には銃を所持させず、政府は「実弾は発砲していない」と主張する。だが、一部の外国人記者は「兵士が実弾を撃っているのを目撃した」と話し、混乱の中で軍も実弾を発砲した可能性は否定できない。
村本さんは、軍側ではなくUDD側に近い地点で撮影中、流れ弾に当たったとみられる。自動小銃など威力の大きい銃で比較的遠距離から撃たれたことが確認されたが、銃撃したのが軍なのかUDDなのかは不明。真相解明にはなお時間がかかりそうだ。”【4月13日】
今後、実弾発砲がデモ隊側からなされたということが明らかになれば、流れは大きく変わり、アピシット首相を取り巻く情勢も好転する可能性もあります。

【タイ民主主義再建に向けて】
近年のタイの政治混乱は、タイ民主主義の危機のあらわれです。
タクシン元首相は国民医療保険制度の実現とか農村基金の設立など農民・貧困層を対象にした施策も行いましたが、強権的・金権的政治手法・縁故主義への都市中流層の批判もありました。
その批判は民主主義への不信感にもつながり、タクシン政権が軍事クーデターで倒されると、都市中流層はこれを受け入れています。
その後タクシン派が選挙で勝利したものの、司法権力によるサマック元首相の強引な解任、タクシン派与党の解党、反タクシン派既成権力層と一体となった都市中流層による街頭行動という強引な手段でタクシン派ソムチャイ政権が崩壊、現在のアピシット政権は誕生しています。

今回の混乱が軍の介入や国王の仲介、あるいは与党民主党の解党といった形で収まるとしたら、それはタイ民主主義とってあまりいいことではないように思われます。時期はともかく、やはり総選挙で解決すべき問題でしょう。
もちろん、選挙でもしタクシン派が勝利すれば、タクシン元首相の帰国・処遇が問題になり、また、今度は反タクシン派が実力行使に出る・・・という展開も想像されます。しかし、いつまでもそんなことを繰り返していても仕方ありませんので、何らかの妥協をタクシン・反タクシンの両者で模索するしかないでしょう。
タイ民主主義が死なないために。

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