
(「zimbabwe_violence」という表題と09年4月15日撮影ということしかわかりません。
棒を振り下ろす男たちは警官ではなく民間人のように見えます。“flickr”より By Africa Imports Photos
http://www.flickr.com/photos/29685522@N04/3446419902/)
【897垓(がい)%から1%未満へ】
アフリカ南部のジンバブエでは、独裁政治を行うムガベ大統領のもとで、強引な黒人化政策による経済崩壊が進行、年率2億3100万%という戦後最悪の歴史的ハイパーインフレーションが猛威をふるいました。
インフレ率については、2億%超というのは公式の発表ですが、米シンクタンク、ケイトー研究所の試算では、年897垓(がい)%に上るという数字も出ていました。聞き慣れない言葉ですが、垓(がい)は10の20乗で、数字に直すと897の後ろに0が20個つくことになるとか【09年1月17日 AFPより】・・・もう訳のわからない数字です。
当時は、“新100兆ジンバブエ・ドル紙幣”が発行されるとか、毎日のように価格が上昇する、朝と夕方で価格が違うという状況でした。
最近、ジンバブエ関係の記事を目にする機会は多くありませんが、ハイパーインフレーションは終息したようで、09年のインフレ率はなんと1%未満だったとか。これまた信じられないような話です。
****ジンバブエに学ぶ2億%インフレの退治法 *****
ジンバブエで、長年の独裁者ロバート・ムガベが大統領、野党指導者モーガン・ツァンギライが首相という連立政権が09年2月に誕生したとき、彼らにハイパーインフレーションを抑えることなどできるはずがないと思った。
経済は完全に崩壊し、去年の今ごろのインフレ率は2億3000万%に達していた。GDP(国内総生産)は内需も外需もあらゆる面でマイナスだった。テンダイ・ビティはこの惨憺たる状況で財務相に就任し、おそらくは世界で最も困難な仕事に着手した。
それから1年も経たない今、彼は進捗状況を報告するためワシントンにやってきた。新自由主義の巨人ミルトン・フリードマンがもし生きていたら、さぞかし鼻を高くしたであろうと思わせる報告だ。
■インフレは完全に収まった。ジンバブエ・ドルの流通を停止し、価値が安定した米ドルや南アフリカのランドなど複数の外貨を使用することにしたおかげだ。09年のインフレ率は1%未満まで低下した。
■通貨供給量は1000%削減し、外国為替市場を事実上閉鎖した。官僚が私服を肥やすための市場と化していたからだ。
■生産設備の稼働率は4%から50%近くに上昇した。食品メーカーや飲料メーカーのなかには、95%というところもある。
■今年のGDP成長率はおそらく4%程度で、10年には6%に達するとビティは予測する。
もちろんすべてがバラ色なわけではない。だがちょっと考えてみてほしい。ジンバブエは、戦争でもないのに10年もマイナス成長を続けた世界初の国。その落下ぶりも世界最速だった。それが、ほぼ平常化したのだ。それどころか、株式市場の時価総額は40億ドルと、アフリカ最大だ。
■独裁者も経済の暴動にはかなわない
今日、人権擁護団体フリーダム・ハウスの催しで講演したビティは、面白い論理でこの復活劇を説明した。経済が崩壊したからこそ、ムガベは連立に同意せざるをえなくなった、というのだ。「他のものなら対処できる。反政府運動なら叩き潰せばいい。だが、経済を黙らせることができる暴力はない」
次は、経済回復をテコに民主化を進める番だ。「経済発展には民主主義が不可欠だ」と、ビティは言う。生活水準の低いアフリカでは、「民主主義なしでは人々の生計を維持することもできない」。
ハイパーインフレーションなど経済との戦いがいかに至難の業に思えても、何より困難なのはやはり政治の戦いなのだ。【1月27日 エリザベス・ディッキンソン ForeignPolicy】
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“もちろんすべてがバラ色なわけではない”ということに関しては、“周辺国からの輸入品などで品不足は解消している。だが、食糧不足は続き、失業率も9割以上と依然高い状況だ。”【4月3日 毎日】ということです。
非常に素朴な疑問ですが、失業率が9割以上でどうやって生活ができるのでしょうか?
【変わらない大統領の姿勢】
いずれにしても、1年前に比べれば、経済は“崩壊状態”を脱したようです。
問題は政治です。
08年3月末の大統領選では、第1回投票で野党のツァンギライ議長がムガベ大統領を破ったものの、その結果が発表されないままムガベ大統領側からの再集計が指示され、過半数に達していなかったとして決選投票実施が強行されました。そして政権側の激しい暴力行為によって、ツァンギライ議長は決選投票辞退を余儀なくされ、ムガベ大統領が再選されるという、民主的選挙とはかけはなれたものでした。
その後の政治的混乱を経て、大統領選挙を争ったツァンギライ議長が率いる野党、「民主変革運動」(MDC)と、ムガベ大統領率いる与党「ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線」との連立政が09年2月に樹立され、ツァンギライ議長が首相に就任してムガベ大統領との権力分担が行われることになりました。
しかし、ムガベ大統領の強権的な政治姿勢はあまり変わっていないようです。
****ジンバブエ:大統領選の混乱から2年 失業9割…苦境続く*****
アフリカ南部ジンバブエは先月末、08年3月末の大統領選を巡る混乱から2年を迎えた。与野党による連立政権は樹立されたものの、各党の確執は依然として続いており、政権は安定していない。欧米の制裁が解除される見通しもなく、約200万人が食糧援助を必要とする経済的苦境は続いている。(中略)
(連立政権)合意に盛り込まれた法相と中央銀行総裁という大統領側近2人の退任は実現しないまま。逆に、国家反逆罪の疑いで逮捕された旧野党のベネット副農相に対する訴追も合意に反して大統領が取り下げを拒否した。
大統領は今年2月、来年実施がとりざたされる次期大統領選への出馬を表明。1980年の独立以降握り続けている権力を手放そうとしない姿勢を示した。これに対して、旧野党側は「自由で公正な選挙の実施には、暴力を抑止する(国際機関の)平和維持部隊の介入が必要」と注文をつけている。
隣国・南アフリカのズマ大統領が双方の仲介を続けているが不調のままだ。ズマ氏は3月に訪英した際、欧州連合(EU)による対ジンバブエ制裁の緩和をブラウン英首相に求めたが、「人権状況の改善が先」と一蹴(いっしゅう)された。(後略)【4月3日 毎日】
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【不審な自動車事故 暴力への不安】
1年前には、ツァンギライ首相の夫人が死亡、ツァンギライ首相自身も怪我する自動車事故がありました。
“事故”ということになっていますが、そのようには思っていない人々も大勢います。
3月24日、再び“自動車事故”があり、あの歴史的ハイパーインフレを抑え込んだMDC事務局長で財務大臣のテンダイ・ビティが怪我を負っています。
****ジンバブエ野党幹部がまた事故 *****
・・・もちろん、事故の可能性もある。道路には標識もなく、大型トラックはいつも荷物を積み過ぎているし、運転も乱暴そのもの。もともと事故は多い土地柄だ。
■独裁に戻りたいムガベの仕業?
だが、ビティは前にも標的にされたことがある。接戦だった08年の大統領選挙中、ビティは国家転覆罪で逮捕されている(しかもこれが初めてではない)。
ビティはいつもムガベ政権を声高に批判してきた。最近も、ムガベ率いる与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)が連立を覆す破壊工作を行っていると声明で非難したばかり。「われわれは汚い誘いに乗って自滅したりはしない。だが、ジンバブエの人々が嫌がらせや暴行を受けるのを座視するつもりもない」
事故は本当に事故だったと思いたい。連立政権が崩壊すれば、ムガベ独裁に逆戻りしてしかねない。奇跡を起こすのは無理でも、せめて来年実施の話が出ている新憲法下の選挙はぜひとも実現してもらわなければならない。ビティ財務相の一日も早い回復を祈ろう。【3月25日 エリザベス・ディッキンソン ForeignPolicy】
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暴力的な圧力にさらされているのは、ツァンギライ首相や政党幹部だけではありません。
****ジンバブエ:大統領派の暴力で被害者にトラウマ*****
・・・・過去の大統領派による野党支持者への暴力が、被害者の心に重いトラウマ(心的外傷)を残している。旧野党の支持者と大統領派が混在する町では、今なお緊張が続いている。「報道関係者との接触は取材相手に危険が伴う」。ハラレ西部のヌクワザナ地区。仲介者の忠告に従い、日没後、被害者に車に乗ってもらい話を聞いた。・・・・「気を失うまで、棒やワイヤで殴られ続け、水にもつけられた。5時間ほど続いた」。アルフォンゾさん(32)の脳裏には今も恐怖がよみがえるようで、落ち着かず、絶えず視線を泳がせている。
・・・・アルフォンゾさんの妹バーバラさん(当時19歳)も03年6月、大統領派から激しい暴行を受け、2日後に亡くなった。母のバイオレットさん(55)はその日以来、心臓を患い、アルフォンゾさんの事件後はほとんど外にも出られない状態だ。
主婦のスーザン・ウィルソンさん(56)は大統領選から半年後の昨年12月末まで親族や友人宅で身を潜め続けた。02年に大統領派に拉致された長男マイケルさん(当時24歳)は7年以上も行方不明のままだ。「近所の大統領派とはあいさつを交わすのが精いっぱい。怖い」と唇を震わせる。
アレック・マソラナさん(41)も昨年4月、全身を棒や石でめった打ちにされた。殴打され折られた肋骨(ろっこつ)が内臓に向け曲がったままだ。「連立政権ができても与野党の対立がなくなるほど政治は安定していない」と話す。
MDC幹部(42)によると大統領派の暴力で500人が犠牲となり、数万人が避難民化した。「自宅へ戻った支持者は、みな恐怖を抱えながら暮らしている」と話す。【09年10月26日 毎日】
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来年実施の話が出ている新憲法下の選挙に向けて、事態が再度悪化しないことを願うばかりです。