
(9日、テレブランシュ議長の葬儀に集まった支持者 写真中央の7を3つ集めてかぎ十字風にあしらった旗がAWBのシンボルマーク “flickr”より By shapshak
http://www.flickr.com/photos/shapshak/4505967906/)
【双方向の暴力】
南アフリカでは2月11日、アパルトヘイト(人種隔離)政策下で投獄され、黒人初の大統領に就任したネルソン・マンデラ氏が釈放されてから20年を迎えた記念行事が行われました。
そのマンデラ元大統領は、民族・人種の和解のため「虹の国」を唱えました。
そして今月3日、南アフリカ北西部ベンタースドープの農場で、極右白人至上主義団体「アフリカーナー抵抗運動(AWB)」のユージン・テレブランシュ議長が21歳と15歳の黒人の農場労働者に殺害された事件は、アパルトヘイト撤廃後も癒えぬ人種間の憎しみを表面化させています。
カーキ色の制服とナチスドイツのかぎ十字に似たシンボルマークで知られるAWBは、1994年の全人種選挙の初実施前には相次ぐ爆弾攻撃を実行した組織で、南アフリカの全人種が参加する民主主義に向けた話し合いに暴力的に反対し、テレブランシュ氏自身も黒人警備員を襲撃して2001年から2004年まで刑務所に収監されていた経歴があります。
****南アの白人極右指導者殺害、浮き彫りになった人種間の格差****
事件に関連して、警察は21歳と15歳の黒人の農場労働者を殺人容疑で逮捕した。2人は月給300ランド(約3800円)の支払いを拒まれたために殺害したと供述している。
事件は、同国で頻繁に発生している農場での殺人事件、そして、1994年に全人種選挙が行われて以後も白人が大半の農場を所有し続けているという実情をめぐる貧困、人種的不平等の問題を改めて浮き彫りにした。
シンクタンク「South African Institute for Race Relations(南ア人種関係研究所)」によると、同国の白人農場主の数は約3万人と、10年前から半減しているが、依然として全農場主4万人(推定)の75%を占めている。
そして、白人農場主が殺害される割合は、著名人の場合の約5倍。1994年以降に全国で殺害された白人農場主は最低1000人とする統計もある。
■暴力は双方向で
一方、南ア最大の労組連合、南アフリカ労働組合会議によると、労働者とその家族が農場主に殺害されたり、過酷な暴力を受けるケースも、月100件以上にのぼっている。農場主と労働者間の暴力は、双方向で行われているのだ。
6日の同国英字紙スターは、42歳の農場主が「仕事をさぼった」との理由で労働者7人を鉄棒で殴りつけた事件を報じた。2007年には、ジンバブエ人労働者を殺害した白人農場主が有罪判決を受けた。この農場主は公判で、「(被害者を)バブーン(ヒヒの一種)と間違えて殴ってしまった」と主張していた。
05年には、同じく白人農場主が、黒人労働者を殴打してライオンのおりに投げ込んで殺害する事件が起きている。
■南アの農場は「封建的」
テレブランシュ議長殺害事件の容疑者が起訴されたベンタースドープの裁判所前では6日、ヨハネスブルクから来たという24歳の男性が、「南アフリカは、こうした殺人事件を踏み台にして、貧困や労働者の搾取といったより大きな問題について検証すべきだ」と語った。
南アフリカ労働組合会議は、農場労働者たちの大半が法で定められた最低賃金よりも低い賃金で働かされており、「封建主義的だ」と主張している。【4月9日 AFP】
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なお、殺害理由については、記事にある賃金問題のほか、容疑者がテレブランシュ氏に性的関係を強要された疑いも出ています。
【「白人を殺せ」、「マシンガンを持ってこい」】
今回事件では、与党アフリカ民族会議(ANC)の反アパルトヘイト闘争歌である「ボーア人(白人)を殺せ(Kill the Boere)」という歌、そしてその歌を集会で歌い復活させたANC青年同盟のジュリアス・マレマ議長にも批判が起きています。
ボーアとはアフリカーンス語で農場主も意味するそうです。
“AWB広報担当者は「黒人社会による宣戦布告だ。復讐する」と述べ、「反白人感情をあおってきた」として、与党アフリカ民族会議(ANC)青年同盟のジュリアス・マレマ議長を名指しで非難した。
マレマ氏は「ズマ大統領を守るためなら殺しも辞さない」との過激発言を繰り返し、「白人を殺せ」という闘争歌を活動に利用したため、高等法院が憲法違反として使用を禁止している。
反アパルトヘイトの闘士だったズマ大統領は昨年の下院選挙で「マシンガンを持ってこい」というANC亡命組織の闘争歌を好んで使い、論議を呼んだ。
このためズマ大統領は「マレマ氏を増長させた」との責任を問われており、4日に「テレブランシュ議長の遺族に弔意を伝えた。わが国にとって悲しい出来事だ。この事件を人種間の憎悪をあおるために利用させてはならない」とテレビを通じて訴えた。”【4月5日 産経】
ズマ大統領が全身を使って「マシンガンを持ってこい」を歌う映像を見たことがありますが、集会は大盛り上がりでした。
こうした気さくな人柄がズマ大統領の人気を支えていますが、人種間の融和を進めていく立場にはふさわしくない歌に思えた記憶があります。その彼が「事件を人種間の憎悪をあおるために利用させてはならない」と言っても、いまひとつピンとこないところがあります。
「白人を殺せ」となると、更に物騒です。
【遠い「虹の国」 しかし、想像を超えて変化する現実】
14日には第2回公判が行われました。
“裁判所前には両被告を支援する黒人数百人が集った。「ベンタースドープはアパルトヘイト(人種隔離)の首都だ」。掲げるプラカードには人種差別への怒りがにじむ。「抵抗運動(AWB)」のメンバーが姿を現すと「帰れ! ボーア」と怒鳴り声が飛んだ。ボーアはオランダ系白人移民らを指す。
民主化16年を迎えた南アフリカは、一部、黒人富裕層が生まれたものの経済はなお白人主導だ。黒人の恨みは深い。テレブランシュ氏の農場周辺で働く黒人作業員の男性(40)は言う。「この広い農地をみろ。いまだにすべて白人のものだ」。言いしれぬ怒りに顔がゆがんでいた。”【4月20日 毎日】
事件の背景には、南アフリカでは白人農場主が全農場主の7割以上を依然として占めている“格差”の問題があります。
政府は土地を移譲し14年までに3割を黒人農場主にする目標を掲げていますが、実際に移譲された農地は約5%。黒人農家の不満はくすぶっています。
また、失業率も24.3%と高止まりしている経済情勢も黒人貧困層の不満を強めています。
6月にはサッカー・ワールドカップが南アフリカで開幕します。
新興国としての姿を世界にアピールする場でもありますが、社会の根底に横たわる課題の解決には、長い時間と双方の和解に向けた努力が必要です。
根深い問題ではありますが、20年前には考えられなかった黒人中間層の増大、ソウェトの繁栄という現実も生まれています。