孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フォークランド石油試掘をめぐる英・アルゼンチン対立 ひとまず緊張緩和か

2010-04-06 22:40:11 | 国際情勢

(イギリス・ブラウン首相とアルゼンチン・フェルナンデス大統領 昨年4月のロンドン・サミットのときの写真ですから、今回の石油試掘問題が表面化する前のふたりです。
“flickr”より By London Summit
http://www.flickr.com/photos/londonsummit/3405645590/)

【“鉄の女”支持率73%】
28年前、南大西洋のフォークランド(アルゼンチン名マルビナス)諸島の領有権を主張する南米アルゼンチンに対し、イギリス・サッチャー政権が艦隊を派遣し、両国が戦火を交えるという「フォークランド紛争」がありました。
“1982年4月、アルゼンチンの軍事政権が自国民の不満をそらすため、英国が実効支配する諸島に軍隊を派遣し、いったん制圧した。両国軍による激しい戦闘は約3カ月続き、6月にアルゼンチン軍が降伏。これにより軍事政権は崩壊した。90年2月、両国は断絶していた外交関係を回復したが、現在でも互いの領有権を主張し続けている。”【4月6日 毎日】

この紛争は、アルゼンチン軍事政権とイギリス・サッチャー政権双方が、互いに相手の反応に刺激されて、国民世論を意識して後には引けず、次第にエスカレートして遂には軍事衝突に至るという、ある意味非常に分かりやすい展開だったことが印象に残っています。
また、TVのニュース番組で“今日の戦況”みたいな解説がされ、遠い大西洋の離れ島での戦いということもあって、ベトナム戦争のような“戦争の悲惨さ”というより、お茶の間で見るゲーム的な感覚もありました。(実際には、双方で約900人の戦死者が出ています。)

軍事作戦にしり込みするイギリス閣僚に対し、“鉄の女”サッチャーが「この内閣に男は一人しかいないのですか!」と叱咤したというエピソードも有名です。経済の低迷から支持低下に悩まされていたサッチャーは、戦争終結後「我々は決して後戻りはしないのです!」と力強く宣言、支持率は驚異の73%を記録しました。

【“幸いなことに”商業採掘に向かない】
古い話の前置きが長くなりましたが、またフォークランドをめぐって両国の対立が激しくなっていることが報じられていました。
2月22日、英石油会社ディザイヤー・ペトロリアムが同海域で石油試掘を開始。これに対し、一方的な試掘に反対するアルゼンチンは同日、メキシコで始まった中南米・カリブ海諸国の首脳会議(32カ国)で支持を取り付けました。

同海域には最大600億バレルの原油が存在していると推定されています。イギリスは98年に最初の資源探査を行いましたが、資源の持続性や掘削技術がネックとなり作業を凍結。しかし、その後の技術革新や原油価格上昇、北海油田の生産落ち込みなどが重なり、開発にかじを切ったとみられています。

イギリスは今年6月までに総選挙(今日、5月6日と発表されています)、アルゼンチンは来年に大統領選挙を控え、ともに外交的な弱腰を見せられない状況で、再び対立が激化することが懸念されていました。

ただ“幸いなことに”、原油の掘削を始めている英デザイア・ペトロリアムは29日、約1カ月間の試掘で原油を含む貯留眼岩の質が貧弱で、商業採掘には向かない可能性が高いと報告。【3月30日 CNNより】
これにより、ひとまず今回の緊張は先送りされそうな様相です。
ひとまず・・・といったところですが、領有権をめぐる係争はくすぶり続けています。
このところ原油価格がまた上昇していますので、今後の展開次第では再び緊張が高まることもありえます。

【“特別な関係”より南米関係優先】
今回の緊張で興味深かったのは、前回紛争当時は孤立していたアルゼンチンが、今回は国際的には有利な立場にあったことです。
“2月、メキシコで開かれた中南米・カリブ海地域32カ国の首脳会議は、同諸島の領有権がアルゼンチンにあることを全会一致で宣言した。この問題で中南米諸国が足並みをそろえてアルゼンチンを支持するのは、フォークランド紛争時もなかったことだ。” 【4月6日 朝日】

アメリカも、かつてのイギリスとの“特別な関係”よりは、南米各国との関係を優先させました。
****フォークランド再燃で揺らぐ米英関係****
南大西洋のフォークランド諸島(アルゼンチン側の呼称はマルビナス諸島)をめぐるイギリスとアルゼンチンの領有権争いで、イギリスとアメリカの「特別な関係」が揺らいでいる。
領有権問題は今年2月に英企業がフォークランド近海で海底油田の試掘を始めたのをきっかけに再燃。82年のフォークランド紛争では、アメリカはイギリスを支持したが、今回は違う。オバマ政権はむしろアルゼンチンへの共感を示して英政府を狼狽させている。
P・J・クラウリー米国務次官補(広報担当)はフォークランドのことを「立場によってはマルビナスだ」と発言し、英外交筋を激怒させた。3月初めにクリントン米国務長官がアルゼンチンを訪問し、両国の仲介を申し出たこともイギリスの怒りを買った。
英タイムズ紙は「住民が望まない交渉など論外」とする英政府の立場を伝え、ヒラリーの申し出は「(アルゼンチン側の)外交的勝利」にほかならないと牽制した。
英国民は領有権よりも、82年の紛争で戦った兵士たちに関心があるようだ。当時装備が不十分だったことから多くの犠牲者が出たとされる。アフガニスタン駐留兵の犠牲者数が増えるにつれ、同じような懸念がささやかれている。【3月31日号 Newsweek】
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【第2のエビータにはなれず】
今回、緊張が高まったのは、先述のように両国とも選挙を控えて、弱腰をみせられない事情がありました。
アルゼンチンのフェルナンデス大統領の国内支持率は低迷しています。
“07年に、夫のネストル・キルチネル前大統領から職を継いだ。夫妻の不正蓄財の風評や経済の停滞、インフレなどで、支持率は就任当初の51%から20%に急落。領有権問題でナショナリズムに訴え、人気浮揚をはかる狙いも透けて見える。” 【4月6日 朝日】
高級ブランド服に身を包み、赤茶色の巻き髪で女性的な美しさを強調、07年選挙では2位以下に大差をつけて当選しました。ペロン元大統領の妻で国民的人気が今なお高い“エビータ”の再来をアピールする人気ぶりでしたが、経済情勢が悪く、夫頼みの政権運営も不評なようです。

アルゼンチンは2001年に債務不履行に陥る経済破綻を経て、近年は経済も回復、先行するブラジルを追撃・・・というイメージもありましたが、経済破綻の傷は完全には癒えていないようです。

国家統計・センサス局は1月15日、2009年通年のインフレ率を7.7%と発表。3月19日には、2009年のGDP成長率は0.9%であったと発表しています。2009年は第2~3四半期に前年同期比でマイナス成長でしたが、第4四半期に同2.6%と復調し、通年でプラス成長を記録することができとの発表です。

この数字ならさほど問題はありませんが、“国家統計・センサス局(INDEC)によれば、2008年のブエノスアイレス首都圏におけるインフレ率(消費者物価指数)は7.2%であった。しかし実際のインフレ率は20%以上とされ、公式統計への信頼が揺らいでいる。”【JETRO】ということです。

最近、「格安の魚」が話題になりました。
****アルゼンチン政府、インフレ対策に「格安の魚」****
多くの国ではインフレ対策に財政政策や金融政策が用いられるが、アルゼンチン政府は、食品価格の上昇に直面する国民生活の痛みを和らげようと、格安の魚を積み込んだトラックを走らせている。
首都ブエノスアイレス郊外のイツサインゴでは、「移動式の魚屋」10台以上が、政府の補助金によって安くなった魚を消費者に提供しており、青い波模様と「みなさんに魚を」とのうたい文句が書かれたトラックの前には、多くの人が列を作っている。
アルゼンチンは世界最大の牛肉消費国であり、魚嫌いを公言する人も少なくない。しかし、牛肉価格は過去3カ月だけで30%上昇しており、政府の補助金によって通常の約半値で売られる魚は家計には優しい。
フェルナンデス大統領がインフレ対策の一環として始めた「格安の魚」だが、一部では提供される魚の品質への不満や、魚を受け取るまでに何時間も待たされることへの不平も聞かれる。【3月22日 ロイター】
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“牛肉価格は過去3カ月だけで30%上昇”というのは、ゆゆしい事態です。

【流動的なイギリス総選挙情勢】
イギリス・ブラウン政権の不人気も周知のところです。
今回の選挙で保守党との政権交代は既定路線と思われてきましたが、ここ1,2カ月何故か労働党支持率が野党保守党支持率を追い上げ、どちらも過半数をとれない「ハング・パーラメント(宙づり議会)」が取りざたされるようになりました。ただ、直近では、また保守党がリードを広げたとの調査結果も出ています。

各種世論調査の結果は幅が大きく、情勢は流動的です。
4日公表された2件の世論調査によると、野党保守党が、与党労働党に対する支持率でのリードを2けたに拡大していますが、6日付のガーディアン紙によると、各党の支持率は、保守党37%▽労働党33%▽自由民主党21%で、保守党が第1党になるものの、過半数に達しない可能性が強まっているとも。

“5月に予定される総選挙を控え、ブラウン政権も野党側も弱腰にみられるわけにはいかない事情がある。
・・・・現在は1千人以上の部隊を駐留させ、戦闘機も4機配備。油田をめぐり緊張感が高まった2月下旬には、英軍は核ミサイルを搭載する原子力潜水艦を同諸島に向かわせたと英紙タイムズが報じた。”【4月6日 朝日】

対外的に強硬姿勢を見せると国内支持率があがるというのは、民主主義政治の困った点です。
商業採掘には向かないとの調査結果が出されたことは、両国を冷静にさせるうえでは好都合でした。

コメント
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