
(北キプロス・トルコ共和国とトルコの国旗 “北”ではこのふたつはいつもセットになっています。
“flickr”より By GOC53
http://www.flickr.com/photos/graeme/2845565263/)
【分断国家、再統合への機運】
エーゲ海の小さな島国“キプロス”は鹿児島県ほどの大きさ。
1960年イギリスから独立しましたが、ギリシャ系住民とトルコ系住民の反目、ギリシャ・トルコの介入により、現在は島の北側3分の1がトルコ系の北キプロス・トルコ共和国(承認はトルコのみ)、南側の残り3分の2がギリシャ系のキプロス共和国(EU加盟)と、分断された状態が続いています。
04年、アナン国連事務総長が示した調停案に基づき、南北統合の是非を問う南北同時住民投票が実施されましたが、ギリシャ系の南側の反対多数(反対が76%)という結果に終わり、EUへの参加による国際社会への復帰を望むトルコ系側の賛成多数(賛成が65%)にもかかわらず否決されました。
ギリシャ系住民側には、経済水準が格段に落ちる北側とは今更一緒になりたくないという事情があります。内戦で家族・肉親を殺された双方の遺恨もあります。
なによりキリスト教とイスラム教という相容れ難い文化の違いが両者間にはあります。
また、北には3万人以上のトルコ軍が駐留し、分断後にトルコから来た入植者が多数住んでいる問題をどのように扱うかも南北間で対立するところです。【09年4月23日ブログより再掲】
08年2月24日に行われた“南”の大統領選決選投票で、左派・労働人民進歩党のフリストフィアス党首が右派のカスリデス欧州議会議員を破り当選しました。フリストフィアス新大統領は北側の政治家と親交があり、選挙では「対話の架け橋になる」と公約していました。
そして、08年3月にはキプロス共和国(ギリシャ系)のフリストフィアス大統領と、北キプロス・トルコ共和国(トルコ系)のタラト大統領の最初の会談が、島中心部の国連管理下の緩衝地帯で実現しました。
民族対立が日常化した世界で、また、欧米社会とイスラム社会の対立が表面化する現在、ギリシャ系の“南”とトルコ系の“北”の統合は、西欧とイスラムのかけ橋にもなるのでは・・・との期待も抱かせましたが、これまでの交渉では、統合に向けた道筋は見えてきていません。
更に1年前の09年4月には、“北”の議会選挙で、再統合を推進する与党が敗退し、北キプロスの完全独立による「2国家共存」を主張する野党・国家統一党(UBP)が躍進したことで、交渉の行方が懸念されていました。
【新大統領「南北2つの国家の共存」】
“北”における統合への疑念は、4月18日に行われた大統領選挙でも、再統合に消極的なエロール首相の勝利、再統合推進派の現職タラト大統領の敗北と形で強まっています。
****北キプロス大統領選挙 統合消極派の首相が勝利*****
地中海のキプロス島の北半分を支配する北キプロス・トルコ共和国で行われた大統領選挙は18日、即日開票の結果、南北キプロスの再統合に消極的なエロール首相(72)が約50・4%を獲得し、当選した。ギリシャ系のキプロス共和国との交渉を続けてきた統合推進派の現職、タラト大統領は約42・9%にとどまった。
2008年に始まった南北キプロスの再統合交渉では、中央政府の下でトルコ系の北キプロスが自治権を行使する方向で和平が検討されてきた。エロール氏は勝利宣言で、「交渉を継続する」と言明したものの、「南北2つの国家の共存による国家連合の実現」が持論だ。
キプロス共和国のフリストフィアス大統領は、交渉の方向性の見直しには応じない構えであり、エロール氏の当選で今後、さらに交渉が停滞する懸念が出ている。
キプロスは1974年に南北に分裂。北キプロスは83年に独立を宣言したが、国家として承認したのはトルコだけで、国際的には認められていない。
欧州連合(EU)は04年、ギリシャ系のキプロス共和国の単独加盟を承認し、EU加盟交渉を進めるトルコに対しては、キプロス問題の解決を要求している。
トルコのエルドアン首相は18日、「われわれ(トルコ)は今年末までに解決策を見つけたい」と再統合交渉の年内妥結を目指す姿勢を強調し、当選したエロール氏にクギを刺した。【4月20日 産経】
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“南”に吸収される形での再統合に対する反発の他、経済開発の遅れた北側の有権者は、タラト大統領が任期の5年で交渉を進展させられなかったことへの不満を募らせていたとも報じられています。
南北が対等な権限を持つ2国家の併存を唱えているエロール首相の勝利で、今後の交渉は一層困難になると見られています。
【後見人トルコの事情】
キプロス問題は、南北双方の後ろ盾となっているギリシャ・トルコの問題でもあります。
ギリシャはデフォルト(債務不履行)の財政危機が表面化して、今はキプロスどころではないのでは・・・と推察されます。
トルコにとっては、悲願としてきたEU加盟にあたって、“南”の単独加盟をすでに認めているEU側から、キプロス問題の解決という課題を突き付けられてきました。
そうした事情から、上記産経記事では、“トルコのエルドアン首相は、再統合交渉の年内妥結を目指す姿勢を強調し、当選したエロール氏にクギを刺した”ともされていますが、どこまで本気でキプロス問題に取り組む気があるのかは疑問にも思えます。
確かに、トルコにとってEU加盟は悲願ではありますが、EU側から要求される「キプロス問題」「民主化努力」「少数民族保護」「言論の自由」などのハードルは、結局トルコを加盟させないために突き付けられた課題ではないか・・・といった疑念がトルコ内でも広がっています。
実際、拡大を続けてきたEU内部には、各国でイスラム系住民との社会摩擦を抱えるなかで、これ以上の拡大、特に、イスラム国家トルコを取り込むことへの消極姿勢が強まっているように見受けられます。
そうした情勢で、08年に実施された世論調査によると、EU加盟を「よいこと」と考えるトルコ人は42%しかいなかったとされています。
なお、EUから要請されたハードルをクリアするために、トルコ国内での民主化が進展したことも事実です。
トルコ・エルドアン政権は国軍に代表される既存の権力層から実権を奪いつつあり、その意味ではトルコ民主化は進展しつつあるとも言えます。ただ、もともとイスラム主義の傾向が強いエルドアン政権ですので、欧米とは一線を画した独自の路線を進むことについても自信を深めつつあります。
外交課題のひとつであったアルメニアとの関係には、「アルメニア人虐殺」という歴史的対立を乗り越え、一定の道筋をつけたトルコですが、EU側の希望にそうような形で無理をしてまでキプロス問題を解決して・・・という考えはないのではないでしょうか。