(シシ国防相をプリントしたチョコレート 【9月21日 毎日】)
【「イスラム教を隠れみの」にして「国民の権利を侵害した」】
エジプトでは軍・暫定政権によるムスリム同胞団封じ込めが進んでいます。
****エジプト 同胞団の活動、禁止 組織弱体化、抗議行動も困難****
エジプトの首都カイロの裁判所は23日、7月のクーデターで失脚したモルシー前大統領の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団と、そのすべての関連団体の活動禁止を命じた。
これにより、同胞団が支持拡大の手段としてきた貧困層への慈善活動や政治活動も不可能になるとみられ、すでに治安当局による大量逮捕で衰弱した組織がさらに弱体化するのは必至だ。
この日の決定では活動禁止のほか、カイロにある本部ビルなどの資産差し押さえも命じられた。軍を後ろ盾とする暫定政権が検討しているとされる同胞団の非合法化に向けた地ならしとなる可能性もある。
地元メディアによると裁判所は決定理由で、同胞団は「イスラム教を隠れみの」にして権力を握り、「国民の権利を侵害した」などとした。同胞団の法的地位をめぐっては同国の司法委員会が今月初め、裁判所に対し、解散を命じるよう勧告を出していた。
決定に対し同胞団側からは強い反発が予想される。ただ、バディーア団長をはじめとする指導部の多くはすでに逮捕されるか地下に潜伏していて組織の動員力は大幅に低下しており、大規模デモなどによる抗議行動は困難とみられる。
その半面、一部団員らによる暴走の恐れもある。中部ミニヤ県やカイロ近郊では最近、治安部隊と武装集団との間での銃撃戦も起きており、武装闘争激化への懸念は強い。【9月24日 産経】
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今回訴訟は左派の国民進歩統一党が起こしたものです。
“同胞団は1928年の創設以来、貧困世帯の支援や無償の医療提供など福祉活動を通じて、社会に根を張ってきた。54年にナセル元大統領の暗殺を謀ったとして非合法化され、歴代政権に何度も弾圧されたが、政治活動を表向きは放棄することで、慈善団体としての活動は黙認されてきた。だが今回の判決によって慈善活動も禁止されるとみられ、国内での組織の存続は極めて難しくなった。”【9月23日 毎日】ということで、これまでムスリム同胞団が国民の広い支持を得る理由ともなっていた慈善活動も禁止する、これまでになく厳しい措置となっています。
また、同胞団・関連団体の資産を凍結(“没収”との報道も)する内容にもなっています。
今回判決では、解散については「裁判所には判断する権限がない」と指摘するにとどめていますが、TV報道によれば、解散をめぐる動きも11月あたりのタイム・テーブルに上っているようです。
【シシ国防相待望論】
こうしたムスリム同胞団封じ込めの一方で、軍事クーデターを主導したシシ国防相に大統領立候補を求める声も高くなっているとのことです。
****エジプト大統領選:シシ国防相、出馬求める声高く****
来年2月ごろに実施されるエジプトの次期大統領選で、軍事クーデターを主導したシシ国防相(58)に対し、立候補を求める署名運動が広がっている。
シシ氏は出馬に否定的だが、反政権デモの広がりを受けてクーデターを起こしたのと同様に「国民の声に応える」という形で、立候補する可能性は残る。エジプト情勢の鍵を握る指導者の実像を追った。
18日夕、カイロ市中心部で、シシ氏の写真をプリントした白地のTシャツを着た約100人のデモ隊が「シシを大統領に」と気勢を上げた。
メンバーが約100枚の署名用紙を配ると、通行人が殺到。2分で紙はなくなった。9月上旬に署名活動を始めた薬局経営のアディール・ガマルさん(40)は「もう100万人分は超えた。シシ氏は私欲がなく、米国とも戦える強い指導者だ」と話した。
1000年以上の歴史があるカイロ旧市街のガマレイヤ地区。石畳の大通りを曲がると、未舗装の路地にゴミが散乱し、無数のハエが舞っていた。
シシ氏は、この地区の6階建てアパートの最上階で生まれ育った。14人兄弟の次男。父は工芸店主だった。信心深い母の影響で、幼いころから1日5回の礼拝を欠かさず、聖典(コーラン)を暗唱した。運動が好きで、今も自宅の地下駐車場をジムに改装して鍛えているという。
「ライオンのようだ。静かに振る舞い、決断したら素早い」。従弟のファタヒ・シシさん(44)はそう評する。年に数回しか降雨がないカイロが珍しく雷雨に見舞われたとき、近所でシシ氏だけが普段通り学校へ登校していたのが印象的だったという。
高校卒業後、軍士官学校に入った。「規律正しい組織が性に合ったようだ」とファタヒさんは話す。一般の知名度は低かったが、軍関係者によると、勤勉かつ清廉で早くから次世代のリーダーと目されていた。英米への留学も経験し、2012年8月に国防相に就いた。
知人らは「物静かで、友人も多くはない。家族を大切にしている」と口をそろえる。7月に国営テレビでモルシ氏の大統領解任を宣言した後に向かったのも、週1回は会うという母親のもとだった。
だが7月以降、周辺は騒がしくなった。英雄扱いされ、街中でシシ氏のポスターを飾る人が増えた。一方で、モルシ氏の支持者が書いた「シシは裏切り者」という落書きも目立つ。
過去に「中東での統治にはイスラム教を考慮すべきだ」との論文を書いたことから「イスラム主義の傾向」を指摘する研究者もいるが、軍関係者や知人は「政教分離の世俗主義者だ」と断言する。
「政治的な野心はない。今が人生のピーク」。7月下旬、大統領選の話題に触れた知人に、シシ氏はそう打ち明けた。8月の米紙のインタビューでも出馬を否定したが「人々に愛されることが重要だ」と、含みを持たせた。
シシ氏は7月下旬に軍を支持するデモを呼びかけ、数十万人が街に出た。当時デモに参加した大学生のアシュラフ・コドブ(22)は期待を込めてこう言う。「今度はシシが国民の声に応える番だ」【9月19日 毎日】
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“シーシー氏待望論が強まるのは、2011年の政変以降の混乱に伴う経済や治安の悪化に疲れた国民に、軍の力を背景とした「安定」を求める心理があるためだとみられる。”【9月15日 産経】
更に言えば、そうした「安定」をもたらしてくれる「英雄」待望論でしょう。
【旧体制、警察国家への回帰の懸念も】
ただ、強権的なムバラク政権を崩壊させた「アラブの春」は、モルシ政権崩壊の混乱を経て、その振り子を一気にもとの時代へと戻す感もあります。
「安定」をもたらしてくれる「英雄」を望む声が、新たな「独裁者」と旧体制の復活をもたらす懸念も強く指摘されています。
****ムバラク回帰警戒も****
・・・・ただ、エジプトではムバラク政権までの歴代大統領を軍出身者が務め、政財界との結びつきで利権を確保する構造が続いてきた。
シーシー氏や他の軍出身者が大統領選に具体的に意欲を示せば、従来の権力構造への回帰を警戒する民主化勢力などから異論が噴出する可能性もある。【9月15日 産経】
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モルシ前大統領が選ばれた12年の大統領選挙・決選投票でも、軍・旧体制とのつながりが批判された対立候補のシャフィク前首相が48%あまりの票を獲得したように、旧体制を支持する基盤も強固に存在しています。
****エジプト:甘い関係? シシ国防相のチョコ、富裕層に人気****
エジプトの軍事クーデターを主導したシシ国防相(58)をデザインしたチョコレートが富裕層に人気を集めている。軍と富裕層は共にムバラク政権時代からの既得権益を持っており、チョコの人気は両者の蜜月ぶりを表しているようだ。
考案したのはカイロで洋菓子店「カカオ」を経営するバヒラ・ガラルさん(51)。食用インキを使用して、デジタル写真の画像をチョコレートにプリントする製法を2年前に導入。クーデター後の今年8月からシシ氏のチョコを売り始めた。
デザインは10種類以上あり、1日計200個以上が売れる1番人気の商品だという。ベルギー産のチョコレートを使用した1個5〜15エジプトポンド(約72〜216円)の高級品で、主な顧客は富裕層。モルシ前大統領の支持基盤だった貧困層には手が届きにくい。
ガラルさんは「政治のことは分からないけど、父も軍将校だったので、シシ氏には親しみを感じている」と話している。【9月21日 毎日】
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シシ国防相の人気高まり、あるいは過熱を示すエピソードも報じられています。
****エジプトで「ロバ命名事件」 シーシー氏人気過熱の“被害者”****
エジプト南部ケナ県で先日、飼っているロバに、7月のクーデターを主導した第1副首相兼国防相と同じ「シーシー」と名付けた男性が逮捕された。
エジプトをはじめとするアラブ世界でロバは、愚鈍なものの代表格とされているから、男性の行為はシーシー氏や軍への侮辱と判断されたようだ。
イスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身のモルシー前大統領が放逐されたクーデター以降、シーシー氏の人気はすさまじく、次期大統領に推す声は強い。街では同氏のポスターを張った商店や車を多く見かける。
今回のロバ命名事件の男性にシーシー氏への反発があったのかどうかは分からないが、逮捕はどう考えても行き過ぎだ。過熱したシーシー氏人気の“被害者”といえるだろう。
ただ、こういう事例は決して珍しくはない。ムバラク政権が崩壊した2011年の政変後、同胞団が勢いをつけたときは「にわか団員」が急増し、イスラム教を侮辱したとして逮捕者がたくさん出た。
エジプト人は世の中の「空気」に敏感で熱しやすいところがあり、その時々の強者になびく人が多い。民衆のしたたかな処世術だともいえるが、それが、移ろいやすい世論にそっぽを向かれることを恐れる権力者を、強権行使に向かわせる一因ともなっているように思う。【9月24日 産経】
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今後、封じ込められたムスリム同胞団の過激化・暴発、それに対応する政権側の管理・支配体制の強化という悪循環が懸念されます。
民意と移ろいやすい世論、民主主義と衆愚政治・ポピュリズムは紙一重のところがありますが、大統領選に出る、出ないは別として、シシ国防相が強権支配国家・警察国家の復活という“愚鈍”な選択を行わないことを期待します。