孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  “賭け”に勝ったエルドアン大統領 クルド系勢力との対決姿勢で、「分断」の懸念も

2015-11-09 22:58:23 | 中東情勢

(過半数を割った、回復したなどと争うトルコ選挙(リング上の女神には「民主主義」、リングには「トルコの選挙」と書かれています)を、リング外で「たった50%か!」と笑う99.99%の得票率を誇るアラブ指導者 その足元には多数の髑髏と血塗られた投票箱【11月9日 野口雅昭氏 中東の窓】http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4964407.html

エルドアン大統領の強権的政治姿勢などいろんな問題を抱えるトルコの政治状況ではありますが、“概ね”民主的な選挙によって民意が示されて国の方向が決まるという点において、他のアラブ諸国、イスラム国家とは雲泥の差があるのも事実です。)

【“強い指導者”を求めたテロに揺れるトルコ社会
昨日行われた国際的にも注目されているミャンマー総選挙は、スー・チー氏率いる野党が政権交代を可能とする圧勝をおさめたようにも報じられていますが、なにぶん選挙管理員会の開票結果が殆ど出ていませんので、その件は後日。
代わりに、今月1日行われたトルコ総選挙の話。

トルコで6月に行われた前回総選挙では、強権的な政治姿勢を強めるエルドアン大統領への批判もあって、エルドアン大統領率いる与党・公正発展党(AKP)が過半数割れに追い込まれ、一方で、クルド系の野党・人民民主主義党(HDP)が第3党に躍進しました。

このままでは、その政治的影響力が大きくそがれることになるエルドアン大統領は、連立交渉不調を理由に再選挙を行うという“賭け”に出ました。

事前の予想では、この“賭け”はうまくいかないのでは・・・、与党の過半数確保は難しいのでは・・・、再び敗戦の場合、エルドアン大統領はレームダック化するのでは・・・・とも見られていましたが、国民の選択は与党の過半数回復、“強い指導者”エルドアンでした。

11月1日に行われたトルコ総選挙の結果は、以下のとおり。

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イスラムの伝統を重視する与党AKPは、選挙前に比べ59増の317議席。
野党勢力は、世俗派の共和人民党(CHP)が同3増の134議席▽クルド系の人民民主主義党(HDP)が同21減の59議席▽極右の民族主義者行動党(MHP)が同39減の40議席。投票率は85・18%。

6月の前回総選挙で2002年の政権発足以来初めて過半数割れに追い込まれたAKPは、過半数を大きく上回った。一方、前回80議席を得たHDPは議席を減らしたものの第3党の座を保った。【11月3日 朝日】
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前回総選挙以降、エルドアン大統領は「イスラム国」(IS)によるテロ事件をきっかけとして、ISと併せて、かねてよりの宿敵であるクルド系武装勢力PKKとの戦いを展開する「二正面作戦」を展開してきました。

「二正面作戦」とは言いつつも、その主眼は対PKKにあり、国民のクルド系組織に対する恐怖を煽ることで、前回選挙で与党過半数割れの原因となったクルド系政党HDPへの支持を切り崩そうとするものであると見られていました。

この作戦は一定に奏功したようです。その背景にはテロに揺れるトルコ社会の現状があります。
10月には首都アンカラ中心部でISによる自爆テロが発生。政府とPKKの衝突の終結を求めていた集会の参加者ら100人以上が死亡するなど社会不安が増大していました。

****トルコ与党の過半数回復、背景に治安懸念*****
・・・・有権者の間では、治安情勢の悪化を受けてテロが最大の関心事となっていた。

トルコのテレビではここ2、3週間、悲惨な映像が相次いだ。10月10日の反戦デモを狙った自爆テロ(ISによる犯行と疑われている)、クルド人武装勢力地域に対する政府軍の掃討作戦、クルド人戦闘員に殺害された治安部隊員の葬儀などだ。

エルドアン大統領のメッセージは、反政府武装組織のクルド労働者党(PKK)に対する同大統領の戦闘再開決定を支持するナショナリストだけでなく、暴動の再燃におびえるクルド人住民にも浸透した。

大統領とAKPは野党との連立を組まずに済むことから、PKKに対する軍事作戦を推進できることになった。【11月2日 WSJ】
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国民はテロとの戦いを推し進める“強い指導者”を求めたとも言えます。
クルド系勢力、PKKに対して妥協のない対応を見せるエルドアン大統領の姿勢が右派民族主義政党MHPの支持者に受け入れられ、MHPから与党AKPに票が流れた結果ともなり、また、前回総選挙でクルド系以外の反エルドアン票も集めて大躍進したクルド系政党HDPも大きく議席を減らしました。

ただ、エルドアン大統領がかねてより求めていた、大統領権限強化を可能とする憲法改正の是非を問う国民投票が可能になる330議席には届かず、エルドアン大統領の「専制」には一定に制約が課されています。

改憲については、与党AKPは317議席を獲得していますので、野党の一部を取り込めば可能にもなる・・・という微妙なところもあります。

****トルコ選挙 「安定」と「専制」の間で揺れる国****
11月1日のトルコ総選挙で、公正発展党(AKP)が大勝し、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が引き続き政権を率いることになった。

欧米メディアによると、選挙結果が出た後、エルドアン氏は、「11月1日の選挙で、『安定』を求める国民の意思が明確になった」とした。

隣接するシリアから混乱が波及しないように苦心するエルドアン氏だが、欧米では、彼が専制的・強権的になりつつある」との批判もある。

トルコの30年戦争
人口の大多数がスンニ派イスラム教徒でありながら、欧米中心の欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、イスラム圏で唯一民主的だと言われて来たトルコで、何が起きているのだろうか。

トルコは30年以上にわたって、自治と独立を求める国内外のクルド人や、クルディスタン労働者党(PKK)などを相手に戦ってきた。

2013年には、両者の間で話し合いが行われ、一時は紛争が終結する気配を見せた。しかし、シリア国内のクルド人たちがイスラム国に襲われた際、トルコが支援の手を差し伸べなかったことで関係がこじれ、紛争が再発。エルドアン氏はイラク国内にあるPKKの基地を爆撃するなど、強攻策に出た。

また、国内では反対派の政治家やマスコミ関係者を、「クーデターを企てた」として拘留している。

反対派は、エルドアン氏が政治的な理由のためにPKKとの紛争を煽り、保守や右翼の支持を固めようとしていると指摘。結果、一部のメディアは、彼をロシアのプーチン大統領と比較し、「専制的」だと批判している。

もしエルドアン氏が「やりすぎた」場合、民主的な国の集まりであるEUやNATOからはじき出されるかもしれない。

波及する中東紛争
ただ、トルコ国民が「安定」を求めていることも事実だろう。

トルコとPKKとの間で上手く行きかけていた交渉が決裂したのは偶然ではない。2013年に台頭し始めたイスラム国や、同時期に起きたシリアの崩壊が、トルコにも影響を及ぼしているのだ。実際、10月には首都アンカラで、イスラム国の仕業と思われる爆撃があり、150人以上が死亡している。

トルコは「シリア難民の流入」「イスラム国の攻撃」「クルド人との紛争」など、多くの問題を抱えており、トルコ国民は「強い」指導者を求めているのだ。

トルコの内政不安も、結局はシリアの紛争に引きずられている側面がある。

このままシリア内戦を放置しておけば、その影響がどこまでも広がっていく可能性がある。
それを防ぐには、アメリカとロシアが協力して事態の沈静化にあたらなければならない。

冷戦の古傷を抱える両国だが、それを乗り越えれば、中東やその他の地域の安定に大きく貢献できるだろう。【11月9日 The Liberty Web】
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エルドアン大統領の対決姿勢で「分断」の懸念も
今回選挙では、国民のテロへの不安から大きく議席を減らしたクルド系政党HDPですが、かろうじて“足きりライン”の得票率10%はクリアして、なんとか踏みとどまった・・・とも言えます。

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親クルド人の国民民主主義党(HDP)は、前回総選挙で議席取得に必要な得票率10%を突破したが、今回はAKPの挽回により10%割れ寸前に追い込まれた。

HDP指導部は、AKPがHDP締め出しに全力を傾けたにもかかわらず議席を死守できたことが救いかもしれないと述べた。【11月2日 WSJ】
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ただ、「クルド人は投票では自分たちの権利を獲得できないと思えば、PKK支持に向かうだろう」(元米国務省当局者)という不安もあります。

「圧勝」という選挙結果を受けて、エルドアン政権はクルド系PKKとの戦いを今後も継続する意向を示しています。

****選挙後もクルド作戦継続か=遠い和平、広がる失望感―トルコ****
1日にトルコで行われた出直し総選挙(国会定数550)で、イスラム系与党・公正発展党(AKP)が単独政権の座を奪還したことを受け、政府と反政府武装組織クルド労働者党(PKK)との戦闘の行方が注目されている。

AKP党首のダウトオール首相は「テロとの戦いはやめない」と強調し、PKKへの攻撃を続ける意向を示唆。和平を求める一般のクルド人らの間に失望感が広がっている。

AKPは選挙戦で「テロとの戦い」を掲げ、PKKだけでなく、PKKと密接な関係があるとしてクルド系政党・国民民主主義党(HDP)への批判を展開した。

これが奏功し、アナトリア通信によれば、6月の前回選挙で過半数を失ったAKPは59議席増の317議席を獲得。対照的に前回AKPから票を奪って躍進したHDPは、21議席減の59議席に後退した。

選挙結果を受け、AKPの実権を握るエルドアン大統領は、PKKとHDPを念頭に「一番重要なメッセージを与えられたのは、間違いなく、分離テロ組織とその指導下にある組織だ」と強調。

一方、HDP側は「不公平や不正、異常だらけの状況下での選挙活動だった」とAKPを非難した。クルド系住民が多数派を占める南東部ディヤルバクルでは、若者らによる抗議行動が起き、警官隊と衝突した。

AKP政権は、エルドアン氏が首相在任時の2012年末からPKKと和平交渉を進めてきたが、PKKに警官2人が殺害された事件などを受け、今年7月に軍事作戦を再開。PKKも治安当局者への襲撃を続けた。

約3カ月間に兵士や警官150人以上、PKK戦闘員2000人以上が殺害され、戦闘は泥沼化している。【11月3日 時事】 
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PKK側も停戦宣言を破棄して、エルドアン政権との対決姿勢を強めています。

****PKK、トルコ政府との停戦宣言を破棄 治安の悪化懸念****
トルコの少数民族クルド系の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)は5日、今月1日のトルコ総選挙前に出した「トルコ政府との停戦宣言」について、「破棄する」と発表した。

同国のエルドアン大統領が4日、PKKを「撲滅する」とし、軍事作戦の継続を表明。PKK側もこれに反発した形だ。両者の衝突激化で、国内の治安のさらなる悪化が懸念される。(中略)

トルコ政府は今夏、「テロ対策」としてPKKの拠点空爆を再開。PKKも報復攻撃を繰り返し、2013年から模索されてきた和平交渉は破綻(はたん)。クルド系の多い南東部の治安が悪化していた。【11月6日 朝日】
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一番の懸念は、先述のように、これまで穏健なクルド系政党HDPを支持してきたクルド系の人々の間で、「結局、選挙では何も変わらない」という諦めと苛立ちから、PKKなどの過激武装組織へ転向する動きが強まることです。

シリア内戦との連動
そうしたトルコ社会の「分断」を食い止めることができるかは、エルドアン大統領の今後の施策にもかかっていますが、シリアのトルコ国境で存在感を強めるクルド人勢力の今後の動向なども影響してきます。

シリア内戦が収まらず、クルド人勢力が“独立国”的な立場を強めれば、その影響は1千万人以上のクルド人が暮らすトルコに及びます。

従来、シリア・アサド政権を敵視し、ISに対しては宥和的と言われてきたエルドアン大統領ですが、国内のテロ状況、クルド人問題を考えれば、とにもかくにもシリアでの停戦を実現し、シリア国家の枠組みを明確化し、ISを封じ込める・・・という方向がメリットがあるように思えます。

最近、トルコはアサド大統領の移行期における存在を一定に認める方向にあるとも言われているのは、そうした事情があってのことでしょう。
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