孤帆の遠影碧空に尽き

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メキシコ大統領選挙  社会を分断して、特定の敵をすべての悪の元凶とするポピュリズム政治への不安

2018-07-05 23:17:04 | ラテンアメリカ

(メキシコ大統領選での勝利を確実にし、首都メキシコ市で支持者らに手を振るアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール元メキシコ市長(左)と妻のベアトリス夫人(2018年7月1日撮影)。【7月2日 AFP】)

治安・腐敗・アメリカへの国民不満の受け皿となり「地すべり的」勝利
7月1日に行われたメキシコ大統領選挙は事前の予想どおり、左派のロペス・オブラドール元メキシコ市長(64)(通称アムロ)が次点候補者の2倍以上の票を集める「地すべり的」圧勝となりました。

「麻薬戦争」と言われる治安の問題、蔓延する腐敗・汚職の問題でこれまでの政府の在り様を厳しく批判し、貿易や移民問題で理不尽とも言える圧力を強める隣国アメリカのトランプ大統領への強硬姿勢を示すことで、広く国民支持を獲得した結果と思われます。

****メキシコ、対米不満噴出 左派政権、貿易・移民問題に強硬姿勢****
1日投開票のメキシコ大統領選で、左派のロペスオブラドール元メキシコ市長(64)が当選を確実にした。

トランプ米大統領に対して対等な関係を求める強い姿勢が、国民の支持を集めた。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や移民問題など両国の摩擦は、メキシコに進出する1100社以上の日系企業や世界経済に波紋を広げそうだ。

■農家保護、訴え
メキシコ市に近い農村サンティアゴチマルパ。国民食であるトウモロコシの畑は虫食いのように、荒れ地や宅地に侵食されていた。農家のルーベン・サラスさん(62)は「昔は見渡す限りトウモロコシ畑だった。NAFTAのせいで農業を続けられなくなった人が土地を手放した」と語る。

1994年に発効したNAFTAで、メキシコは米国の製造業の移転先になった。一方で米国から安いトウモロコシが輸入されるようになった。

農家は大規模化や経営の効率化が求められたが、資本のない零細農家は、土地を手放し、都市や米国へ移住した。

メキシコ市の会社員ハイメ・グスマンさん(40)は親類が米国のロサンゼルスとシカゴにいる。農業で食べていけなくなり、移民した。「NAFTAはメキシコの農民を安い労働力に変え、米国に売った」

国境への壁建設を公約とするトランプ氏の大統領就任後、メキシコの対米感情は著しく悪化した。

米シカゴ外交評議会によると、2015年には66%のメキシコ人が「米国に好感を抱いている」と答え、「反感を抱いている」は29%だったが、17年の調査では逆転。好感は30%、反感が65%だった。

ロペスオブラドール氏は今年4月、米国境の町でトランプ氏を念頭に「メキシコと国民は外国の操り人形にならない」と演説し、選挙戦を始めた。小規模農家や労働者の保護策を打ち出し、「不均衡なNAFTAは見直す」とも訴えた。

米大統領選でトランプ氏が訴えたのと同じく、メキシコの「忘れられた人々」への「メキシコ第一主義」宣言だった。

■貿易協定、再交渉に影響も
トランプ氏は、NAFTAを「史上最悪の協定の一つ」と批判してきた。同様にロペスオブラドール氏も、NAFTAを「不均衡だ」と批判する。再交渉はどうなるのか。

通商問題に詳しいホーガン・ロヴェルズ法律事務所のウォーレン・マルヤマ氏は「交渉姿勢はより対立的になりうる」とみる。特に米国からの主要輸入品である農産物の分野で、保護主義的な姿勢を強める可能性がある。

ただロペスオブラドール氏は、柔軟姿勢も示してきた。NAFTA再交渉のメキシコ側の首席交渉官に就くとされるヘスス・セアデ元世界貿易機関(WTO)副事務局長は米ブルームバーグが6月26日に配信したインタビューで、これまでのメキシコ政府の交渉姿勢を尊重する姿勢を強調。「従来の立場は当然のもので、党派で異なるようなものではない」としている。(後略)【7月3日 朝日】
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NAFTAを基盤にメキシコ経済が急速な成長をみせているのは事実ですが(低迷するブラジルに代わって、中南米を代表する立場にもなろうとしています)、「NAFTAはメキシコの農民を安い労働力に変え、米国に売った」という側面があるのも事実です。

どこに重点を置くかで評価もわかれるでしょう。

メキシコとアメリカの関係は、日本への影響も非常に大きいものがあります。

“メキシコに工場を持ち、米国に輸出している日系自動車メーカーはトヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、マツダの4社。調査会社マークラインズによると、2017年の4社の米国への輸出は約67万台に上る。安い人件費を背景に米国への輸出を意識した生産拠点の意味合いが強い。米国とメキシコ間の貿易摩擦が起きた場合、打撃は大きい。”【同上】

対米強硬派候補で知られるロペスオブラドール氏当選で、メキシコの対米関係が悪化することを懸念して、日系のメーカー関係者に警戒感が広がったと言われています。

ただ、従来政権批判・アメリカ批判をアピールするオブラドール氏は、いわゆる“ポピュリズム”的な印象がつきまとい、人気取りのためのバラマキ政策や対米関係悪化につながるのでは・・・との懸念もあります。

***メキシコ大統領選、当確の左派「財政規律維持・友好的な対米関係****
1日に投開票されたメキシコ大統領選で勝利する見通しとなった左派候補のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏(64)は、財政規律を保ち、米国との友好的な関係を求めるほか、財産を没収することはないと表明した。

同氏は演説で、市民の自由を尊重すると約束。自らの政権下で「独裁はない」と述べた。

一方、現政権が企業と結び、汚職の兆候が見られるエネルギー契約については見直すとする選挙公約を繰り返した。【7月2日 ロイター】
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オブラドール氏が敢えて“財政規律を保ち、米国との友好的な関係を求めるほか、財産を没収することはない”“独裁はない”と主張するのは、逆に言えば、一部にはそうした不安がもたれているということでしょう。

穏健にスタートした対米関係
懸念されているアメリカとの関係は、滑り出しは、案外穏健な対応となっています。

****米大統領がメキシコ次期大統領と初の電話会談、移民や貿易など協議****
1日のメキシコ大統領選で圧勝した元メキシコ市長のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏とトランプ米大統領が2日、初めて電話で会談した。移民や貿易、安全保障の問題などを話し合った。

トランプ大統領はこれまでメキシコ批判を繰り返してきたため、両氏の関係は今後注目されることになる。

トランプ大統領は記者団に対し、ロペスオブラドール氏が米国の南側の国境地帯の治安維持を支援するとの見方を示し、「関係は極めて良好なものとなる」と語った。【7月3日 ロイター】
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状況によって主張を豹変させるポピュリスト的側面は両者に共通していますので、案外うまくいくのかもしれませんが、それぞれの支持者を意識した「アメリカ第一主義」と「メキシコ第一主義」がまともにぶつかると、今後への不安もあります。

もっとも、“NAFTA再交渉の首席交渉官に起用されるとみられるヘスス・セアデ元世界貿易機関(WTO)副事務局長は、貿易交渉の経験が豊富で、アジア人脈にも強みを持つ人物。米国との交渉が決裂した場合、アジア各国と自由貿易協定(FTA)を拡大することを視野に入れた人選とされ、強硬一本やりではない老獪(ろうかい)ぶりが垣間見える。・・・・メキシコ統計院のデータ(2016年)によると、輸出合計金額のうち約81%が米国向けで、対米依存度を急に下げるのは現実的には難しい。「米国は存在が大きすぎる隣国。結局対等な関係を目指すことに落ち着くだろう」(現地外交筋)とみられる。”【7月3日 産経】といった見方も。

ばらまき政策で財政規律は?】
人気取りとも評されるような“バラマキ”で、財政規律が守れるのか?という点に関しては・・・・

****勝利宣言のロペスオブラドール氏、ばらまき政策ずらり・・・・舵取り不透明****
(中略)
膨らむ財政支出
地下資源に恵まれながらメキシコの実質経済成長率は2%台と低迷、所得格差を示すジニ係数は経済協力開発機構(OECD)の加盟35カ国では最低レベルで、国民の4割以上が貧困層とされる。
 
一方、政府と麻薬カルテルとの間で激化する「麻薬戦争」によって治安は悪化し、2017年の殺人件数は2万9200件と、比較可能な1997年以降の統計では最悪だ。
 
ロペスオブラドール氏の勝利の背景には、こうした国内問題を解決できず、さまざまな分野で構造改革、開放経済政策を進めて「痛み」を押しつける既成政党に国民の多くが不満を募らせてきたことにある。
 
治安回復に意欲を示し、エネルギー分野の構造改革については国民投票で是非を問うとするロペスオブラドール氏は増税を否定し、年金倍増、最低賃金のアップなど財政支出が膨らむバラマキ的な政策も並べる。
 
政策的に内向き傾向が強く、経験が乏しい外交手腕は未知数。経済界や右派には、理想主義的な左派ナショナリストのイメージから、南米ベネズエラの反米左翼マドゥロ大統領と比肩する声もあり、内外とも不透明感がつきまとう。【7月3日 産経】
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何とか明るい兆しを探そうとする市場には、“ボリビアのモラレス大統領のように中南米のポピュリストは財政タカ派になる可能性があり、メキシコシテイ市長時代のアムロも財政政策は穏健だった。メキシコには伝統的に強い独立性を持つ中央銀行がある。・・・・”【7月10日号 Newsweek日本語版】との見方もあるようです。

ポピュリズム政治の不安
ただ、一番懸念される問題は、オブラドール氏の“ポピュリズム的なアプローチ”です。

ポピュリズムとは何か?・・・特定のイデオロギーや主義・主張にこだわらず、民意を反映して物事を決定するという意味では、民主主義そのものとも言えます。
イタリアの新政権は、“自分たちはポピュリストだ。ポピュリズムの何が悪い”と開き直っています。

しかし、複雑な物事を単純化し、社会を分断して対立を煽り、あらゆる悪の元凶として“特定の誰か”を非難・攻撃する・・・というのが、いわゆゆ“ポピュリズム政治”の典型例でもあります。

****ポピュリスト大統領がメキシコの分断を広げる****
対立をあおる手法は左派も右派も同じ 経済より民主主義に与える悪影響が心配だ

(中略)重要なのはアムロ(オブラドール氏)大統領の誕生が経済に及ぼす影響ではない。メキシコの民主主義に与える影響だ。

経済政策としてのポピュリズムは、予算の制約を認めることを拒否する。そのためポピュリスト政権は、減税、財政ばらまき、債務超過、インフレ率の上昇を伴う場合が多い。
 
一方、政治スタイルとしてのポピュリズムは、民主主義のチェック・アンド・バランス機能を弱め、制度や組織を軽視し、多元的な熟議をI人のカリスマ的指導者の決断に置き換える。

分断の政治を説く指導者
アムロは汚職との戦いを選挙キャンペーンの目玉に据え、有権者の心をつかんだ。メキシコ国民は政治家の腐敗にうんざりしているだけでなく、麻薬絡みの暴力犯罪増加に法的秩序の危機を感じてもいる。
 
ただし、アムロに汚職撲滅や治安回復の具体的な方策は期待できない。アムロの率いる政治連合には、腐敗を指摘される与党・制度的革命党(PRI)の元メンバーもいる。
 
何よりアムロの汚職問題へのアプローチはポピュリズムそのものだ。

複雑なはずの社会問題を簡単な解決策があるかのように語り、解決できない唯一の理由は既得権層がそれを望まないからだと主張する。確固たる意志を持つ「強い指導者」を当選させれば、それだけで問題はすぐに解決するというわけだ。
 
こうした指導者はアムロだけではない。トランプ米大統領は16年の共和党全国大会で候補指名を受けた際、「問題を解決できるのは私だけ」と言い放った。
 
ポピュリズムはある種の「アイデンティティー政治」だ。社会の分断を養分にして勢力を伸ばし、常に対立をあおり立てる。
あらゆる社会悪の元凶として特定の誰か(銀行家や実業家、移民、イスラム教徒、ユダヤ人)を非難する。
 
この点はトランプやハンガリーのオルバン首相のような右派のポピュリストも、ベネズエラのチャベス前大統領やエクアドルのコレア前大統領のような左派ポピュリストも変わらない。
 
アムロは先日、メキシコの経済界を「強欲な少数派」と呼び、彼らが自分に反対するのは「盗みをやめたくないから」だと主張した。

アムロにとって、政治は形を変えた戦争にすぎない。
 
メキシコは既に深く分裂している。この国に必要なのは分断の政治を説く大統領ではないはずだ。たとえ財政政策は賢明だったとしても。【7月10日号 Newsweek日本語版】
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自分たちに内在する問題に目を向けて、自分たちの変革・改善を目指すのではなく、外にいる“敵”(移民、イスラム教徒、EU、グローバリズム企業、アメリカ、中国、イラン・・・・)を叩けば問題は解決するという単純化が悪しきポピュリズムです。

【「警護いらない、国民が私を守ってくれる」】
問題の本質より、国民受け狙いのパフォーマンスを重視するのも悪しきポピュリズムです。

****歯の浮く言葉で貧困層の味方を自称するメキシコ次期大統領の本気度****
<治安最悪のメキシコで「警護いらない、国民が私を守ってくれる」等々、言うことがカッコよすぎてデマゴーグの匂いも?>

メキシコの治安は最悪だ。今年の殺人件数が過去最悪を更新する勢い、というだけではない。7月1日には、大統領選挙と地方選挙、国会議員選挙など約3000の選挙が行われたが、その候補者48人を含む政治家145人が殺されたのだ。メキシコ史上最も血なまぐさい選挙戦だった。現職に取り入って甘い汁を吸っている麻薬組織が、脅威となる対抗馬を葬ったのだ。

そんななか、大統領選を大差で制したのは新興左派政党「国家再生運動」のアンドレスマヌエル・ロペスオブラドール元メキシコシティー市長(64)は、大統領に就任してもボディガードはつけないという。代わりにメキシコ国民に守ってもらう、とAP通信に語っている。

選挙後の7月3日の記者会見でも、「ボディガードはいらない。これからは国民が私の身の安全を確保してくれる」、とロペスオブラドールは語っている。

それは選挙前からの公約だった。ロペスオブラドールは、5月の選挙集会で支持者に言った。「ボディガードに囲まれて移動するなど御免だ」「正義のために戦う男に、恐れるものなど何もない」

政府幹部の減給分を民衆に?
ロペスオブラドールは、貧困層に手厚い社会保障などのポピュリズム(大衆迎合主義)政策と汚職撲滅を訴えて圧勝した。ボディガードをつけないという主張も、「国民と共にある大統領」というイメージ作りにひと役買った。

大統領公邸には住まないと言っているのも同じことだ。公邸は、国民のための芸術施設にするという。大統領専用機は売却し、政府関係者にもプライベートジェットやヘリコプターの使用を止めさせる。「政府が金持ちで国民が貧乏などというのは許されない」が持論だ。

大統領給与も前任者の半額に減らすという。政府高官の減給分を合わせ、浮いたお金は国民に支払う。「教師や看護師、医者、清掃員、警察、兵士、海兵隊員などの給与も上がるだろう」

ロペスオブラドールが治安の悪化や汚職、貧富の格差で不満を募らせていた国民の受け皿となり、2位以下を30%以上引き離して当選したのも、こうしたポピュリスト的なアピールのおかげだ。

どこまで本気かわからないが、とにかくボディガードをなくすのはやり過ぎだという批判もある。メキシコ経済教育研究所大学院大学 (CIDE)の政治アナリスト、ホセ・アントニオ・クレスポは「無責任な行為だ」とAP通信に語った。

「『自分はほかのみんなと一緒だ。なんの特権もない』と言うのは、デマゴーグ(扇動政治家)っぽいメッセージだ。彼は単なる一般人などではなく、国家元首になるのだから」と、クレスポは言う。「メキシコの安定と法の支配の実現は大部分、ロペスオブラドールの健康と身の安全にかかっている」【7月5日 Newsweek】
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「国民が私を守ってくれる」云々ではなく、聞きたいのは、現実に存在する「麻薬戦争」にどのように対処するのか?という具体策なのですが・・・・。

昨今は、トランプ大統領やオブラドール氏に限らず、選挙で台頭するのはポピュリズム的な政治家・政党ばかりです。

民主主義は必然的にこうしたポピュリズムを生むということであれば、民主主義の重大な問題でしょう。
ただ、そこにとらわれ過ぎると、独裁や中国の“特色ある社会主義”を肯定するような話もなりかねませんが。
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