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(ロシア首都モスクワで、政府が提案した年金支給開始年齢引き上げ計画への抗議集会に参加したロシア共産党支持者と左派活動家ら(2018年7月28日撮影)【7月29日 AFP】)
【「彼らは皆、棺桶の中で年金を受け取ることになる」】
欧米とロシアの対立が続く中で開催されたため、影響も懸念されたサッカーW杯でしたが、大きなトラブルもなく終了し、プーチン大統領はしごく満足の様子です。
****サッカーW杯でロシアのイメージ「好転」=プーチン氏、FIFA会長らに****
ロシアのプーチン大統領は6日、サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会を訪れた各国のファンがインターネット交流サイト(SNS)を通じてロシアに対する好印象を発信しているため、「ロシアに関する多くの固定観念は崩れ去った」と述べ、イメージが好転しているとの見方を示した。
国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長や往年の名選手らとモスクワで会談して語った。プーチン氏は「人々はロシアがもてなし好きの国であり、訪れた人に対して好意的であることが分かっただろう」と強調した。(後略)【7月6日 時事】
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“(ロシアへの)イメージが好転している”というのは、どうでしょうか?
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・・・・欧米と日本では、主要メディアの論調でも、政府のスタンスでも、「現在のロシアは犯罪国家」という事実への認識に大きな乖離がある。
欧米では、プーチン政権が西側の民主主義陣営に挑戦して「新冷戦」が始まっており、そのためには手段を選ばないロシアがもはや犯罪国家と呼べる邪悪な存在になってきたことに対する警戒感が高まっているのに対し、日本ではそう認識する人はまだ多くない。・・・・【7月20日 黒井 文太郎氏 JB Press】
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欧米世界でも、トランプ大統領のように自国情報当局よりプーチン大統領を信用するというロシアファンもいますが、その話は別機会に。
今日の話題は、“皇帝”プーチン大統領が気にかける必要があるのは、外国におけるロシアのイメージよりは、ロシア国内における国民の怒りかも・・・・という話です。
****ロシア、年金支給年齢引き上げ案に数万人が抗議 大統領の退陣要求も****
ロシア各地で28日、年金支給開始年齢を引き上げる政府計画への抗議デモが行われ、数万人が参加した。政府提出の年金改革法案が国会で審議され、同案への反発が高まる中、共産党がデモを主催した。
デモは許可を得て行われたもので、主催者発表によれば首都モスクワでは最大10万人が参加した。一方、報道された参加者数はこれを大きく下回り、1万人前後と伝えられている。
デモは極東、シベリアや西部にある数十の市町で実施された。モスクワでは参加者が「プーチンに年金を渡して引退させろ!」と声をそろえ、「私たちは年金で暮らしたい。働きながら死にたくない」などのスローガンが書かれた横断幕を掲げた。
年金改革案はウラジーミル・プーチン大統領率いる与党の支持を受けており、市民が公に反対を表明することは少ないが、今回はすでに290万人が抗議の請願に署名。与党に追従することの多い共産党も反対している。
プーチン大統領は今年3月の大統領選で年金改革に言及しなかった上に、過去には年金支給開始年齢は引き上げないと公約していた。国営世論調査会社VTsIOMによると、同大統領の支持率は5月には80%だったが、今月は64%に低下した。
ロシアの年金支給開始年齢はソビエト連邦時代に定められた女性55歳、男性60歳のままとなっており、今回の年金改革法案はこれを女性63歳、男性65歳まで段階的に引き上げるとしている。
共産党のゲンナジー・ジュガーノフ党首は、ロシア人男性の平均寿命は60歳代前半だとし、「彼らは皆、棺桶の中で年金を受け取ることになる」と述べた。【7月29日 AFP】
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クリミア併合で得た圧倒的な支持率を維持し、先の大統領選挙でも圧勝したプーチン大統領ですが、その支持率が“5月には80%だったが、今月は64%に低下した”ということで、国民の怒りのほどがわかります。
“世界銀行の統計によると、ロシア人男性の平均寿命は短く、66歳を超えて生きると予測される人の割合は2016年の時点で57%前後にとどまっていた。”【7月29日 CNN】とのことですから、「彼らは皆、棺桶の中で年金を受け取ることになる」という批判も一定に道理です。
なぜロシア人男性の寿命がこんなに短い(66.5歳)のか・・・というのも本来は大問題です。女性は77歳ほどで10歳の開きがあります。今でこそ66歳になりましたが、2000年から2005年にかけてはロシアの男性の平均寿命は、ずっと60歳を切った推移となっているデータもあるようです。
簡単に触れると、原因は“ウォッカ”にあるとよく言われます。
ウォッカの多飲は、アルコール中毒症のほかに、暴力、自殺、事故、内臓疾患(がん、肝疾患、肺炎、膵炎など)がアルコールの大量摂取者の死亡率を拡大させているとも。
では、なぜそんなにアルコールに依存するのか? 寒さだけが原因ではないでしょう。
また、医療体制についても、裕福な世帯の多くは新たな民間の医療サービスを受けられますが、多くの貧困世帯では正規外の支払いを求められるため、無料の公的医療サービスすら受けられないという問題があるとも。【「ロシア人(男性)の平均寿命が短いのはなぜだろうか?」 より】
平均寿命の問題の背後には、いろんな社会問題もありそうです。
【中年期になると極端に仕事が見つからなくなる女性にも怒りの声】
怒っているのは“もらえる前に死んでしまう”男性だけではなく、8歳も受給年齢が引き上げられる女性も同じです。
****ロシア年金支給8歳引き上げ、「再就職難民」の中高年女性らが怒りの声****
ロシア政府が年金支給開始年齢の引き上げ計画を発表したことで怒りの声が広がっている。ロシア国民が政策に対してこうした反応を示すのはあまり例がない。中でも特に、この年金改革によって苦労を強いられることになると主張しているのが、就職難にあえぐ年代の女性たちだ。(中略)
ロシア人男性の平均寿命は66歳で、年金を受け取る前に多くの人が亡くなってしまうかもしれないとの批判も直ちに起きたが、女性たちは別の理由で怒っている。年金を受け取れるまでやり繰りするために職探しをしても、中年期になると極端に仕事が見つからなくなるのだ。
「年金も受け取れず無職になることを女性たちは不安に思っています」と、モスクワ在住のタチアナ・ボロチコワさんは話した。既に1万7000ルーブル(約3万円)の国民年金は受け取っているが、経理の仕事を続けている。
多くの女性は、定年を迎える年代に年金支給開始を8年も引き上げるのはバランスを欠いていると憤る。(中略)
年配の男性なら、お金に困れば短期の肉体労働もできるが、それが女性となると、低賃金の仕事ですらなかなか雇ってもらえない。55歳での年金受給は、少なくとも中高年女性たちに対するセーフティーネットにはなっていたとゾルキナさんは話す。
(中略)一方、仏パリを拠点とするロシア人アナリストのタチアナ・スタノバヤさんは、ロシア人は早期年金を「社会的不公正に対する一種の補償」だと見なしているのだと説明した。
「ロシア人は、人生においてさまざまなこと、政治的権利が限られていることにも耐える覚悟をしています。だからこそ、(早期年金は)もらって当然、社会的に勝ち得た権利だと捉えているのです」
ウラジーミル・プーチン大統領は極めて高い支持率を維持していたが、年金改革を承認したことを機に下落した。国民が政府に怒りを表明するという異例の事態に発展したロシアでは今、改革撤回を求めるオンライン署名者が250万人を超えている。【7月13日 AFP】
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【国民批判に、“良き皇帝”として見直しを指示するプーチン大統領】
年金改革は財政がひっ迫するロシアが避けて通れない問題であることは事実ですし、国民の痛みを伴う改革はロシアだけでなく大抵の国で大きな政治問題となり、頓挫することが多々あります。
ある意味では、支持率80%を誇った“皇帝”プーチン大統領だからこそできる改革でもあります。
ただ、受給開始年齢引き上げのニュースを「埋もれさせる」ため、改革はW杯開幕日に発表するというやり方がやや姑息でもありました。受給開始年齢引き上げだけでなく、付加価値税も18%から20%に上がります。
あまりの不人気ぶりに、プーチン大統領は自分の責任ではないかのように、計画見直しを指示しています。
****ロ大統領、不人気の年金改革案を見直しへ****
プーチン・ロシア大統領は20日、定年の年齢引き上げ計画を見直す方針を明らかにした。財政均衡化には改革が必要とされているが、改革案は大統領支持率の低下や全国での抗議行動を招いており、見直しは改革の後退を示唆するものとなる。
政府の支持を得て議会に提出された法案は、定年の年齢を男性は60歳から65歳に、女性は55歳から63歳に引き上げる内容で、下院で行われた改正法案の第1読会で可決されている。
しかしプーチン大統領は、カリーニングラードを訪れた際、「最終決定は下されていない。この案件について、あらゆる意見と視点を聞く必要がある」と述べた。
大統領は、政府は年金制度改革の必要性に背を向けているわけではないと釈明したうえで、改革を好きになれないと指摘。「定年の年齢引き上げに関連するさまざまな選択肢のどれも、気に入らない。政府内の人々もほとんど気に入っていないと断言できる」と述べた。【7月23日 ロイター】
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【痛みを伴う改革もロシアのさまざまな経済問題の解決にはほとんど役立ちそうにない】
ロシアにとっての問題は、“こうした痛みを伴う改革もロシアのさまざまな経済問題の解決にはほとんど役立ちそうにない”ことであるとの厳しい見方があることです。
****W杯に隠れた年金改革、プーチン政権のリスクに****
・・・・年金受給開始年齢引き上げは、もっと前にやるべきだったといっていい。年金の財源不足を補うため国内総生産(GDP)の2%に相当する予算を振り替える必要を減らすためだ。
受給年齢引き上げは付加価値税の税率引き上げや石油業界の税制改革とともに、プーチン氏が5月に発表した8兆ルーブル(約14兆円)の医療、教育、住宅プログラムの財源確保への寄与を目的としている。
■不人気の改革
だが、サッカーの盛り上がりで注意がそれているにもかかわらず、この年金改革は極めて不人気だ。改革の責任を不運なメドベージェフ首相に押しつけたものの、プーチン氏の支持率はここ約5年で最低水準に落ち込んだ。
1日のデモが抗議デモのめったにない都市や社会層で起こったことは、当局への警鐘といえる。労働組合や普段は政府に忠実で操り人形同然の野党も、反汚職ブロガーのアレクセイ・ナワルニー氏の支持者らと共に抗議デモに参加した。
年金改革はプーチン氏の重要な支持基盤である高齢者や地方の労働者を直撃した。ロシアの81の地域のうち47地域で、男性の平均寿命は新たな年金受給開始年齢に届いていない。
それでも、抗議デモが政権の安定を揺るがす水準に達することはないだろう。プーチン氏は必要なら「良き皇帝」のごとくメドベージェフ氏のチームに年齢の引き上げ幅を縮めるよう命じて、改革の本質は維持しつつ妥協したかにみせることが可能だ。
だが、それよりも深刻な問題は、こうした痛みを伴う改革も、ロシアのさまざまな経済問題の解決にはほとんど役立ちそうにないことだ。
既に50代後半や60代前半のロシア人の多くは年金を補うため仕事を続けており、労働力不足の助けにはほとんどならない。こうした人々の状況は悪くなるだけで、付加価値税が上がれば、実質所得はさらに圧縮される。
ロシア最大の課題は成長を押し上げるための生産性向上だ。08年から17年までの成長率は年率平均1%にとどまっており、ロシア経済発展省は18年の成長率を1.9%と見込んでいると伝えられる。
これから定年退職者を支える若者のために、高い能力を伴う高賃金の仕事をもっと創出する必要もある。
■政府支出が優先
専門家が長年繰り返し指摘してきた通り、これには投資環境の改善や財産権の強化、独立した司法制度の確立が必要だ。
だが、ロシア政府はその代わりに、プーチン氏が5月に発表した計画に象徴されるように、政府支出が民間投資に取って代わり続けることを選んでいる。
こうした財政支出は、次の10年間の早い時期までに、成長を少し高め始めると同時に、エリート層がレントシーキング(都合のいいようにルールを変えて寡占利益を追求すること)をする機会も維持するだろう。
それでプーチン氏は24年までの通算4期目の任期を全うできるかもしれない。だが、W杯の輝きが色あせて時間がたてば、ロシアの人々はこれまでより貧しくなってしまうだろう。【7月3日 日経】
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司法制度改革を含めて、市場が有効に機能するように経済・社会の環境を抜本的に見直し、高い生産性を目指す必要があるとのことですが、それは一部エリート層と一体となったプーチン政治の否定でもあり、プーチン大統領のもとでは期待できないものです。
【「テレビvs.冷蔵庫」の闘い 若者は海外移住を希望】
ロシア国民も、そうしたプーチン政治の問題を実感するようにもなりつつあるとも。
****プーチン長期政権にひずみ・・・・国民による「テレビvs.冷蔵庫」の闘いとは?****
・・・・政権運営は一見安定しているように見える。しかし今、ロシアは国際原油価格の大暴落に端を発する原油安、ルーブル安、さらにクリミア併合やシリア空爆に抗議して欧米諸国が科す制裁という「経済の3重苦」を抱え、国民の生活はここ数年で急速に苦しくなってきている。
国民の間でいま起きているのが「テレビvs.冷蔵庫」の闘いだという。
「プーチン政権は3大テレビを国営化して、クリミア併合やシリア空爆、その他でロシア軍が華々しい勝利を得つつあるとのニュースを垂れ流してきました。国民は食べ物が不足しても、テレビを見れば安心することができた。しかし、最近インターネットの普及によって、必ずしもテレビが事実を伝えるわけではないと悟るようになり、国民は“空っぽの冷蔵庫”を心配し始めるようになってきているのです」(プーチン研究の第一人者として知られる政治学者の木村汎さん)(後略)
今後は一般国民からだけでなく、側近のエリートたちの不満が爆発するかもしれないと木村さんは予想する。【7月1日 AERA dot.】
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ロシアの若者らは、自国の将来にあまり希望を抱いていないようにも見えます。
****ロシアの若者、3人に1人が海外移住を希望 世論調査****
ロシア人の若者およそ3人に1人が、自国を離れて海外で生活したいと希望していることが、3日に発表された調査結果で明らかになった。
国営世論調査会社VTsIOMが18歳〜24歳を対象に実施した調査によると、移住を希望しているという回答者は31%。その中で最も人気のある移住先はドイツで、回答者の16%に上った。米国が7%、スペインが6%と続いた。
ロシアは現在、サッカーW杯の開催国として国際的な注目を浴びている一方で、ウラジーミル・プーチン大統領の前任期中に生活の質が悪化。近年は国際舞台での孤立を深めている。
さらに同国がウクライナからクリミア半島を併合したことで西側諸国が制裁を課し、経済面で打撃を受けている。
VTsIOMのトップを務めるステパン・リボフ氏は、今回の調査結果について、ロシア人の若者が「自国の恐ろしい現実から逃れたい」というよりも、「外の世界に対してますます開放的になっている」ことを示すと説明している。【7月3日 AFP】
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「外の世界に対してますます開放的になっている」というポジティブな解釈もあるようですが、どうでしょうか・・・。
いずれにしても、プーチン大統領は年金改革が惹起した国民不満の責任をメドベージェフ首相になすりつける形で“見直し”を行い“良き皇帝”として君臨し続けるのでしょうが(当初から、批判を受けてのある程度の見直しは織り込み済みかも)、それはロシアにとってよいことかどうかはわかりません。