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(カンボジアのプノンペンで下院選の投票を済ませ、インクの付いた手を見せるフン・セン首相(2018年7月29日撮影)【7月30日 AFP】)
【最大野党を排除しての与党圧勝という茶番】
昨日行われたカンボジア総選挙は、最大野党・救国党を解党に追い込んだフン・セン首相率いる与党・人民党がシナリオどおり議席の9割超を獲得する圧勝する(与党独自集計では全議席獲得という情報もあるようですが、人民党114、フンシンペック党6、草の根民主党5といった数字が関係筋からは示されているようです)という、およそ民主主義とは無縁の“茶番”となっています。
フン・セン首相が最大野党・救国党を解党に追い込み、前党首サム・レンシー氏はフランスへ亡命、ケム・ソカ党首ら野党幹部を拘束するといった政治弾圧を行っているのは、前回選挙で救国党に追い上げられ、このままでは政権を失うとの危機感があったものと見られています。
弾圧に対する首相側の表向きの言い方としては、「反逆者を排除した」「正当な政府を転覆しようとする野党や陰で糸を引く外国人らの試みは、厳格な法的措置によって阻止された」ということになります。
****カンボジア首相 「反逆者の排除」成功をアピール、29日に総選挙****
カンボジア下院総選挙の投開票を2日後に控えた27日、フン・セン首相が首都プノンペンで開かれた選挙集会で演説し、最大野党の解党に言及して「反逆者の排除」に成功したとアピールした。有力な野党が存在しない中、カンボジアの事実上の一党独裁は続く見通しだ。
(中略)フン・セン首相はいつもの大げさな表現で総選挙の勝利を誓うとともに野党勢力を攻撃した。野党勢力の多くの人は投獄、政治亡命、国内での潜伏などの憂き目にあっている。
フン・セン首相はCNRPの解党に言及し、「最近、政府転覆を企てた反逆者どもを排除する法的措置を取った」と語った。「やつらを厳しく排除していなかったら今ごろカンボジアは戦場となっていただろう」
1990年代以降、自身の政権下でカンボジアが平和とある程度の繁栄を享受してきたというのが、フン・セン首相が訴える実績の柱だ。
カンボジアは1990年代初めに内戦を脱し、クメールルージュとも呼ばれたポル・ポト派を消滅させている。CPPは年率6〜7%ほどの成長率でカンボジア経済を押し上げている。
ある支持者は、「CPPと共にわが国は成長している。学校も、平和も、あらゆるものを手にしてきた」「7月29日、わが党は大勝利を手にするだろう」と語った。
総選挙には20党が候補者を出しているが、これらの多くは新党か素性のあやしい党で、選挙に正統性を与えるために参加したと批判されている。
国際人権連盟のデビー・ストサード事務局長は26日、「カンボジアの選挙は、フン・セン氏の独裁的支配を延命させるためのごまかしだ。カンボジアをさらに悲惨で抑圧された状態に陥れるものだ」と指摘した。【7月27日 AFP】
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フン・セン首相がカンボジア国民ともに内戦の地獄を生き抜き、内戦後の復興をリードしてきたのは事実ですが、最大野党を排除して政権を維持することを正当化できるものでもありません。
“カンボジアで長きにわたった内戦が終わり、国連の下で復興に向けた総選挙が1993年に実施されて25年。経済は徐々に発展を遂げ、首都プノンペンの表情は見違えるようになった。だが、農村部との格差は広がるばかり。フン・セン政権の「1強政治」が続くなか、物言えぬ閉塞(へいそく)感も社会に広がりつつある。”【7月25日 朝日】という長期政権の弊害も強くなっています。
当然ながら、救国党側は、今回選挙を強く批判しています。
****カンボジア総選挙 最大野党幹部「民主主義は死んだ」****
(中略)去年、フン・セン政権によって解党に追い込まれ、今回の選挙に参加できなかった最大野党・救国党のムー・ソクア副党首は30日、インドネシアの首都ジャカルタで記者会見を開き、「選挙が行われた7月29日はカンボジアの民主主義が死んだ日となった」と述べて、選挙に正当性はないと強く主張しました。
また国家反逆の疑いで逮捕された救国党党首の娘で、党の幹部でもあるケム・モノビチア氏は、「フン・セン政権を非難するだけでは現状を変えることはできない。行動は言葉より強い力を持つ。関係国には選挙の支援を打ち切ったアメリカやEU=ヨーロッパ連合のように、カンボジアに対して適切な措置を検討してほしい」と述べて、フン・セン政権に対して厳しい対応を取るよう国際社会に訴えました。【7月30日 NHK】
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また、救国党の前党首、サム・レンシー氏は、滞在先のフランスで「われわれは、すべての国民に今回の選挙を認めないよう求めるとともに、デモ行進を行ったり、国際社会に対してフン・セン政権に制裁を科すよう求めたりするなど、あらゆる平和的な手段で抗議するよう呼びかける」と述べ、引き続き抵抗していく考えを示しています。
【ボイコットか、選挙参加で権利主張か・・・悩ましい選択】
今回、選挙戦への参加を許されなかった最大野党・救国党は選挙のボイコットを訴えており、与党圧勝は確実としても、その投票率が注目されました。
****カンボジア、29日に下院選 与党、投票率上昇に躍起****
カンボジア下院選が29日、投開票される。解散を強いられ選挙に参加できなかった旧最大野党側は投票ボイコットを呼び掛けるが、圧勝が濃厚なフン・セン政権はあの手この手で投票率を上げ、選挙での信任を国際社会に訴える構えだ。
2013年の前回下院選で与党カンボジア人民党に肉薄したカンボジア救国党は昨年11月、政府転覆計画に関わったとして解散に追い込まれた。国外逃亡中のサム・レンシー元党首らは不当な選挙だとし、国民に投票に行かないよう呼び掛けている。
選挙運動最終日の27日、与党はプノンペンで数万人規模の集会を開いた。【7月27日 共同】
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“あの手この手”には、当然金品による誘導もあるでしょうし、地域社会における公然、あるいは暗黙の圧力もあるでしょう。投票時に二重投票防止のために指にインクがつけられますので、投票したかどうかは一目瞭然です。厳しい監視の目が光る地方では不利益を恐れて投票に行かざるを得ない実情もあります。
野党側の中にも、ボイコット戦術には異論があります。
****投票率、焦点に カンボジア総選挙、あす投開票***
カンボジア下院(定数125)の総選挙が、29日に投開票される。選挙戦の最終日となった27日、与党・人民党などが最後の訴えをし、投票を呼びかけた。前回総選挙で躍進した最大野党・救国党が解党され、与党の勝利は揺るがない情勢だが、救国党側は投票のボイコットを呼びかけており投票率が焦点になりそうだ。(中略)
一方、政治の変革を掲げて初めて総選挙に挑む野党・草の根民主党は、世界遺産のアンコールワットがある中部シエムレアプで最後の選挙運動を行った。創設者の一人のヤン・セン・コマ氏は「自立したカンボジアをつくるには、我々に投票することが最良の選択だ」と訴えた。
2013年の前回総選挙では最大野党の救国党が4割以上を得票し、人民党に迫ったが、政権転覆を謀ったとして最高裁が昨年11月に解党を命じた。救国党の勢いを、フン・セン政権が恐れたためとみられている。今回の選挙では、救国党が得た約300万票の行方に注目が集まっている。
救国党元幹部らは、自らが参加できない選挙は「フェイク(偽)だ」として、投票ボイコットを呼びかけている。前回、救国党に投票したシエムレアプのトゥクトゥク(3輪タクシー)運転手の男性(43)は「今回は行かない」と話す。
一方で、救国党の支持者らの間には「投票の権利は行使したい」という声もあり、草の根民主党の支持に回る動きもある。
政府・与党にとっては、ボイコットが広がって投票率が下がれば、選挙の「正当性」を主張しにくくなるだけに、有権者らに投票に行くよう「圧力」をかけているとの指摘もある。
前回の投票率は70%近くあり、「60%を切るようなことになると、与党にとっては厳しいのでは」とNGO関係者は話す。
欧米諸国はすでに正当性を認めておらず、選挙支援から手を引いている。投票日を前に国際人権団体なども改めて批判しており、投票率が低ければ非難がさらに強まる可能性がある。【7月28日 朝日】
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「草の根民主党(GDP)」については以下のようにも。
****逆境の中でも希望を捨てずに独立系の政党活動を続ける人々****
・・・・このような状況では、2018年の総選挙は自由で公正な選挙とはいえないという見解が国際社会で強まっているが、逆風の中、農家と市民を母体とし、民主的な政党活動を続ける新しい政党がある。草の根民主党(Grassroots Democratic Party: GDP)である。
GDPは2015年8月2日に、「クメールのためのクメール(Khmer for Khmer:KfK)」という社会ネットワークの仲介により、元NGO代表、10か所の地方の農家グループ・リーダー、教員、労組メンバー、若者などによって創立された。
KfKは民主的で豊かな社会を実現するためには、一般の人々が政治過程に参加し、民主的に運営される政党活動が重要であることを広めていた。(中略)
GDPの主要な構成員は、多様な市民や農家で、二大政党である救国党や人民党が政策論議ではなく党首間の誹謗中傷に終始し、党運営もトップダウンであることに共感できず、GDPのボトム・アップ・アプローチや農業政策、ジェンダー政策など政策に共鳴して支持者となった人たちだ。(中略)
党首と事務局長はGDP党員の投票によって選出されている。(後略)【5月8日 SYNODOS】
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不正な環境で行われる選挙に対し、ボイコットによって不正をアピールするか、あるいはあくまでも参加して権利を主張するか・・・・多くの選挙でも問題となる悩ましい選択ですが、草の根民主党は選挙参加の結果、5議席程度を獲得する・・・との情報もあります。
注目された投票率は、82%超と前回選挙を大幅に上回ったとされています。
****投票率 大幅アップはなぜ****
今回の総選挙の投票率は82.17%で、与党・人民党と最大野党・救国党が激しく競り合った前回、5年前の投票率69.61%を12ポイント余りも上回りました。
しかし、投票者数で比べてみると、今回が688万5000人余り、前回は673万5000人余りで、今回は前回よりおよそ2%しか増えていません。
一方、有権者数は、今回が838万人なのに対して前回は967万5000人で、国の発展に伴って人口は増えているにもかかわらず、有権者数はこの5年間でおよそ130万人も減ったことになります。
これについて、カンボジアの選挙管理委員会は、前回の有権者登録で二重登録などの不備があったためだと説明しています。今回の投票率が前回を大幅に上回ったのは、有権者数の数え直しによるところが大きくなっています。
ただ、投票率が80%を超えたのは15年前、2003年の総選挙以来で、フン・セン政権としては高い投票率を基に選挙の正当性を訴えるものとみられます。【7月30日 NHK】
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母数となる有権者数が前回までは大幅に水増しされていた・・・という話のようです。そこを是正したため投票者数は変わらないが、投票率は大幅にアップした・・・。
事情はともあれ、高い投票率は与党側にとっては都合のいい数字です。
“フン・セン首相は投票締め切り後、自身のフェイスブックに「同胞たちは民主主義の道を選び、権利を行使した」と書き込んだ。”【7月30日 AFP】
ただ、“一党独裁的な支配下での選挙では「投票者への脅迫や票の買収により投票率が膨らむ」(豪グリフィス大のリー・モーゲンベッサー氏)傾向があるとの見方も出ている。”とも。【同上】
前回は1.6%だった無効票が、今回は8%以上に増加しているとの情報もあります。
【選挙から手を引いた欧米、制裁は? 全面支援の中国 及び腰の日本】
いずれにしても、与党の“勝ち”は勝ちです。問題は、今後どうなるかです。
****<カンボジア>欧米の経済制裁、市民「懸念」****
29日投開票されたカンボジアの下院総選挙を受け、フン・セン首相の強権姿勢を批判してきた米国や欧州連合(EU)などがどう対応するかが今後の焦点の一つとなる。
市民の間には経済制裁を心配する声も強い。一方、権力の維持に「成功」したフン・セン氏が、過去と同様に、一定程度柔軟姿勢に転じるとの見方もある。
フン・セン氏の強権政治に対し、米国やEUなどは繰り返し非難声明を出してきた。また、米国は「民主主義を傷つける行為」に関与した個人らへのビザ(査証)発給制限措置も発表した。ただ、いずれも後発の途上国向けの特別な特恵関税制度は維持している。
一方、中国はフン・セン政権を支持する。中国にとってカンボジアは現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」のパートナーであり、南シナ海問題で中国を支持してくれる大事な国。中国企業の進出や投資も盛んだ。
これらを背景にカンボジア経済は好調に推移し「フン・セン首相の強気の背景にもなっていた」(カンボジアのNGO代表)。だが、欧米が関税引き上げなどの経済制裁に乗り出せば、衣料品や革靴など輸出産業に打撃を与えるのは必至だ。
50代の公務員男性は「自分の知る人はみな経済制裁を心配している。もし発動されれば経済危機が起きる。中国は物を買ってはくれない」と話す。
この男性は「フン・セン首相は選挙で勝てるか自信が持てず、強硬姿勢を貫いたのだろう。だが彼は融通が利くタイプだ」と言う。選挙後、欧米の圧力が高まれば、5年間政治活動を禁じられた救国党幹部らの復帰を認めるなど、妥協する可能性もあるとみる。
先のNGO代表も「与野党の共存に向けた対話が始まることを期待したい」と話す。カンボジアでは選挙などをめぐり与野党間の激しい「対立」と「合意」が繰り返されてきた。その当事者が、30年以上実権を握るフン・セン氏だからだ。
一方、日本は今回、欧米などとは一線を画した対応を取った。投票の様子を視察した藤田幸久参院議員(国民民主)は「カンボジアがさらに中国寄りとなることを日本政府は心配するが、言うべきことは言わねば。カンボジアに直接働きかけられるのは、日本だけなのだから」と話す。
東南アジアでは強権的な統治が目立ち、隣国タイは2014年にクーデターで軍事政権が発足して以降、民政復帰に向けた総選挙は実施されていない。プノンペンの警備員、チャン・ナリットさん(37)は「とにかく選挙は実施され、新政権も発足する。タイよりましではないか」と話した。
◇汚職など深刻化恐れ
高橋宏明・中央大文学部教授(東洋史)の話
今後、フン・セン首相周辺への権力集中がさらに進み、非民主的・権威主義的体制が強まる恐れがある。汚職や政治腐敗もさらに深刻化するかもしれない。(中略)
国際社会は選挙の正当性をどう評価するかが焦点になるが、制裁を科す可能性は低いだろう。
日本は選挙を巡る人権弾圧の情報を集め、もし生命に危険が及ぶケースがあった場合は厳重に抗議すべきだ。その上で、欧米が重視する自由と民主主義だけでなく、富の公平・公正な分配や社会的弱者の支援といった価値観を明確に提示しながら友好関係を発展させる必要がある。【7月29日 毎日】
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欧米が不正選挙への批判を強めるなかで、日本はフン・セン政権を支える中国に対抗して選挙協力してきた経緯があります。
****日本、カンボジアへの支援と投資を拡大、ライバル中国に対抗****
2018年7月23日、中国メディアの参考消息網によると、米テレビ局CNBCのニュースサイトは19日、「日本がカンボジアで、ライバルである中国の影響力に対抗するため、同国への支援と投資を拡大し存在感を高めようとしている」と報じた。
CNBCは、今月29日のカンボジア総選挙について「日本と中国による東南アジア諸国への影響力争いの代弁者になっている」とし、世界第二の経済大国・中国が、カンボジアの選挙管理委員会に対し、投票所やノートパソコン、その他機器のために2000万ドル(約22億円)を提供したのに対し、日本も1万個の投票箱など750万ドル(約8億3000万円)相当の援助を提供したと伝えた。
その上で記事は「これらの貢献は驚くべきことではない」とし、「このアジアの二つの大国は、カンボジアと深いつながりがある」と指摘。
中国は現代版シルクロード経済圏構想として知られる大陸をまたぐインフラ建設プログラム「一帯一路」を通じてカンボジアに十数億ドルの融資を提供しているのに対し、「日本もその足跡を残し始めている」とした。
記事は、「開発途上国での存在感を高めようとしている日本は今年4月、カンボジアに総額9000万ドル(約100億円)以上の助成金と貸付金を提供することで合意した」とし、タイ・ナレースワン大の専門家の話として「日本の外交政策は、カンボジアにおける中国の影響力への対抗を意図したものだ」と伝えている。【7月24日 レコードチャイナ】
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直接的な利害が少ない欧米と日本では立場が違う・・・ということでしょうが、日本国内でも選挙支援する日本政府への在住カンボジア人の抗議デモなども行われました。
さすがに日本政府も25日、今回は選挙監視団を送らないと表明。関係筋は「さすがに正当性があるとは言えず、政府としての監視団派遣は難しいと判断したようだ」と話しています。
中国の立場は明快です。
「順調に選挙が実施されたことに祝賀の意を表する」(耿爽(こうそう)副報道局長)と、中国が事実上の後ろ盾となっているフン・セン首相率いる与党の大勝を歓迎しています
"今回の選挙について欧米から批判の声が上がっている点について、耿氏は「選挙はカンボジアの内政だ。国際社会はカンボジアの安定の維持と発展のために建設的な手助けをするよう求める」とけん制した。耿氏は両国の密接な関係を「運命共同体」などと表現した・・・”【7月30日 毎日】