(イラク・バグダッドで、抗議デモに参加する人々(2019年10月4日撮影)【10月5日 AFP】
【増加する犠牲者、100人近い死者とも】
現在、旅行中で時間がとれないので、簡単に気になっている記事の紹介だけ。
イラクでの混乱が拡大しているようで、死者数が時間を追うごとに膨らんでいきます。
現時点の報道では「100人近い」とのことですが、それも定かではないようです。
****イラクの大規模デモ5日目、死者数が100人近くに*****
イラクの首都バグダッドや同国南部で行われている大規模な抗議デモが5日目を迎えた5日、これまでの死者数が93人に増加したことが分かった。同国議会の人権委員会が同日、発表した。
同委員会によれば、慢性的な失業、貧弱な公共サービス、まん延する汚職に対して行われた、バグダッドでの今月1日の抗議活動以降、負傷者は4000人近くに上っているという。
今回新たに発表された数字について、4日に行われた大規模な抗議活動、もしくは5日に新たに行われたデモによる犠牲者かどうかは今のところ分かっていない。
当局は現在、事実上インターネットの遮断措置を講じており、各地での抗議行動による犠牲者の確認作業も緩慢なものとなっている。 【10月5日 AFP】
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イラクでは、2014年から勢力を拡大した過激派組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦が2017年にはほぼ終結。基本的には「戦闘で荒廃した国土の復興途上にある」とされていました。
ときおり、IS残党絡みのテロがおきたり、2018年の総選挙でゴタゴタして組閣が遅れたりといったことはありましたが、シリアやイエメンなど混乱を極めている地域が他にあるせいもあって、あまりイラク関係の大きなニュースというのは多くありませんでした。
それがここにきて、“慢性的な失業、貧弱な公共サービス、まん延する汚職”、一言で言えば「復興の遅れ」に対する国民の怒りが一気に噴き出した感があります。
【特定の宗教や政党による後押しもなく、デモは主にソーシャルメディア上で組織】
最初の印象として、混乱の背景に特定政治勢力が存在するのか?という疑問が生じます。
イラク政治では、シーア派・スンニ派・クルド人の対立、シーア派内部でも親イラン勢力とイランから距離を置く勢力の対立といった対立軸がありますが、今回の混乱は特にどの勢力が組織したというものではないと報じられています。
****イラクで大規模反政府デモ、30人以上死亡 外出禁止令やネットアクセス制限も****
<失業や公共サービスの不備に不満を募らせた市民と治安部隊の衝突で死者30人以上との報道も>
イラクでは10月1日から始まった反政府デモが激しさを増している。政府は抗議行動の取り締まりや外出禁止令の発令、インターネットやソーシャルメディアへのアクセス制限などで鎮静化を図っているが、中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると3日の時点で死者の数は31人(その後増加しているのは、冒頭記事のとおり)にのぼったと報じられている。
政府は首都バグダッドをはじめ国内の複数の都市に外出禁止令を発令。またインターネット上の著作物やサイバーセキュリティなどを監視する団体「ネットブロックス」によれば、イラク国内ではインターネット接続が通常の70%に制限され、フェイスブックやツイッター、ワッツアップやインスタグラムなど主要なソーシャルメディアへのアクセスが遮断されている。
アルジャジーラのイムラン・カーン特派員は、外出禁止令は概して功を奏していると報じた。「デモの参加者たちは終日、バグダッド市内で集会をもとうとしているが、50〜60人集まるたびに治安部隊に解散させられている。政府はいつ外出禁止令を解くつもりなのかを明らかにしていない」
デモ隊を排除するための治安部隊の手法も激しさを増しており、催涙ガスや実弾も使用されている。
デモ隊の要求はエスカレート
イラクの治安当局筋によれば、3日にはバグダッド中心部の政府官庁街「グリーンゾーン」で2件の爆発が発生。デモ隊が同区域に集まる政府庁舎や在外公館を攻撃するのではという懸念から、周辺一帯が封鎖された。
デモが発生したのは10月1日。若者を中心とする大勢の市民がバグダッドに集結し、失業の増加や政府の腐敗、公共サービスの不備などへの不満を訴えた。イラクでは停電が頻発し、夏場の暑さをしのぐ手段を奪われた市民は苛立ちを募らせていた。
アルジャジーラの報道によれば、一連のデモに指導者はおらず、特定の宗教や政党による後押しもない。デモは主にソーシャルメディア上で組織されているという。
デモが始まって以降、デモ隊の要求もエスカレートしており、多くのデモ参加者がアデル・アブドルマフディ政権の交代を求めている。
デモは開始から3日で国内全域に拡大した。暴力はほとんどないが、ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、南部ナジャフではデモ隊が政党の事務所に放火した。
アブドルマフディ首相は2日、国家安全保障会議を臨時招集。一連の事態について協議を行い、「国家安全保障会議は市民の抗議する権利、表現の自由を認め、デモ隊の正当な要求には応じるが、抗議デモの中で行われた野蛮な行為については非難する」との声明を出した。
2018年10月に就任したアブドルマハディは博士号を持つ経済学者であるにもかかわらず、豊富な石油収入を生かして景気を改善させることも、公共サービスを安定的に供給することも、腐敗を根絶することもできていないと批判されている。大規模デモへの治安部隊の対応に対しても、国内外から批判の声が上がっている。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは3日、イラク政府に対して、今すぐ「治安部隊を止める」ようにと呼び掛けた。【10月4日 Newsweek】
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“一連のデモに指導者はおらず、特定の宗教や政党による後押しもない。デモは主にソーシャルメディア上で組織されているという”・・・・香港の反政府抵抗運動もそうですが、最近はこうしたソーシャルメディアを使用した運動が特徴ともなってきています。
指導者がいないだけに、当局側も効果的な抑制が困難であるという面と、組織されていないので時間とともに運動が拡散消滅してしまうという面の両面があるように思えます。
【議会第一勢力指導者サドル師、首相の退陣を要求】
抗議行動を主導した勢力はないにしても、この混乱を政治的に利用しようという勢力はあります。
イラク政治の混乱で常に名前があがるのが、昨年総選挙で議会第一勢力の指導者ともなったサドル師です。
****イラク・シーア派指導者が政府退陣を要求、大規模デモ死者60人に****
イラク各地で汚職や失業の増加などに抗議して行われている大規模デモが4日目を迎え、警察との衝突で多数の死者が出る中、同国のイスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師は4日、政府に退陣を要求した。
シーア派民兵組織の元指導者で、現在は国会最大の政党連合に所属するサドル師は、これ以上死者を出さないためにも「政府が退陣し、国連の監視下で早期選挙を行うべきだ」と主張した。(後略)【10月5日 AFP】
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昨年イスラム教シーア派のアデル・アブドルマハディ元石油相が首相に就任する際には、議会第一勢力であるサドル師も推薦した経緯がありますが、その後の首相とサドル師の距離については知りません。
【吹き荒れるむき出しの暴力】
それにしても死者が100人近い、負傷者は4000人近いというのは大変な数字です。
香港などでは一人犠牲者が出るだけでも大きな問題となりますが・・・・。
中東やアフリカなどと欧米や東アジア世界では「暴力」に対する国家・国民の認識が異なるようです。
(チベット・ウイグルや香港などで強権的支配が問題視される中国でも、これほどの露骨な暴力は現在では行使されません)
血で血を洗う内戦・混乱を経験してきた中東・イラクでは、むき出しの暴力が吹き荒れ、メディア・国際社会もそれを当たり前のことのように受け止めがちですが、もっと深刻に憂慮すべき事態でしょう。