孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

米中貿易戦争 民主主義もしくはトランプ政権の脆弱性から部分合意へ? ウイグル“カード”も

2019-10-11 22:15:45 | 中国

(トランプ氏(左)は習国家主席との個人的な関係を利用して、交渉の行き詰まりを打開してきた【10月2日 WSJ】)

 

【「我慢比べ」では不利な民主主義体制】

長引く米中の「貿易戦争」は単に貿易面での対立だけでなく、「将来的に世界の覇権を握るのはどちらのか?」という、より根本的な側面も併せ待った形で展開していますが(特に対中国強硬派にとっては)、さしあたっての問題は貿易上の問題であり、特にトランプ大統領は短期的に「目に見える成果」が出せる通商面での決着を強く求めていると思われます。

 

特に、8月以降の貿易戦争の展開は、双方の攻撃的な姿勢によって、「どちらが先に、より深刻な致命傷を負うのか?」という「我慢比べ」の状況にあります。

 

そうした「我慢比べ」にあっては、国民の不満がストレートに政治に反映する「民主主義体制」、より具体的には「選挙」に基づく政治体制は、中国のような強権的支配体制に比べると不利な面があります。(中国支配体制が国民不満を無視できるということではありませんが)

 

****米中貿易戦争、なぜ中国は自らが勝てると考えるのか?****

中国はなぜ戦術を変えたのか?

米中貿易戦争はある折り返し地点を経過したのである。その折り返し地点は8月だった。

 

まず、8月までの経過を見てみると、中国は基本的に「引き伸ばし戦術」だった。米側との通商交渉は一進一退しながらも、正面衝突を避けてきた。その目的は来年(2020年)の米大統領選でトランプ氏が落選すれば、次の新大統領との再交渉に持ち込み、対中政策の緩和を引き出すというものだった。

 

いわゆる「他力本願」の戦術でもあった。しかし、この「引き伸ばし戦術」が決定的な破綻を迎えたのは、中国が5月に合意内容を反故にしたときだった。

 

昨年から交渉が始まって合意されたほとんどの内容を一旦白紙撤回した中国を前面に、トランプ氏は怒りを抑えきれず、交渉テーブルを蹴った。そこからトランプ氏は制裁の度合いを一気に高め、中国が望んでいた「再交渉」はついに実現できなかった。

 

つまり「他力本願」ということで依存してきたトランプ氏は中国が望んでいた通りの行動を取らなかった。それは中国の企みが見破られてしまったからだ。バイデン氏が次期米大統領になれば、トランプ氏路線の撤回も可能になるという中国の企みがとっくにばれていた。

 

ここまでくると、もう受身的な他力本願では無理だと中国は判断し、戦術の変更に踏み切る。能動的な出撃に姿勢が一変した。

 

8月23日中国は、合計750億ドル相当の米国製品に追加関税を課すと発表した。大方の報道は、これがトランプ米大統領が発動を計画する対中関税第4弾に対する報復措置としていたが、それは間違った捉え方である。

 

出撃ではあるが、報復ではない。逆に米国の報復を引き出すための出撃であった。案の定、中国の読みが当たった。トランプ氏はすぐに反応し、わずか数時間後に、すでに発動済みの2500億ドル分の追加税率を10月1日に25%から30%に、9月以降に発動する対中制裁関税「第4弾」の追加税率を10%から15%に引き上げると発表した。

 

貿易戦争がこれで一気にエスカレートした。中国はもはや「引き伸ばし戦術」に固執しなくなった。いや、一転して攻撃型戦術に転じたのだった。なぜそうしたかというと、貿易戦争の激化という結果を引き出そうとしたのではないだろうか。非常に逆説的ではあるけれど。

 

貿易戦争が激化すれば、米中の両方が傷付く。それは百も承知だ。それでも戦いをエスカレートさせようとするのはなぜか。答えは1つしかない。戦いの末、中国よりも米国のほうがより深刻な致命傷を負うだろうという読みがあったからだ。あるいはそうした「賭け」に出ざるを得なかったということではないだろうか。

 

米中の「我慢比べ」と「傷比べ」

まず、米国が負い得る「傷」を見てみよう。何よりも米経済がダメージを受け、景気が後退する。特に対中農産品の輸出が大幅に縮小することで、米農民の不満が募る。それが来年(2020年)の大統領選にも影響が及びかねない。

 

トランプ氏は大票田の農民票を失うことで、当選が危うくなることである。むしろこれは中国がもっとも切望していたシナリオではないだろうか。

 

「引き伸ばし戦術」でじわじわ攻めても、そのシナリオが実現せず、トランプ大統領が続投することになった場合、まさに中国にとっての地獄になる。あと4年(任期)などとてももたないからだ。

 

そこで一気にトランプ氏を追い込む必要が生じたのである。中国の力で倒せないトランプ氏を、米国民の票で倒すしかない。ここまでくると、逆説的に米国の民主主義制度が中国に武器として利用されかねない。

 

次に、中国の「傷」はどんなものだろうか。すでに低迷していた中国経済の衰退が加速化し、対米関税の引き上げによって特に大豆やトウモロコシ等の供給が大問題になり、食用油や飼料価格が急騰すれば、肉類や食品価格も押し上げられ、インフレが進む。物価上昇が庶民の生活に深刻な影響を与え、民意の基盤を揺るがしかねない。

 

ただ、中国の場合、1人1票の民主主義制度ではないゆえに、トランプ氏のようにトップが政権の座から引き摺り下ろされることはないのである。

 

庶民の生活苦は一般に政治に反映されにくい、あるいは反映されない。そこは逆説的に中国の強みとなる。つまり民意による政治の毀損、その影響が他の形で致命的に至りさえしなければ、中国は我慢比べの結果で米国に勝つ可能性があるわけだ。

 

これに対して米国は逆だ。たとえ長期的に国益になるといえども、短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。

 

この局面の下では、トランプ大統領にとって取り得る政策の選択肢はあまり残されていない。それはつまり、中国の「傷」をより深いものにし、より短期的に致命的なものにする、それしかない。関税の引き上げはもちろんのこと、何よりも外資の中国撤退、サプライチェーンの中国からの移出が最大かつ最強の武器になる。

 

これからの1年が勝負だ。トランプ氏は米国企業の中国撤退を命じると言ったが、それは単なる冗談ではない。直接命令の代わりに法や政策の動員が可能であろうし、実際に中国国内のコスト高がすでに外資の撤退を動機付けているわけだから、それをプッシュする力を如何に加えるかである。

 

そうした意味で、中国は危険な「賭け」に乗り出しているといっても過言ではない。その賭けに負けた場合、中国にとって通商や経済の問題だけでは済まされない。深刻な政治問題、統治基盤の動揺にもつながりかねない。

 

昨年(2018年)12月18日、習近平主席が改革開放40周年大会で、中国の未来について「想像し難い荒波に遭遇するだろう」と述べた。さすが偉人だけにその予言は当たっている。【8月30日 WEDGE】

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【通商面での部分合意の観測も】

アメリカは、10月1日に予定していた中国からの輸入品のうち、2500億ドル分に上乗せしている関税を25%から30%に引き上げる措置について、発動を10月15日に延期しましたが、その期限が来週です。

 

この期限に合わせて、何らかの部分的な合意によって関税非上げを保留にするのでは・・・との観測もなされています。

トランプ大統領本人も合意の可能性をアピールしています。

 

****米中、通商合意に至る公算大きい=米大統領****

トランプ米大統領は9日、米中が通商合意に至る公算は大きいとの見方を示した。

 

トランプ大統領は記者団に対し「ディール(取引)を行えるなら行う。その公算は大きい」とし、「自分自身の考えでは、中国はわれわれよりも取引をしたがっている」と述べた。

米中は通商問題を巡り10日に閣僚級協議を開始する。【10月10日 ロイター】

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****米国、中国との部分合意の一環で通貨協定を検討=ブルームバーグ****

米政府は、通商問題を巡る中国との部分合意の一環として、通貨協定を打ち出す方向で検討している。ブルームバーグが関係筋の話として報じた。部分合意によって、来週予定していた一部中国製品への関税引き上げを保留にする可能性があるという。

報道によると、米ホワイトハウスは部分合意を第一段階と捉えており、その一環として既に合意している通貨協定を打ち出したい考え。

 

部分合意に続き、技術移転の強要や知的財産権といった問題に関してさらなる協議を行う見通しだという。【10月10日 ロイター】

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この問題と直接関係しているのかどうかは知りませんが、米中対立の象徴ともなっている「ファーウェイ」に関しても動きがあるようです。

 

****米政権、ファーウェイへの一部製品供給を近く許可へ=NYT****

トランプ米政権は、米企業に対し、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)への一部製品の供給を容認するライセンスを近く発行する。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が9日、関係筋の話として報じた。

ファーウェイは米国の禁輸措置の対象となっているが、政府は先週、国内数社に輸出を許可することを承認したという。認められるのは安全保障上の懸念がない製品となる。(後略)【10月10日 ロイター】

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【「ミニ合意」を必要とする弾劾で足元がふらつくトランプ政権】

トランプ大統領は「中国はわれわれよりも取引をしたがっている」と言っていますが、ウクライナ疑惑などで弾劾が俎上に上っているトランプ大統領が何らかの「成果」を求めている面が強いように思われます。

 

****トランプ氏弾劾調査、対中「ミニ合意」促す動機に ****

米下院がドナルド・トランプ米大統領に対する弾劾調査に踏み切ったことで、トランプ氏にとって、中国との限定的な貿易協定で合意を目指さざるを得なくなる可能性がある。政権の維持を賭けた戦いになることが予想される中、自身への支持を高めておきたいとの思惑が働くためだ。米中の事情に詳しい関係筋は先行きをこう読んでいる。

 

ただ、米中双方が大幅な譲歩には後ろ向きなことから、こうした「ミニ合意」が実現する見込みも、確実とは言えないようだ。

 

しかも、トランプ氏が政治的にぜい弱な立場にあると中国が判断すれば、中国にとっては合意を結ぶ動機が薄れる可能性がある。

 

「中国は合意を必要としており、トランプ氏を助けることが望ましいという極めて説得力のある論拠を誰かが示さなければならない」。米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のシニア中国専門家、スコット・ケネディー氏はこう指摘する。「中国は限定的な合意に関心があるかもしれないが、大規模な合意に必要な歩み寄りを行うほど、米国を信頼していない」

 

トランプ政権は誕生以来、経済政策に関して中国に厳しい姿勢を打ち出しており、12月15日には中国からのほぼ全輸入品に対して関税が発動される予定だ。だが2021年になれば、新政権がこうした政策を覆すかもしれない。

 

トランプ氏が政権存続をかけて戦う中、支持者からは、強硬路線を貫いている対中貿易交渉から何らかの成果を確保し、トランプ氏を支持する共和党議員を安心させるべきとの指摘が出ている。(中略)

 

トランプ政権関係者や財界首脳らは足元、ミニ合意の締結や12月15日の関税発動延期、長期化している交渉の再活性化などに向け、双方から譲歩を引き出す方策を協議している。

 

ロバート・ライトハイザー通商代表部(USTR)代表ら米中双方の高官は今月、ワシントンで米中貿易交渉を再開する見通しだ。

 

米中両国が敵対的な姿勢を強め、トランプ政権が関税政策を推進していることを踏まえると、包括的な合意が近く実現する見込みは薄い。中国の専門家らは、トランプ氏が自身の実績を際立たせ、支持層を盛り上げるため、対中強硬姿勢を強める可能性さえあるとみている。

 

米業界団体は総じて、トランプ政権による一方的な関税発動に反対している。(中略)

 

中国政府内では、米政府が中国の経済発展を抑え込もうとしているとの見方が広がっている。先週には、トランプ政権が中国企業による米市場での上場禁止など、米投資家による対中投資の制限を検討しているとの報道が伝わり、こうした見方に拍車をかける形となった。

 

米財務省は9月30日、中国企業の米上場を阻止する計画はないと明らかにした。

 

トランプ氏個人にとっては、弾劾調査やその他の政治的な攻防により、合意実現に向けた交渉や対話に必要とされる時間とエネルギーが奪い取られる恐れがある。ビル・クリントン元大統領が弾劾に直面した当時、商務省に勤務していた貿易専門家、ビル・レインシュ氏はこう指摘する。

 

トランプ氏はこれまで、中国の習近平国家主席との個人的な関係を利用して、主に首脳会議や国際会議の場などを通じて、貿易交渉における行き詰まりを打開してきた。(中略)

 

現時点で、トランプ氏が11月半ばに開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するかは不透明だ。APECには中国を含む多くの国の首脳が参加する。

 

バラク・オバマ前大統領は2013年、与野党の攻防激化や政府機関の一時閉鎖などを受けてAPEC首脳会議への出席を取りやめ、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉妥結が遅れた経緯がある。

 

カウエン・アンド・カンパニーのアナリスト、クリス・クルーガー氏は「トランプ氏がAPECに出席しなければ、年内に暫定合意が実現する確率は極めて低くなる」とみている。【10月2日 WSJ】

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来週にも部分合意が成立するとすれば、その背景にあるのは“短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。”・・・と言うよりは「トランプ政権の脆弱性」でしょう。

 

来週の部分合意を足掛かりに、11月のAPECで「より広範な暫定合意」を・・・というシナリオでしょうか。

 

ただ、そもそも弾劾問題で足元がふらつき始めたトランプ政権に中国側が譲歩の必要性を感じるのか?という問題があります。

 

また、香港問題で中国が「手荒な手段」に出れば、合意の可能性は吹き飛んでしまいます。

 

【ウイグル族弾圧問題を取り上げるアメリカ 通商交渉の“カード”か】

上記の通商面での部分合意をめぐる動きの一方で、アメリカはポンペオ米国務長官が前面に出る形で、中国のウイグル族弾圧を最近しきりに取り上げていますが、おそらく中国側をけん制する“カード”でしょう。

 

“米長官、中国の宗教弾圧を非難 「信仰や文化を抹殺する試み」”【9月23日 共同】

“ウイグル問題めぐり米中が国連安保理で応酬 人権侵害かテロ対策か”【9月26日 産経】

 

****米国務長官、ウイグル弾圧関与の中国当局者らのビザ制限*****

ポンペオ米国務長官は8日、中国新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒の少数民族ウイグル族などへの弾圧に関与した中国政府当局者や共産党関係者が米国に入国できなくするためビザ(査証)の発給を制限すると発表した。これらの関係者の家族もビザ制限の対象となるとしている。(中略)

 

ポンペオ氏は、「中国政府は自治区で住民らの大量拘束と強制収容、先端技術を使った住民監視を実施し、文化・宗教面での表現の自由を過酷に統制している」と批判した上で、中国政府に自治区での抑圧行為の即時停止と拘束した人々の全面解放を要求した。【10月9日 産経】

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****中国によるイスラム教徒の扱い、大規模な人権侵害=米国務長官****

ポンペオ米国務長官は9日、中国西部におけるウイグル族を含むイスラム教徒に対する中国の扱いは「大規模な人権侵害」とし、今後もこの問題を提起していく考えを示した。

長官はPBSとのインタビューで、「これは大規模な人権侵害であるのみならず、世界にとっても中国にとっても利益になるとは思えない」と主張した。

中国の習近平国家主席に責任があるかとの質問に長官は、習氏は国家の指導者であり、国内で起きたことに対して責任が生じるとの見解を示した。

ポンペオ長官は、「われわれは、これらの人権侵害について話し合いを続けていく。トランプ大統領が別の文脈で香港の状況について述べたように、われわれはこれらの問題が人道的に扱われるよう望んでいる」と述べた。(後略)【10月10日 ロイター】

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“トランプ大統領が別の文脈で香港の状況について述べたように”というのは、トランプ大統領が「貿易交渉が進めば香港問題は黙る」と習近平国家主席に電話したこと・・・・ではないでしょう。

 

ないでしょうが、ウイグル族の問題にしても、「貿易交渉が進めばウイグル問題は黙る」というのがトランプ大統領の政治姿勢ではないのかという疑念がぬぐえません。

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