(多くの国でも行っていますが、アフガニスタンも二重投票防止のため、投票時に投票したことを示す1週間は消えない特殊インクを指につけます。
写真【10月3日 AFP】は、前回選挙で「投票した罰」としてタリバンからインクのついた指を切り落とされた小説家レザ・ホラミさん。「私はテロには屈しないということを示すため、2019年も投票に行った」)
【タリバンの妨害のなかでで強行された大統領選挙】
9月28日にアフガニスタンで大統領選挙が行われましたが、国際的関心はイマイチの感があります。
現在は中断した形になっていますが、これまでアフガニスタン政府を支えてきたアメリカはタリバンとの直接交渉を断続的に行っており、アフガニスタン政府は蚊帳の外に置かれた形にもなっています。
ある意味、アフガニスタンからの撤退を急ぐアメリカはアフガニスタン政府を“見限って”、タリバンとの交渉に乗り出しているようにも見えます。
大統領選挙への国際的な関心の低さは、そうしたアフガニスタン情勢の反映でもあるでしょう。
そうは言いつつも、大統領選挙の行方が今後のアフガニスタン情勢に大きく影響するのは間違いない話です。
****「アフガニスタン大統領選挙と和平の行方」(ここに注目!)****
アフガニスタンでは、先週土曜日(9月28日)、世界が注目する大統領選挙が行われました。反政府武装勢力タリバンによるテロや攻撃で大勢の死傷者が出るなど、治安の回復が急務となっています。出川解説委員です。
Q1:
アフガニスタンの大統領選挙、なぜ重要なのでしょうか。
A1:
国際テロ組織の一大拠点となったアフガニスタンを平和な国にできるかどうかが、かかっているからです。極端なイスラム主義を掲げるタリバンの政権が、2001年、アメリカ軍などの攻撃で倒されてから、4回目の大統領選挙です。
タリバンは、アフガニスタン政府の正統性を認めず、今回の選挙を妨害すると予告して、各地でテロや攻撃を行い、投票日だけでも100人以上が死傷しました。投票した人は、全有権者の6分の1にも満たなかったと見られます。
Q2:
命がけの選挙という感じですが、誰が大統領に選ばれそうですか。
A2:
10人以上が立候補しましたが、現職のガニ大統領と、政権ナンバーツーのアブドラ行政長官の事実上の一騎打ちとなっています。
実は、この2人、前回5年前の選挙でも大接戦で、決選投票となりました。開票に不正があったと揉めた末に、「挙国一致政権」をつくることで、権力を分け合いました。
今回も、2人の決選投票に持ち込まれる可能性が高く、どちらが大統領の座に就くか、わかりません。そして、前回は、最初の投票から大統領就任まで、およそ半年もかかりました。
Q3:
治安の回復には、何が必要でしょうか。
A3:
タリバンとの和平をどう実現させるかが焦点です。
アフガニスタンから軍を撤退させたいアメリカのトランプ政権は、タリバンと和平交渉を続け、1か月前、原則合意に至りました。ところが、そこで、タリバンのテロが起き、アメリカ軍の兵士が犠牲になったため、トランプ大統領は、和平交渉を中止しました。
アメリカとタリバンの和平交渉を再開させ、改めて合意できるか、これが、第1の関門です。
そのうえで、新たに発足するアフガニスタン政府とタリバンが交渉し、和平の条件や、タリバンの処遇について決めるのが、第2の関門です。
非常に険しく長い道のりです。国際社会も、アフガニスタンの安定に向けた国づくりを支援しなければ、この国は、国際テロの温床となり続けるでしょう。【10月2日 出川展恒 解説委員 NHK】
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タリバンがテロで選挙妨害を行う中での選挙実施は困難を極め、アメリカも延期を要請したといわれています。
ただ、ガニ大統領としては、どうしても現段階で選挙を行い、正当性を確立したい思いがあったと指摘されています。
****テロ多発「危険で投票行けない」 アフガン大統領選****
任期満了に伴うアフガニスタン大統領選が28日、投票される。武装勢力との紛争が続くなか、国際援助に頼って国家運営を続ける現職アシュラフ・ガニ氏(70)が、再選できるかが注目される。武装勢力は選挙妨害を宣言していて、投票を諦める有権者も多い。
9月下旬、首都カブールでは、機関銃を載せた警察車両が巡回する一方、選挙カーはほとんど見あたらなかった。政情の不安定化を狙う反政府勢力タリバーンや過激派組織「イスラム国」(IS)のテロが多発しているからだ。
「弟も親友も失った今、大統領への期待などない」。カブールの縫製職人ミルワイス・ハラミさん(25)は8月、妻ライハナさん(18)との結婚式がISの自爆テロに狙われ、お祝いに集まった60人以上が死亡した。
式場の所有者フセイン・スルタニさん(44)は「祝い事さえ命がけだ。危険な投票所に行けるわけがない」と憤る。同国ではテロや戦闘が1日約70件起き、約18年の紛争で市民4万人以上が死亡した。
選挙陣営や選管職員も不安を募らせている。9月17日にはガニ氏の演説会場の爆発で30人が亡くなった。タリバーンの犯行とみられる。
有権者は推計1700万人いるが、選管によると、投票に必要な登録をしたのは約960万人。国土の約半分がタリバーンやISの影響下にあり、投票所がない場所も多い。タリバーンの軍事部門は26日、「投票日に選挙関連施設を攻撃する」と警告した。投票を妨害し、政権の正統性をおとしめる狙いがある。
■現職、再選で正統性確立狙う
投票への恐怖感が広がるなか、立候補した18人の大半は選挙の延期を唱え、選挙運動を縮小した。駐留米軍撤退を模索する米国も、タリバーンとの和平協議を優先するため、選挙の延期を働きかけてきた。
ただ、ガニ氏は選挙実施にこだわった。将来的な米軍撤退で後ろ盾を失う事態に備え、再選で自らの正統性を確立したいからだ。国際援助をつなぎとめる狙いもあるとみられる。冬は雪で投票が難しいため、いま延期すれば半年は選挙ができないという事情もある。
有力なライバル候補は、前回選でガニ氏と接戦になったアブドラ元外相(59)だ。2番目に多い民族タジク人を支持母体とし、さらに、それぞれ人口の約1割を占めるハザラ人やウズベク人の主流派の支持も取り付けた。
票の集計は1カ月近くかかる見通しで、過半数を得る候補がいない場合は上位2人の決選投票となる。【9月28日 朝日】
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投票日のテロによる犠牲者数は報道によって異なりますが、多いものでは“29人死亡”とも。
****投票所攻撃で29人死亡か アフガン大統領選****
アフガニスタンの民放トロテレビは29日、大統領選が実施された28日に投票所などが260回以上攻撃され、少なくとも警官20人と市民9人が死亡、100人以上が負傷したと伝えた。複数の治安当局筋の情報としている。
反政府武装勢力タリバンは選挙前に投票所攻撃を予告、政府は治安部隊7万2千人を動員して対応していた。内務省は投票終了後「警官の死者は2人で、治安対策は成功した」と主張したが、実際には多くの犠牲者が出ていたことが浮き彫りになった。
トロテレビによると、投票所への直接攻撃は90回あった。【9月30日 共同】
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【投票の危険性と国民期待の薄さを反映した低投票率】
誰が大統領に選ばれるかよりも、次期政権の正統性を示せる大統領選挙が行えるのかが焦点とも思われましたが、結果的には投票数は過去の選挙に比べても大きく減少しています。
アフガニスタン政府の支配が全国に及ばない現状と国民の期待の薄さを示す結果とも言えます。
****アフガン大統領選 投票者数は過去最低****
アフガニスタン大統領選(9月28日投票)で、選挙管理委員会は4日までに、投票者数が約260万人だったとする暫定結果を発表した。
2014年の前回選挙を大幅に下回り、大統領選で過去最低になる見通し。イスラム原理主義勢力タリバンによるテロを警戒して投票を回避する動きが出たことや、和平を実現できない政府への期待感が薄いことが背景にある。
選管は「数字は今後変動する可能性がある」と説明するが、2014年大統領選(第1回投票)の約660万人、09年の約460万人を大幅に下回ることは確実だ。今回の大統領選の登録有権者は約960万人で、投票率は単純計算で30%を切ることになる。
タリバンは大統領選について「民衆を欺くものだ」と反発し、選挙の妨害を明言。投票当日には政府施設や投票所などを攻撃し、全国で計29人が死亡、100人以上が負傷した。
ガニ大統領は選挙の確実な実施と自らの再選を通じて、政権の求心力を高めたい思惑があった。ただ、これまでアフガン政府は米国とタリバンとの和平交渉に関与すらできておらず、平和を望む国民からの期待感は高くない。
「人々は選挙が平和をもたらさないことを知っている」とは、アフガン政治評論家のモハメド・ハキヤール氏の言葉だ。また、公務員の収賄が横行するなど、政府には腐敗のイメージも強い。
選挙戦には18人が立候補したが、事実上はガニ氏と政権ナンバー2のアブドラ行政長官の一騎打ちとなった。14年の大統領選と構図は同じで、新鮮味に欠けたという面もある。
選管は10月19日に暫定の選挙結果を発表する見通し。過半数に達した候補がいない場合は、上位2候補の決選投票が行われる。【10月4日 産経】
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【アブドラ氏の選管不信感 再び混乱も懸念される展開】
アフガニスタンの政治では民族が大きく影響しますが、現職ガニ大統領が最大民族パシュトゥン人であるのに対し対抗馬の政権ナンバー2・アブドラ行政長官は2番目に多い民族タジク人を支持母体としています。
そうした民族の違いの他、“ガニ氏は、武力に頼るだけでなく、タリバンに対話を呼びかけることで治安の改善を目指しているのに対し、アブドラ氏は、現在の治安対策ではタリバンの攻勢を抑えきれず、治安の悪化を招いているとしてガニ氏を非難し、批判票の取り込みを図っています。”【9月22日 NHK】とのこと。
もっとも、上記だけではアブドラ氏の具体策はよくわかりませんが。
利権・汚職にまみれているあたりは、両者とも五十歩百歩かも。
選管は10月19日に暫定の選挙結果を発表する見通しとのことですが、アブドラ氏は勝手に勝利宣言し、前回に引き続き、今回も結果をめぐって混乱しそうな雰囲気です。
****アブドラ氏、開票終了待たず勝利宣言 アフガン大統領選****
先月28日に実施されたアフガニスタン大統領選挙で、同国行政長官のアブドラ・アブドラ候補は30日、現職のアシュラフ・ガニ候補に対する勝利を宣言した。正式な開票結果の公表は今月後半とされている。
アブドラ氏の宣言は、同氏とガニ氏が開票結果をめぐり激しく対立した2014年の大統領選をほうふつさせるもので、国内に政治的な緊張を生じさせる可能性が高い。14年の大統領選では、両氏の対立が憲政の危機を引き起こし、米国が仲介する事態となっていた。
アブドラ氏は記者会見で「われわれはこの選挙で最も多い票数を得た」と述べたが、その証拠は示さなかった。
ガニ氏の副大統領候補の一人、アムルッラー・サレー氏は29日、ガニ氏が票の大半を獲得したと主張していたが、翌30日夜には発言を撤回し、部分的な結果にだけ言及したものだったと説明していた。
同国の選挙管理委員会は投票率の集計すらも終えておらず、票の集計が終わっていない投票所は数百か所に上る。暫定結果は今月19日に出る予定で、1位の候補者の得票率が50%未満だった場合、上位2候補による決選投票が行われる。 【10月1日 AFP】AFPBB News
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当然ながら選挙管理委員会はアブドラ氏の主張を否定しています。
無茶と言えば無茶ですが、背景にはアブドラ氏側の選挙管理委員会への不信感があります。選挙管理委員会が政権側の意向を受けて“操作”するというのは民主主義が定着していない国ではありがちな話で、全く根拠のない不信感でもないでしょう。
“アブドラ氏はまた、「チェックを受けなければどんな可能性もある」と指摘。政府当局者による組織的不正の恐れがあり、規則で定められた生体認証システムが使用された票のみを選挙結果として受け入れると強調した。”【9月30日 時事】
再び波乱を招きそうな雰囲気です。
【中断していたタリバンとアメリカの和平協議 再開に向けた動きも】
一方、タリバンのテロで米兵が犠牲となり、トランプ大統領が交渉の中止を命じ、「死んだ。私がみる限り、死んだ」とも発言していたタリバンとの和平協議については、再開の動きも見られます。
****「信頼築くため」米とタリバン、和平協議再開へ初の会談****
ロイター通信は4日、米政府のハリルザド・アフガニスタン和平担当特別代表とアフガンの旧支配勢力タリバンの代表団が3日にパキスタンの首都イスラマバードで会談したと報じた。会談は、9月7日にトランプ米大統領がタリバンとの和平協議の中断を発表してから初めてとみられる。
会談はパキスタン政府の仲介で行われたという。1時間以上続いたが、公式協議の再開には至らなかったという。
ロイター通信は関係筋の話として、今回の会談は協議再開に向けた「信頼を築くために行われた」と伝えている。
和平協議では、米国がアフガン駐留米軍を削減する代わりにタリバンが戦闘行為を減らすことで基本合意していた。その後、タリバンがアフガン国内のテロで米兵1人を含む計12人を殺害したことから、トランプ氏が協議の中断を指示していた。【10月4日 読売】
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トランプ大統領としては、次期大統領選挙に向けて“泥沼アフガニスタンからの撤退”という「成果」が欲しいところでしょう。
タリバンに強い影響力を持つ(と言うか、タリバンを後ろで操っているとも)パキスタンにもアメリカと連携した動きがみられます。
****パキスタン首相がタリバーンと会談 現地報道 米と和平協議へ連携****
パキスタンの有力テレビ「ジオ」は、同国のカーン首相が首都イスラマバードで3日、隣国アフガニスタンの反政府勢力タリバーンの交渉団と会談したと伝えた。合意目前で中止となった米国とタリバーンとの和平協議の再開に向け、連携することを確認したとしている。
米国のカリルザード和平担当特使も1日からパキスタンを訪問しており、パキスタンが米国とタリバーンの間を取り持つ形で、和平協議再開の地ならしを進める見通しだ。
アフガン駐留米軍の撤退を模索する米国とタリバーンとの和平協議は9月、米兵が死亡したテロを理由に中断された。
パキスタンはタリバーンを陰で支援することで、アフガニスタンへの影響力を保ってきた。長くタリバーンとの関係を否定してきたが、昨年タリバーン人脈を売りに仲介役を演じて米国に貸しをつくる戦略に転じた。【10月5日 朝日】
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シリアで“同盟者”クルド人勢力を見捨ててトルコの軍事行動を容認したトランプ大統領ですから(与党・共和党からも激しい批判にあって、例によって弁明・軌道修正しつつありますが)、大統領選挙で混乱するアフガニスタン政府を無視する形でタリバンと合意・撤退というのもあり得る展開でしょう。