孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  通貨安・インフレでも、経済を刺激する低金利政策に固執するエルドアン大統領の「ばくち」

2021-12-15 22:52:26 | 中東情勢
(トルコでは通貨リラの暴落とインフレの進行で国民の所得が目減りし、最大都市イスタンブールでは多くの市民が、わずかでも家計を節約しようと、市の提供する安いパンを買うために行列を作っている。写真は7日、イスタンブールのパン店に行列する市民【12月13日 Newsweek】)

【通貨10年前の約2割まで価値を下げ、インフレが市民生活を苦しめる】
トルコでは通貨安・物価高が続き、市民生活が困窮する状況で、国内外で強気の姿勢を貫くエルドアン大統領への批判も強まっています。

****トルコ大統領の支持に陰り 止まらぬ物価高、強まる市民の反発****
トルコで長期政権を率いるエルドアン大統領(67)の支持率が低迷してきた。通貨リラの記録的な安値が続く中で物価が高騰し、市民の批判が高まっている。欧米との衝突も辞さないエルドアン氏の強権姿勢は国内の経済政策にも及んでおり、その威光に陰りが見えつつある。

トルコの世論調査機関メトロポールは10月、エルドアン氏を支持するとの回答が約39%にとどまり、不支持が約56%に上ったとの調査結果を発表した。同氏への反発がこれほど高まったのは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の台頭などでテロが頻発した2015年以来で、同氏の与党「公正発展党」(AKP)も支持離れに直面している。

トルコではここ数年、物価高が慢性化し、10月にはインフレ率が前年同月比で約20%に上った。最大都市イスタンブールの公務員、ジェンギズさん(42)は「食品価格が高騰し、果物もキロ単位ではなく1個ずつ買っている。電気料金も値上がりしており、冬の暖房の費用も跳ね上がるだろう」と窮状を訴えた。

物価高は異例の金融政策に基づくリラ安と連動している。通貨安の際には価値を高めるために利上げを行うのが一般的だが、「金利の敵」を自任するエルドアン氏は景気の冷え込みを嫌い、頑強に高金利政策を拒否してきた。

この2年半で意に沿わない中央銀行総裁を3回更迭し、金融政策への政治介入で市場の信頼は失われた。世界が金融引き締め局面を迎えるなか、リラは11日にも対ドルで最安値を更新し、10年前の約2割まで価値を下げたとされる。

トルコは輸出は好調で、国際通貨基金(IMF)は今年の経済成長率を9%と予測している。半面、新型コロナウイルス感染拡大などのため失業率は10%超で推移しており、恩恵は市民に行き渡っていない。

英紙フィナンシャル・タイムズは1日、政権に近い建設業や旅行業などの企業が望んでいるため、エルドアン氏とAKPがリラ安に固執しているとの識者の見方を紹介した。

また、同氏がさらなる支持低迷に先手を打つ形で23年に実施予定の大統領選を来年前半に前倒しするとの観測もあり、最大野党「共和人民党」(CHP)などが政権批判を強めていると報じた。

エルドアン氏は03年の首相就任以降、国政で中心的地位を占めてきた。17年には大統領権限を強化する憲法改正を行い、翌年の大統領選で勝利して強大な権限を手にした。

トルコは政教分離の世俗主義を国是とするが、エルドアン氏とAKPはイスラム教の価値観を重視する政策を推進。イスラム系政党の台頭に目を光らせてきた世俗派の軍は16年のクーデター未遂事件などを機に粛清され、政権が軍を掌握したといわれる。

エルドアン氏とAKPの政策により世論は二極分化が進んでおり、政権側が支持回復のために掘り起こせる票田はそう多くはない。半面、野党側にエルドアン氏をしのぐ対抗馬が見当たらないことも事実だ。

エルドアン氏をめぐっては最近、ツイッターの投稿で健康不安説が浮上し、治安当局が虚偽の情報を拡散させたとして捜査に乗り出す事態も起きた。【11月15日 産経】
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こうした状況は外交施策にも影響。今年10月にはトルコで拘束中の慈善家オスマン・カバラ氏の釈放を求めた10カ国の大使追放を指示するという異例の対応がありましたが(後日、この措置は撤回されました)、こういう“注意を引く”対応は、国民の目を苦しい国内経済情勢からそらすため・・・とも見られています。

****トルコ大統領の大使追放指示、経済苦境から目をそらす目的か****
トルコのエルドアン大統領が西側10カ国の大使追放を外務省に指示したことを受け、同国野党や専門家は経済の苦境から目をそらさせるのが目的だと批判した。一方、外交関係者は大使追放が回避される可能性になお望みをかけている。(後略)【10月25日 ロイター】
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通貨リラの下落は輸入品全般の価格を押し上げますが、特に問題になるのが石油・天然ガスなどエネルギー。
トルコの場合はエネルギーを輸入に依存していますので、国際的な原油・天然ガス価格高騰と通貨下落の相乗効果はトルコ経済・家計を直撃しています。

****トルコの通貨危機、外国へのエネルギー依存露呈****
エネルギーのほぼ全てを輸入に依存しているトルコのエネルギー事情は不安定だ
 
トルコの通貨危機は、同国経済の重大な弱みを明らかにした。それは、住宅を暖め、工場を稼働させ続けるためのエネルギーのほぼ全てを輸入に依存していることだ。
 
トルコは、世界有数の化石燃料埋蔵量を誇る中東と中央アジアの国々に囲まれている。しかし国内では石油やガス、石炭の生産をほとんどしていない。トルコは国内で消費される石油の93%、ガスの99%を輸入している。このため、ドル建てのエネルギー価格が上昇し、同国通貨リラの相場が下落すれば、打撃を受ける。
 
20カ国・地域(G20)と北大西洋条約機構(NATO)のメンバーであるトルコの経済は、これらの要因により痛手を受けている。

指標となるブレント原油価格(ドル建て)は、今年に入って42%上昇している。
新型コロナウイルスのオミクロン株の出現以降に原油相場が下落したにもかかわらず、トルコリラ下落の影響を加味すると、同国の石油価格の上昇幅は140%以上になる。

インフレが加速しているのにトルコ中央銀行が9月に利下げを開始して以来、リラはその価値の3分の1以上を失った。

既に食料や医薬品の価格と輸送費の上昇に苦しんでいたトルコ国民にとって、エネルギー価格の上昇はさらなる痛手となっている。トルコ政府は先週、ガソリン価格をリットル当たり1リラ以上引き上げた。値上げ前日にはガソリンスタンドの前に、日付が変わるまでに給油しようとする車の長い列ができた。
 
トルコのエネルギー事情は不安定だ。年間80億立方メートル分の天然ガス供給を受ける契約が、来月に期限切れとなるからだ。この量は年間需要のほぼ15%に相当する。一方、欧州は、まさに一世代を通じて最大級のガス価格危機に直面している。欧大陸諸国と英国のガス価格は29日、気温の低下を受けて約8%上昇した。
 
こうした長期契約は、ロシアの国営エネルギー大手ガスプロムが、トルコ国営のボタス石油パイプライン会社や、民間企業グループとの間で結んでいるものだ。契約更新に向けた協議は、現在も続いている。(後略)【11月30日 WSJ】
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【通貨安を助長する低金利政策に固執するエルドアン大統領の「ばくち」】
通常は国内通貨が下落する場面では金利を引上げて海外から資金を呼び込む政策がとられますが、エルドアン大統領は頑なに輸出拡大・経済刺激の低金利政策に固執しており、反対する中央銀行幹部を更迭してまで金利を引き下げる通常とは逆の政策をとっています。

日本に比べたら高金利のリラ建て債券に投資している日本投資家も多いとかで、リラ安はそうした投資家をも直撃しています。

****リラ続落、投資家打撃 トルコ経済動揺「高金利のはずが」****
トルコリラが急落している
トルコの通貨リラの価値が下がり続けている。高金利通貨として日本でも債券投資などが人気だったが、円高リラ安が進んで損失を抱える個人投資家も多い。トルコの中央銀行が16日に開く政策決定会合の内容次第では、さらなる下落のおそれがあり、日本の投資家にも打撃となりかねない。(中略)

一方で、トルコの現在の消費者物価上昇率は約20%。金利を上回るインフレで、リラの価値も下がっている。18年初めに1リラ=30円ほどだったが、19年に入って20円以下で低迷した。

リラ安は今秋以降に拍車がかかり、今は8円ほど。中央銀行が9月から11月にかけて政策金利を3回続けて下げたためだ。

高インフレなのに利下げする異例の対応で、金利は3カ月で19%から15%になった。今月16日の次回政策決定会合でも、さらに下げるとの見方が市場でくすぶる。

「利下げに反対する中央銀行副総裁らを更迭するなど、エルドアン大統領が圧力を強めている。(金融政策を正常化できず)中央銀行が『暴走特急』の様相を呈している」。新興国経済に詳しい第一生命経済研究所の西浜徹・主席エコノミストはそう指摘する。

大統領は利下げやリラ安で景気刺激をねらっているとみられるが、輸入物価の上昇や通貨の価値低下を招いている。

西浜氏は「トルコ経済はリラ安と物価高の悪循環に陥り、通貨への国民の信認が失われることが最も怖い。どこまでリラ安が続くか底が見えない状態になっている」と話す。【12月15日 朝日】
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エルドアン大統領としては、総選挙を睨んで、低金利政策で雇用や成長、輸出の拡大を推し進め、低下した支持率の回復を狙う「ばくち」に出ているとも言われていますが、いまのところはこの「ばくち」はうまくいっておらず、低金利政策による通貨安・物価高の方が深刻な影響をもたらしています。

****利下げで賭けに出たトルコ・エルドアン大統領 インフレ進行で総選挙へ****
トルコのエルドアン大統領は2023年の総選挙を見据え、自らの政治生命を賭け、金利引き下げで落ち込んだ支持率の回復を図ろうとしてる。しかし、そうした「ばくち」は、既に有権者に大きな経済的打撃をもたらしている。

20年近くにわたりトルコを率いてきたエルドアン氏は、雇用や成長、輸出の拡大と低金利を推し進めていくと強調しつつ、通貨リラの歴史的な下落やインフレ率の急騰などの経済現象は無視している。

この政策転換によって、エルドアン氏と与党・公正発展党(AKP)は23年の選挙に向けて、保守的な労働者や低中所得層の有権者の支持を高めようと最後の手段に打って出たかもしれない、とアナリストは指摘する。

ただ、物価高とリラ安は、すでに国民の家計と今後の人生設計を直撃している。

敬けんなイスラム教徒であるエルドアン氏が少年時代を過ごし、AKPの拠点でもあるイスタンブールのカシンパサ地区。労働者階級が多く住む同地区では、誰もが生活費の急上昇に見舞われており、それが票の行方を左右しそうだとの声が聞かれる。

エルドアン氏が礼拝に通っていたモスクの向かいで喫茶店を営むアブドゥラーム・エレニルさんは「店に来る人たちは、物価にすごく不満を持っている。生活が苦しいというのはみんなが抱えている問題だ」と話した。

「経済の状況が変われば、人々の考えも変わる。次の選挙でAKPの票は確実に減ると思うが、それでもAKPへの支持はとても強い」と言う。

AKP政権の初期は、2001年に深刻な危機に見舞われたトルコ経済を、自由市場政策と正統的な金融政策を押し進めることで立て直す手腕を発揮した。だが、その時代とは何もかもが変わってしまった。

世論調査で苦戦
エルドアン氏の圧力を受けて、トルコ中央銀行は今年9月以降、政策金利を400ベーシスポイント(bp)引き下げて15%とした。物価上昇率は20%近くに達し、さら30%に近づくと予想されているのに、中銀はそれでも今月中に追加利下げに踏み切る公算が大きい。

その影響は劇的に広がりつつある。 リラは11月だけで約30%も下落し、月間の下落幅としては過去2番目の大きさとなった。トルコの大幅にマイナスの実質金利、高水準の対外債務と輸入依存度などが背景にある。

国民は医薬品や携帯電話など輸入品を手に入れるのに苦労し、野党の指導者は選挙の前倒し実施を求めている。野党のIYI党を率いるメラル・アクシェネル氏は「この国をこれ以上、こうした無知蒙昧(もうまい)の状態に放置できない」と訴えた。

11月27日に発表されたMAKダニスマンリクの世論調査によると、エルドアン氏のAKPと民族主義者行動党(MHP)の与党連合側、野党連合側は支持率がそれぞれ約39%で拮抗(きっこう)している。

また、メトロポールの調査では、エルドアン氏の支持率は6年ぶりの水準に低迷している。各種調査に基づくと、エルドアン氏は、アクシェネル氏のほかイスタンブール市長で野党の共和人民党(CHP)に属するエクレム・イマムオール氏などの候補に大統領選で敗北すると予想されている。

政府高官は「与党連合が支持を失っているのは明白だ。経済政策で成果を出す必要があり、それができなければ票が減るかもしれない」と語った。

耳を貸さず
一方、あるAKP幹部は、新たな政策が総選挙の頃には効果を発揮すると見ている。「もちろん難しい局面を迎えているが、今必要なのは時間だ」と言う。

ロイターが消息筋の話として伝えたところでは、エルドアン氏がトルコの「経済的独立戦争」と呼ぶ政策を巡り、政府内からも撤回を求める声が上がったものの、同氏は耳を貸さなかった。

エルドアン氏はこの2週間で6回もあった利下げを擁護し「後戻りはできない」と発言。しかし、そのほぼ全てのタイミングでリラは過去最低の水準に下落し、11月30日には一時1ドル=14リラを付けた。エルドアン氏が前の中銀総裁を解任し、積極的に金融緩和策を推進し始める前の2月は6.9リラだった。

食料品価格は前年から30%近く上昇し、リラ安が輸入物価やより広範なインフレ期待をあおり立てている。
イスタンブール・エコノミクス・リサーチのゼネラルマネジャー、カン・セルチュキ氏は「最も深刻な問題は高インフレだ。政府とエルドアン氏に対する有権者の心象は、さらに悪化するだろう」と述べた。【12月4日 Newsweek】
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【「中国モデル」に近いとする大統領 近いのは内容よりその強権的手法か】
インフレに苦しむ市民生活にもかかわらず低金利政策を維持するエルドアン大統領は、「中国モデル」を意識しているとか。

****トルコ経済が「中国モデル」採用へ、大丈夫なのか?―独メディア****
2021年12月12日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、インフレに苦しむトルコ政府が「中国モデル」を実行しようとしているものの、専門家から懐疑的な意見が出ていると報じた。

記事は、トルコがこの数年大幅なインフレの渦中にあり、上がり続ける物価に国民から不満の声が出ているとした上で「さらに民衆に不満を抱かせているのは、エルドアン政府がインフレ抑制措置を全く取らないことだ」と紹介。

11月には中央銀行がインフレ状況下では異例となる利下げをエルドアン大統領の指示の下で実施し、「予想通りトルコリラは再下落した」と伝える一方で、同大統領はこの方針を転換する意思を見せることなく、「金融政策は長期的にポジティブな成果を生み、投資や工業生産、輸出を後押しする」と国民に忍耐を呼び掛けているとした。

その上で、トルコメディアの報道として同大統領が与党の会議において現行の経済、金融政策について「中国モデル」に近いとの認識を示したと伝え、同大統領が新型コロナにさいなまれた昨年に経済成長を実現した、低廉な賃金や生産コストといった点など、トルコと中国との間に多くの共通点があると認識しているようだと伝えている。

一方で、多くの専門家や野党の政治家が同大統領の考え方に懐疑的な見方をしていると指摘。現地の金融サービス企業Eko Faktoryのアドラ・トゥンカ理事が、トルコには中国のような膨大な人口や、世界を引き付けるほどの経済規模がなく、トルコが中国を手本にすることは不可能との認識を示したほか、中国政府が進めている人材育成についても「トルコがシリアやアフガニスタンの低廉な労働力に頼るのではなく、十分な専門人材を持てるのかが疑問だ」と指摘したことを紹介した。

また、イスタンブール大学の経済学者ムラット・ビルダル氏も「トルコは中国モデルを踏襲すべきではない。なぜなら、中国モデルは威厳ある政府のみが実行できるモデルだからだ」と述べ、強力なトップダウンによる中国の経済発展は必ずしも全ての階層の民衆に利益をもたらしているとは限らないことに留意する必要があることを指摘したと伝えている。【12月15日 レコードチャイナ】
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強権的なエルドアン大統領と中国共産党は「相性」がいいのでしょうが・・・・。

東南アジア・東アジアでもかつては国民の不満を封じ込めて経済成長を目指す「開発独裁」というスタイルが多く見られ、一定に現在の基盤をつくった側面もあります。このあたりの評価は難しいところ。

国民に忍耐を呼び掛け、国民がそれを納得するならともかく、忍耐を強要するという話になると、もっと賢明な手段が他にあるのでは・・・という話にもなります。
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