
(閣僚の自宅も焼き払われた【5月10日 ロイター】)
【最大の問題は縁故主義】
スリランカ経済の悪化、長時間の停電、市民の抗議行動などは、4月1日ブログ“スリランカ 「債務のわな」、コロナ禍、ウクライナ問題、政策ミスで悪化する財政 困窮する市民生活”でも取り上げましたが、その後も事態は悪化、現大統領の兄で、元大統領でもある首相が辞任に追い込まれ、それでも街では抗議が止まない・・・という状況に至っています。
スリランカ経済悪化の原因は、中国の「債務のわな」の代表事例としていつも取り上げられるように、身の丈に合わない、経済合理性を欠いた負債を抱えたこと、コロナ禍で観光客が途絶えたことで基幹産業の観光業が行き詰ったこと、ウクライナ情勢を受けて食料・燃料価格が上昇して市民生活を圧迫したこと、思い付き的な経済政策で事態混迷に拍車をかけたこと・・・・等々がありますが、一番の原因は4月1日ブログの最後にも書いたように、ラジャパクサ一族が大統領・首相を含めて要職を多く占めるような縁故主義の蔓延でしょう。
現大統領の兄で、元大統領でもある辞任したマヒンダ・ラジャパクサ首相が2014年に大統領三選に挑み、敗退したのも汚職・腐敗の蔓延に加えて、“親族を要職につかせるなど縁故主義的で独裁的な体制が、有権者からの反発を招いたとされている”【ウィキペディア】・・・全く当時の反省がなされていません。
****スリランカ経済危機 「債務のワナ」以前の手痛い失政****
1948年の独立以降、最悪とされる危機である。人口2200万人の南アジアの島国・スリランカの経済が破綻の淵にひんしている。
3月に前年同月比18.7%を記録した最大都市コロンボの消費者物価指数は、4月には29.8%へ跳ね上がった。一方、2019年末に76億ドル(約1兆円)あった外貨準備は足元で18億ドルまで目減りし、輸入に頼る燃料や医薬品の欠乏が深刻になっている。
「国際通貨基金(IMF)にもっと早く援助を求めるべきだった」と悔やむアリ・サブリ財務相は、5月4日の国会で「少なくともあと2年は経済的苦境に耐えなければならない」と報告した。
生活苦に怒る国民の間で反政府デモが広がり、政府は6日、4月初旬に続いて2度目の非常事態を宣言した。9日にはついにマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞意を表明したが、デモ隊は弟で最高権力者のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領にも退陣を求めている。
危機に至ったメカニズムはこうだ。19年4月、コロンボなどで250人以上が死亡する連続爆弾テロが起き、観光産業が打撃を受けた。追い打ちをかけたのが20年以降の新型コロナウイルス禍だ。18年には230万人を数えた外国人観光客はもとより、中東など150万人にのぼる出稼ぎ労働者からの送金も途絶えて外貨収入が減ったところを、世界的な生産・物流の停滞による物価高に襲われた。
青息吐息のラクダに載せて背を折った最後のわらが、ロシアのウクライナ侵攻後の商品価格の急騰だった。「輸入物価の高騰→外貨急減→物資不足→物価上昇」という負の連鎖が止まらなくなった。
中国が途上国へ故意に過大な貸し付けをし、影響力を強める「債務のワナ」にからめ取られたのが危機の原因、とみる向きもある。5年前、債務免除と引き換えに99年間の運営権を中国へ与えた南部のハンバントタ港は、その象徴とされている。
スリランカ政府が公表する対中債務は全体の1割程度で、対日本と変わらない。ただしそれは政府からの借入金だけで、国有企業からのものを含まない、といった指摘もある。
ある援助関係者は「融資の金利が高く、採算見通しも甘いのは確かだが、いまの危機が中国のせいなのかは、イエスともノーとも言えない」と言葉を濁す。
はっきりしているのは、コロナ禍やウクライナ危機という不可抗力だけでなく、対中債務を負う国でさえも一様に経済危機に陥っているわけではない、ということだ。
「スリランカはなぜ?」と考えるとき、ラジャパクサ一族の功罪は避けて通れない。
国会議員を長年務めたマヒンダ氏(兄の元大統領、今回辞任した首相)は05年、大統領選に勝利すると、元軍人の弟ゴタバヤ氏(現大統領)を国防次官に据えた。兄弟は09年、北・東部の分離独立を唱える少数派タミル人の武装勢力を制圧し、26年間続いた内戦を終わらせた。
治安情勢の安定とともに経済ブームが到来した。道路や鉄道、港湾など内戦期に遅れたインフラ整備は、それ自体が景気を押し上げた。
8つの世界遺産を持つ豊富な観光資源も注目を浴びた。米ニューヨーク・タイムズ紙は「2010年に訪れるべき旅行先」の第1位にスリランカを選び、高級ホテルの建設ラッシュが起きた。内戦終結の高揚感は市民の消費意欲を刺激し、国内総生産(GDP)伸び率は12年に9.2%へ達した。
並行してマヒンダ氏の専横ぶりも目立ち始めた。10年に再選されると、ゴタバヤ氏以外の一族も政権の主要ポストに就けた。また中国マネーを呼び込み、出身地のハンバントタに港湾だけでなく空港まで整備した。そんな縁故政治や汚職体質、過度の対中依存への批判が高まり、3選を狙った15年の大統領選で敗れる原因となった。
権力の座を追われたラジャパクサ一族を復活させたのが、19年のテロだ。治安安定を望む国民は、内戦終結の立役者の再登板を望んだ。
憲法改正で3選が禁じられたため、同年の大統領選はゴタバヤ氏が出馬して勝ち、マヒンダ氏を首相に迎えた。財務相や灌漑(かんがい)相、青年・スポーツ相なども一族に割り当て、縁故政治に拍車がかかった。
振り返れば、一族復権のきっかけだったテロ事件が、経済危機への入り口となったのは皮肉だ。彼らは何をどう間違えたのか。
ひとつの失敗はマヒンダ政権期にさかのぼる。内戦で荒廃した同国でインフラ整備は確かに必要だった。が、例えば10年に稼働したハンバントタ港は、中古車の荷揚げに使われる程度で利用が低迷する。一族の名を冠して13年に開業した「マッタラ・ラジャパクサ国際空港」も乗り入れる航空会社が少なく「世界で最も暇な空港」と皮肉られる始末。華々しさの陰で経済全体への波及効果には疑問符がついた。
インフラ開発は本来、産業政策と一体で進めるべきものだ。またスリランカのように人口や天然資源に恵まれない国でも、国際的なサプライチェーン(供給網)の一端を担うことで、工業化は可能だ。内戦終結は、そうした絵を示して外資誘致に乗り出す絶好のチャンスだったが「昔から主要製品だった紅茶、衣料品に続く輸出産業を育てる政策が欠けていた」と日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の荒井悦代・南アジア研究グループ長は指摘する。
もうひとつの失敗はゴタバヤ政権になってからだ。ラジャパクサ支配の谷間だった16年からの約4年間、スリランカはIMFから15億ドルの拡大信用供与を受ける代わりに、歳入増加で財政基盤の強化を図る構造改革プログラムに取り組んだ。
ところが、その終了直後に発足したゴタバヤ政権が推し進めたのは、全く逆行する政策だった。
人気取りを優先した所得税減税は5000億スリランカルピー(約2000億円)の歳入減を招き、「有機農業を推進する」という理由で強行した化学肥料の輸入禁止は、紅茶やコメの不作を招いてしまった。足元の経済危機で、IMFへの支援要請が遅れたのも、増税策を嫌ったからという事情が透ける。
だがラジャパクサ一族のメンツにかまっていられる余裕はもはやない。すでに対外借り入れの一部の返済を一時的に棚上げする「選択的デフォルト(債務不履行)」の状態で、今後は世界銀行やインド、中国などからのつなぎ融資で息を継ぎつつ、IMFの指導下で構造改革と債務再編を地道に進めていくしかない。コロナ後の観光や出稼ぎ送金の復活は期待できるものの「少なくともあと2年」は耐乏生活が待ち受ける。
野党は不信任決議に持ち込み、ゴタバヤ大統領の追い出しを目指すが、政情混迷の先行きはなお不透明だ。ただ、一族の専横を許したとはいえ、スリランカは独立以来、一度も軍事クーデターがなく、常に選挙で政権交代してきた民主主義国家だ。
南アジア周辺国に比べて識字率や英語の普及度が高く、人材力には定評がある。インド洋で屈指の規模を持つコロンボ港は、アジアと中東・アフリカを結ぶ東西物流の要衝で、近隣にはインドやパキスタン、バングラデシュといった人口大国が控える。
小国ながらも秘めた潜在力を、将来の持続成長にどう結びつけるか。経済危機の脱出と同時に、今度こそ産業の多角化・高度化の具体策が焦眉の急となるだろう。【5月10日 高橋徹氏 日経】
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私事ですが、2010年の正月にスリランカ西海岸の主要都市ゴールから島南端の聖地カタラガマまで車で向かったことがあります。
途中、港を見下ろす真新しい道路ができている所で小休憩したのですが、当時の大統領マヒンダ・ラジャパクサ氏の出身地で港や道路を作っているとガイド氏から聞きました。
周辺は大きな都市もない辺鄙な場所で、素人目にも「こんなところに港を作っても・・・」といった雰囲気でした。
道路わきで生理欲求を満たしたのですが、通る車もなく心おきなくできる・・・そんなロケーションでした。
【中国は深い入りを避ける姿勢 インドは支援で影響力確保へ】
ラジャパクサ政権としては、影響力を争うインド・中国から資金を引き出したいところですが、インドは4月中旬に最大20億ドルの追加金融支援の約束に前向きになっていると報じられています。中国の方は、4月末に債務借り換えに関する協議が開始されたとの報道がありましたが、今のところあまり目立った追加支援はないようです。
****思いつきで政策連発して経済破綻──大統領一族がやりたい放題のスリランカ****
(中略)
それでもラジャパクサ兄弟は、現在の危機を突破する方法を探している。その一環としてインドとの関係修復にも励んでいる。
中国に対抗心を燃やすインドとしては、スリランカへの影響力を拡大したい思いもあるのだろう。4月中旬、インド政府が新たに20億ドル以上の金融支援を行う方針であることが明らかになった。
その一方で、中国は現在のスリランカの経済危機には、積極的に救済の手を差し伸べていないようだ。これは上海などで急拡大する新型コロナへの対応に忙しいのと、かねてからのサプライチェーン危機で、中国経済も苦しい立場にあるからかもしれない。スリランカの金融当局としても、これ以上中国への依存を拡大したくはないようだ。
ただし、中国とインドの支援だけでは危機の収束にはおそらく足りず、スリランカとしてはIMFの緊急融資に頼るしかない。だが、それを受けるためには、IMFから大掛かりな緊縮財政(つまり増税と、燃料補助金のカットといった歳出削減)を求められるのは間違いない。これ以上借金を増やすことにも待ったがかかるだろう。
もともとラジャパクサ兄弟はIMFと良い関係にはなかったから、ただでさえ厄介なIMFの支援交渉は難航する恐れがある。
とはいえ、さすがに今回の危機には焦っているのか、新たな組閣ではラジャパクサ家の人間を閣僚に就けることは避けた。ラジャパクサ大統領は、危機の早い段階でIMFに助けを求めなかったのは間違いだったと認める発言さえしている。(後略)【5月13日 Newsweek】
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【大統領の兄でもある首相は辞任へ 混乱収まらず】
燃料や食料品などの物価が急上昇し、市民の抗議デモが激化、非常事態宣言も発令され混乱が続く中、5月9日にやっとマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞任を表明しました。
しかし、混乱は収まらず、首相の家族や国会議員らの家が焼き払われ、襲撃された与党議員が暴徒を射殺後自殺する・・・といった事態に。
****スリランカ首相が辞任 経済危機で抗議デモが激化****
スリランカのマヒンダ・ラジャパクサ首相が9日、辞任した。同国は経済危機に見舞われ、政府に対する抗議デモが広がっていた。辞任後、憤慨した暴徒らと政府支持者らの間で衝突が発生し、首相の家族や国会議員らの家が焼き払われた。
スリランカでは先月から、物価の高騰や停電をめぐってデモが激化している。多くの国民は、首相の弟であるゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の退陣も求めている。
最大都市コロンボではこの日、首相が辞任すると、デモ参加者らが首相公邸になだれ込もうとした。公邸前では、政府支持者とデモ参加者たちの激しい衝突が発生。デモ参加者らはバスに火を放った。その後、デモの主な開催場所となってきた海沿いの緑地ゴール・フェイス・グリーンで衝突が続いた。
警察と機動隊が出動し、警備線を突破して棒などでデモ参加者らを襲った政府支持者に向かって、催涙ガスや放水銃を発射した。デモ参加者にも威嚇射撃し、催涙ガスを発射した。
警察によると、怒ったデモ参加者らは仕返しとして政府支持者を攻撃。与党議員らを標的にした。議員の1人は、自らの車に群がってきた暴徒のうち2人を射殺し、その後自殺したという。
深夜になると、抗議する暴徒らがラジャパクサ家や閣僚、国会議員たちの家を襲撃した。ソーシャルメディアに投稿された動画には、歓声を上げる人々のそばで、住宅が炎に包まれる様子が映っていた。
報道によると、大統領公邸の付近の地区でも放火があった。この衝突で、5人が死亡、190人以上が負傷したとされる。
当局は暴力の鎮静化のため、全土を対象とした夜間外出禁止令を11日朝まで延長した。(後略)【5月10日 BBC】
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スリランカ政府は10日、軍と警察に非常事態権限を付与しました。これによって令状なしでの逮捕が可能になります。また、略奪・破壊に対しての発砲命令も。
****略奪や破壊に発砲命令 経済危機スリランカの抗議****
経済危機から政府への抗議活動が続くスリランカの国防省は10日、市民による略奪や破壊行為を確認した場合、発砲して抑止するよう治安部隊に命じた。ラジャパクサ大統領の辞任などを求める抗議活動の一部が暴徒化しており、治安維持強化を図る。(中略)
地元メディアによると9日には各地で反政府デモ隊と支持派らが衝突し、これまでに与党議員ら8人の死亡が確認された。政権関係者らの家が燃やされるなどの被害も相次いだ。【5月11日 共同】
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【ベテラン野党党首を新首相に指名 挙国一致目指す】
こうした混乱のなかで、野党党首が与党も同意する形で新首相が就任しました。
****経済危機のスリランカ、新首相が就任 与党議員らも支持****
経済危機に陥っているスリランカのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は12日、野党・統一国民党(UNP)党首のラニル・ウィクラマシンハ元首相を新たな首相に指名した。AP通信によると、ウィクラマシンハ氏は同日、首相に就任した。反政府デモの激化を受け、大統領の兄のマヒンダ・ラジャパクサ氏が首相を辞任していた。
スリランカでは外貨不足に伴う経済危機が深刻化し、燃料や食料の価格が高騰。大統領の退任を求める抗議運動が全土で起きている。ラジャパクサ大統領は辞任を拒否しており、野党党首の首相起用によって市民の反発を抑える狙いがあるとみられる。地元メディアによると、与党・スリランカ人民戦線(SLPP)の議員らも今回の首相人事を支持した。
ラジャパクサ大統領は親中派とされるが、ウィクラマシンハ氏は親インド派として知られる。中国と距離を置くことを主張したシセリナ前大統領時代に首相を務めた。【5月13日 毎日】
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“73歳のウィクラマシンハ氏は過去に5度、首相を務めたベテラン政治家。現在スリランカが金融支援を受けるための協議を続けている国際通貨基金(IMF)との折衝経験もある。また同国にとって重要な投融資を行っているインドや中国とのパイプを築いている。”【5月13日 ロイター】
“ゴタバヤ氏は大統領権限を弱めた上で、新首相が指導力を発揮できる体制をつくるとしている。
ゴタバヤ氏は近く新しい内閣を組閣、挙国一致で難局に対応する方針だ。ゴタバヤ氏は中国寄りの外交政策を進めたが、ウィクラマシンハ氏は親インド派として知られている。組閣の人選が難航する可能性もある。”【5月12日 共同】
挙国一致ということですが、先ずは組閣の人選です。ここで躓くようなら・・・いよいよゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の進退が問題になるでしょう。