孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  中絶問題 「歴史的転換」最高裁判事草稿リークで激しさを増す容認・反対双方の動き

2022-05-12 23:16:04 | アメリカ
(中絶の権利を否定する最高裁の文書流出を受け、全米では激しい抗議が巻き起こった(5月3日、アリゾナ州ツーソン)【5月12日 Newsweek】)

【1973年に米国で中絶が合法化されて以来、中絶反対派によって殺害された人の数は11人】
これまでも再三取り上げてきたように、アメリカにおいては人工中絶を女性の権利として認めるか、胎児の生命を重視して中絶を殺人行為として否定するか(妊娠がレイプや近親相姦の結果であっても)は、国論を二分する大問題であり、分断社会の対立軸となっています。(もちろん、容認・否定において国民全員が極端な立場にあるという訳でもありませんが)

・・・・と言っても、事情に詳しくない日本人の多くには、その“対立”の激しさはおそらく想像できないでしょう。
単に議会で激しい議論が交わされるとか、街でデモが行われるとかいったレベルではなく、例えば、中絶に関与する医師が殺害される、病院に爆弾・火炎瓶が投げ込まれる・・・といった「暴力」を伴うこともある、そんな激しさです。

****医師は死の危険と隣り合わせ…今も続く中絶問題 米国****
中絶手術を施していたジョージ・ティラー医師は2009年、米カンザス州の教会で反中絶過激派によって射殺された。ティラー氏と共に7年間働いていたジュリー・バークハート氏(53)はそれ以来、ティラー氏の後を継いでいる。「私は一度も後悔していない。なぜならやるべきことをやったからだ」とバークハート氏は語る。

米中西部や南部では社会に宗教右派が深く根付いており、医師や看護師、診療所の経営者らは日々苦労して中絶手術を行っている。(中略)

中絶手術を施している複数の医師は影響を恐れ、AFPの取材を断った。だが、バークハート氏は違った。
もちろんバークハート氏も、ティラー氏殺害後は自分の身だけではなく、家族や職員の身の安全も常に考えている。
 
ティラー氏は後期中絶を行う数少ない産婦人科医の一人だった。1993年にも殺されかけたことがあり、その後は防弾ベストを着用していた。だが、まだ生まれていない子どもを守りたいと主張する男に頭部を撃たれて亡くなった。

ティラー氏の死は、残酷な現実を映し出していた。
ティラー氏殺害に対しては、中絶反対派からも厳しい非難の声が上がったが、襲撃は続いた。2015年には、コロラド州コロラドスプリングズにある医療施設で新たに3人が殺された。1973年に米国で中絶が合法化されて以来、中絶反対派によって殺害された人の数は11人に上っている。
 
全米妊娠中絶連合(NAF)によるとさらに過去数十年で、26件の殺人未遂、42件の爆弾攻撃があった他、複数の医療施設で300回以上の不法侵入が発生している。(中略)
 
■おじけづく医師ら
(中略)バークハート氏はこの10年、殺害予告を受けたり、診療所に押し入られたり、自宅前で抗議活動をされたりした。ある時には、10代の娘を学校に送るためだけにボディーガードを雇わなければならないこともあった。
 
これらすべてが、地元の医師をおじけづかせた。バークハート氏は今、先進的医師が多い東海岸や西海岸から呼び寄せている。
 
バークハート氏によると、地元の医師らは身の安全という問題以上に、他の医師に追放されたり、免許を失ったり、解雇されたりすることを恐れているという。また、資金という別の障害もある。銀行は、ティラー氏が診療所を再開するための資金を貸し出すことを拒否したのだ。バークハート氏は「寄付を募らなければならなかった」と語った。
 
さらに社会的圧力も多い。「孤立しているように感じる。誰も、私のような中絶をしている人間とはかかわりあいたくないのだ」とバークハート氏は述べた。【2020年3月5日 AFP】
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【リークされた草稿内容 「アメリカ全土で中絶禁止」に道を開く狙いか】
これまで中絶を容認してきた最高裁判断が、保守派判事が多数を占めることになった結果、“歴史的転換”をする・・・・そんな最高裁多数派判事の草稿がリークされ大問題になっている件は、5月3日ブログ“アメリカ  妊娠中絶をめぐる最高裁判断の歴史的転換か 中絶をより制限する判断の草案が漏洩”で取り上げました。

予想されたように、中絶容認派・反対派双方の側から激しい反応があり、中間選挙を控えているという事情もあって対立は拡大しています。

今回リークされた草稿内容について注目される点は、中絶反対派が従来主張していた“全国一律の基準ではなく、州の判断に任せるべき”といったものを超えて、連邦レベルの全国的“禁止”にもっていこうとする狙いが垣間見える・・・との指摘も。

****全米に衝撃、「アメリカ全土で中絶禁止」に道を開く最高裁判決草案の危険なレトリック****
<中絶の権利に関する米連邦最高裁内の多数意見をまとめた判決草案がリークされ、激震が走った。だが最大の驚きは、草案に「書かれていない」こと。連邦議会では「受精の瞬間」から法律上の人格を認める法案も提案されている>

衝撃だった。 米政治ニュースサイトのポリティコは5月2日、人工妊娠中絶の権利に関する米連邦最高裁内の多数意見をまとめた判決草案を入手したと報道。保守派のサミュエル・アリート判事の署名入りで今年2月に作成されたという草案は、中絶、および中絶の権利の支持者への思いがけない非難に満ちている。

だが最大の驚きは、草案に書かれていないことのほうかもしれない。

米最高裁は1973年、中絶権は合衆国憲法で保障されているとの判断を下した。この「ロー対ウェード」判決を覆そうという動きは従来、中絶権の判断は州に委ねるべきだとの主張に基づいていた。

今回リークされた草案には、各州に自治権を付与する連邦主義的論点が明らかに不在だ。それに代わる曖昧な表現は、中絶反対派の次の目標への布石として練り上げられたように見える。
すなわち、全米50州で中絶を規制・禁止する連邦法の制定という目標だ。

アリートの草案は、妊娠15週以降の中絶を禁じたミシシッピ州法の合憲性を争う最高裁訴訟に関するもので、問われているのは州レベルの法制だけだ。

だが中絶反対派にとって最終目標は、アメリカ全土で中絶を禁じること。連邦レベルでの将来的な違法化の可能性を妨げないよう、草案は細心の注意を払っている。

そうした可能性については全く触れていないため、アリートが提示する意見の含意を見過ごすのはたやすい。
ロー対ウェード判決の破棄は、中絶権の議論を「国民と選挙で選ばれたその代表」に返上することだと、アリートは繰り返し記す。だが「代表」とは州議会議員か、それとも連邦議会議員なのかは明言せず、中絶権の是非は州ごとに決定すべきだと示唆することを慎重に避けている。

アリートの手法は、アントニン・スカリアやクラレンス・トーマスなど、これまでの保守派最高裁判事とは大きく異なる。

次期大統領選で争点化
(中略)中絶反対活動団体はロー対ウェード判決の破棄を見据え、既に共和党議員と協力して、連邦法による禁止を目指して動いている。ワシントン・ポスト紙の報道によれば、反対派指導者の要求は妊娠6週以降の中絶の違法化だ。(中略)

連邦議会では、ロー対ウェード判決破棄後の選択肢の検討が始まっている。
現時点で、上院議員19人と下院議員100人以上(全て共和党員)が「受精の瞬間」から法律上の人格を認める法案を共同提案。同法案が成立すれば、妊娠の全段階において中絶が禁じられることになりかねない。

今回の勝利を足掛かりに
(中略)中絶は殺人だと心から信じる反対派は、州ごとに是非を決定するという「妥協」では決して満足しない。
草案の判断が、最終的な意見書で大幅に変更されることがなければ、彼らは欲しくてたまらないものを手に入れることになる。今回の勝利を足掛かりに、アメリカ全土での中絶全面禁止を求める戦いを推進することへの暗黙の許可を......。【5月9日 Newsweek】
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【中絶容認派も連邦レベルの中絶権利保護法案 廃案も想定内 中間選挙対策か】
もっとも、“アメリカ全土での中絶容認”を連邦レベルで法的に認めようという動きは、民主党主導の容認派にもあります。

容認派による“容認”法制化は上院の反対でとん挫しましたが、もとよりそこは“おり込み済み”で、議題として提案することで容認の議論を世論に広げて、中間選挙対策にリンクしようという政治的思惑もあるとのこと。
世論調査では、容認する者の方が多いため、中間選挙敗北が予想されている民主党にとっては、中絶容認は“戦いやすい”論点であるとも。

****米上院、中絶権利保護法案の本会議審議入り否決****
 米議会上院で11日、人工妊娠中絶の権利を保護する法案を本会議で審議するかどうかの是非を巡る採決が行われ、反対多数で否決された。審議入りには60人の支持が必要だったが、賛成したのは与党・民主党議員のうち49人にとどまり、野党・共和党議員50人全員と民主党穏健派のマンチン議員が反対に回った。

民主党が今回の法案を提出したのは、連邦最高裁が中絶の合憲性を認めた1973年の判決をこの夏に覆す可能性が出てきたため。

当初から可決の公算は小さかったが、民主党はこの取り組みによって、11月8日の中間選挙で獲得できる議席が増えると計算している。各種世論調査で中絶の権利を認めるべきと考える有権者が圧倒的に多いからだ。そして中間選挙で勝利を収めれば、中絶の権利法制化に弾みがつくことになる。

この日の採決の前には、女性を主体とする数十人の民主党下院議員が「自分の体のことは自分で決める」と叫びながら下院から上院まで行進し、上院議場に入って中絶の権利についての議論を静かに見守った。

下院は昨年9月、今回上院に提示されたのと同様の中絶権利保護法案を218対211で可決している。【5月12日 ロイター】
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【世論動向 どのような状況でも賛成・反対はそう多くない それ以外の米国民はその中間にいる】
世論の中絶に関する見方は、“何が何でも賛成・反対”といった極端なポジションはそう多くないようです。

****プロチョイス(中絶容認)51%、プロライフ(中絶反対)40%****
人工中絶を違憲だとする最高裁の判断を米国民はどう見ているのか。いくつかの世論調査を見ると、一筋縄ではいかない。
 
保守的傾向の強いラスムセン世論調査によると、最高裁の判断を支持する人(つまり中絶は違憲)は48%、反対する人(つまり中絶は合憲)は45%。

「あなたはプロチョイス(つまり中絶するかしないかは女性が選択すべき問題だと信じている)か、プロライフ(つまり体内に宿った生命を最大限尊重するべきだ)か」と聞いた質問に「プロチョイス」と答えた人は51%、プロライフと答えた人は40%となっている。
 
中絶は違憲だと答える人が48%いる一方で、「中絶するかどうかは女性に選択権がある」と答えた人は51%もいるのだ。
 
こうした点についてロサンゼルス・タイムズのコラムニスト、ジョナ・ゴールドバーグ氏はこう分析している。
「各種世論調査を精査してみると、どのような状況でも中絶は合法だと主張する人はたった23%しかいない。またどのような状況でも中絶は違法だと主張する人は21%だ」
「それ以外の米国民はその中間にいる。つまり妊娠期間、例えば3カ月の時点での中絶、それ以後の中絶についてはより規制するべきだといった考え方が大半なのではないのか」

「言い換えれば、ビル・クリントン第42代大統領の策定したフォーミュラ、『Safe, legal and rare』(安全、合法、稀)な中絶を大多数の米国民は支持しているのだと思う」

ゴールドバーグ氏が指摘した、何が何でも中絶反対という米国民には、キリスト教原理主義の白人エバンジェリカルズが多い。旧約聖書に出てくる聖句を引用し、生命の誕生を母親の受胎を契機にいかなる段階でも胎児の命を人工的に中絶するのは殺人だと考えている。
 
一方、どのような状態であろうとも、中絶を選ぶ権利は母親にあるとする考え方はリベラル派の若年女性に多く、それをウーマンリブの流れをくむ女性の人権ととらえている。
 
今や民主党、共和党はともにこうした強硬派を基盤とした支持層にある意味で支配されている。
 
民主党全体でみると、中絶合憲派は70%だ。その内訳はリベラル派の82%、穏健派の63%、保守派45%が中絶合憲派だ。
一方、共和党の中絶合憲派は、全体の34%。その内訳はリベラル派54%、穏健派53%、保守派28%となっている。【5月12日 高濱 賛氏 JBpress】
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【バイデン大統領 中絶合憲崩れれば「同性婚や避妊でも」 トランプ前大統領は沈黙】
バイデン大統領は、今回リークされた最高裁多数派判事の草稿への批判をもとに、同様のことが「同性婚や避妊、その他の権利」でも起きる恐れがあると有権者にアピールする戦略です。

****バイデン氏警告、中絶合憲崩れれば「同性婚や避妊でも」****
バイデン米大統領は11日、連邦最高裁が人工妊娠中絶を合憲とした1973年の判断が覆された場合、同様のことが「同性婚や避妊、その他の権利」でも起きる恐れがあると警告した。中西部イリノイ州シカゴでの演説で語った。

米国では今月、約50年にわたって認められてきた中絶の合憲性を否定する最高裁の多数派意見書の草稿が流出し、6月下旬にも合憲判断が覆されるとの見方が強まっている。

合憲判断は、女性が妊娠を継続するか否かの選択は「プライバシー権」に含まれるとし、多くの権利保障の基盤となる判例とみなされている。

一方で米国では、キリスト教福音派やカトリックなどの保守派を中心に、最高裁が同性婚を認めたことや、避妊具や避妊薬の使用を禁じた法律は違憲としていることに反対する声もある。

バイデン氏は今回、支持層であるリベラル派の懸念を代弁した格好だが、保守派は司法への干渉だとして同氏への批判を強める可能性がある。【5月12日 産経】
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一方、「分断」「対決」案件でいつも先頭にたって煽るトランプ前大統領は中絶問題では沈黙。
同氏はかつては中絶容認の考えを明らかにしていました。
“1999年にトランプ氏はテレビのインタビューで「私は非常にプロチョイスだ」と言っている”【前出 JBpress】

しかし、岩盤支持層は反対派ということで、“沈黙”なのでしょう。
もちろん彼のことですから、必要とあらば、前言を翻すことなどは朝飯前でしょう。

【リーク後の動き 反中絶派の事務所に放火 「中絶薬」郵送サービス需要激増】
最後に、最高裁草稿リークで刺激された社会の動きをふたつ。
最初は、冒頭にもあげた「暴力」絡みの動きで、中絶支持容認派によると思われる事件。

****反中絶派の事務所に放火か 米最高裁判決巡る報道が波紋****
米中西部ウィスコンシン州マディソンで8日、人工妊娠中絶に反対する団体の事務所から出火し、事務所の壁などを焼いた。負傷者はいなかった。地元当局は放火事件とみて捜査している。

米国では、連邦最高裁で中絶容認の憲法判断を覆す判決原案が作成されたと2日に報じられたことを受けて、中絶容認、反対両派のデモが活発化するなど波紋が広がっており、7日には最高裁判事の自宅前で中絶容認派がデモを行った。
 
ホワイトハウスのサキ報道官は9日の声明で「バイデン大統領は抗議活動をする権利を強く信じているが、決して暴力や脅迫に及ぶべきではない。判事は社会で重要な機能を担っており、身の安全を懸念することなく、任務を遂行できなければならない」と述べ、放火事件や判事の自宅前でのデモを批判した。
 
マディソンの地元警察当局や団体の声明によると、8日早朝に中絶反対派の事務所の窓が割られた後、火炎瓶が投げ込まれた。火炎瓶は引火しなかったが、別の方法で火災が起き、壁や床が焦げた。当時、事務所内は無人で、負傷者はいなかった。事務所近くの壁には「中絶が安全ではないのなら、お前たちも安全ではない」と落書きされていた。【5月10日 毎日】
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もうひとつは非合法「中絶薬」郵送サービスが激増しているという話。

****「中絶薬」郵送サービスに米女性が殺到する訳──非合法も取り締まる術なし****
<アメリカで人工中絶が全面的に禁止される? 最高裁の判決草案のリークにより、中絶薬の郵送サービスへの注目が一気に高まっている>

人工妊娠中絶の権利を保障した1973年の「ロー対ウェード判決」が覆されるかもしれない──5月2日、米最高裁の判決草案が流出すると、全米に激震が走った。

これを受けて一気に注目が高まったのが、オーストリアのNPO「エイド・アクセス」による中絶薬の提供サービスだ。郵送で入手して自宅で服用できるため、中絶が禁止されても規制を擦り抜けられると期待される。

同団体のサイトで処方の依頼や資料請求をする女性は草案流出の翌日には30倍に増え、1日当たり4万人近くに達している。

アメリカでは薬による中絶が全中絶件数の54%を占めており、オンライン診療による中絶薬の処方が認められている20州では、同団体は地元の医師と連携して薬を提供する。

一方、そうした行為が制限または禁止されている地域では、欧州の医師とインドの通販薬局と組んで患者に薬を届ける。この手法は合法でないが、現時点では取り締まる法律はないという。【5月10日 Newsweek】
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適切な病院での中絶処置に比べ、危険性が高いと想像されますが、中絶禁止措置はそうした危険な方法の需要を急増させます。
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