孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン・トルコで激しさを増す国内外のクルド人勢力への弾圧・攻撃 国を持たない民族の悲劇か

2022-11-22 23:41:29 | 中東情勢
(トルコ軍の空爆による死者を悼む(クルドの)人々(21日、シリア北東部ハサカ県)【11月22日 日経】)

【国を持たない最大の民族】
****クルド人****
トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる形で分布する。人口は3,500万~4,800万人といわれている。

中東ではアラブ人・トルコ人・ペルシャ人(イラン人)の次に多い。宗教はその大半がイスラム教に属する。

トルコ 約2480万人 イラン 約480~660万人 イラク 約400~600万人 シリア 約90~280万人(後略)【ウィキペディア】
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人口は3,500万~4,800万人ながらも現在国家を形成していないことから「国家を持たない最大の民族」とも呼ばれています。

主な居住地であるトルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等におけるクルド人の現状は様々です。
その中で、政治的に一定の独自性を持つのがイラクの「自治政府」です。

****独立から自治に傾斜する「国を持たない最大の民族」****
(イラクにおいては)独立を強く主張するバールザーニー率いるクルド民主党(KDP)に対してターラバーニーのクルディスタン愛国連合(PUK)は自治による緩いつながりを主張する。

イラクのクルド人たちは本音では独立を願いながらも、開発援助などを含むイラク政府の支援を「ベネフィット」とみなして受け入れ、独立ではなく自治政府を選択する。

トルコでは政府の厳しい弾圧により、オジャランが作ったクルディスタン労働者党(PKK)が武装闘争から対話路線へ移行。クルド国家設立から国家横断的な自治を基本とする連邦化に向け、2005年に「クルディスタン共同体同盟(KCK)」が設立された。KCKにはシリアの民主統一党(PYD)、イランのクルディスタン自由生活党(PJAK)などが参加している。

強いリーダーが存在しないシリアやイランではオジャランの系譜の影響力が強い。シリアにおいては、内戦の武力対立収束の枠組みに直接関係しなかったPYDの影響力が強まっている。

イランではクルディスタン民主党(KDPI)と農民中心のマルクス主義的組織「コマラ」の連合がPJAKに対抗する図式だ。ただ、いずれも外部勢力の影響下にあり、イランのクルド人の運動としては脆弱である。

本書はこのように、各国の運動を比較分析することで、1つの国家にはなり切れないクルド民族という「国家主体」の現実を教えてくれる。(後略)【5月14日 東洋経済ONLINE 渡邊啓貴氏 書評「クルド問題 非国家主体の可能性と限界」 今井宏平著】
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【反政府デモが続くイラン クルド人居住地域への弾圧を強化 イラクのクルド自治区への攻撃も】
“国家を持たない”非国家主体クルド人勢力とトルコ・イランといった国家主体の衝突が厳しさを増しています。

イランでは頭髪を覆うヒジャブ(スカーフ)の被り方が不適切として拘束された女性が警察の暴力を受けて死亡したのではないかという疑惑(イラン政府は否定)から9月に始まった抗議デモが長期化し、単にヒジャブの問題だけではく、「自由」を求める運動、イスラムによる宗教的強権支配体制への批判にも発展しています。

****イランのデモ、民衆蜂起の様相=イスラエル軍情報部門トップ****
イスラエル軍の情報部門トップは21日、イランで広がる抗議デモについて、民衆蜂起の様相を呈し始めているの見方を示した。一方、現時点で政権存続に「現実的な脅威はない」とも語った。

イランでは今年9月、顔を覆うスカーフを適切に着用していなかったとして22歳の女性が警察に拘束されて死亡した。事件をきっかけに抗議活動が続いている。

イランと長年対立するイスラエル軍のアーロン・ハリバ参謀本部諜報局長は、テルアビブ大学国家安全保障研究所で、「抗議行動は既に民衆蜂起の領域に達していると思う」と指摘。「いくつかの出来事を見ると、発生時間、国家機関や国家の象徴が受けた被害、死者数など、政権にとって大いに問題となる異次元の何かが起きている」と語った。

「現時点で政権に対する現実的な危険はないと考える」とした上で、「社会行動の予測は参謀本部諜報局の責任で行うものではない」とも述べた。【11月22日 ロイター】
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イラン当局は厳しい弾圧姿勢で抗議デモに臨んでおり、イランの人権活動家通信(HRANA)によると、この抗議行動に関連して、11月19日時点で未成年者58人を含む抗議者410人が死亡したとされています。情報統制が厳しいイランの国内事情はよくわかりませんので、実際の犠牲者はもっと多い可能性もあります。

地域的に見ると、当局の弾圧が際立つのがイラン西部のクルド人が多く居住する地域。
発端となった女性がクルド系だったこともあって、日頃からイラン政府に不満を持つクルド人が激しい抗議行動を展開しているため、当局側の弾圧姿勢も本格化しているようです。

****イラン、クルド系地域で大規模弾圧 革命防衛隊投入か****
イラン西部の少数派クルド系住民が多く住む地域で、当局による大規模な弾圧が起きているもようだ。人権団体が20日、明らかにした。治安部隊が多数投入され、激しい銃撃音や悲鳴が聞こえる動画などが19日夜から20日にかけてインターネットに相次いで投稿されたという。

イランでは、服装規定違反を理由に道徳警察に逮捕されたクルド系女性の死をめぐる抗議デモが2か月以上続いている。人

権団体によると、これまでに全31州中25州で、取り締まりの過程で計378人が死亡、6人に死刑判決が下された。当局は著名人やスポーツ関係者、ジャーナリストらの一斉摘発も実施。国営イラン通信は20日、頭髪を覆うスカーフを公の場で外してデモへの連帯を示した有名女優2人が逮捕されたと報じた。

全国に拡大したデモに最初に火が付いたのが、クルド系地域だ。西アゼルバイジャン州の都市マハバードでは、弾圧の犠牲者の葬儀後に人々が道路を封鎖して座り込みを行う映像や、治安部隊の暴力に抗議する労働者によるストライキの情報が伝えられていた。

ノルウェーを拠点とする人権団体ヘンガウは、マハバードに「武装治安部隊」が派遣され、「住宅街で激しい銃撃が行われている」とツイッターで報告。精鋭部隊「革命防衛隊」の隊員を乗せてマハバード上空を飛ぶヘリコプターだとする映像を公開した。

人権団体イラン・ヒューマン・ライツは、19日夜から20日にかけて撮影された、銃声が響き渡る市内の様子とされる動画や、銃撃音とともに悲鳴が鮮明に記録されている音声ファイルを公開。「(当局によって)電力が遮断され、銃撃音が聞こえる。死傷者が出ているとの未確認情報もある」と報告した。

イラン多数派のペルシャ系住民はイスラム教シーア派に属するが、クルド人はスンニ派。マハバードは、第2次世界大戦直後の1946年にソビエト連邦の支援でクルド人が樹立した未承認独立国家「マハバード共和国」の中心都市で、クルド系住民にとっては特に思い入れのある地だ。結局、この共和国は1年足らずでイラン当局に制圧された。

人権団体ヘンガウは、西部クルディスタン州のディバンダーレやサケズ、サナンダジについても、当局が民間人に発砲するなど「危機的」な状況が伝えられているとしている。【11月21日 AFP】
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イラン当局はインターネットも遮断したようで、その弾圧の実態、何が起きているのかはますますわかりづらくなっています。

****イランで大規模ネット遮断、クルド勢力弾圧の懸念高まる****
スカーフ着用を巡り警察に拘束された女性が死亡した事件に対する抗議デモが続くイランで21日、携帯電話からのインターネット接続が広くできない状態となった。独立系のインターネット監視団体「ネットブロックス」が明らかにした。

クルド人居住地域の反政府勢力鎮圧のため当局がインターネットを遮断しているとの懸念が人権団体の間で高まっている。(中略)

また、サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会で同日、イラン代表の選手らはドーハで迎えた初戦のイングランド戦前、国歌を斉唱しなかった。国内の抗議デモへの連帯を示す動きとみられるが、イランの国営テレビは、選手が試合前に国歌斉唱のために整列する場面を放映しなかった。【11月22日 ロイター】
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更にイラン革命防衛隊はテロリスト拠点が存在するとして、イラクのクルド自治区へのミサイル攻撃も実施しています。

****イラン革命防衛隊が、イラク・クルド自治区のテロリスト拠点をミサイル攻撃****
イランイスラム革命防衛隊が、イラク北部クルド人自治区に潜伏している分離主義テロリストに対する2回目の砲撃・ミサイル攻撃を行いました。(中略)

革命防衛隊陸軍は、今年9月24日にもこれらのテロ組織に対して何度も警告を発した末、彼らの拠点に対する大規模な攻撃を行い、「テロ活動を停止しない限り、無人機やミサイルによる攻撃を継続するだろう」と通告しています。(中略)

革命防衛隊陸軍のパークプール司令官は、「イスラム戦士らの作戦は、イラクのクルド人自治区に潜伏している分離主義テロリストや反革命派集団の完全な武装解除まで継続されるだろう」と強調しています。【11月14日 Pars Today】
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【トルコ イスタンブール爆発事件をクルド人勢力によるものと断定し、シリアのクルド人勢力拠点を攻撃】
一方、トルコではかねてよりエルドアン政権はクルド人勢力PKKをテロ組織として厳しく取り締まってきましたが、
イスタンブール中心部で13日に起きた爆発事件(6~8人が死亡、81人が負傷)について、PKKが関与したテロと断定しています。

****「クルド組織のテロ」と断定=シリア国籍の女拘束―イスタンブール爆発****
トルコの最大都市イスタンブールの繁華街イスティクラル通りで起きた爆発で、トルコ治安当局は14日、爆発物を現場に残して去ったシリア国籍の女の身柄を、イスタンブール市内で拘束したと発表した。

犯行声明は確認されてないが、ソイル内相は爆発について「反政府武装組織クルド労働者党(PKK)が関与したテロ」と断定した。

爆発は13日午後、人混みの中で発生し、9歳前後の女児を含む少なくとも6人が死亡、81人が負傷した。死者はいずれもトルコ人。地元メディアによると、負傷者にはシリア人やロシア人、セルビア人、モロッコ人が含まれている。

治安当局によると、女はアフラム・バシル容疑者で、取り調べの中で「PKKの情報要員として、違法な手段でシリア北部からトルコに入った」と供述したとされる。バシル容疑者のほか、事件への関与が疑われる40人以上の身柄を確保したという。

ソイル氏は、クルド人が暮らすシリア北部のアインアルアラブから「攻撃の指示が下されたとみられる」と説明。「近い将来、われわれは彼ら(PKK)への反応を示す」と訴え、シリア北部に報復攻撃を行うことも示唆した。【11月14日 時事】
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容疑者女性が自ら「PKKの情報要員として、違法な手段でシリア北部からトルコに入った」と話したのか、トルコ当局がそのような答えを何らかの手段で迫ったのか・・・そこらはわかりません。

PKKもシリアのクルド人勢力PYDも事件への関与を否定しています。

いずれにしても、エルドアン政権はシリア北部のクルド人勢力PYDを国内クルド人反政府勢力PKKに協力する分派組織として敵視し、これまでもシリア北部に軍事介入を行ってきましたが、今回事件を受けて、事件の背後にPYDが存在するとして「報復」空爆を実行しています。

****トルコ軍空爆で31人死亡=シリア北部、対テロ報復「新たな作戦」****
トルコ国防省は20日、同国と敵対するクルド人勢力が活動するシリアとイラクの北部で「新たな空爆作戦」を19日から20日にかけて行ったと発表した。

在英のシリア人権監視団によると、この空爆でクルド人主体の「シリア民主軍(SDF)」(PYDの軍事組織YPGが主体)戦闘員やシリアのアサド政権軍の兵士ら少なくとも31人が死亡した。

国防省の声明によると、イスタンブールで13日に起きたテロ事件の報復で、トルコへの越境テロ攻撃を防ぐのが狙い。「武器庫や訓練施設など89の標的を破壊し、多数のテロリストを無力化した」と説明している。アカル国防相は「成功裏に行われた」と強調した。【11月20日 時事】 
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人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表はAFPに、トルコ軍が北部アレッポ県と北東部ハサケ県にあるSDFの拠点と、ラッカ県とハサケ県のシリア政権軍の拠点をそれぞれ空爆したと述べた。

SDFによれば、2014年にイスラム過激派組織「イスラム国」に占領され、翌15年にSDFが奪還・解放したトルコ国境に近い要衝アインアルアラブ(クルド名:コバニ)も空爆された。

トルコは、SDFの主要構成部隊であるクルド人民兵組織「クルド人民防衛部隊」をPKKの分派とみなしている。PKKとYPGはともにイスタンブールの事件への関与を否定している。 【11月20日 AFP】
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【トルコとクルド人勢力の報復の連鎖 エルドアン大統領は地上攻撃も示唆 自制を求めるロシア】
トルコの空爆に対し、報復としてシリア側からの砲撃(おそらくクルド人勢力によるもの)があり、トルコ側に死者2名が出ています。

****シリアがトルコ南部砲撃、2人死亡 トルコとクルド勢力応酬続く****
トルコ政府は21日、南部ガジアンテップ県にシリア側から砲撃があり、子どもを含む2人が死亡したと発表した。トルコ軍は20日以降、シリアのクルド勢力に空爆を実施しており、その報復とみられる。両者による応酬が今後、激化する可能性がある。

トルコ当局によると、シリア国境付近のカルカムシュで、学校や家などが迫撃砲で攻撃されたという。20日にも南部キリス県にシリア側から攻撃があり、8人の治安部隊員が負傷した。

ソイル内相は21日、今後「最も強力な方法」で反撃すると主張。エルドアン大統領は同日、地上軍による侵攻も検討する考えを示した。

トルコ軍は20日以降、最大都市イスタンブールで起きた爆弾テロの報復として、非合法組織「クルド労働者党(PKK)」と関係があるシリアのクルド勢力の拠点を攻撃。トルコ国防省はこれまでに184人の「戦闘員」を殺害したとしている。在英民間組織「シリア人権観測所」はこれまでに約70人がシリア側で死傷したとしている。【11月22日 毎日】
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この事態に、エルドアン大統領は地上軍を投入して3回目の軍事進攻も辞さない構えです。

****トルコ大統領、シリアへの地上侵攻を警告****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は21日、先にシリアおよびイラクへの空爆を実施したのに続き、シリアでの地上作戦も辞さないと警告した。

エルドアン氏は、サッカーW杯カタール大会の開会式に出席後、帰国便の機内で記者団に対し、今回の作戦は空爆に限らないとし、「わが国の領土で治安を乱す者には代償を払わせる」と語った。

トルコは、13日にイスタンブールで起きた爆発で6人が死亡したことについて、反政府武装組織「クルド労働者党」の犯行だと非難。報復のため19日夜から20日にかけてシリアとイラク北部で複数の町を空爆した。
英国を拠点とするNGO「シリア人権監視団」によると、この空爆で少なくとも37人が死亡、70人が負傷した。

トルコは、標的にしたクルド人の拠点はトルコ国内で「テロ」攻撃を行うために使用されていたと主張している。(後略)【11月22日 AFP】AFPBB News
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シリアにおいては、アサド政権をロシアが、反体制派をトルコがそれぞれ支援する立場ですが、一応ロシア・トルコ両国は内戦状態の安定化に向けて協調する関係にもあります。

そのロシアは、トルコに自制を求めています。
“トルコはシリアで「自制」を ロシアが要請へ”【11月22日 AFP】

【「非国家主体」の限界】
政権が十分に機能していないイラク、内戦状態が続くシリアに対して隣国イラン・トルコはシリア・イラクの国家主権をほとんど無視したような軍事介入・攻撃を行っており、その標的にされているのがイラク・シリアのクルド人勢力です。

主権を侵害されたシリア・イラクの側も少数民族クルド人への攻撃であれば、一定に黙認・容認できる問題・・・ということなのでしょうか。

このあたりは国家を持たないクルド人「非国家主体」の限界でもあります。
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