(21日イングランド戦 イランの選手たちは試合前の国歌斉唱で口を閉ざしたままだった【11月22日 東スポ】)
(25日ウェールズ戦 試合開始前、国歌を歌うイランイレブン【11月25日 時事】)
【「スポーツと政治は別物」とは言うものの】
サッカーW杯カタール大会に関しては、日本チームの大活躍で盛り上がっていますが、これまでも取り上げたようにカタール国内の外国人労働者や性的マイノリティに関する扱いには大きな問題があります。
そのことをW杯に絡めて云々することは、日本では「スポーツに政治を持ち込むべきではない。スポーツと政治は別物」という考えで嫌われます。
欧米では、いろんな機会に個人の考えを表明することは是とされることが多く、スポーツ大会参加者が政治的な意思表示をすることは珍しくありません。国民も政治的な視点からイベントの是非を評価することも日本よりは多く見られます。
今日そのあたりのことを論じるつもりはありませんが、ひとつ言えるのは紛争の真っただ中にある国おいては、多くの事柄が政治的立場と繋がってくるため、「スポーツと政治は別物」と言うような余裕はありません。
「どちらの側に立っているのか」を問われます。
【抗議デモで死者400人超、子どもを含む1万4000人が拘束 深刻な人権危機】
11月22日ブログ“イラン・トルコで激しさを増す国内外のクルド人勢力への弾圧・攻撃 国を持たない民族の悲劇か”でも少し触れたように、イランでは頭髪を覆うヒジャブ(スカーフ)の被り方が不適切として拘束された女性が警察の暴力を受けて死亡したのではないかという疑惑(イラン政府は否定)から9月に始まった抗議デモが長期化し、単にヒジャブの問題だけではく、「自由」を求める運動、イスラムによる宗教的強権支配体制への批判にも発展しています。
****イランのデモ、民衆蜂起の様相=イスラエル軍情報部門トップ****
イスラエル軍の情報部門トップは21日、イランで広がる抗議デモについて、民衆蜂起の様相を呈し始めているの見方を示した。一方、現時点で政権存続に「現実的な脅威はない」とも語った。
イランでは今年9月、顔を覆うスカーフを適切に着用していなかったとして22歳の女性が警察に拘束されて死亡した。事件をきっかけに抗議活動が続いている。
イランと長年対立するイスラエル軍のアーロン・ハリバ参謀本部諜報局長は、テルアビブ大学国家安全保障研究所で、「抗議行動は既に民衆蜂起の領域に達していると思う」と指摘。「いくつかの出来事を見ると、発生時間、国家機関や国家の象徴が受けた被害、死者数など、政権にとって大いに問題となる異次元の何かが起きている」と語った。
「現時点で政権に対する現実的な危険はないと考える」とした上で、「社会行動の予測は参謀本部諜報局の責任で行うものではない」とも述べた。【11月22日 ロイター】
イランでは今年9月、顔を覆うスカーフを適切に着用していなかったとして22歳の女性が警察に拘束されて死亡した。事件をきっかけに抗議活動が続いている。
イランと長年対立するイスラエル軍のアーロン・ハリバ参謀本部諜報局長は、テルアビブ大学国家安全保障研究所で、「抗議行動は既に民衆蜂起の領域に達していると思う」と指摘。「いくつかの出来事を見ると、発生時間、国家機関や国家の象徴が受けた被害、死者数など、政権にとって大いに問題となる異次元の何かが起きている」と語った。
「現時点で政権に対する現実的な危険はないと考える」とした上で、「社会行動の予測は参謀本部諜報局の責任で行うものではない」とも述べた。【11月22日 ロイター】
*********************
イラン当局は厳しい弾圧姿勢で抗議デモに臨んでおり、イランの人権活動家通信(HRANA)によると、この抗議行動に関連して、11月19日時点で未成年者58人を含む抗議者410人が死亡したとされています。情報統制が厳しいイランの国内事情はよくわかりませんので、実際の犠牲者はもっと多い可能性もあります。(以上、22日ブログからの再録に加筆)
国際的にもイラン当局のデモ弾圧に厳しい批判が起きています。
****国連人権理、イランの人権侵害巡り調査団設置 デモ弾圧で****
国連人権理事会は24日、イランの人権状況について特別会合を開き、9月以降広がる抗議デモへの弾圧など、同国の人権侵害を巡る調査団を設置する動議を可決した。賛成が25カ国、反対が6カ国、棄権が16カ国だった。
イランでは、イスラム教徒の女性の髪を隠すスカーフの着用法が不適切だとして拘束されたクルド人女性が死亡したことに対する抗議デモが広がっている。
ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官はイラン当局に対して、抗議デモを鎮圧するための「不当な」武力行使を止めるよう要請。イランは深刻な人権危機に直面しており、子どもを含む1万4000人が拘束されていると懸念を示し、イラン政府は国連の現地訪問を受け入れていないと指摘した。
イラン当局による取り締まりは、クルド人が多く住む西部地域で特に厳しくなっており、国連によると先週は40人の死亡が報告された。【11月25日 ロイター】
*******************
【イランチーム イングランド戦では国歌斉唱せず】
こうした実弾が飛び交い、多くの市民の血が流れる厳しい状況の中でW杯に参加したイランチームでしたが、試合前の国歌が流れる際に、選手たちが国歌を歌わない様子が話題にもなりました。
イラン政治体制に批判的な立場からは、現在のイラン国歌はイランのものではなく、(現行政治体制の)イスラム共和国のものだと指摘する声もあるようです。
(蛇足ながら、こうしたイランのアイデンティティとイスラムを峻別する考えは、以前イランを観光した際にも聞きました。国際的にはイランは厳格なイスラム国家とみなされていますが、「イランはイスラムではない」と。その考えは、本来のイランの伝統・文化はペルシャ帝国以来受け継がれているものであり、イスラムは近年に持ち込まれたものに過ぎないというもののようです)
国歌を歌わないというイランチームの選択は、国内で続く反政府デモに連帯を示した形と見られています。
DFエフサン・ハジサフィ選手は20日の記者会見で、デモ参加者を念頭に「私たちは応援し、共感している。人びとが期待するような変化を望む」と述べたとも報じられています。
“試合後、イランのカルロス・ケイロス監督は「W杯の規定に沿い、ゲームの精神に則っている。(選手たちは)自由に抗議することができる」とコメント。選手からは今回の行動を支持する声が目立っている。”【11月22日 東スポWEB】
しかし、イランの国営テレビは、選手が試合前に国歌斉唱のために整列する場面を放映しませんでした。
【イラン国内には大敗を喜ぶ声も】
試合は、イランが2―6でイングランドに大敗しましたが、イラン国内にはイランチーム自体が“政権寄り”だと見なし、その敗北を喜ぶ声もあるとか。
(ただし、そうした声が一般的なものかどうかはわかりません。少なくとも敬虔なイスラム教徒が多い地方部では現体制が支持されており、体制批判は少ないと思われます。逆にテヘランなど都市部では現体制に批判的な傾向が強く、激しい抵抗運動が行われています)
****イングランドに喫した「大敗」を、イラン国民が大喜び...何が起きているのか****
<純粋にサッカーを楽しみ、自国の代表チームを応援できる状況ではない現在のイラン。自国の敗北を喜ぶ複雑な心境とは?>
イラン代表チームが蹴散らされる姿に、イランの市民が歓喜した。11月21日、ワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグの初戦で、イランはイングランドと対戦。ドーハのハリファ国際スタジアムで行われた試合で、イングランドが試合を決定づける3点目のゴールを決めた瞬間、イランの首都テヘランのシャハラン地区で人々が歓声を挙げる様子が動画に収められた。
ロンドンを拠点とするペルシャ語放送局、イラン・インターナショナルが、この時の様子を映した動画をツイッターに投稿した。この試合では結局、イングランドがさらに3得点を挙げ、6対2でイランに圧勝している。
なぜテヘラン市民たちは、自国の代表チームの敗北を喜んだのか。それは、代表チームがW杯で戦う一方で、イラン国内で続いている女性たちを中心とする激しい抗議デモが関係している。
今回のデモのきっかけは、22歳の女性マフサ・アミニの死だ。アミニは今年9月13日、頭髪を適切に覆っていないなどの理由でイランの道徳警察に拘束され、3日後に死亡した。
この出来事に抗議するデモが拡大すると、当局は厳しい取り締まりを開始。人権擁護団体「イランの人権活動家」によれば、治安部隊による暴力的な取り締まりで、抗議デモの死者数は既に少なくとも419人に上っている。
さらにデモ開始以来、イラン国内でのサッカー試合は当局の決定によって、全て非公開になっている。
代表チームは国民より政権寄り?
W杯の対イングランド戦の会場では、抗議デモのスローガンである「女性、生命、自由」という文字や弾圧の犠牲になったデモ参加者の名前を記したTシャツを身に着けたり、プラカードを掲げるイランサポーターの姿が見られた。
ただそうした中で、代表チームは政権寄りで、今回の抗議デモへの連帯を示してこなかったと国民からは見られているようだ。
それもあって、冒頭の動画のようにチームの失点を喜ぶ声が上がったものと思われる。また動画には、歓声とともに「独裁者に死を」と唱える声も収められている。
この試合の前のセレモニーでイラン国歌が流れた際にも、サポーターらはブーイングを浴びせた。ただ、ピッチ上のイラン代表選手たちは口をつぐんだままだった。
故国での抗議デモへの連帯を示すため、国歌斉唱を拒否するかどうかはチーム全員で決めると、代表選手の1人のアリレザ・ジャハンバフシュは試合に先立って語っていた。
「散髪」のゴールパフォーマンスを
主将のエフサン・ハジサフィは試合前、抗議デモへの支持を表明した。「何よりもまず、家族を失ったイランの人々にお悔やみを述べたい」と、ハジサフィは記者会見の冒頭で発言した。「私たちの国の状況は正しいものではなく、国民は不満を感じていると認めなければならない」
さらに今回のW杯をめぐっては、イランの出場禁止をFIFA(国際サッカー連盟)に求める声や、選手に抗議デモへの連帯表明を促す声が上がっていた。
頭髪を覆うヒジャブの着用強制に対する抵抗の象徴的な行動として、イランをはじめとする各地で女性たちが髪を切っていることを受け、イラン出身の両親を持つロンドン生まれのイギリス人俳優・コメディアン、オミッド・ジャリリは、イランと戦うチームの選手たちに、ゴールパフォーマンスで髪を切るしぐさをするよう呼び掛けた。
「ごくささやかな行為で世界に巨大な影響を与えるチャンスがあると、イングランド代表選手に言いたい」。イラン対イングランド戦の開始前、ジャリリはツイッターに投稿した動画でそう訴えた。
「(イランと同じグループBの)イングランド、ウェールズ、アメリカの代表選手はゴールを決めたら、髪をはさみで切るしぐさをしてほしい。そんな簡単なジェスチャーで、イランの女性や少女に大きなメッセージを送ることができる」【11月23日 Newsweek】
*********************
前述のように、自国チームの敗北を喜ぶ声が一般的なものかどうかはやや疑問ですが、そうした声もあるようです。
イランの現状からすれば、「スポーツと政治は別物」ではなく、世界が注目するW杯こそがイランの現状を発信する、多くの市民が弾圧によって血を流す現状を改善する“絶好の機会”ということになります。
逆に、その機会を利用しないことは、結果的に市民に銃を向ける当局の姿勢を暗黙の内に認めることにもなる・・・。
【国歌斉唱拒否という重い選択 帰国後の処分の可能性も ウェールズ戦では対応一変】
自国の代表チームの敗北を喜ぶ市民もいるという状況で、国歌を歌わないという選択をしたイランチームの選択も重いものがあります。帰国後どのような処分がなされるのか・・・
選手だけでなく、反政府的プラカードを持ちこんだ観客も映像で面が割れており、帰国後処分される危険も。
****W杯で命懸けの国歌斉唱拒否に出たイラン選手の運命****
<サッカーW杯の国歌斉唱という檜舞台でイラン・チームは口をつぐんで歌わなかった。帰国すれば逮捕、国歌にブーイングしたイラン人観客たちも危ないという。改めて知るイラン体制の恐ろしさ>
FIFAワールドカップでは11月21日、イラン対イングランド戦がおこなわれたが、試合に先立つ国歌演奏中に、口をつぐんで歌わなかったイラン代表選手は、帰国後に重大な結果に直面するおそれがある。(中略)
ソーシャルメディア上のイラン人たちは、この国歌はイランのものではなく、実際には(イラン・)イスラム共和国のものだと指摘し、そのふたつを明確に区別している。
ニューヨークタイムズ紙のツイートによれば、イランのサッカーファンたちは、カタール・ドーハのハリファ国際スタジアム内に「イランに自由を」「女性、生命、自由」などと書かれたプラカードを持ちこんだという。スタジアムの外には、イラン革命前のパーレビ朝の旗を持ちこもうとして入場を許されなかったファンたちもいた。
W杯を中断させたかったイラン
(中略)イラン当局は、12月18日まで続くワールドカップの期間中、国内の抗議活動に言及しないことを事前に要請した。
別の報道では、イラン当局は、ワールドカップを中断させるためにテロ攻撃の実施を検討していたが、ホスト国カタールの反応を考えて思いとどまったと伝えられている。
ニューヨーク州立大学オルバニー校で国際法と人権について研究するデイビッド・E・グウィン教授が本誌に語ったところによれば、現在進行中の抗議活動は、イランの厳しい経済状況と結びついており、国歌斉唱を拒んだイラン選手だけでなくその家族も、「拘束や逮捕を含めた重大な結果に直面するおそれがある」。
「イラン政府は、とりわけ公共の場での抗議活動を鎮圧しようと、断固たる姿勢と容赦のなさを示してきた」とグウィンは語る。「選手たちの公的な立場は、とくにワールドカップを闘っているあいだは、彼らを守ってくれるかもしれないが、そうした立場ゆえに、選手たちは政権にとって大きな不安要素にもなる。イラン政府は、著名人が前面に出て火に油を注ぐことを望んでいない」
スタンドにいた人たちも危険にさらされる可能性がある。そうした観戦者の多くは、さまざまな形態のメディアを通じて世界中に顔が伝えられている。
「イランの治安組織である革命防衛隊は、そうした人──とくにプラカードを掲げていた人--──の身元を突き止め、経歴を掘り下げて、拘束や逮捕を正当化しようとする」とグウィンは語る。「有名ではないので選手より重要性は低いかもしれないが、少なくとも帰国後は監視下に置きたいと考えるだろう」【11月22日 時事】
*******************
“イラン当局は、ワールドカップを中断させるためにテロ攻撃の実施を検討していた”・・・いささか眉唾ものですが、それはともかく、当局側が神経を尖らせているのは間違いないでしょう。
今日(25日)行われた、ウェールズ戦ではイラン選手は試合前の国歌斉唱で肩を組んで歌ったそうです。
当局からの「圧力はなかった」とのことですが、常識的に考えて「圧力がないはずはないだろう」という感も。「両親、兄弟がどうなってもいいのか?」ぐらいの脅しがあっても不思議ではないようにも。
****イラン、国歌を歌う 「圧力受けていない」―W杯サッカー****
25日に行われた1次リーグB組のウェールズ―イランで、イランの選手が試合前の国歌斉唱で肩を組んで歌った。21日のイングランド戦では沈黙し、イラン国内の情勢と関連して注目された。
イランでは9月、イスラム法に基づく頭部を覆うスカーフ着用義務に違反したとして警察に拘束された女性が死亡。抗議デモが続き、多数の死者が出ている。イラン代表が国歌を歌わなかったのはデモへの支持を表すためとみられた。
イングランド戦では国歌が流れる間サポーターからブーイングを受けたが、ウェールズ戦ではスタンドも一緒に歌い、涙ぐむような人もいた。
24日の試合前日会見でFWタレミは「政治的なことは話したくはないが、私たちはいかなる圧力も受けていない」と語った。【11月25日 時事】
*******************
“ウェールズ戦ではスタンドも一緒に歌い、涙ぐむような人もいた”・・・雰囲気がそうさせるのでしょうか? 逆に、雰囲気次第ではブーイング? よくわかりません。
まあ、ウェールズ戦、試合に勝ててよかった。イラン政府のご機嫌も少しはなおった?