![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/3a/efb2070daa3ea06ed322c19d2cec6550.jpg)
(5月に下院総選挙の実施が見込まれるタイで、与野党がポピュリズム(大衆迎合主義)政策を競っている。政権奪回を狙う最大野党が最低賃金の引き上げを公約に掲げたのに対し、親軍政権の維持を目指す最大与党は低所得者向け給付金の増額を打ち出した。【3月7日 日経】 画像は野党・タイ貢献党のタクシン元首相の娘ペートンタン氏)
【下院解散で5月総選挙】
タイの総選挙については、2月23日ブログ“タイとカンボジア 総選挙に向けた政治状況 タイは親軍勢力の「分裂選挙」 独裁色強めるカンボジア”でも取り上げたように、親軍勢力は新党を立ち上げたプラユット首相とプラウィット副首相を担ぐ現与党の分裂選挙となっています。
下院が20日に解散、国王ラーマ10世が解散を承認したと王室が官報で発表したことで、5月に総選挙が行われる見込みとなっています。
****タイ下院解散、5月にも総選挙へ 親軍政権“継続”が焦点****
タイの下院が20日に解散され、5月にも総選挙が実施される見通しとなりました。クーデターの流れを組む親軍政権が継続するかが焦点となります。
タイの下院解散は官報を通じて発表され、4年ぶりとなる総選挙は5月にも行われる見通しです。
タイでは2014年、プラユット氏が軍事クーデターを主導して暫定首相に就き、2019年の総選挙の後、親軍政党「国民国家の力党」の支持で正式に首相に就任しました。
プラユット氏は今回、「力党」内で支持が広がらないため、自身で新党を立ち上げ首相続投を目指す一方、「力党」は副首相のプラウィット氏を首相候補としていて、与党が分裂する構図となります。
一方、軍政に反対する最大野党「タイ貢献党」からは、タクシン元首相の二女ペートンタン氏が首相候補として政権奪還を目指します。
「次期首相にふさわしい人物」を尋ねた世論調査では、ペートンタン氏が優勢となっています。
親軍政権が継続するかが焦点ですが、総選挙の後に行われる首相の選出は、下院議員と軍政下で任命された上院議員の票の合計で決まるため、親軍勢力が有利な仕組みとなっています。【3月20日 日テレNEWS】
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【「3分の2民主主義」ではあるものの、選挙法改正で変化も】
民政移管後の政権選択となった2019年総選挙の結果は下記の通り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/df/fb458ff25731ebce8e711a8207b7d84e.jpg)
タイではタクシン派政党(タイ貢献党)が選挙では強みをみせますが、軍事政権によって決められた選挙法・政治枠組みには、そのタクシン派政党の力を削ぐための「工夫」がなされています。
まず、首相指名選挙は下院議員(定数500)と、軍政下で任命された上院議員(定数250)の合同投票となります。上院が軍部で固められているため、反軍勢力が首相になるためには下院で75%以上を獲得する必要があります。
つまり、タイ民主主義には「3分の2民主主義」という「壁」があります。
更に、下院は2019年選挙では、小選挙区350と比例区150にわかれていましたが、有権者の投票は小選挙区だけの1票。そして比例区議席については、政党ごとの得票率をもとに、日本のように比例区定数150に対してではなく、下院総定数500に対して議席を割り振る方法で決まってきます。
例えば、ある政党の小選挙区での得票率が2割だった場合、下院定数500の2割にあたる100議席が総議席数として割り当てられます。この政党が小選挙区ですでに80議席を得ていた場合、比例区で残り20議席が得られるということになります。
しかし、この政党が小選挙区で2割の100を超える110議席を得た場合には超過分の10議席を返す必要はないものの、比例では1議席も得られません。
上記表で小選挙区で第1党となったタイ貢献党の比例区議席数がゼロなのはそういった仕組みでした。
小選挙区で強い政党は比例分の議席配分で不利になる「仕組み」です。
2019年総選挙では、プラユット首相続投を支持する「国民国家の力党」が主導する軍政派と、タクシン派「タイ貢献党」が主導する反軍政派のどちらが下院の多数派を形成するかが焦点となっていましたが、上記のような「仕組み」もあって結局、反軍政派は245議席と下院過半数を獲得できませんでした。
今回の総選挙では、選挙法が改正され、上記の仕組みが代わるようです。
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タイの下院議員選挙と政党に関連する2つの法律が1月28日に官報に掲載され、翌日から施行された。これにより、下院総選挙の法的な基礎が整った。
(中略)小選挙区選出議員が350人から400人、比例代表選出議員が150人から100人に議席配分を再調整した。
投票方法は2票制方式に変更され、1枚の投票用紙で小選挙区の候補者に投票し、もう1枚の投票用紙で政党が提出した比例代表候補者の名簿を選べることになった。
また、各政党が獲得する比例代表の議席の割合は、各政党が獲得する比例代表の票数の割合に比例することになった。【2月13日 JETRO】
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詳細は知りませんが、上記情報で判断すれば、小選挙区で圧勝した政党が比例区でも議席を上積みし、下院全体の流れを掌握することが可能になったように思われます。
【野党 親軍勢力の分裂選挙に加えてペートンタン氏人気で「地滑り的」圧勝も可能】
こうした話を前提にして、今回総選挙の展開を見ると、前述のように親軍勢力が分裂選挙になっていることに加え、タイ貢献党のタクシン氏の娘ペートンタン氏の人気上昇が注目されます。
****タイ下院が解散、5月総選挙の見込み タクシン氏娘が支持率首位****
(中略)選挙の具体的な日程は発表されていないが、ウィサヌ副首相は20日に下院が解散された場合、5月14日に行われる可能性が高いと述べていた。
世論調査によると、次期首相はタクシン元首相の娘のペートンタン氏が最有力候補で、タイ国立開発行政研究院(NIDA)が先週末に公表した調査では支持率が10%ポイント上昇して38.2%となった。現職のプラユット首相は15.65%で3位にとどまった。【3月20日 ロイター】
世論調査によると、次期首相はタクシン元首相の娘のペートンタン氏が最有力候補で、タイ国立開発行政研究院(NIDA)が先週末に公表した調査では支持率が10%ポイント上昇して38.2%となった。現職のプラユット首相は15.65%で3位にとどまった。【3月20日 ロイター】
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周知のように、小選挙区では得票率差以上に議席数差が開きます。場合によっては「地滑り的」圧勝も可能です。しかも、今回は親軍勢力は分裂選挙です。
ペートンタン人気がこのまま続けば、タクシン派「タイ貢献党」が小選挙区で「地滑り的」圧勝を実現し、比例区で更に上積みするというケースもあり得ます。
小選挙区(定数400)で「地滑り的」勝利によって8割320議席を、比例区で4割40議席を獲得すれば、下院で360議席。
前述のように首相指名選選挙では上院250を含めた750議席の過半数375議席が必要ですが、他の反軍勢力を合わせれば・・・という想像(妄想?)も。
そこまでいかなくても、下院の大勢を牛耳ることになれば、首相指名において、親軍勢力との交渉で優位な立場に立ちます。
【「あまり勝ち過ぎると危険」 ミャンマーの実例】
妄想するのは勝手なので、話を更に進めると、「あまり勝ち過ぎると危険」ということも。
実例がミャンマー
****(2020年ミャンマー総選挙)アウンサンスーチー圧勝の理由と、それが暗示する不安の正体****
(中略)
2020年11月8日にミャンマーで総選挙が実施された。選挙結果はNLDの勝利であった。だが、前回のような盛り上がりも世界的な注目もなかった。無理もない。前回の選挙が55年ぶりの文民政権の樹立につながる一大イベントだったのに対し、今回は、選挙戦前からNLDが勝つという予想が大半を占めていた。
さらに、同じ週にアメリカ大統領選挙があって、世界はその話題でもちきりだった。新型コロナウイルスの感染が拡大するなかでの選挙で、祝勝イベントも自粛されていた。
選挙結果をおさらいすると、二院制の連邦議会と、14ある地方議会とを合わせた1117議席が争われ、上院選挙では138議席(争われた161選挙区の86%)、下院選挙では258議席(争われた315選挙区の82%)を(スーチー氏率いる)NLDが獲得した。前回の総選挙では上下院合わせて390議席(上院135、下院255)を獲得していたので、今回は前回を6議席上回る結果であった(396議席)。2度目の大勝である。地方議会でも、ヤカイン(ラカイン)州とシャン州を除いた地域ではNLDが過半数を占めた。
ここで注意が必要なのは、ミャンマーの議会が「4分の3の民主主義」でしかないことだ。今回の選挙で争われた議席は、連邦議会、地方議会の全議席のうち4分の3である。残りの4分の1は、国軍最高司令官の「推薦」によって就任する現役軍人たちが占めている。彼らは選挙で勝つ必要はなく、任期も固定されていないので、人事異動もする。国軍最高司令官の手足といってよい。
この「4分の3の民主主義」という条件の下では、議会で与党になるためのハードルが高い。一政党が過半数を確保するには、全選挙区の3分の2で勝つことが必要になるからだ。今回もスーチーはこの高いハードルを越えたわけである。(中略)
NLDの大勝がもたらす不安
今回の選挙でNLDによる一党優位はより盤石となり、スーチーの政権基盤は安定した。その一方で、今後の不安を垣間みせる選挙でもあった。3点挙げておこう。
(中略)
(不安事項として、ポスト・スーチーの不在、少数民族問題、そして)最後に、国軍である。2度の選挙でのNLDの勝利は、国軍を動かすだろうか。ミャンマーの「4分の3」の民主主義が終わるかどうかは国軍次第である。
憲法改正には議員総数の4分の3を越える賛成が必要で、4分の1の議席を占める国軍代表議員が反対する限り、憲法の改正はありえない。
憲法改正を公約に掲げるNLDが8割を越える選挙区で勝利したのだから、この民意を受けて国軍の妥協を期待する向きもある。
だが、国軍が憲法改正を容認する可能性は極めて低い。理由は2つある。まず、国軍が政治への関与を正当化する最大の理由は内戦である。選挙結果がどうあっても、内戦の終結がない限り、国軍の政治関与が終わる可能性は低い。(中略)
また、国軍の政治関与の背景には民主主義への不信感がある。国軍が伝統的に持つ民主主義観は、国民全体の利益を顧みない党派争いである。したがって、NLDの勝利は、民意の反映というよりも、特定の党派が勝利した状態と国軍にはみえるはずである。
スーチー政権に対して警戒を強めることはあっても、権限を自ら手放すことはなさそうだ。ミンアウンフライン国軍最高司令官は就任から10年目を迎えてますます自信を深め、文民政権を批判する言動も目立つ。スーチー政権にとって最大の難敵が国軍であることは変わらないだろう。【2020年11月 中西 嘉宏氏 IDE-JETRO】
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ミャンマー国軍が「選挙で不正が行われた」として軍事クーデターを決行したのが2021年2月21日。
スーチー氏拘束、民主派との内戦状態など、その後の経緯は周知のところ。
残忍・非道で悪名高いミャンマー国軍とタイの軍部を同列に扱うことはできないかもしれませんが、タイ軍部がクーデターという形で政治介入するのは日常茶飯事です。
1932年の立憲君主制成立以来、未遂を含めて19件のクーデターが起きています。
ミャンマーと異なるのは、ほとんど「無血」で行われ、一定期間後に民政移管されるということ。
結果的に、国民の軍事クーデターへのネガティブな評価も小さく、軍部にすればクーデターを起こしやすい環境にもあります。
だいぶ話が先走り過ぎました。
まずは5月の総選挙の結果を見ないと・・・。