孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

台湾蔡英文総統の訪米に中国側がぶつける国民党の馬英九前総統訪中とホンジュラス断交

2023-03-27 23:40:08 | 東アジア

(27日、中国・上海の空港に到着した台湾の馬英九前総統(中央)【3月27日 時事】)

【蔡英文総統の訪米、マッカーシー下院議長との会談】
来年1月の台湾総統選を控えていることもあって、台湾と中国の外交面での駆け引き・競合・牽制が活発化しています。

台湾の蔡英文総統は今月末出発の中米訪問でアメリカに立ち寄り、その際にマッカーシー下院議長と会談すると報じられています。

****台湾総統府、蔡英文総統の訪米発表 中国外務省は反発****
台湾総統府が蔡英文総統の訪米日程を発表したことを受け、中国外務省は「いかなる形の接触を行うことにも断固反対する」と強く反発しています。

台湾総統府は21日、蔡英文総統が「29日に台湾を出発、30日、ニューヨークを経由して、4月1日から中米グアテマラとベリーズに滞在する」と発表しました。

その後、「来月5日にロサンゼルスを経由し、7日に台湾に戻る」としています。

蔡総統はアメリカでマッカーシー下院議長と会談すると報じられていましたが、アメリカでの日程は明らかになっていません。

発表を受け、中国政府は強く反発しています。

中国外務省 汪文斌報道官
「台湾当局の指導者がいかなる名義や理由でも、アメリカを訪れることに断固反対し、アメリカ側が『一つの中国』の原則に違反し、台湾当局といかなる形の接触を行うことにも断固反対する」

中国外務省の汪文斌報道官は、アメリカに対し厳正な申し入れを行ったことを明らかにしました。

そのうえで、「台湾当局の指導者がアメリカを経由するのは口実で、台湾独立をアピールすることが本当の目的だ」と指摘。「外部勢力と結託し台湾独立を図るいかなる挑発やたくらみも失敗に終わるに違いない。中国は国家の主権と領土を断固守る」と強調しています。【3月21日 TBS NEWS DIG】
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以前からの報道では、関係者の話として、蔡総統とマッカーシー議長はカリフォルニア州で会談する見通しと報じられています。

アメリカも正式な国交を有する中国との関係上、ワシントンに台湾首脳を招くことはできませんので、こういう「経由地」アメリカのワシントン以外で・・・というスタイルになります。

【同時期に野党・国民党の馬英九前総統が総統経験者として初の訪中 名目の「墓参り」が示すもの】
一方、台湾野党・国民党の馬英九前総統が総統経験者として初の訪中を行うことも同時期発表され、実際、今日27日の上海に到着しました。

*****台湾の馬英九前総統が訪中=総統経験者は分断後初****
台湾最大野党・国民党の馬英九前総統は27日、中国・上海に到着した。先祖の墓参りや学生交流が主な目的で、4月7日まで中国に滞在する。

中台関係が悪化する中、来年1月の総統選に向けて同党の対中融和路線を誇示する狙いが透ける。総統経験者の訪中は1949年の中台分断後初めてで、台湾統一をにらむ中国側の対応が注目される。

馬氏は総統在任中の2015年にシンガポールで、習近平国家主席と初の中台首脳会談を行った。

今回、公表された日程に中国高官との面会は明記されていないが、習指導部メンバーと会う可能性も伝えられる。上海の空港では、中国側の台湾政策担当幹部らが出迎えた。馬氏の事務所によると、滞在先は南京、武漢、長沙、重慶、上海各市で、北京市は含まれない。

馬氏は出発前に空港で記者団に「両岸(中台)関係に関わり始めてから36年待ち、ようやく訪問の機会を得た」と感慨を込めた。その上で「若者の熱意ある活動を通じて両岸の雰囲気が改善し、できる限り早く平和が訪れることを願う」と述べた。【3月27日 時事】 
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この件は今月20日に日本でも報じられていますが、“総統経験者として分断後初の訪中”ということでは、さほどの驚きはありませんでした。

国民党のこれまでの対中国関係・交流、馬英九前総統のこれまでの言動を考えれば、個人的には「さもありなん」という印象。

もちろん、客観的には、中国と台湾・国民党の関係がワンランク深化したということでは重要ですが。

個人的に印象的だったのは、訪中の建前としてあげられている「墓参り」ということ。

台湾には、日本支配から脱却した1945年の「台湾光復」以降、中国大陸各地から台湾に移り、台湾人として定住している人々を指す言葉として「外省人」という言葉があります。馬英九前総統も香港生まれの外省人です。

外省人に対比されるのが、1945年の「台湾光復」以前から、中国大陸各地から台湾に移り住んでいた人々およびその子孫の人々を指す「本省人」。

ウィキペディアによれば、言語学的に推測される「外省人」の割合は台湾人口の13%とも。
蒋介石の台湾支配の経緯から、政治・軍の中枢では「外省人」が支配的とも言われてきました。

蒋介石の流れをひく野党・国民党は支持者に「外省人」が多いとも。

最近ではこの対比はあまり表だって取り上げられることはなくなったとも言われていますが、選挙戦や中国との関係が議論される場面では、この区分がやはり浮かび上がります。

今回「墓参り」という話を聞いて、「外省人」と呼ばれる人々にとっては、中国は先祖、それも自分の父母が永眠する土地であるという“当たり前”のことを改めて認識しました。

そういう人々にとって、台湾と中国の関係は、政治や経済の関係以前のものとして、極めて強いものがあることは容易に想像できます。少なくとも、長年先祖代々台湾に暮らす人々と意識に差があるでしょう。

中国を“父母が永眠する土地”として認識する人々にとって、「ひとつの中国」(与党・蔡英文政権は認めていませんが)というのは、ある意味“極めて自然な”発想なのかも・・・・

通常、台湾問題と言うと、台湾の独自性(場合によっては台湾独立)といった面に議論が向かいますが、一方で「中国で先祖の墓参りする」という関係も厳然として存在するということを強く感じた次第です。

また、3月5日ブログ“台湾 軍幹部の9割ほどは退役後中国に渡る 中国への情報提供が常態化・・・との日本メディア報道も”で取り上げた、台湾軍幹部と中国の関係も、上記の事情を反映したものです。

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台湾統一を掲げる中国が実際に軍事侵攻したら――。向き合う台湾軍の事情は複雑だ。

もともと中国がルーツ。49年、国民党軍は共産党軍に敗れ、台湾に逃れた。中国大陸の奪還を誓ったが、夢に終わる。国民党軍は結局、台湾を守る「台湾軍」として衣替えを余儀なくされた。

その屈辱が軍内に強く残る。「我々こそ中国だと、今なお台湾独立に反対する教育が軍内で盛んだ」(軍事専門家)
17万人を抱える台湾軍では将校などの幹部も依然、中国人を親などに持つ中国ルーツの「外省人」が牛耳る旧習が続く。歴代国防部長(大臣)も外省人がほぼ独占する。

「そんな軍が有事で中国と戦えるはずがない。軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る。軍の情報提供を見返りに金稼ぎし、腐敗が常態化している」(関係者)。鄭もそんな一人だった。【2月28日 日経】
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この馬英九前総統の訪中時期が、蔡英文総統の訪米に重なったのは偶然ではないと指摘されています。

蔡政権の関係者は「重複」について「対中融和を進めたい馬氏側と、蔡氏の訪米を批判して台湾や国際世論に『中国は国民党との交流を通じた平和を重んじる』と宣伝したい中国側の思惑が一致した結果だ」と分析しています。

蔡政権は今回の訪米で、次期総統選に向け、米台の連携をアピールしたい狙いがあります。

ウクライナ侵攻や昨夏のペロシ下院議長(当時)の訪台後にあった中国の軍事演習により、台湾世論に広がった政権の対中政策への懸念や対米不信を打ち消す必要があるためです。

ただ、蔡氏は馬氏の訪中に対して沈黙を続けており、中国を過度に刺激するのを避けたいとの思いも。

中国は、2月に訪中した夏立言・党副主席への厚遇や、台湾産食品に課している禁輸措置について、国民党の自治体首長の要請を受け、この自治体が営む企業の商品輸入を再開するなど、台湾に対しマイルドな働きかけを行っています。

選挙対策もにらんで、蔡氏訪米に対し昨夏のような大規模な軍事演習を行うのかどうか注目されます。

【更に、蔡英文総統訪米に重なるホンジュラスの台湾断交 台湾の劣勢明白な外交戦】
もうひとつ、中国が蔡英文総統訪米に重なるようにぶつけたのが中米ホンジュラスの台湾との断交

*****「中南米はアメリカの“裏庭”ですから…」 ホンジュラスが台湾との断交宣言、中国と国交樹立 専門家は“別の目的”指摘****
中米のホンジュラスが台湾と断交し、中国との国交を樹立しました。蔡英文総統の就任以降、台湾との断交は9か国目で、来年の総統選を前に外交面で難しいかじ取りを迫られています。

きのう、中国の外相と共同コミュニケに署名し正式に国交樹立しました。

ホンジュラス政府は「『一つの中国』の原則を遵守する」と台湾との断交を宣言し、中国政府は「高く評価する」と応じています。

台湾 蔡英文 総統 「我々は無意味な金銭外交で中国と競わない」

台湾側は中国が経済的に誘惑したとの見方を示していますが、蔡英文総統が就任した2016年以降、台湾と断交した国はこれで9か国目。なかでも半数以上の5か国が中米諸国です。外交関係がある国は22から13に減少しました。

蔡政権は民主主義を前面に打ち出し、中国に対し強硬な姿勢を取り続けています。
中国はその反発として、台湾と外交関係を持つ国々に接近しているとみられますが、中米の国々にとっても中国の経済力は魅力的なようです。

台湾師範大学 范世平 教授
「中米諸国の経済はここ数年、かなり悪化しています。しかし、台湾に高額な援助は出来ないので、中国と国交を樹立するのでしょう」

さらに、中国は別の目的も持っていると専門家は指摘します。(後略)【3月27日 TBS NEWS DIG】
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台湾が蔡英文政権で外交関係を失った国々
<2016年12月> サントメ・プリンシペ(西アフリカの島国)  <17年6月> パナマ(中米)
<18年5月> ドミニカ共和国(中米) <〃> ブルキナファソ(西アフリカ)
<8月> エルサルバドル(中米) <19年9月> ソロモン諸島(太平洋の島国)
<〃> キリバス(太平洋の島国) <21年12月> ニカラグア(中米) <23年3月> ホンジュラス(中米)

台湾が外交関係を維持する国々
欧州のバチカン、太平洋のマーシャル諸島、パラオ、ツバル、中南米のベリーズ、グアテマラ、ハイチ、パラグアイなど13カ国

しかし、台湾が正式な外交関係を維持する国のうち、パラグアイで4月、グアテマラで6月に大統領選が予定されており、いずれも野党陣営が勝利すれば中国との国交樹立に動く可能性が指摘されています。

台湾外交部によると、今回ホンジュラスの件は、3月13日にレイナ外相から、台湾が支援するダムや病院の建設費支援を引き上げるなど、20億ドル(約2600億円)超の要求が届いたものの台湾側が難色を示したところ、15日になって、カストロ大統領が突然、ツイッターで中国との国交樹立手続きを指示したことを明らかにし、中国外務省も16日には国交協議を認めたとのこと。

日本の外交関係者は「中国が総統訪米の時期を狙って仕掛けた外交圧力だろう」と指摘しているようです。

こうした国交をめぐる外交戦では、強い経済力を有する中国が圧倒的に有利です。
地元メディアによると進行中の巨大ダム建設計画で中国に巨額の支援を求め、中国から「台湾と断交しない限り支援しない」と伝えられていたとのこと。台湾メディアは「中国に求めた援助は60億ドル(約7900億円)だった」と伝えたとも。

****蔡英文氏「無意味な金銭外交の競争しない」 ホンジュラス断交で声明***
台湾の蔡英文総統は26日、談話を発表し、中米ホンジュラスが台湾と断交し中国と国交を樹立したことについて「極めて残念だ」と述べた。そのうえで「中国がいくら圧力や脅しを加えても、自由と民主主義を守ろうとする台湾人の決意を変えることはできない」と強調した。

ホンジュラス側は中国との国交樹立について「経済再建」を理由に挙げており、中国の経済援助を期待している。蔡氏は「中国との間で無意味な金銭外交の競争はしない」と指摘。米欧や日本など民主主義の価値観を共有する国々との連携を念頭に「友好国や理念が近い国々と共に肩を並べ、より良い世界のため共に努力していきたい」と訴えた。【3月26日 毎日】
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とは言うもの、台湾の劣勢は明らかで苦しいところ。

中米を「裏庭」と考えるアメリカからはホンジュラスに圧力があったと思われますが、ホンジュラスは近年、移民対策に強硬姿勢をとるアメリカとの緊張関係が高まっていたという事情もあったようです。

外交戦では劣勢明白な台湾ですが、「捨てる神あれば・・・」ということで、南太平洋のミクロネシアは中国の賄賂攻勢に反発して、台湾との関係再構築を模索しているとか。

****ミクロネシア大統領、台湾との外交関係模索 中国「賄賂攻勢」に反発****
南太平洋の島嶼(とうしょ)国、ミクロネシア連邦が中国と断交し、台湾との外交関係樹立を目指して交渉していたことが明らかとなった。

5月に退任するパニュエロ大統領が関係者に宛てた書簡の内容をロイター通信などが報じた。書簡では中国が賄賂などでミクロネシア政府高官を懐柔しようとしていると反発している。

中米ホンジュラスのカストロ大統領が14日に中国との国交樹立方針を明らかにする中、ミクロネシア次期政権の判断が注目される。

ミクロネシアと中国は1989年に国交を樹立した。パニュエロ氏は2019年の大統領就任以来、中国が太平洋地域で影響力を拡大していることを警戒。中国が昨年、島嶼国10カ国と安全保障協定の締結を目指した際には他の首脳に署名を拒否するよう促した。(後略)【3月15日 産経】
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もっとも、パニュエロ大統領は今月7日の総選挙で議席を失っており、5月の任期満了で大統領職も退任する・・・とのことですから、どうなるのか不透明です。

中国を警戒する欧州では、半導体などの台湾経済への接近もあるようです。

“独閣僚、26年ぶり台湾訪問へ=対中関係見直し図る”【3月17日 時事】
“チェコ下院議長が訪問団率いて台湾に 過去最大規模”【3月26日 NHK】

もっとも、“仏EU首脳、一緒に訪中 マクロン氏「欧州の結束示す」”【3月25日 共同】といった「北京詣で」も・・・

いずれにしても、来年1月の台湾総統選挙に向けて中国側の揺さぶりが強まるでしょう。
また、総統選結果次第で中台関係の流れが大きく変わることは言うまでもないところ。

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