(テヘラン郊外の軍事施設パルチンの衛星写真 かつて核軍事転用の為に起爆実験が行われた疑いが指摘されています。【2014 年 10 月 7 日 WSJ】)
【ザリフ外相「これで不必要な危機を防ぐことが出来る」】
イラン核開発問題については13年にわたる交渉が続けられ、最終合意に向けた先月来の交渉についても期限を3回延期するという難産の末、14日夜、ようやく最終合意に達しました。
この13年の経緯を簡単にまとめると、以下のようになります。
**** <イラン核開発問題>****
2002年、イラン国内で核施設の建設が進んでいることが発覚。国際社会は核兵器製造を狙った動きだと疑った。
イランは03年、英独仏とウラン濃縮の一時停止で合意したが、05年に強硬派のアフマディネジャド大統領が就任し、06年に濃縮を再開。国連安全保障理事会の制裁決議を無視し、「民生用」を口実に核開発を続けた。
13年に穏健派のロハニ大統領が就任すると融和路線に転じ、15年4月、米英独仏中ロとの間で核開発制限を盛り込んだ「枠組み」に合意した。【7月15日 朝日】
********************
経済制裁に苦しむイランで、制裁解除に向けた交渉を行える穏健派ロハニ大統領の誕生が、交渉を軌道に乗せることにもなりました。
しかし当然ながら、合意に至るまでには激しいやり取りもあったようです。
****核疑惑13年、外交決着 イラン核武装阻止へ、最終合意****
13年にわたって国際社会の懸案だったイランの核開発問題で、関係国が最終合意にこぎつけた。
中東情勢も絡み、米イランの外相らが異例の長期間ウィーンにとどまるなど、最終局面まで交渉は難航した。現行の核不拡散条約(NPT)体制のもと、制裁を受けた国が姿勢を変え、外交努力が実を結んだ。
「歴史的な時だ」
14日午前、イランと6カ国の外相による最後の全体会合が開かれた国連施設に現れたイランのザリフ外相は、記者団にこう語った。
2002年から続いたイランの核問題を解決するため、包括的合意を目指す6カ国とイランの「第1段階の合意」が結ばれたのは13年11月。1年8カ月に及んだ協議の最終場面では、相互の不信が噴き出した。
イラン関係者によると、核問題そのものは4日ごろには大筋で合意していたが、協議の主題が中東情勢全般へ転じ、米欧がイランにシリアのアサド政権への支援から手を引くべきだなどと言及し、イランが反発。ザリフ外相が声を荒らげ、ケリー米国務長官が反論する場面もあったという。
米欧に不信感を強めたイランは、棚上げにすることで一致していた武器禁輸の解除を求め、協議が長引く一因になった。イランに武器を売りたいロシアがイラン側に回り、中国も加勢。6カ国間に亀裂が走った。
「合意を結ぶ気がないなら今すぐこの場を立ち去りなさい」「イランは決して脅しには屈しない」
欧州連合(EU)のモゲリーニ外交安全保障上級代表も6日夜、ザリフ氏と口論になったという。
イランが核開発を続ければ、イスラエルによる軍事攻撃の可能性があったうえ、サウジアラビアなどの周辺国も核武装を目指し、NPT体制そのものを揺るがす危険をはらんでいた。
「これで不必要な危機を防ぐことが出来る」。ザリフ氏はこう語り、モゲリーニ氏も「合意は地域と世界の平和と安定に貢献する」と、外交交渉で一応の決着をみたことを自賛した。【7月15日 朝日】
********************
合意内容骨子については以下のとおり。
****最終合意の骨子*****
(カッコ内は期間)
・イランは高濃縮ウラン、兵器級プルトニウムを製造しない(15年間)
・イランは約1万2千キロある低濃縮ウランを300キロに減らす(15年間)
・IAEAはあらゆる施設に査察をする
・合意の履行が確認されれば、欧州連合(EU)は核関連の制裁を解除、米国は制裁を緩和、核問題に関する国連安保理決議は解除
・合意違反があれば制裁を再び科す
*********************
今回の合意は、イランにウラン濃縮を含む平和的な核開発の権利を認める一方、それを一定の範囲内に収め、国際的な監視下に置くというもので、仮にイランが約束を破って核兵器開発を始めても、核爆弾1発の原料ができるまで最低1年はかかるよう核能力を縮小させる仕組みをつくった・・・とされています。
【「やっと世界の仲間に戻れる」】
イランが強く求めていた経済制裁解除のプロセスについては、以下のように報じられています。
****制裁解除に向けたプロセス****
イランが強く求めていた経済制裁の解除についてはIAEAがイランによる核開発の制限を確認した段階で、まとめて解除されます。
その一方で、イランが合意内容に違反した場合は、65日以内に制裁を元に戻すことができます。
また、イランやイランと関係の深いロシアが解除を求めていたイランへの武器輸出を禁じる国連の制裁措置については、協議の結果、防衛を目的とする武器については輸出入ができるよう制裁措置が緩和され、5年後には完全に解除されるとしています。
今回の合意を受けて、国連の安全保障理事会でも近く合意を支持する決議が採択され、国連でイランに対する制裁の解除に向けたプロセスが始まります。
安保理では2006年以降、イランに対するさまざまな制裁を盛り込んだ4つの決議が採択されてきましたが、今後はIAEA=国際原子力機関がイラン側の対応を検証したうえで、安保理で一連の制裁決議を無効にする手続きがとられることになります。【7月15日 NHK】
*****************
イラン国内は、すぐにでも経済制裁が解除されるような祝賀ムードのようです。
最高指導者ハメネイ師も、交渉団を支持する姿勢を表明しています。
****<イラン>国内祝賀ムード、ハメネイ師も交渉団評価・・・・核合意****
イラン核問題を巡る同国と欧米など6カ国(米英仏独露中)の交渉が最終的な合意に達した14日、イラン各地では市民が街に繰り出し、お祭り騒ぎで合意を歓迎した。
一方で、核交渉での妥協を警戒してきた保守強硬派の反発も出始めたが、最高指導者ハメネイ師は交渉団を支持する姿勢を表明した。
「プッ、プッ、プププー」。毎日新聞助手によると、首都テヘランでは14日夜に最大の目抜き通り「バリアスル」などで車のクラクションがひっきりなしに響き、市民らが喜びを表した。最終合意は昼間だったが、イスラム教のラマダン(断食月)の影響もあり、街は日が暮れてから人々であふれた。
通りには交渉関係国の国旗を掲げた車などが列をなし、深夜まで大渋滞が続いた。交差点では若者らが踊ったり、花火を打ち上げたりして「歴史的合意」を祝福した。
中年の男性は「やっと世界の仲間に戻れる」と語り、ロウハニ大統領の写真を掲げたという。こうした様子はテレビで繰り返し放映され、15日付の主要各紙も1面トップで合意を好意的に報じている。(中略)
ハメネイ師の事務所によると、同師は14日、ロウハニ大統領との会談で「核交渉団による実直で不屈の努力、試み」に感謝の気持ちを示した。ツイッターでも同様に交渉団の努力をたたえた。(後略)【7月15日 毎日】
******************
【軍事施設パルチンへの査察は?】
北朝鮮のように秘密裡に核開発を続けて核兵器を手にした事例の再現とならないか?・・・という根本的な疑問に加え、イラン、アメリカ双方とも合意に批判的な強硬派を抱えており、合意が国内的に了承させるのか? イランの核兵器開発を強く疑う(確信している)イスラエルやサウジアラビアが今後どのような対応をみせるのか? 原油輸出など日本への影響は? 更にはホルムズ海峡の危機が遠のくことでの安全保障関連法案審議への影響は?・・・等々、様々な問題があります。
そうした様々な問題はともかく、最後までもめた軍事施設への査察問題の扱いが、合意内容で不透明なことが気になります。
********************
イランが核開発を制限していることを確認するため、IAEA=国際原子力機関の権限が拡大されます。
イランは未申告の核関連施設の調査や抜き打ちの査察を可能にするIAEAの「追加議定書」を批准し、すべての核関連施設にIAEAが定期的に立ち入ることができるようになります。
協議の大きな争点となっていた、核兵器の開発疑惑があるイランの首都テヘランの郊外にあるパルチンの軍事施設については査察の対象となっているかどうか明記されていません。
しかし、未申告の核物質の存在や核開発が懸念される施設には、IAEAは検証のための立ち入りを求めることができるとされています。
イランとIAEAの意見が対立し、懸念が解消されない場合は、関係6か国側とイランで作る委員会が仲裁の役割を担い、必要な手段についての助言を行い、イランは3日以内に必要な手段をとることになっています。【7月15日 NHK】
********************
********************
IAEAは協議でも焦点になっていた核兵器の開発疑惑について、イランとの間で、疑惑を解明するための行動計画で合意しました。
行動計画では来月15日までにイランが書面で疑惑について説明し、IAEAは不明な点について問い合わせるといったやり取りが行われます。
さ
らに必要に応じて専門家による会合などを開き、天野事務局長はことし12月15日までに核兵器の開発疑惑についての報告書をまとめる方針です。
ただ、行動計画では関係6か国とイランの間で大きな争点となった核兵器開発との関連が疑われる軍事施設の査察については「別途調整する」などとして、具体的にどういった対応を取るのかは明らかになっておらず、査察が着実に行われるのかが今後の焦点になります。【7月15日 NHK】
*********************
IAEAの天野之弥事務局長は、今後、パルチンに査察に入る可能性については「詳細には言及できない」と述べるにとどめています。【7月15日 日経より】
一方で、イランのザリフ外相は、軍事関連施設は査察対象外と改めて主張しています。
****<イラン>「軍事施設は査察対象外」外相が強調…核合意****
イランのザリフ外相は14日夕(日本時間15日未明)、ウィーンで毎日新聞など一部外国メディアと会見した。
核問題の解決に向け6カ国(米英仏独露中)と「包括的共同行動計画」で最終合意したイランだが、最大の焦点の一つである国際原子力機関(IAEA)の査察範囲についてザリフ氏は、過去の核兵器開発疑惑に絡む軍事関連施設は対象外と改めて主張。疑惑解明の行方が依然として不透明であることを印象付けた。
行動計画は、イランのウラン濃縮活動などを大幅に制限し、強力な監視体制下に置く一方、見返りとして欧米や国連のイラン制裁を解除すると明記した。
IAEAは行動計画に定められたイランの履行状況を監視・検証するが、これとは別に過去の核兵器開発疑惑の解明も行う。このため、核兵器の起爆用爆薬を開発していた疑いのある首都テヘラン郊外のパルチン軍事施設の査察を求めている。
ザリフ氏は「過去の問題を解決し、イランの(核)活動が平和目的に限られていることを確認するため(IAEAに)協力する」と言明。
未申告施設への抜き打ち査察などを可能にするIAEAの追加議定書などに沿って協力する考えを示しながらも、これらの取り決めは「イランの軍事施設に向けられたものではない」と述べた。
軍事施設の査察については、イラン最高指導者のハメネイ師が「問題外だ」などと明確に拒否してきた。軍事施設の扱いは行動計画に明記されず、IAEAとイランの間で別途協議されることになっている。(後略)【7月15日 毎日】
*******************
“焦点だった軍事施設への国際原子力機関(IAEA)による査察にも制限付きで合意。AP通信によると、イランが異議を唱えた場合は6カ国とイランで査察の可否を協議するとしている。”【7月14日 産経】といった報道もありますが、結局、軍事施設パルチンへの査察を認めたの?認めていないの?・・・と、よくわかりません。
仮にIAEAが査察を求めても、イランがこれに応じないこともある・・・ということでしょうか?
なお、ケリー米国務長官は6月16日、イランの核開発に関する「軍事的側面の可能性(PMD)」について「過去は問わない」とも発言しています。
外交交渉では、どうしても折り合いがつかない部分は玉虫色にして、お互いが都合のいい解釈をすることで一応“合意”する・・・ということがしばしば行われますが、軍事施設パルチンへの査察もその類でしょうか?
イランの保守強硬紙ケイハンは「二つの解釈、180度の違い」の見出しで、交渉結果に懐疑的な記事を掲載しています。
*******************
公式発表された合意文書とイラン外務省が合意の要旨をまとめた文書に「解釈の違いがある」と報じた。
ハメネイ師は、核開発制限は10年未満▽軍事施設への査察は認めない−−などを「譲れない一線」としていたが、同紙は「譲れない一線が守られていないのでは」と指摘している。【7月15日 毎日】
*******************
敢えて玉虫色にしたのであれば、“解釈の違い”による今後起こる問題についても、一定にその扱いの方向性は協議されているということでしょうか。
「合意の履行で(国際社会との間の)不信感は徐々に消えていく」(ロウハニ大統領)なかでは、大きな問題とはならないということでしょうか。
もっとも、すでにパルチンでの証拠隠滅が行われており、今さら査察を行っても特段のものは出ない、イラン側はあえてパルチン査察を拒むことで、相手から譲歩を引き出すための手段に使っている・・・という見方もあるようです。
****歴史的だが不完全なイラン核合意****
・・・・とはいえ、ウィーンで交わされた最終合意は不完全な内容だ。米国と同盟国は今後も警戒を緩めてはならない。イランの核開発は今後10年にわたり制限されることになったが、核兵器の開発能力を断つには程遠く、イラン政府が核兵器開発に向かった場合に時間がかかるようになるだけだ。(中略)
しかし、他の選択肢が戦争か制裁強化という状況において、合意は最善の結果だった。しかも中東が混乱にある現在、根深い敵対関係にある二国でも合意に達することができるという重要なメッセージにもなっている。(中略)
それでも、この合意による広い政治的成果を見失わないことが大事だ。最も重要なのは今後の米国とイランの緊張緩和だ。(後略)【7月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
******************
“歴史的だが不完全なイラン核合意”と言うべきか、“不完全だが歴史的合意”と言うべかは、もう少し様子をみる必要がありそうです。
いずれにしても、制裁強化のあげくの軍事的衝突といった選択肢に比べたらましでしょう。制裁が解除されれば、穏健派の基盤が強化され、イラン国内の民主化にもつながります。