(シドニー五輪の女子400メートルで優勝し、オーストラリアとアボリジニの旗を手に、観客の声援にこたえるフリーマン
2000年シドニー五輪の陸上女子400メートル決勝、シーズン世界最高(当時)タイムでゴールに飛び込んだ勝者は精根尽き果てたようにへたり込んだ。そのアスリートの名はキャシー・フリーマン。
オーストラリアの先住民アボリジニ出身の27歳の女性の双肩に大会の成否がかかっていた。
白人社会と、差別されてきた先住民とをつなぐ国民統合の象徴として、開会式では豪州が誇る歴代女性金メダリストたちから聖火を受け取り、現役選手にもかかわらず最終点火者となったフリーマンが首尾よく金メダルを獲得できるのかと。
11万2000人超の大観衆が見守るなか、フリーマンは豪州旗とアボリジニの旗を渡されて立ち上がる。国旗以外を持ったウイニングランは基本ご法度だが、国際オリンピック委員会のサマランチ会長は「五輪は多文化主義を支持する」と、事前に助け舟を出していた。【2019年6月28日 日経】
彼女も「盗まれた世代」の一人です)
【先住民アボリジニの悲惨な歴史 「アボリジニー狩り」「盗まれた世代」】
周知のように移民の国オーストラリアのもともとの先住民はアボリジニです。
以前は人間ではなく獣と同じような扱いを受けており、イギリス植民地時代には「アボリジニー狩り」も行われていました。
独立後も「白豪主義」のもとで、親から子供を強制隔離する同化政策が行われ、その子らは「盗まれた世代」と呼ばれています。
****アボリジニー***
オーストラリア大陸の先住民の総称とされる。ただし普通名詞で原住民を意味し、特定の民族名ではない。彼らは多くの部族に分かれ、独自の狩猟・採集文化を有したが18世紀末のイギリス人入植者によって圧迫・征服され、多くが殺害されたため激減した。現在、その人権の復権が図られている。(中略)
身体的特徴はチョコレート色の皮膚、中ぐらいの身長(平均約165cm)、長い四肢、発達した眉稜などである。(中略)
イギリス人との遭遇
オランダ人のタスマンによるタスマニア島への到達、大陸であることの判明などに続き、イギリス人クックの航海によって大陸東海岸が知られるようになったことを受けて、1788年にイギリス人が現在のシドニーに上陸、入植を開始した。当時のアボリジニー人口は正確にはわからないが、約30万(多く見積もり100万人とする説もある)を数えたと推定されている。
イギリス人の入植以来、アボリジニーから土地を奪いその地は無主の土地(所有者のいない土地)であるとして入植したイギリス人受刑者などに与えていった。アボリジニーには土地私有の概念がなく、共同体共有の狩猟の場であったが、部族の長はガラス玉とビーズを引き換えにイギリス人の入植者を許したという。
彼らのキャンプは次々と奥地に追いやれていった。次第に活動の場を奪われたり、殺害されるなどのを圧迫され、急速に人口を減少させ、1901年のオーストラリア連邦が成立した時期には約6万になったといわれている。
現在では都市とその周辺では白人に同化した人びともいるが、多くは内陸の一部の居留地に追いやられた。オーストラリア連邦政府の白豪主義の一環として、1950年~60年代も厳しい隔離・差別政策が続いたが、1967年の憲法改正で人権が認められ、その保護、自立がすすんでおり、人口も約40万人に回復している。
イギリス人によるアボリジニ虐殺
1788年1月26日、イギリスの囚人がはじめてオーストラリアに到着した。イギリスはオーストラリア大陸を流刑植民地として囚人を労力として開発を開始、それが内陸に広がるにつれて、アボリジニーは最初に追い出され、抵抗すれば虐殺された。
特にタスマニア島ではアボリジニー殺害が徹底され、1876年にはタスマニア島のアボリジニーは絶滅した。「アボリジニー狩り」とも言われた残虐行為はニューサウスウェールズやヴィクトリア州でも行われ、そのためアボリジニー人口は激減し、オーストラリア北部のノーザンテリトリーや西オーストラリア州の一部に残存するだけとなった。
さらに彼らの土地や森林は、イギリス人の金鉱開発や羊毛生産のための牧場とするために奪われていっただけでなく、彼らは労働力として酷使されたことや、イギリス人の持ち込んだ伝染病に罹ったことで死んでいった。(中略)
アボリジニー同化政策
イギリス植民地オーストラリアは1901年にイギリス帝国の白人自治領の一つとして独立しオーストラリア連邦となったが、その憲法ではアボリジニーの権利を認めておらず、保護の対象としてしか見ていなかった。
オーストラリア連邦政府は、「白豪主義」を唱えて白人優位を守りながら、アボリジニーに対しては同化政策を進めた。連邦政府と各州政府はそれぞれにアボリジニー政策を進めたが、基本は白人と原住民=アボリジニーを区別し、原住民に対しては「保護と管理」を加える、というものであり、各地に原住民保護区が造られていった。
しかし、アボリジニーを管理するだけでなく、彼らの独自の言語や文化を奪い、白人と同じ文化を強要して白人と同化させる姿勢が強くなっていった。
「盗まれた世代」
アボリジニ同化政策の中で、とくに大きな影響力をもったのは、アボリジニーの子供たちを親から強制的に隔離して白人の施設(多くはキリスト教教会の関係)に収容して養育するという親子強制隔離政策であった。
これはアボリジニーの子どもたちをその伝統文化から切り離して白人文化を強要して「文明化」する政策で、特に1951年からで60年代に実施された。そのころ親から隔離された子どもたちが成人し、彼らは「盗まれた世代」といわれている。(中略)
アボリジニの権利獲得
大戦後の世界各地の植民地の独立、かつての植民地支配の見直しが進む中で、アボリジニーの中にも民族的な自覚が生まれ、白人優位の歴史観が改められるようになった。
隔離政策も60年代まで続いたが、次第にその非人道性は批判されるようになった。 1967年に国民投票によって認められた憲法改正によってアボリジニーを国民として認められることとなり、各州でも次第に「原住民」として区別されるのではなく白人と平等な市民として扱われるようになった。
反面、アボリジニーにも白人と同じ賃金とされたことで、かえって多くのアボリジニーが解雇され、仕事を失うということもふえた。一部には失業保険をもらい仕事もせず酒浸りになるアボリジニーも増え、それがまた偏見を生むという悪循環が起こった。
アボリジニーの社会的地位を安定させる上で重要な画期が1992年の連邦最高裁が出した判決で、それは先住オーストラリア人の伝統的所有権を認知するものであった。この判決で初めてアボリジニーには先住民として土地に対する古代から継承する法的権利画認められ、翌1993年に「先住権原法(Native Title Act)」が成立、一部であるがアボリジニー・コミュニティに自らの土地の公式な所有者となることができた。こうしてアボリジニーは「先住民」としての諸権利が認められるようになった。
親子強制隔離政策への非難強まる
1995~95年、オーストラリア連邦政府による同化政策の一環としての強制隔離制度は厳しい批判にさらされることになった。強制隔離とされたアボリジニのその後の調査が行われ、その報告書が出されたことで政府の責任が問われることになった。(中略)
しかし、当時のハワード首相(保守党)は「盗まれた世代」に対する国家としての公式謝罪を拒否、先住民政策を後退させ、先住民を特別待遇しないという姿勢を採った。
その政権下で2000年にシドニー・オリンピックが開催され、女子400mでオーストラリアのキャシー・フリーマンが優勝した。彼女はアボリジニであり、しかも「盗まれた世代」の一人という境遇であり、レースで勝った後、オーストラリア国旗とアボリジニの旗の両方を掲げてグランドを一周し、世界中にアボリジニの存在をアピールした。
オーストラリア政府の謝罪
ハワード政権に代わって政権を握ったラッド首相(労働党)は、2008年、オーストラリア政府として初めて「盗まれた世代」に対する謝罪を行った。ラッド首相は過去の政権が先住民に対して行った隔離政策について、「誇りある人々と文化が受けた侮辱を申し訳なく思う」とする謝罪文を下院で読み上げ、全会一致で採択された。
アボリジニー復権の動きはまだ途上であり、完全な平等化はまだ実現していない。そんな中、2021年1月にはオーストラリア連邦の歌詞の一部、 We are young and free の young が one に変更になったというニュースがあった。
young には入植後の白人が作った若い国、という意味が込められているので、白人もアボリジニも一緒、という意味で one に改められた。最近ではアボリジニの言葉で国歌を歌うことも多くなっているという。【世界史の窓】
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確かに“We areyoung”では、古くからこの地に住むアボリジニの存在を全く考慮していない・・・ということにもなります。
【アルバニージー首相 「最初のオーストラリア人」と認めると憲法に明記する改憲案を表明】
“アボリジニー復権の動きはまだ途上であり、完全な平等化はまだ実現していない”とありますが、その動きのひとつが現在オーストラリアで大きな政治問題にもなっています。
****先住民の地位明記問う=豪、憲法改正の国民投票へ****
オーストラリアのアルバニージー首相は23日、記者会見し、先住民の地位確立のための憲法改正案を発表した。
改憲案は、(1)アボリジニとトレス海峡諸島民を「最初のオーストラリア人」と認めると憲法に明記
(2)先住民の代表機関「アボリジニとトレス海峡諸島民の声」を創設―の2項目。
年内に改憲の是非を問う国民投票を実施する方針だ。
同首相は「これは党派の政治を超えた課題だ。今やらなければ、いつやるというのか」と述べ、超党派の幅広い支持を呼び掛けた。【3月23日 時事】
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トレス海峡はオーストラリア・ヨーク岬とパプアニューギニアの間の海峡で、この地域の島々の住民はメラネシア人で、アボリジニとは区別されています。
【先住民の代表機関を創設することに野党・自由党は反対 ただ、党内には異論も】
アルバニージー首相は労働党で、いわゆる中道左派ですが、先住民の代表機関を創設することには「先住民に統治の特権を与えることになる」として、野党・自由党(いわゆる中道右派)などから異論が出ています。自由党のアボット元首相も反対を表明しています。
****アボット元豪首相、改憲に反対=「先住民に特権」と批判****
オーストラリアのアボット元首相は27日、アルバニージー首相(労働党党首)が打ち出した先住民の地位確立のための憲法改正案について、「先住民に統治の特権を与えることになる」として反対を表明した。
アボット氏がかつて党首を務めた野党・自由党は、改憲への賛否をまだ決めておらず、党内の反対論を勢いづかせる可能性がある。
改憲案は、アボリジニなど先住民の地位の明記と代表機関の創設が柱。アボット氏は同日付の豪紙オーストラリアンに寄稿し、先住民への支援は「一般の法律で対応できる」と指摘した。
また、過去に先住民の土地などが没収されたことについて「1世紀以上も前のことは、われわれの誰にも責任はない」と主張した。
一方、アルバニージー氏は記者会見で、代表機関について「先住民に直接関係する問題を協議するもので、防衛・外交政策を扱うわけではない」と説明した。【3月27日 時事】
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上記アボット元首相の反対論が影響したのか、自由党は党として反対の立場を決定しています。
****豪最大野党、改憲案に反対=先住民「代表機関」のめず****
オーストラリアの最大野党・自由党は5日、議員総会を開き、アルバニージー政権が議会に提出した先住民の地位確立のための憲法改正案に反対する方針を決めた。
改憲案に盛り込まれた先住民の「代表機関」創設案を受け入れられないことを理由としている。政権側は超党派の支持を期待していたが、改憲実現のハードルが高くなった。
改憲案は「代表機関」を「先住民に関係する問題で議会や政府に意見を表明できる」と規定。自由党のダットン党首は総会後の記者会見で、先住民の地位を憲法に明記すること自体は容認するものの、「(代表機関の設置は)国民を分断しようとするものだ。良い結果をもたらさない」と批判した。
自由党と保守連合を組む国民党も、同様に改憲案に反対している。【4月5日 時事】
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ただ、自由党内には異論もあって、自由党のターンブル元首相は賛成を明らかにしています。
****野党重鎮が改憲案に賛成=前先住民相は抗議の離党―豪****
オーストラリア最大野党・自由党のターンブル元首相(元党首)は6日、ツイッターに投稿し、アルバニージー政権が目指す先住民の地位確立のための憲法改正案に「何百万人もの国民とともに賛成票を投じるつもりだ」と表明した。同党は5日に改憲案への反対方針を決めたばかりで、重鎮の反旗は党員の判断に影響を与えそうだ。
6日には、自身も先住民である同党のワイアット前先住民担当相が、党方針に抗議して離党。豪メディアに対し、「先住民の声に耳を傾けることを自由党は拒んだ。党の価値を信じるが、現在の党の姿を信じることはできない」と語った。【4月6日 時事】
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【賛成から反対に流れが変わった世論動向 政府は改憲を発議】
世論の方は、当初は賛成が反対を大きく上回っていましたが、野党・自由党の反対決定などもあって、反対意見が増えているようです。
****改憲反対5割超す=先住民地位、賛成と逆転―豪調査****
オーストラリア先住民の地位確立のための憲法改正案を巡り、13日発表の豪紙世論調査で反対が5割を超え、初めて賛成と逆転した。10〜12月の国民投票実施を目指すアルバニージー政権にとって厳しい結果となった。
シドニー・モーニング・ヘラルド紙が今月6〜11日に約1600人を対象に行った調査で、改憲への賛否を二者択一で尋ねたところ、賛成49%、反対51%だった。
1、4両月の調査ではいずれも賛成58%、反対42%と賛成がリードしていた。各種調査で賛成が減り、反対が増える傾向にあるが、ついに形勢が逆転した。
改憲案は先住民アボリジニとトレス海峡諸島民を「最初の豪州人」と認め、議会や政府に意見具申できる代表機関を創設するという内容。野党・自由党など反対勢力は「一部国民に特権を与え、分断を招く」と批判しており、反対意見の伸長につながったもようだ。【6月13日 時事】
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アルバニージー政権は改憲案の国民投票を実施する意向を変えていません。
****豪、改憲国民投票へ=先住民地位巡る発議案可決****
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ーストラリア上院は19日の本会議で、先住民の地位確立のための憲法改正発議案を可決した。既に下院を通過しており、10〜12月に国民投票が行われる見通し。
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ーストラリア上院は19日の本会議で、先住民の地位確立のための憲法改正発議案を可決した。既に下院を通過しており、10〜12月に国民投票が行われる見通し。
改憲案は、先住民のアボリジニとトレス海峡諸島民を「最初の豪州人」と認め、議会や政府に意見具申できる代表機関を創設することを定めている。【6月19日 時事】
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国民投票は10~12月ということでまだ時間がありますので、世論動向は更に変化することもあると思われます。
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