(7月7日、ブルガリアの首都ソフィアで開催された第7回中国―中・東欧諸国首脳会議に出席した李克強首相(中央)【7月9日 人民網】 欧州には、英独仏とは異なる流れもあります。)
【国益とならず、財政破綻を招く これ以上、中国に国の安全保障を“身売り”できない・・・アジア諸国、欧州にも広がる懸念】
前政権の中国依存の大型事業計画に批判的なマハティール首相が就任当初から、高速鉄道計画廃止に続き、見直しを表明していましたので、予想されていたことではありますが、マレー半島部のタイ国境から南シナ海に沿って東海岸を走り、マラッカ海峡に通じる「東海岸鉄道」の事業停止が命じられました。
「東海岸鉄道」は、中国が1兆4千億円規模の総工費の大半を融資し、有事に脆弱なマラッカ海峡経由の輸送路のバイパスとして「一帯一路」の主要事業に位置づけられている事業です。
「一帯一路」に沿った中国主導の事業展開に対しては、“採算性や必要性が不明確なまま、巨額のインフラ資金を融資し、(中略)「開発独裁」につけ込んで周辺国を債務不履行に陥れ支配する。”【5月28日 産経】との警戒感があり、マレーシア・マハティール政権だけでなく、ミャンマー、ネパール、パキスタンなどでも見直しの動きが出ています。
中国からの巨額の資金は、親中政権に不透明な形で流れ込み、マレーシアの“1MDB”汚職疑惑などに関与することにもなります。
また、欧州諸国には「中国は一帯一路によって西側の価値観とは異なる制度を作ろうとしており、西側の主要経済国に対する挑戦」との批判もあります。
****マレーシア東海岸鉄道事業中止、広がる反一帯一路****
「事業中止の命令に驚きを隠せない。しかし、マレーシアの法律を尊重するとともに、遵守する」
中国が支援するマレーシア最大級のプロジェクト「東海岸鉄道」(ECRL)の計画を管理するマレーシア政府系のマレーシア・レール・リンク(MRL)がこのほど、「国益にそぐわない」ことを理由に、中国の習近平政権が進める一帯一路主要事業、ECRLの工事の即時中止を中国交通建設集団(CCCC)に命じたと明らかにした。
マレーシア政府によると、同事業の即時中止は、マハティール首相が決定した。「契約内容だけでなく、利子率も高く、マレーシアにとっては不利益だからだ」という。
これを受け、6日、マハティール首相は8月中旬に中国(北京)を訪問し、習国家主席と首脳会談を行うことを明らかにし、ECRLなどの中国との大型プロジェクトなどに関し、協議する方針を示した。中国訪問は5月の首相就任後、初めとなる。
マレーシアでは、一帯一路関連事業が東南アジアで断トツに多く、マハティール首相は、3日、政府系投資会社「1MDB」に関連した背任、収賄罪容疑で逮捕されたナジブ前首相と中国政府が決定した大型プロジェクトの見直しを図る。
同計画を進める中国のインフラ建設大手、CCCCはECRLの即時中止を受け、上記のような声明を発表した。
声明書の中で、即時中止命令に従い、建設現場の「現状保持・保存」「建設機器、道具類等の無断持ち出し禁止」などの命令事項を遵守するとともに、「中止に伴う追加費用発生や2250人以上の従業員の生活を懸念する」と突然の中止命令への驚きと不安も露にした。
また、事業の中止期間が明記されていないことから、「同プロジェクトは、MRLとCCCC双方の合意に基づいて決定された。双方にとってウィンウィン(相互利益の共有)の解決法が模索されると期待し、早期の再開を願っている」とマレーシア政府に嘆願した。
このECRLは、習国家主席肝いりの一帯一路の目玉プロジェクトで、総事業費が550億リンギ(約1兆5000億円=1リンギ、約28円。総事業費の85%を中国の輸出入銀行が20年間、3.25%で融資)。
タイ国境近くから、マレー半島を東西横断する形で、クアラルンプール近郊と東西の重要港を結ぶ総距離約688キロの一大鉄道事業で、昨年8月に着工し、すでに全体13%ほど建設工事が進んでいる。
さらに、ECRLは、(米海軍の環太平洋の拠点がある)シンガポールが封鎖された場合、中国からマレー半島東海岸側を抜ける戦略的優位性があり、「(マレー半島南部のシンガポール直下)マラッカ・ジレンマ」を克服する意味で、中国にとって地政学的に極めて重要拠点となるマレーシアを取り込む「一帯一路」の生命線でもある。
マハティール首相は、ECRLについて筆者との単独インタビューで「マレーシアにとって国益にならない。(見直しによっては)中止が望ましい」と発言していた。
マレーシアのリム財務相は、「ナジブ前政権下の見通しでは総工費が550億リンギだったが、新政権の査定では、前政権の査定より50%も跳ね上がり、810億リンギ(約2兆2200億円)に跳ね上がった」と中止を正式発表する直前、懸念を示していた。
建設途中のECRLの中断の背景の一つには、マレーシアの政府債務が1兆リンギを超えることが判明し、今後、財政難が避けられないことがある。
さらには腐敗、汚職で負債を抱え、中国支援を受けるアジアの他の国々と同様、マレーシアの場合も、一帯一路のプロジェクトがナジブ前首相の政府系投資会社「1MDB」の「巨額債務を救済する」ために始まったことも、マハティール首相が中国の一帯一路を見直す理由だ。
マレーシア政府筋によると、国際的マネーロンダリング事件に揺れる1MDBに利益をもたらすために、談合取引の間で、中国の政府銀行からの融資が一部賄賂として流れ、“利用”されたか、捜査が行われているという。
また、同政府はECRLだけでなく、今回、中国石油天然気集団(CNPC)の子会社「中国石油パイプライン」(CPPB)が主導する2つのパイプライン事業(マレー半島とマレーシア東部のボルネオ島)においても、事業中止の命令を下したことを明らかにした。
1MDBでは、ナジブ前首相、家族や関係者らが、約45億ドル(約4900億円)にも上る公的資金を横領したと見られてきた。
このパイプライン事業は、「この45億ドルの行方と密接な関係をもっていて、1MDBの巨額負債救済目的で、1MDB(財務省)所有の土地買収に流用されたとのではと捜査を進めている」(与党幹部)ともいわれている。(中略)
「マハティール首相は、これ以上、中国に国の安全保障を“身売り”できないと考えている」(与党関係者)という。
マレーシアのこうした「反一帯一路」の動きは、他のアジア諸国にも波及している。
ミャンマーに、ネパール、パキスタンなどでは中国主導のインフラ建設計画の延期や中止が相次いでいる。その建設総額は約770億ドル(1ドル=約110円)にもなる。
軍事転用への懸念がある上、中国の支援による見返りに、不信を募らせた結果と見られている。
さらに、インドは今年4月、北京で開催されたインド・中国経済戦略会議でラジブ・クマル国家経済政策機構副委員長が「一帯一路の大型事業で進行中の中国・パキスタン経済回廊は、カミール地方(インドとパキスタンの領土紛争地域)通過し、インドの主権侵害にあたる」と、一帯一路に反対の意を表明。インドは昨年5月の「一帯一路国際協力サミットフォーラム」にも欠席していた。
また、欧州でも駐中国の欧州28カ国の大使のうち27人が連名で、中国の一帯一路構想を強く批判する異例の声明を発表。
特にドイツを中心にその動きは広がっており、今年の4月には、ドイツの大手経済紙「ハンデルスブラット」が、「中国の一帯一路政策は、自らの政治経済の構想と目標を輸出するためで、中国政府はEUが分裂することで、自らの利益を得ようとしている」と非難した。
さらに、ジグマール・ガブリエル前外相が「中国は一帯一路によって西側の価値観とは異なる制度を作ろうとしており、西側の主要経済国に対する挑戦」と痛烈に批判。
また、英国のテリーザ・メイ首相は今年1月の訪中で、中国との経済関係をアピールする一方、一帯一路を支持する覚書の署名を拒否した。
こうした欧州の動きは、昨年5月の上述の一帯一路国際フォーラムで、ドイツ、英国、フランスなどEU加盟国一部が、中国の一帯一路下での中国との貿易協力での文書署名を拒否した一貫した姿勢を示すものだ。
米国も、ポッティンガー国家安全保障会議アジア上級部長が、「中国は透明性の高い競争入札システムを構築し、中国以外の諸外国や民間企業を参入させることが急務」と一帯一路の受注業者の90%が中国企業(米戦略国際問題研究所=CSIS=の調べ)であることを非難している。
マレーシアでは、中国主導でマラッカに石油関連施設を付設する新たな港湾建設計画も進んでおり、マハティール首相の中国主導による一帯一路大型プロジェクトの見直しは加速化すると見られる。
マレーシアの反一帯一路構想への“オブジェクション”は、国際社会にも拡散しており、にわかに構想そのものが暗礁に乗り上げる可能性も出てきた。【7月9日 末永 恵氏 JB Press】
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【チャイナマネーを強く望む国々・地域も】
マハティール首相は8月中旬に中国(北京)を訪問し、習国家主席と首脳会談を行うとのことですが、中国側の新たな提案次第では計画中止の再度の見直しもあるのでしょうか?
中国依存の見直しを掲げるマハティール首相も、中国との関係悪化は望んでいません。
トランプ大統領のように、発言がコロコロ変わる、ディールの一環として敢えて過激な発言をするといった事例が昨今は多いので、そのあたりはよくわかりません。
欧州との関係については、“駐中国の欧州28カ国の大使のうち27人が連名で、中国の一帯一路構想を強く批判する異例の声明を発表”というのは、主に英独仏といった西欧主導の動きでしょう。
連盟に名をつらねたとしても、“西側の価値観とは異なる制度”を志向する国もある中東欧の本音はまた異なるのでは。
中国もそこらを踏まえて揺さぶりをかけています。
****中国が欧州統合に支持表明、東欧諸国との会談控えEU警戒****
中国の李克強首相は6日、東欧・中欧諸国16カ国との首脳会議を週末に控え、同会合が協力強化を目指すものであり、欧州連合(EU)を分断するものではないと主張した。訪問中のブルガリアで開いた記者会見で話した。
この「16プラス1」と呼ばれる枠組みの会合は、ブルガリアの首都ソフィアで7日に開催される。バルト海沿岸の国やバルカン諸国の首脳らは李首相と会い、中国によるこの欧州16カ国への投資を促す狙いだ。「16プラス1」は今回で7回目となる。
250社を超える中国企業や700人以上の実業家が、会合に合わせて実施される経済フォーラムに参加する見込み。
ただ16プラス1は、EU本部があるブリュッセルや一部の西欧諸国に批判的な目で見られている。同会合がEUを分断する企てとの懸念されているためだ。
李首相は、会合で協力強化を目指すと改めて主張。EUの規定に基づいて取引を行うとし、「16プラス1は欧州統合を促す対策の一環だ。われわれは団結・繁栄している欧州を望む」と述べた。
16カ国の中には、ブルガリアとクロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアのEU加盟国11カ国と、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、セルビアのEU非加盟国がある。
中国とブルガリアは6日、エネルギーと中小企業、科学、農業などの協力で10件の覚書に署名した。
また中国は、ブルガリアと隣国のギリシャをつなぐ鉄道計画やブルガリアのベレネ原子力発電所への投資に感心を示した。
このほか、中国国家開発銀行はブルガリア開発銀行と15億ユーロ(18億ドル)規模の枠組み合意に署名。広域経済圏構想「一帯一路」の下で向こう5年間、さまざまな事業に関する資金調達交渉を行う。【7月7日 ロイター】
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パキスタンとの問題を抱えるインドは、政治戦略的な「一帯一路」には賛同しないが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)からのチャイナマネーはどんどんつぎ込んで欲しいといった、器用な使い分けをしています。
****AIIB、2020年までに融資規模10倍に拡大を=インド首相****
インドのモディ首相は26日、中国が主導する国際開発金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の年次総会に出席し、AIIBが今後2年間に総融資規模を10倍に拡大し、地域の資金需要をより迅速に満たせるよう支援してほしいとの考えを示した。
年次総会はムンバイで開かれた。
首相は、現在までのAIIBの融資総額は40億ドルだが、2020年までに400億ドル、2025年までには1000億ドルに増やしてもらいたいと述べた。
AIIBは2016年1月に開業。現在は87カ国・地域が加盟し、資本金は1000億ドル。これまでに12カ国で25件のプロジェクトを承認している。
中国とインドはライバル関係にあるものの、インドはこれまでにAIIBから約13億ドルの融資を受け、最大の受益国となっている。
モディ首相は、発展途上国でインフラ整備に向けた資本の調達は困難であるため、AIIBなどの国際機関が「中心的な役割」を果たすことができると指摘した。
一方、AIIBの金立群総裁は、現在から2030年までにアジアのインフラ投資が従来の約3倍の年2兆ドルに増加する必要があると述べ、「非常に大きな課題だ」と付け加えた。【6月27日 ロイター】
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AIIBによる投融資は、87ある加盟国のうちインド向けが約3割を占め、突出しています。
電力や道路などのインフラ整備が遅れているインドとしては、政治的な問題がなければチャイナマネーは大歓迎といったところでしょう。
【中国:一帯一路は中国版マーシャルプランではなく、あくまでもビジネスの原則に基づくもの】
「一帯一路」については、前述の“採算性や必要性が不明確なまま、巨額のインフラ資金を融資し、(中略)「開発独裁」につけ込んで周辺国を債務不履行に陥れ支配する。”といった批判がありますが、一方で、「一帯一路沿線国の中には、中国の国有企業による投資を国家による行為、ひいては寄付行為と捉える向きもある」という受け手側の問題もあります。
中国としても、そのあたりで考えるところがあるのか、最近の進捗にはブレーキがかかっているとも。
****中国の「一帯一路」、実は苦境に立っている?―仏メディア****
2018年7月4日、仏RFIの中国語版サイトは、中国が提唱するシルクロード経済圏構想「一帯一路」について、「苦境に立っているのではないか」とする記事を掲載した。
記事はまず「一帯一路は苦境に立っているのではないかという疑いの目が、中国内外の専門家やメディアからますます向けられている」とし、「中国政府にとって重い負担になりつつあるのではないか」と指摘した。
記事によると、台湾・聯合報は、中国の中央政府から中国メディアに対し、「一帯一路に関する宣伝の度合いを弱め」「一帯一路は中国版マーシャルプランではなく、一帯一路は構想であって戦略ではないという2点を強調する」ことを求める指示があったと伝えている。
その目的は、周辺諸国での中国脅威論を弱め、中国と米国、中国と日本という伝統的な外交路線に回帰することであり、専門家からは「中国政府の慎重な姿勢は日々激しさを増す米国との貿易摩擦と関係している」「米中貿易戦争は、一帯一路による中国の消耗のスピードを速め、一帯一路のリスクをさらに高めることになる」との見方が出ているという。
米紙ニューヨーク・タイムズは、一帯一路について「中国政府は5年近い時間と数千億ドルもの資金を大胆な計画へと転換させ、アジアや東欧、アフリカでの大規模プロジェクトを通じて国際影響力を拡大してきた」とした上で、「だが中国政府はいま、ブレーキを踏み始めている」と論じている。
中国政府の発表によると、今年1〜5月までに中国企業が一帯一路参加国で新たに調印した海外請負プロジェクトの契約額は約362億ドル(約3兆9900億円)だ。規模は巨大だが、前年同期と比べると6%減少している。
中国人民銀行(中央銀行)の易綱(イー・ガン)総裁は4月、「投融資の持続可能性を保証することは極めて重要だ」と述べ、国内の金融機関に対し、一帯一路による対外融資を慎重に見積もり、相手側の返済能力を確保するよう求めている。
中国の政策銀行、中国輸出入銀行の胡暁煉(フー・シャオリエン)董事長は6月中旬、上海での金融関係者会議で、「世界の貿易・投資環境は暴風雨にある中、一帯一路に関連し、同行だけで56カ国・地域で1400超のプロジェクトを実施し、融資残高は7800億元(約12兆9800億円)を超えている」とし、そうした大量の資金が短期的なものではなく持続的に一帯一路の建設を支援するものとなることが重要だとの認識を示している。
香港貿易発展局の羅康瑞(ビンセント・ロー)主席は6月末の一帯一路関連フォーラムで、「一帯一路沿線国の中には、中国の国有企業による投資を国家による行為、ひいては寄付行為と捉える向きもある」とし、「そうした国々は、こうした投資が国家による行為などではなく、あくまでもビジネスの原則に基づくものだということを理解する必要がある」と述べている。
ニューヨーク・タイムズは「一帯一路沿線国への『やりたい放題で湯水のような』融資は、それらの国々と中国との関係を悪化させている」とし、その例として、「マレーシアの新政権は交渉がまとまっていたいくつかのプロジェクトの中止を決めた。マレーシアとスリランカの新政権は前政権が中国政府からこれほど多くの融資を受けていたことに疑いの目を向けている」と指摘している。
ほかにも、米国と中国との貿易摩擦や、米国の利上げが他の国にもたらす金融混乱、世界経済の見通しの不確実性などがすべて、一帯一路の推進に影響を与えているとしている。【7月5日 レコードチャイナ】
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透明性や経済合理性を重視しないと長続きしない・・・というところを、中国としても再認識しているようにも思えます。
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