(5月19日 シリア・ホムス県クサイル レバノン国境に近い戦略的重要地点で、シリア反体制派の拠点でもあるこの地に、シリア政府軍とレバノンのヒズボラが侵攻し、多数の犠牲者が出ています。 “flickr”より By 757Live http://www.flickr.com/photos/757live/8757608350/)
【ヒズボラの「生存をかけた戦い」】
ただでさえ混迷を極めるシリア情勢ですが、隣国レバノンのシーア派武装勢力ヒズボラがアサド政権支援する形での関与を強めています。
ヒズボラはイスラエルを相手とした06年の戦闘でも実績を残しているように強い戦闘力を誇っており、ヒズボラが本格的に介入すればシリア情勢は更に混沌としてきます。
****ヒズボラ戦闘員23人死亡、シリア反体制派拠点に進攻 NGO****
シリア、ホムス県クサイルで起きた戦闘で19日、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦闘員が少なくとも23人死亡した。シリア人権監視団が20日、発表した。ヒズボラの戦闘員はシリア政府軍とともにクサイルに進攻していた。
「信頼できる情報筋によると、19日のクサイルでの戦闘で、ヒズボラ精鋭部隊の戦闘員23人が死亡し、70人以上が負傷した」と、シリア人権監視団は声明で述べた。クサイルは首都ダマスカスと沿岸部を結び、レバノン国境に近い戦略的重要地点。中部ホムス県の反体制派の拠点となっており、シリア政府はクサイルと周辺地域の奪還を主要目的の一つとしていた。
シリア人権監視団によると、19日の戦闘による死者は少なくとも55人。ヒズボラ戦闘員や政府軍兵士を除くと、死者の大半は反体制派の戦闘員だという。
バッシャール・アサド政権と固い同盟関係で結ばれたヒズボラの戦闘員が、クサイル周辺で数週間にわたって政府軍とともに戦闘に参加していたとの報告もある。【5月20日 AFP】
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ヒズボラはこれまでシーア派の一派とされるアラウィ派が実権を握るアサド政権からの支援を受けて勢力を維持・拡大してきており、アサド政権支援はヒズボラにとっても「生存をかけた戦い」となっています。
****ヒズボラ、生存かけた戦い シリア内戦 政権支持を強化****
内戦が泥沼化しているシリア情勢をめぐり、アサド政権側に協力するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラやイランが関与を深めている。周辺国を巻き込む傾向がさらに強まり、今後の動向は予断を許さないものになってきた。
ヒズボラの最高指導者ナスララ師は最近、声明で相次ぎアサド政権支持の立場は不変だと強調。4月末には政権側と反体制派の戦闘で「政府軍に協力するのは当然だ」とし、シリアへの戦闘員投入を認めた。
ヒズボラを全面支援するシーア派大国イランも、軍高官らが政権側への軍事訓練強化の考えを示すなど、内戦への関与拡大の方針をより公然化させている。
背景には、シーア派の一派とされるアラウィ派が実権を握るアサド政権が、イランからレバノンにまたがる“シーア派三日月地帯”の重要な一角を占めている事情がある。ヒズボラはアサド政権の後押しを受けてきたこともあり、同政権支援はヒズボラの「生存をかけた戦い」(シリア問題研究者)ともなっている。
事態をさらに複雑にしているのが、今月、2度にわたり行われたイスラエルによるシリア領内の空爆だ。敵対するヒズボラの高性能兵器入手を阻止する目的だったとみられている。
アサド政権側は反撃の用意があると示唆。これにはエジプトで政権を握るイスラム原理主義組織ムスリム同胞団などの反アサド勢力も、イスラエルを「共通の敵」とする立場から、歩調を合わせて同国非難の声明を出さざるを得なかった。【5月13日 産経】
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イスラエルにとってはシリアから敵対するヒズボラへ高性能兵器がわたるのも困りますが、アサド政権が崩壊して反政府勢力内で存在感を高めているアルカイダ勢力「アルヌスラ戦線」が影響力を強めたり、アサド政権崩壊の混乱のなかでアルカイダ勢力に武器が流れるのも困ります。シリアで反政府勢力が勝利すれば、次の標的はイスラエルになるとも言われています。
このまま混乱・膠着状態が続いてくれるのが一番都合がいい・・・というところでしょうか。
シリアはアラウィ派主導のアサド政権、これを支援するシーア派のヒズボラ・イラン、スンニ派を主体する反政府勢力、これを支援するカタールなどスンニ派周辺国・・・という構図で、当初からあった宗派間の対立・抗争の色合いが周辺国も巻き込んでますます強まっています。
【イラク:宗派間でテロの応酬】
シリア国内での宗派対立は、イラクにおける同様の宗派対立を激しくしているようにも思えます。
****宗派対立再燃、悪化の一途=シリア内戦も背景に―イラク****
中東の長期独裁政権が民主化要求運動で相次いで倒れた2011年の「アラブの春」以降、比較的政情が安定していたイラクで、イスラム教のスンニ派とシーア派の対立が再燃し、情勢が日々悪化している。隣国シリアの内戦は宗派間抗争の様相を呈しており、これがイラクにも影を落としているようだ。
イラクでは4月、テロや襲撃事件が相次ぎ、民間人を中心に700人以上が死亡した。これほどの犠牲者が出たのは、03年のイラク戦争後の混乱がピークに達し、毎月1000人以上が命を落としていた06~07年以降では初めて。5月に入ってからも、17日だけで少なくとも72人の死者が出るなど状況は改善していない。【5月20日 時事】
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イラクにおける宗派対立再燃の懸念については、5月7日ブログ「イラク 高まる宗派対立再燃の懸念 来年総選挙に向けた政治的緊張も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130507)で取り上げたばかりですが、その後も激化の様相を見せています。
イラクでは15日と16日の2日間で、シーア派に対する攻撃により数十人が死亡していますが、17日には首都バグダッド近郊でスンニ派を標的とした爆弾攻撃が相次ぎ、計67人が死亡したと報じられています。
*****イスラム教スンニ派狙った爆弾攻撃で67人が死亡、イラク ****
・・・イラクではこれまでに、宗派間の衝突により数万人が死亡している。少数のスンニ派と多数のシーア派間の緊張が高まるなか起きた今回の暴力行為は、対立が最高潮に達した時期に繰り返された報復攻撃の恐怖の再来となった。
首都バグダッド北郊にあるバクバ市内のモスク(イスラム礼拝所)では、礼拝者が去ろうとしていた時に最初の爆弾が爆発、現場に人々が集まったところで2つ目の爆弾が爆発し、警察や医師によると計41人が死亡、57人が負傷した。
保安当局や医療関係者によると、17日夜にはバグダッド西部のスンニ派が多数を占める地域で、道路脇に置かれた2つの爆弾が爆発、少なくとも14人が死亡、35人が負傷。同市南部の別のスンニ派居住地域でも、2つの爆弾により2人が死亡、7人がけがをした。
バグダッド南郊のマダインでは、スンニ派男性信者の葬列近くの道路脇に置かれた爆弾が爆発し、保安当局や医療関係者によると8人が死亡、少なくとも25人が負傷した。バグダッド西郊にあるスンニ派の都市ファルージャでは、喫茶店に仕掛けられた爆弾が爆発し、2人が死亡、12人が負傷した。
保安・医療当局の情報を元にしたAFPの集計によると、今回の一連の攻撃を含め、5月以降に起きた暴力行為による死者数は255人を超えた。【5月18日 AFP】
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更に20日には、今度はシーア派居住区で爆弾テロが相次いでいます。
****イラク:爆発相次ぎ31人死亡****
イラクからの報道によると、同国首都バグダッドや南部バスラで20日、自動車爆弾による爆発が相次ぎ、少なくとも31人が死亡、多数の負傷者が出た。
シーア派イスラム教徒が多く住む地区が主に狙われており、国際テロ組織アルカイダ系のスンニ派組織などによるテロの可能性が高い。
バグダッドではシーア派地区などで8台の自動車爆弾が爆発、少なくとも20人が死亡した。バスラでは市場近くやバスターミナルで爆発が相次ぎ11人が死亡した。【5月20日 毎日】
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イラクでは従来から、多数派でマリキ政権の基盤となっているシーア派を標的とした、少数派スンニ派のアルカイダ勢力による挑発的なテロが多く起きていましたが、シーア派内部では挑発を排して団結を呼びかける声も聞かれていました。
****イラク:「テロ乗り越え団結を」…シーア派聖職者や住民****
バグダッドで最大のイスラム教シーア派住民地区、サドルシティー(旧サダムシティー)で22日、金曜集団礼拝に参加した住民らに話を聞いた。バグダッドでは19日、シーア派を狙った連続爆破テロが発生し、250人以上が死傷している。住民はテロへの憎悪を募らせながらもイラク人の団結が重要だと口をそろえた。
サドルシティーには低所得者を中心に約200万人が住んでいる。旧フセイン政権時代、反政府抗議行動が何度か発生し、そのたびにフセイン政権に弾圧された。03年4月9日、閉鎖されていたシーア派のモスク(イスラム礼拝所)を住民がこじ開け、フセイン政権の崩壊を最初に印象付けたのもこの街だった。
シーア派最強硬派のサドル派が開いたヘクマ・モスクでの集団礼拝には、約1万5000人が参加した。約30度の炎天下、人々は日よけパラソルを差しながら路上に座り込んで聖職者のスピーチに聴き入った。
演壇に立ったアリ・ヌアーニ師は19日の連続テロについて「旧政権支持者やイスラム過激派がイラクを不安定にしようと仕掛けた。今こそイラク人は団結しなければならない。宗派対立を深めることは全イラク人の敗北を意味する」と訴え、団結を呼びかけた。参加者はこぶしを振り上げ「ナアム(そうだ)、ナアム」と呼応した。
この街のサドル派事務所責任者イブラヒム・ジャベリ師(41)は「シーア派が報復して宗派対立を深めることはイラク人の利益にならない」と諭しながら「政府にはシーア派住民を保護する責任があり、治安の維持にもっと真剣になるべきだ」と政府を批判した。
礼拝に参加したアリ・ハサン・シエヌさん(27)は「スンニ派との和解は重要。我々は一つであり、国の統合は大切だ」。シーア派活動家のファラ・ハサン・シナンティルさん(48)は「宗派対立は国家の破壊につながる。神もこの現状に怒っている」と話した。【3月23日 毎日】
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しかし、4月下旬、北部にあるスンニ派の町ハウィージャで、マリキ首相退陣を求めるデモ隊と治安当局が衝突して以来、スンニ派によるテロ攻撃が激化、これに報復する形で前出【5月18日 AFP】のようなシーア派によるテロ攻撃も起きています。
ここで歯止めをかけないと、本当にかつての宗派間戦争の再燃の危険が増してきます。
こうした事態に、某知事の発言ように「イスラム諸国はけんかばかりしている」とも思えてもきます。
ただ、当然ながら、歴史的・世界的にみて暴力はなにもイスラムの専売特許でもありません。
もともと人命や人権にたいする意識が十分でなかった、そうした価値観を許容できるほどの経済的余裕がなかったアフリカや中東イスラム諸国において、国内、あるいは国際的枠組みのなかで自分たちが不当に扱われているという不満が暴力という手段に流れやすいということ、その際、自分たちのアイデンティティーの中核にある宗教が前面に出てきて暴力と結びつきやすいということなのでしょう。
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