(シリア北東部のクルド人地域カーミシュリーにあるヤジディー教徒支援施設で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」から救出された後、イラク北西部シンジャルへ向かうバスを待つヤジディー教徒の女性たち(2019年4月13日撮影)【4月29日 AFP】)
【戦時下の武器としてのレイプによる中絶も認めないトランプ米政権】
イラクの少数派ヤジディ教徒がIS(イスラム国)によってジェノサイドとも言える虐殺・暴力の対象となり、多大な犠牲を強いられたことは周知のところです。
****イラク、IS犠牲者遺体遺棄場の発掘開始 ヤジディー拠点****
イラク当局は15日、同国北部シンジャルにある、ISの犠牲になった人の多数の遺体が埋められた場所で遺体の発掘を開始した。
少数派ヤジディー教徒の拠点シンジャルはかつてイスラム過激派組織「イスラム国」に支配され、ISはヤジディー教徒を暴力行為の標的としていた。
ISから逃れてヤジディ―教徒の人権保護を訴えノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんはこの日、故郷のコチョでの遺体発掘開始式典に出席した。
検死作業を支援している国連は域内初めてとなる遺体の発掘で、ISによる住民殺害の実態解明につながると見込んでいる。ISが2014年に支配下に置いたコチョでは女性を含め数百人の住民が殺害されたとみられている。
ISは2014年にイラク北部の広い範囲に勢力を拡大し、ヤジディー教徒を標的にしてシリア国境に近いヤジディ―教徒の拠点シンジャルを掌握した。
ISの戦闘員はヤジディ―教徒の男性と少年数千人を殺害した後、女性や少女を拉致し「性奴隷」として虐待した。ヤジディー教徒はクルド語を話しその信仰はゾロアスター教にルーツを持つが、ISは彼らを「背教者」とみなしている。
国連はこれまでISの行為がジェノサイド(大量虐殺)に匹敵し得るとの見方を示しており、現在、イラク各地でのISの残虐行為について調査を進めている。
国連調査団を率いるカリム・カーン氏は、多数の遺体の埋められた場所はこれまでシンジャルのみで73か所見つかっていることから、今回の遺体発掘で調査が「重要局面」を迎えたとの考えを示した。
カリム氏は「説明責任を果たすまでの道のりは長く、前途に多くの課題がある」とした上で「こうした状況にもかかわらず、生き残った人々の共同体とイラク政府の協力の精神は称賛されるべきだ」と強調した。 【3月18日 AFP】*****************
上記記事にもあるように、特に女性の場合は「性奴隷」として性的暴力の対象となり、単に当時の虐待だけでなく、ISが去った後においても、レイプ者の子供を妊娠しているといった深刻な問題に直面しています。
ISによる性暴力という過酷な試練を経験したノーベル平和賞受賞者ナディア・ムラドさんは、紛争下の性暴力加害者の責任追及を国連安保理で求めました。
****紛争下の性暴力、責任追及を=ノーベル賞のムラドさんら-国連安保理****
過激派組織「イスラム国」(IS)によるイラクの少数派ヤジディ教徒に対する性暴力告発者ナディア・ムラドさんと、戦時下の性暴力撲滅に取り組むコンゴ(旧ザイール)の医師デニ・ムクウェゲ氏のノーベル平和賞受賞者2人が23日、米ニューヨークの国連安保理で演説し、紛争下における性暴力加害者の責任追及を強く求めた。
ムラドさんは「これまでにヤジディ教徒を性奴隷にした罪で裁判にかけられた人はいない」と述べ、IS戦闘員を裁く特別法廷の設置を訴えた。
ムクウェゲ氏も「裁きなしに被害者(の傷)は完全には癒えない」と、被害者の補償や加害者の責任追及に向けた基金設立への協力を呼び掛けた。【4月24日 時事】
********************
ムラドさんが参加した国連安保理では、戦時下における性暴力の絶滅を目指す安全保障理事会決議が可決されましたが、アメリカ・トランプ政権の反対によって「性に関する医療」、つまり、レイプ加害者の子供を妊娠した際の中絶のための医療提供が文言から削除されるというかたちで、“内容を薄めた”可決ともなりました。
****性暴力を非難する国連決議、米トランプ政権が中身薄める****
妊娠中絶への反対姿勢を示している米トランプ政権の影響が、国連決議に及んでいる。戦時下における性暴力の絶滅を目指す安全保障理事会決議が23日、内容を薄められて可決された。
この決議は、戦時下でレイプが武器となっていることを非難するとともに、紛争地域における性暴力問題への取り組みが進んでいない状況について、安保理として懸念を示す内容。ドイツが提出した。
当初の決議案では、戦争で性暴力を受けた女性たちが提供されるべき医療サービスとして、「性と生殖に関わるもの、心理社会的なもの、法的なもの、そして生活支援に関するもの」となっていた。
「妊娠中絶を暗示している」
しかしこれは後に、「性暴力を生き延びた人たちを速やかに支援することが重要であり、安保理決議2106に沿って、国連の関連組織や支援者たちに、差別のない包括的な医療サービスを提供するよう求める」に変更された。そして最終的には、この部分が丸ごと決議案から削除された。
これは米政府の意見を取り込んだためで、トランプ政権は「性と生殖に関わる医療」が妊娠中絶を暗示していると、この表現に反対していた。
アメリカ、中国、ロシアが反対
国連安保理事会では、早期の決議案にアメリカと中国、ロシアが反対。拒否権の行使もちらつかせた。最終的に、修正された決議案が賛成13、反対ゼロで可決された(中国とロシアは棄権)。
フランスのフランソワ・ドラトル国連大使は、性に関する医療についての文言が消されたのは女性の尊厳を損なうものだとして怒りをあらわにし、こう述べた。
「紛争において性暴力を受け、明らかに妊娠を望んだわけではない女性や少女は、妊娠を終わらせる権利を持つべきだ。安保理がそのように認められないなど、まったく容認できないし、理解できない」
ノーベル平和賞受賞者たちも支持したが
決議案の草案に対しては、幅広い層から支持する声が出ていた。
人権弁護士のアマル・クルーニー氏は23日の安保理事会に出席。「これが皆さんのニュルンベルク裁判(ナチス・ドイツによる戦争犯罪を裁いた国際軍事裁判)の瞬間だ」、「歴史において正しい側に立つ機会だ」と訴え、理事国に賛成票を投じるよう求めていた。
2018年にノーベル平和賞を受けたコンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲ医師と、イスラム国(IS)兵士たちに強姦されたイラクのヤジディ教徒ナディア・ムラド氏も、安保理に出席し、決議案への支持を表明していた。
活動家のアンジェリーナ・ジョリー氏は連名で、4月22日付の米紙ワシントン・ポストに、決議を支持する意見記事を寄稿していた。
イギリスの最大野党・労働党のエミリー・ソーンベリー影の外相は、「戦争でレイプを武器とすることに反対する国連決議に対し、ドナルド・トランプ米大統領が拒否権を発動すると脅したのと同じ日に、トランプ氏をイギリスに迎えて賞賛する計画をテリーザ・メイ英首相が進めているのは信じられない」と批判した。【4月24日 BBC】
*****************
人工中絶に関してはアメリカ国内では世論を二分して激しい議論となる問題で、日本では考えられないような激しい示威行為なども行われ、トランプ・反トランプを分ける境界線のひとつともなっていますので、トランプ政権が反対したというのは“政治的には”分かります。
分かりますが、平時とは異なる戦時下において武器としてのレイプの被害者となった女性への配慮があってしかるべきではないかという憤りも感じます。
【IS戦闘員の子供の共同体受入れを拒否する宗教指導者】
性奴隷とされたヤジディ教徒女性がIS戦闘員の子供を宿し、ヤジディ教徒社会からも拒まれ、行き場を失ってしまうという問題は、2月7日ブログ“シリア・イラク IS崩壊でも癒えないヤジディー教徒女性の悲劇”でも取り上げました。
****IS戦闘員の子を宿したヤジディ女性の選択 ****
イスラム国が残した余波、行き場ない母子の苦悩
ニスリーンさん(23)が赤ん坊の顔をのぞき込むと、たまに父親の面影に気づくときがある。彼女をレイプした過激派組織「イスラム国(IS)」の戦闘員のことだ。
ISはイラク北部で勢力を拡大した当時、この地に住む少数派ヤジディ教徒の女性たちを奴隷にした。彼女もその一人だった。
ISは2014年夏、大量虐殺作戦でヤジディ教徒に標的を定めた。ニスリーンさんはこのとき他の数千人の女性とともにISに捕まった。それ以降、彼女を「所有」した3人目の戦闘員の子をみごもった。
3年間とらわれの身だったニスリーンさんは、ISが崩壊状態に陥った昨年ようやく解放された。だが故郷や家族は、ニスリーンさんを子供と一緒に受け入れることを拒否した。
ヤジディ教徒の社会ではイスラム教徒との結婚を禁じており、戦闘員との強制的な結婚によって生まれた子供を認めることはできない。そこに戻りたければ、赤ん坊を諦めるしかないのだ。
ニスリーンさんは子供を選んだ。膝の上で生後8カ月となる子供をあやしながら、「息子と離れては生きていけない」と語る。自分と子供の身の安全を考え、フルネームを明かさないことを希望した。
ニスリーンさんが陥った悲痛なジレンマは、イラク社会が和解を進める上での課題を物語っている。ISはかつて制圧した地域のほぼ全てからすでに敗走した。だがISがずたずたに引き裂いた社会の構造を修復するには、はるかに長い時間が必要だろう。(中略)
ISの奴隷にされた余波で、極めて閉鎖的で保守的なヤジディの社会では、最も基本的な原則の一部が揺らいでいる。
捕虜だった女性が解放され始めると、ヤジディの宗教指導者は、イスラム教徒によるレイプは結婚に関する原則に反するが、伝統を捨て、温かく迎え入れるよう指示した。
IS戦闘員を父親に持つことで複雑な問題が持ち上がる。ヤジディ教では両親がともにヤジディ教の信者でなくては子供を信者とは認められない。「われわれは純粋な血を守っている」。ヤジディ教の聖地、ラリッシュの管理者はこう話す。
奴隷だったヤジディ女性の多くは避妊薬を与えられたが、それでも一部の妊娠は避けがたかった。イラクおよびクルド人自治区の当局者は、何人の子供が生まれたかは不明だと話す。支援活動家らの話では、数百人とはいかなくても数十人以上はいるという。
選択を迫られた女性の大半は子供を手放し、中には諦めるよう強要された女性もいると当局者やヤジディの活動家は語る。赤ん坊は支援グループなどの手を借り、シリアやイラクの児童養護施設に収容されたり、イスラム教徒やキリスト教徒の家庭に引き取られたりした。
ニスリーンさんの場合、(中略)妊娠が目につくようになると、親族は堕胎のために病院に連れて行った。既に妊娠8カ月に入っており、医師は中絶手術は危険だと告げた。
やがて健康な男の子が生まれた。ニスリーンさんの母親は子供を手放すよう促したが、彼女は拒否した。長老たちも説得しようとしたが無駄だった。そこで親族は子供を連れて家に戻るよう告げたが、彼女はそれも断った。
結局、ニスリーンさんはイラク北部ドホークにあるシェルターに住むことにした。ISから救出された母親たちの支援活動を行う米オレゴン州出身のポール・キンガリー博士が運営する施設だ。
そこで再定住の申請をした。難民として欧米のある国に受け入れが決まった後、「息子には良い生活を送らせたい」とニスリーンさんは語った。その国では同郷者の再定住が進められているという。
ニスリーンさんは自分の子供をヤジディ教徒として育てるかどうかまだ決めていない。「心の命じるままに従いたい」【2018 年 8 月 27 日 WSJ】
****************
性奴隷だったときの子供のヤジディ共同体への受け入れを認めないという対応については、先週、宗教権威である最高評議会議長の前向き対応ともとれる発言があり期待されていましたが、結局、従来方針は変わりませんでした。
****ISのレイプで生まれた子、ヤジディー共同体への受け入れ認めず 宗教評議会****
イラクの少数派ヤジディー教の宗教指導者による最高評議会は27日夜、教徒の女性がイスラム過激派組織「イスラム国」の戦闘員にレイプされた結果生まれた子どもたちについて、共同体への受け入れは認めないとの見解を表明した。
ヤジディー教徒は、かつてイラク北西部の山岳地帯にある都市シンジャル周辺に約50万人が暮らしていた。しかし、2014年にシンジャルへ侵攻したISは、略奪や破壊の限りを尽くした。ヤジディー教徒の男性は殺害され、男児は強制的に戦闘員にされ、数千人の女性たちは性奴隷として拉致・監禁された。
閉鎖的なヤジディー教徒の共同体では、両親ともヤジディー教徒の場合にのみ生まれた子どもを共同体の一員として受け入れる慣習がある。このため、ISにレイプされたヤジディー女性が産んだ子どもの扱いをめぐって、激論が交わされてきた。
先週、最高評議会のハゼム・タフシン・サイード議長は「(ISによる犯罪を)生き延びた者、全員を受け入れる。彼らが経験した苦難は、彼ら自身の意思に反していたとみなす」との宗教令を発し、画期的な方針転換だと受け止められた。
ヤジディー教徒の人権活動家らは、ISのレイプで生まれた子どもたちも今後はヤジディー教徒の親族に囲まれて暮らせるようになると解釈し、「歴史的だ」と最高評議会の決定を称賛した。
だが、最高評議会は27日夜の声明で、宗教令について「レイプの結果生まれた子どもは含まない。ヤジディー教徒の両親の間に生まれた子どもについて述べたものだ」と明言した。
ヤジディー教徒の共同体では従来、教徒以外と結婚した女性はヤジディー教徒ではなくなると考えられてきた。2014年のIS侵攻でレイプ被害にあった女性たちも当初、ヤジディー教徒ではなくなったとみなされたが、翌15年にヤジディー教の宗教指導者ババ・シェイク師が、被害女性らの帰郷を歓迎すると決定した経緯がある。
ただ、このときはレイプによって生まれた子どもたちの問題は解決されなかった。そのためIS戦闘員の子どもを産んだ女性たちは、ヤジディー教徒の親族たちとの絶縁状態を受け入れるか、わが子を手放すかという困難な選択に直面している。
イラクでは子どもは国籍と宗教の宗派を父親から受け継ぐ。父親がIS戦闘員とみられ、行方不明だったり死亡したりしている場合、父親の身元を確認できないため子どもが無国籍状態になる恐れがある。 【4月29日 AFP】
****************
中絶もできず、出産すれば子供は共同体参加を拒否される・・・被害者女性はどこで生きていけばいいのか?
アメリカ・トランプ政権も、ヤジディ教宗教指導者も、自分たちの価値観・伝統を維持することだけに関心が向けられ、最も救いを必要とするレイプ被害者女性に寄り添う心が感じられないのは残念であり、腹立たしいことです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます