(母国に貧困から逃れ、アメリカでの職を求めて流入する人々 写真は08年頃のものですが、現在は人の流れに大きな変化も生まれています。 “flickr”より By benedicte desrus http://www.flickr.com/photos/benedictedesrus/3240764392/ )
【外見などから不法移民かどうか職務質問できる】
「移民国家」アメリカの不法滞在者数は1080万人と推定されており、その6割弱がメキシコ系だといわれています。
2010年4月、メキシコとの国境に接し、多くの不法移民を抱えるアメリカ・アリゾナ州で、不法移民を取り締まる警察官の権限を拡大した移民法が成立しました。
****不法移民取り締まり厳格化=米大統領の批判無視-アリゾナ州****
米南西部アリゾナ州のブリュワー知事は23日、不法移民を取り締まる警察官の権限を拡大した移民法に署名した。オバマ大統領は人権侵害につながる恐れがあるとして、批判していた。
署名された同州の移民法は、不法移民の逮捕、強制送還を容易にするために、警察官は犯罪に関与した疑いがなくても、外見などから不法移民かどうか職務質問できる。在留許可証を携行していなければ、犯罪として扱うことも可能になる。
メキシコとの国境に接するアリゾナ州は麻薬密輸などによる犯罪が深刻化しており、ブリュワー知事は「ワシントンが適切な措置を怠ってきたため、(不法移民問題が)危険な状況を生んだ」と、署名理由を語った。
オバマ大統領は23日、知事の署名式に先立ち、同州の移民法について、「米国人が大切にする公正さの基本的概念を害し、警察と地域社会の信頼関係を脅かす」と批判。さらに、「連邦政府が行動しなければ、的外れな取り組みが国中に広がる」と懸念を表明し、同州の移民法が公民権上問題がないか司法省に精査させる考えを示した。【10年4月24日 時事】
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外見などから不法移民かどうか職務質問できる同法案に対し、反対派からは実質的にメキシコ系を狙い撃ちにした「人種選別捜査につながる」と批判の声がありますが、ブリュワー知事(共和党)は、法案署名と同時に「人種、肌の色、出身国の違いだけでは、容疑の合理的な根拠にならないことを捜査当局に指導する」などを定めた行政命令を出したことで、そうした批判はあたらないとしています。
【大部分を違憲、ただし、「核心」の部分は合憲】
オバマ政権はアリゾナ州移民法は憲法違反であるとして、施行を差し止める訴訟を起こしていましたが、25日、連邦最高裁はアリゾナ州移民法の大部分を違憲とする判断を下しました。
しかし、最大の争点となっていた「不法滞在が疑われる人物に対し、警官に身分確認を義務付ける条項」については違憲とまでは言えないとして、これを容認する判断となっています。
****米アリゾナ州移民法:連邦最高裁が大部分を違憲判断****
米西部アリゾナ州が不法移民の取り締まり強化のため制定した州移民法は、憲法で定めた連邦政府の権限を侵しているとして、オバマ政権が撤廃を求めていた裁判で連邦最高裁は25日、州移民法の大部分を違憲とする判断を下した。
合憲判決が出た場合、オバマ政権の移民政策の不備を最高裁が認めたとして野党・共和党が一斉に批判を強めるとみられていただけに、違憲判決は包括的移民制度改革を目指すオバマ大統領には追い風となった。
判決を受け、オバマ大統領は「最高裁の判断を歓迎する」との声明を発表。「つぎはぎの州法では解決方法にはならない」と強調したうえで「包括的移民制度改革に議会が動く必要があることが明確になった」と訴えた。
アリゾナ州の移民法は、滞在資格を証明する身分証明書などの提示ができないこと自体を罪としたり、不法移民が職を探す行為そのものを犯罪とする内容。最高裁は「移民管理は連邦政府に相当の権限がある」としてこれら州独自の不法移民対策を違憲とした。
一方で、不法移民の疑いのある人物に対する身分確認を警察官に義務づける条項については合憲と判断。メキシコと国境を接するアリゾナではヒスパニック(中南米)系を狙い撃ちした不法移民の取り締まりにつながるとして反発が上がっている。大統領も声明で「実際にこの条項が与える影響に懸念を有している」と指摘した。
オバマ大統領は、年少時に米国に連れてこられた30歳未満の不法移民に対し、大学進学や軍隊所属など一定の条件を満たせば、一時的に在留資格を与える救済策を発表したばかり。今回の最高裁の判断を後ろ盾に、政権が移民制度改革に取り組む姿勢をアピールし、ヒスパニック系の支持固めを狙うものとみられる。【5月26日 毎日】
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アリゾナ州のブリュワー知事は、新移民法の「核心」の部分が合憲と判断されたことは「法的勝利」だと歓迎したとのことです。【6月26日 AFPより】
外見などから不法移民の疑いのある人物に対する身分確認を警察官が行うことはOK、ただし、滞在資格を証明する身分証明書などの提示ができないこと自体は罪にはならない・・・という判断ですが、実際問題として身分証明書を携帯していない場合、どういう形で警察官に抗弁できるのでしょうか?
根深い人種的対立感情が存在している状況で、こうした警察活動がどういう結果をもたらすのか?という懸念は十分に配慮すべき点でしょう。
【アメリカからみて流出超に転じる】
移民、特に不法移民の増大に関する議論は多々あるところですが、そうした議論とは別に、アメリカ・メキシコ国境の実態が、大きく変わりつつあることが指摘されています。
かつてとは逆に、今や、アメリカからメキシコに戻る人々の方が、アメリカへの流入を上回る現象が起きています。
現実が変われば、問題へのアプローチ方法も変わってきます。
****景気後退で米国ではメキシコ移民が流出超に****
移民国家をおそった異変
「移民国家」として知られる米国に、ちょっとした異変が起こっている。移民の中でも存在感の大きいメキシコ移民が、米国からの流出超になっているようなのだ。
メキシコに帰る移民が倍増
ピュー・ヒスパニック・センターによれば、1995~2000年の米国とメキシコの間の移民の流れは、米国からみて227万人の流入超だった。ところが2005~10年の期間については、逆に米国からみて2万人の流出超に転じている。
変化は双方向である。2005~10年の間にメキシコから米国にやってきた移民の数は、1995~2000年の約半分に減少した。その一方で、やはり2005~10年の間に米国からメキシコに戻った移民の数は、1995~2000年の実績から倍増している。
過去との違いは鮮明だ。米国に住むメキシコ生まれの移民の数は、過去約40年にわたって急速に増加してきた。ところが、2007年に1250万人台に到達した後は、一転して減少傾向を見せている。
ヒスパニックの失業率は米全体より悪化
「移民国家」と言われる米国の中でも 、メキシコ移民の存在感は抜きん出ている。米国に住む外国生まれの移民のうち、約30%がメキシコで生まれている。次に多い中国系(台湾、香港を含む)は、全体の5%に過ぎない。
米国で増加が言われる「ヒスパニック」についても、メキシコ系の比重は大きい。米国に住む約4800万人のヒスパニックのうち、66%がメキシコに起源をもつ。その人数は、次に多いプエルトリコ系の7.2倍に相当する。
これだけ存在感の大きなメキシコ移民の流れに変化が生じた理由は、国境の両側にありそうだ。
米国側の理由としては、第1に金融危機が挙げられる。メキシコ移民を代表格とするヒスパニックは、金融危機によって苦しい暮らしを強いられた。経済的なチャンスを求める移民にとって、米国の魅力が低下したのは間違いない。
好例が雇用環境である。米国におけるヒスパニックの失業率は、金融危機を契機に急上昇した。建設関連など、危機に直撃された産業に従事する割合が高かったことが一因だ。米国全体の失業率は2009年10月の10.0%がピークだったが、ヒスパニックの場合は今年に入っても10%を超えている。
振り返るとヒスパニックの失業率は、おおむね米国全体の失業率より高く推移してきたが、1990年代半ば以降は、その差が総じて低下する傾向にあった。それが金融危機を境として、再び差が広がった。
第2に、米国の連邦・州政府の双方による不法移民の取締り強化が、メキシコ移民に敬遠された可能性がある。
連邦政府では、マイノリティに好意的といわれる民主党のバラク・オバマ政権の下ですら、不法移民の摘発・本国送還数は、歴史的な高水準となっている。
州政府の取り組みも目立つ。アリゾナ州の厳しい不法移民対策は、連邦最高裁判所で違憲訴訟の対象になっている。この他にも、アラバマ州やジョージア州、サウス・カロライナ州などで、同様の厳しい不法移民対策が立法化されている。
出生率低下でメキシコの移民供給余力が低下
移民の流れが変わった理由は、米国側だけにあるわけではない。軽視できないのが、メキシコ側の要因である。
第1は、経済状況の違いだ。金融危機後のメキシコ経済は、米国経済よりも立ち直りが力強かった。こうした点は、働き先としてメキシコが選ばれる理由になり得る。
第2に、メキシコ社会の変化が指摘されている。ピュー・ヒスパニック・センターによれば、1人当たりGDP(国内総生産)の伸びはそれほど高まっていないものの、医療保険の整備や教育水準の上昇など、メキシコ社会には成熟を感じさせる側面が散見されるという。
なかでも注目されるのは、出生率の低下である。出生率が低下すると、労働人口は増え難くなる。このため、メキシコが米国に移民を供給する「余力」が低下している可能性が指摘できる。
拙稿「金融危機で出産『先送り』の米国」では、米国におけるヒスパニックの出生率低下を取り上げたが、実は母国メキシコでも出生率は低下している。1人の女性が一生のうちで産む子供の平均人数を指す合計特殊出生率は、1960年の7.3から2009年には2.4へと低下している。2009年の米国の合計特殊出生率は2.0であり、1960年には3.7あった両国の差は着実に縮小している。
米国の移民政策へも影響
このままメキシコからの移民の流れが変われば、米国の移民政策にも波紋が広がりそうだ。移民政策を巡る議論の焦点は、不法移民の流入阻止から、既に米国内に居住している移民への対応に移るかもしれない。
そもそも、米国の不法移民の問題には、メキシコ移民の問題としての性格がある。メキシコからの移民の約半数は不法移民であり、米国の不法移民の6割弱がメキシコ系だといわれる。
最近のメキシコ移民の減少は、不法移民が主導している。米国に居住するメキシコ生まれの不法移民は、2007年の700万人をピークに、2011年には610万人にまで減少している。一方で、合法的にメキシコから米国に移ってきた移民の数は、ほぼ横ばいで推移している。
かねてから米国では、既に入国している不法移民に合法的な滞在への道を開くよう求める声がある。とくに最近では、幼少時に親などに連れられて移住してきた不法移民について、米国内で高等教育を終えることを条件に、合法的な滞在を認められるようにする法案が議論されてきた。
こうした法案の大きな障害となってきたのが、「不法移民の流入阻止が先決」という反対論である。不法移民の主力であるメキシコ移民の流れが変化すれば、こうした障害が軽減される可能性がある。
「移民国家」米国の宿命
もちろん、米国の移民政策が変わる保証はない。「不法移民が減ったのはこれまでの政策の成果」として、不法移民の厳しい取締りを継続するよう主張する声もある。また、メキシコからの不法移民が減ったとしても、出自の異なる不法移民が増えるかもしれない。
メキシコからの移民にしても、このまま流出超で推移するとは限らない。金融危機の影響が大きかったとするならば、その後遺症から米国経済が脱却するに連れて、移民を引き寄せる米国の求心力は復活する。
もっとも、金融危機の後遺症が長引けば長引くほど、メキシコからの移民の流れが復元するのは難しくなりそうだ。移民が米国を目指す際には、先に米国内に移住した親族や知り合いを頼る場合が多い。メキシコからの移民が流出超である期間が長引けば、こうした結びつきは次第に弱くなる。いわば、当初は一時的だったはずの金融危機の影響が、次第に構造的な様相を呈してくる構図である。メキシコからの移民が流入超に復帰したとしても、かつてほどの勢いには戻らない可能性が指摘できよう。
米国と移民の関係は、これまでも大きな変化を経験してきた。振り返れば、1900年代初期の米国では、移民の9割近くが欧州系だった。人口に占める移民の割合も、むしろ当時の方が今よりも大きかった。「移民国家」として成立した米国は、いつまでもその姿を変え続ける宿命を背負っているのかもしれない。
【安井 明彦 2012年5月24日 日経ビジネスONLINE】
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【「米国人として育てられた才能ある若者を追放するのはおかしい」】
“既に入国している不法移民に合法的な滞在への道を開く”ものとして、2010年に議会で否決された移民制度改革「ドリーム法案」がありますが、今回、オバマ大統領は「ドリーム法案」の内容にほぼ沿った措置を発表しています。時期的には、かなり露骨な選挙対策の側面もあります。
****米大統領、不法移民の強制送還手続き2年間免除****
オバマ米大統領は15日、両親などと16歳未満の時に米国に移住し、現在30歳以下の不法移民について、5年以上滞在し、犯罪歴がないなどの条件を満たしていれば、強制送還の手続きを2年間免除する措置を発表した。
11月の大統領選を前に、ヒスパニック(中南米系)票を取り込む狙いがあるとみられる。
大統領はホワイトハウスでの演説で「米国人として育てられた才能ある若者を追放するのはおかしい」と述べる一方、今回の決定は「市民権付与への道ではなく、一時的措置」とし、議会に行動を求めた。不法移民のうち約80万人が今回の措置の対象となるとみられている。
これに対し、共和党の大統領候補となるミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事は、「大統領の措置は長期的な解決を困難にする」と批判した。共和党保守派からは「不法移民によって米国民の職が奪われる」との反発や、「国境警備の強化を優先すべきだ」との声が出ている。【6月16日 読売】
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強制送還の対象から外されるのは、16歳未満で両親などに連れられて渡米し、5年以上滞在した30歳以下の不法移民です。学生であるか、高校卒業資格か軍隊入隊の経験を持つこと、犯罪歴がないことなども条件となります。
移民が厳しく制限されており、戸籍制度や住民登録などで管理されている日本の感覚からすると、不法移民の子供でありながら学校に通う、あるいは軍隊に入隊することができる・・・というのは、よく理解できない部分があります。
「移民国家」アメリカと日本の差は大きなものがありますが、日本も国家成立の頃まで遡れば多くの帰化人を受け入れた歴史もあります。
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