孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

女性差別  男性にはわかりにくい意識に刷り込まれた差別意識も

2023-01-08 22:56:48 | ジェンダー
(【2022年8月7日 GINZA】振る舞いも含めた自然な対話を可能にすることを目指して開発された自律対話型アンドロイド「エリカ」)

【パキスタンなどにおける“わかりやすい女性差別”】
アフガニスタン・タリバン政権の女性差別については何度も繰り返し取り上げていますが、こうした女性の人権を軽視した状況は、言うまでもなくアフガニスタンに限った話ではなく、世界中で、途上国でも、日本を含めた先進国でも、程度の差はあれごく普通に見られるものです。

特に、一部の国々では“あからさまな女性蔑視”が社会的に許容されている状況が未だ残存しており、例えばアフガニスタンの隣国パキスタンでも。

****「女子にも権利がある」──11歳で結婚した私が教育を諦めない理由****
<児童婚の風習が残るパキスタンで家族を説得。電気もない家から看護師を目指すまでの軌跡>

私は8人きょうだいの1人として生まれ、両親を含め10人家族の家庭で育った。パキスタン南部シンド州のケティ・バンダー郡で育ち、今もそこで暮らしている。自宅や近所には電気がほとんど通っておらず、住居は土壁造り。太陽光発電で料理や携帯電話の充電が多少できるぐらいだ。

小さい頃は村に学校がなかったが、叔父はある程度の教育を受けた人で、基本的なシンド語を教えてくれた。祖母にはコーランの教えを習った。

学校には6歳から通えた。非営利団体「シチズン財団」が村に学校を作ったのだ。開校当初は子供を通わせる家庭は少なく、女子生徒のほうが多かった。「女は5年生くらいまで通わせて、その後は結婚や家事をさせればいい」という雰囲気だったのだと思う。

私の母も通学に反対だった。女の子は嫁に行っても困らないように料理や伝統的ししゅう、裁縫、若いきょうだいの世話などの家事を学ぶべきだという立場だった。父は母の意見に従うと言うだけだったが、当時同居していて発言力の強かった祖父が学校行きを後押ししてくれた。

母が働きすぎなのは分かっていたので、手伝う気持ちと学校へ行きたい気持ちの板挟みになり、苦しかった。母の気持ちを静めるために、何日か学校を休んで家にいたこともある。そのときは学校に戻れるように、叔父が母を説得してくれた。でも家で教科書に夢中になって呼び掛けに答えず、激高した母に教科書を火にくべられたこともある。

結婚の後も毎年闘いが
5年生になると、両親は私の結婚相手を選び、ニカという婚姻の儀式の準備を始めた。相手は1歳下の私のいとこで学校の下級生。ニカは私が11歳のときに執り行われた。結婚については何も教わらなかった。

儀式が終わり、別の家族の一員になったと実感したけれど、夫の考えや行動がまだ幼いことが気になった。

結婚後も、教育は受け続けると決意していた。学年末ごとに家族からこれで学校はおしまいだと聞かされ、そのたびに校長のファルザナ先生がもう少し続けさせるよう両親を説得してくれた。

ルクサティと呼ばれる儀式を終え義理の家族と同居が始まったのは、私が14歳で、10年生が終わりを迎える頃だった。

その頃には自分の意見を主張するすべや、ある程度は妥協が必要なことも学んでいた。夫は最初はかたくなだったけど、叔父が私の教育を続けるべきだと家族を説得してくれたことは、とても幸運だった。

叔父は、夫や義理の家族の考えを少しは変えてくれた。それでも毎年が闘いだった。家族には教育の意義について、あの手この手で説明しなければならなかった。ただ、教員の助手として働いた少額の給料を家に入れることで、義母の態度も少し軟化した。

村の近くに大学進学を目指すための学校が作られ、私もそこに通うようになった。同時に、学士と教員資格を得るための通信教育プログラムも受け始めた。将来的には4年制の看護学校に通って医療の分野に進みたいと考えている。

義母と夫も、教育やキャリアを追い求めることを今では認めてくれている。女子教育に否定的な伝統に縛られず、教育を受ける権利があるはずの女性たちの模範となりたいと思う。(ニアズは現在22歳になり、シンド州で看護師の見習いをしている)【12月8日 Newsweek】
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アフガニスタン・タリバンの女子教育否定の考えの根底には、上記のようなこの地域に共通した女性観が存在することが想像されます。

****レイプ犯、被害者と結婚で釈放 パキスタン****
パキスタン北西部で、強姦(ごうかん)罪で有罪判決を受けた男が、長老会議の仲介した和解により被害者と結婚したことを受け、釈放された。男の弁護人が28日、明らかにした。権利活動家は、女性に対する性暴力を合法化する決定だと批判している。

ダウラット・カーン被告は今年5月、聴覚障害者の女性をレイプしたとして、カイバル・パクトゥンクワ(旧北西辺境)州ブネル地区の下級裁判所により終身刑を言い渡された。だがペシャワル高裁は、被害者の家族が裁判外の和解に同意したことを受け、カーン氏の釈放を命令。同氏は26日に自由の身となった。

弁護人のアムジェド・アリ氏がAFPに語ったところによると、カーン氏は被害者の女性と親戚関係にあった。未婚だったこの女性が今年出産した後に身柄を拘束され、親子鑑定により子どもの実父であることが確認された。

同国では、女性が二流市民扱いされることが多く、レイプ事件の刑事責任追及が極めて困難であることで知られている。被害者に対する偏見から、事件が通報されることはほとんどない。

裁判になった場合でも、警察や検察のずさんな対応や、裁判外の和解により、有罪判決が出ることはまれ。社会的弱者の女性に法的支援を提供している団体「アスマ・ジャハンギール法律扶助組織」によると、レイプ裁判の有罪率は3%に満たないという。 【12月29日 AFP】
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おそらく被害者家族が和解に応じたのは、“レイプされたあげく、未婚の母として生きていく”ことの伝統社会における困難さ、それよりは結婚という形で一定に保護された方が・・・・という考えでしょう。

日本的感覚では“あり得ない”話ですが、その地域にはいろんな事情もあるのでしょう。しかしながら、やっぱりおかしい!という感も。

【日本など先進国でも“意識”の問題が存在】
日本を含めた先進国では、上記のような“あからさまな女性蔑視”は許されないものとなってはいますが、未だ男性中心の社会であり、女性に大きな負荷がかかっていることは今更の話です。

日本や韓国などは、欧米に比べると、アフガニスタンやパキスタンに近い「男は仕事、女は家事」という意識が強く存在しています。

****家事分担を妨げる「男は仕事、女は家事」という日本のジェンダー意識****
<男性の労働時間が減っても、その分だけ家事をする時間が増えるとは限らない>

先週の記事「日本の男性の家事分担率は、相変わらず先進国で最低」で見たように、日本の男性の家事分担率は国際的に見て低い。OECDの統計によると、15~64歳男性の1日の家事等の平均時間は41分で、女性は224分(2016年)。男女の合算に占める男性の割合は15.4%でしかない。他国の同じ数値を計算すると、アメリカは37.9%、スウェーデンは43.7%にもなる。

日本の男性は、仕事時間がべらぼうに長いからではないか、という意見もあるだろう。同じくOECDの統計によると、日本の15~64歳男性の1日の平均仕事時間は452分で、アメリカの332分、スウェーデンの313分よりだいぶ長い。家事等の平均時間は順に41分、166分、171分と逆の傾向だ。(中略)

傾向としては、仕事時間が長いほど家事等の時間は短い、両者はトレードオフの関係にあると言えなくもない。
仕事時間が短ければ、自宅にいる時間も長くなり、家事や育児にも勤しむようになる。

いたって自然なことだ。政府の『男女共同参画白書』でも、男性が家事・育児・介護等に参画できるよう、長時間労働を是正する必要があると言及されている。
だが、事はそう単純ではない。定時に上がっても、自宅ではなく酒場に足が向く男性もいるだろう。コロナ禍以降、在宅勤務が増えているものの、夫が家事をしないのは相変わらずで、「大きな子どもが1人増えたようだ」という妻の嘆きもSNS上で散見される。仕事時間を減らせば万事解決となるかは分からない。(中略)

男性を見ると、仕事時間の多寡に応じて家事時間が大きく変わる傾向はない。小さな差はあるものの、どのグループも家事時間は週10時間未満が大半だ。対して女性は、仕事時間に関係なく、家事時間が週20時間以上の人が多い。(中略)

未婚化が止まらないが、結婚生活の負荷を女性が認識し出したこともあるだろう。2021年の国立社会保障・人口問題研究所の『出生動向基本調査』によると、女性が結婚相手に求める条件として最も多いのは「人柄」だが、それに次ぐのは「家事・育児への姿勢」だ。2015年との比較でいうと、この項目を重視する女性の割合が増えている(57.7%→70.2%)。対して、職業や経済力を重視するという回答は減っている。

女性の社会進出を促し、かつ未婚化・少子化に歯止めをかける上でも、男性の「家庭進出」が求められるが、長時間労働の是正だけでは足りない。意識の啓発も必要になってくる。家庭内での性別役割分業を子どもに見せることは、既存のジェンダー構造を次代にまで持ち越す恐れがあることをしっかりと自覚しなければならない。

また日本では、「男は仕事、女は家事」という性役割分業で社会が形成されてきた経緯があるので、家事に求められるレベルが高くなってしまっている(一汁三菜の食事、洗濯物は綺麗にたたむなど)。外国人が驚くところだ。これなども、男性の家事分担を妨げている。共稼ぎが主流になっている今、見直すべきだろう。【2022年10月26日 Newsweek】
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上記記事ではスウェーデンが取り上げられていますが、労働時間に関する男女差が一番少ないのはやはり北欧のようです。

****フィンランド、労働時間が初めて男女平等に****
フィンランド統計局は10日、国民が家事労働と有償労働に費やした時間の合計が、昨年初めて男女で等しくなったと発表した。

10歳以上の人口の有償労働と家事労働を合わせた1日の総労働時間はこれまで、女性の方が長かった。統計局は、男性の有償労働時間が減少し、家事労働時間が増加したと説明。特に男性が育児に費やす時間が大きく増えたとし、その要因としては文化の変化に加え、男性向け育児休暇制度の拡充があるとした。

ただ、有償労働の時間は依然として男性が女性よりも1日平均30分長かった。 【2022年11月11日 AFP】
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制度的なジェンダー格差は次第になくなってはいますが、状況の差を生むのは「男は仕事、女は家事」といった“意識”の問題。

【女性は文系?】
****「女子の文系バイアス」高1から強まる傾向に  数学点数に文理バイアスの形成も影響か IGS調べ****
Institution for a Global Society(以下、IGS)は、生徒の潜在的な文系・理系傾向などのバイアスを明らかにする診断ツール「Ai GROW(アイ・グロー)傾向チェックテスト」のデータをもとに、中学3年生~高校3年生(計3,325名)の文理傾向のバイアスの変化を男女別に分析し、結果を公表した。

同調査の結果、中学3年生の時点では男女ともに理系傾向であったにも関わらず、高校1~2年生にかけて、女子生徒は男子生徒よりも文系のバイアスが急激に強まっていることがわかったとのことだ。(中略)

小学4年生や中学2年生時点では数学点数に男女差はないが、高校3年生になると点数に男女差が出ている。このことから、文理選択を迫られる高校1年生の時期から2年生の時期に、「女子は文系」というバイアスが、環境(先生や保護者からの声掛けなど)等の要因で強まり、実際に高校3年生で点数に影響が出ている可能性があるとしている。 

バイアスは無意識であり、本人や周囲も自覚することが難しいため、まずは文理傾向バイアスを定期的に可視化することが重要だという。

さらに、数学と身近な接点やつながりを実感できるようにするなど、将来やりたいことと直結するイメージを抱いてもらうような環境づくりや声掛けが必要だといえるとのことだ。

■「文理傾向バイアス」とは
自分は意識していないが、脳が潜在的に「自分は文系」「自分は理系」と捉えている、認知バイアス。
数学の点数が下がることで文系バイアスが強まる可能性もある一方で、同リリースの分析結果にもある通り、文系バイアスが強くなると数学の点数が下がるなどの影響が出る可能性もあるとしている。(後略)【2022年11月2日 AMP】
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【「美人顔」ヒト型ロボットは“ジェンダー不平等に対する危機感が根本的に欠けている”せいか?】
このあたりの“意識”の問題になると、世の中には溢れかえっています。そのため、一体何が女性差別に当たるのかよくわからない状況もあります。

京都大学がAIを使ったヒト型ロボットを開発したところ、そのロボットが若い女性の美人顔であることや、しゃべり方や声の高さに、“ルッキズム(外見至上主義)やジェンダーステレオタイプに対する意識が表れてはいないか”という批判が起きているとか。

****若く従順で美人顔──女性ロボットERICAの炎上は開発者個人だけの問題か****
<しゃべるアンドロイドに女性差別だと批判が。なぜ「媚びるように話す」「若い女性」なのか>

京都大学の研究グループが2022年9月、人間の笑い声に反応して、一緒に笑い声を出す機能を搭載したヒト型ロボット(ERICA)を開発した。このニュースをNHKがツイートしたところ、女性差別だと炎上する騒ぎが起こった。(中略)

問題の1つ目は、なぜこのヒト型ロボットが若い女性だったのか、ということだ。
これまでも、アップルのSiriやアマゾンのアレクサの声がジェンダーバイアスをはらんでいると言われてきた。どちらのAIも、なぜか女性の声と名前がデフォルトになっている。(中略)

大阪大学の研究ポータルサイトには、ERICA開発の研究成果のポイントとして「見た目は美人顔の特徴を参考にコンピューターで合成され......」と記載されている。日本を代表する国立大学の研究グループが女性アンドロイドを「美人顔」に作ったと堂々と記す──。「男ばかり」の環境で生きる研究グループの、ルッキズム(外見至上主義)やジェンダーステレオタイプに対する意識が表れてはいないか。

2つ目は、ERICAに従順さを印象付けるニュアンスのセリフを言わせたことだ。ERICAの動画を見ると、その言葉は「あははは、そうなんですね」「えへへへ、いいですね」「えへへへ、そうなんですか」「うふふふ、素敵ですね」だった。(中略)

ERICAの声の高さは(中略)全体的に高めと言える声だった。

人間の声の高さには体の大きさに比例する声帯の長さが関係している。小柄なアジア系女性の声はほかの人種よりも高くなる傾向があるが、日本人女性の声は先進国では一番高いと言われてきた。

山﨑氏によると、高い声は未成熟さや弱さ、幼さを示す。女性は高い声を発することで「守られなければ生きていけない存在」と無意識的に周囲に見せる。男性優位の社会ゆえに、女性は男性に従う弱く未成熟な存在であれという社会圧があり、そのような社会の価値観に合わせて無自覚のまま女性の声は高くなった──と山﨑氏は考えている。
(中略)

開発者個人の問題なのか
(中略)温泉地に行くと「今日こそは夜這いがあるかもとドキドキする」などと描かれたご当地温泉むすめキャラクターのポスターが貼られ、テレビをつければ年長男性のアシスタントをする声の高い若い女子アナウンサー、野球場へ行くとミニスカートの若いビアガール......。記号化された「若い女性」の象徴が日本の津々浦々に存在している。

なぜERICAが若い「美人顔」の女性で、従順と捉えられる言葉をしゃべらせたのか。(中略)これは開発者個人の問題ではなく、若い女性に「男性の助け」と「美しさ」を当然のごとく求める日本社会全体の価値観の問題なのだろう。

ジェンダーステレオタイプが刻み込まれ、ジェンダー不平等に対する危機感が根本的に欠けている。だからこそ、女性ロボットを「美人顔」で作ったとルッキズムを公言し、ロボットに「従順な」セリフを言わせることの問題に、AI開発の最先端を担う男性研究者が気付かない。

これが22年のグローバル・ジェンダーギャップ指数で146カ国中116位、先進国最低レベルの日本の現状なのである。【1月6日 此花わか氏 Newsweek】
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「美人顔」ロボットに“ジェンダー不平等に対する危機感が根本的に欠けている”と言われると、正直、普通の男性である私はとまどいます。エキセントリックな議論に違和感も。

ただ、“男女間賃金格差が世界各国に比べ大きい。OECD(経済協力開発機構)の2020年の調査によると、日本の男性賃金の中央値を100とした場合、女性は77.5にとどまる。男女差は22.5ポイントで、韓国(31.5ポイント)、イスラエル(22.7ポイント)に次いで大きい。管理職に占める女性割合の水準も低く、内閣官房の調査(21年時点)によるとアメリカの41.4%に対し日本は13.2%しかない。”【同上】という現実があるのも事実です。

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メキシコ  麻薬組織ボスが一部住民からは英雄視される社会で「麻薬王」の息子の拘束作戦決行

2023-01-07 22:07:52 | ラテンアメリカ
(「麻薬王」の息子、オビディオ・グスマン氏=メキシコ北西部クリアカンで2019年10月17日【1月7日 毎日】)

【地元政治家・警察・軍とも癒着一体化】
“メキシコで麻薬組織が関係した死者が非常に多く、メキシコ麻薬戦争とも言われる状況にあることは、これまでも再三取り上げてきました。殺人事件死者数は日本の100倍以上に達しています。・・・”というのは、2022年8月22日ブログ“メキシコ 2014年学生集団失踪事件は「国家犯罪」か 当時の捜査指揮者を隠蔽工作で逮捕”の書き出しでした。

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アメリカは巨大な麻薬の消費地だ。かつてはこのマス市場に向けて、コロンビアから大量の麻薬が運ばれていた。

しかし1980年代のレーガン政権時代の麻薬戦争によってコロンビアからのルートが壊滅すると、麻薬の道はメキシコ経由に変わった。そしてメキシコの麻薬組織が台頭し、まるで軍隊のように武装し、メキシコ政府と真っ向から対立するようになり、2000年代後半からの血で血を争う麻薬戦争となる。

かつては静かだった街が戦場に変わり、すべては呑み込まれていく。【2015年3月15日 映画.com 「佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代」】
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単に麻薬組織が暗躍しているだけでなく、麻薬組織と警察・軍・政治家とも一体となっているのは、他の中南米諸国の事情とも共通しています。(あるいは、世界共通か)

メキシコ麻薬戦争のなかでも特筆すべき事件が前回ブログでも取り上げた014年学生集団失踪事件ですが、この事件には地元市長・警察だけでなく軍も加担していました。

****学生43人失踪で軍幹部逮捕 メキシコ、一部殺害指示か****
2014年にメキシコ南部ゲレロ州で学生43人が警察に連れ去られ行方不明となった失踪事件で、政府高官は15日、同州の部隊を率いていた軍幹部ホセ・ロドリゲス・ペレス容疑者ら3人を逮捕したことを明らかにした。地元メディアなどによると、同容疑者は43人のうち少なくとも6人の殺害を指示した疑いが持たれている。

事件はペニャニエト前政権下の14年9月に発生。左派系の教員養成学校の男子学生が分乗したバスが警察の襲撃を受け、43人が連れ去られた。さらにサッカーチームの乗ったバスも誤って銃撃されるなど、他に計6人が死亡した。【2022年9月16日 共同】
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政治家・警察・軍も味方なら、麻薬組織はやりたい放題です。

【貧困層にとって麻薬組織のリーダーというのは、ある種のヒーロー】
そんなメキシコにあっては、まっとうな将来が期待できない貧困層にとって麻薬組織のリーダーというのは、ある種のヒーローでもあります。
実在の麻薬組織のボスたちを題材にして、彼らを英雄としてあつかった語りの音楽「ナルコ・コリード」という音楽ジャンルもあるぐらい。

麻薬組織側もときに住民に施しを行うなど、住民と麻薬組織の間にも“持ちつ持たれつ”的な関係があるのかも。(マフィアの「ゴッドファーザー」的な世界か)

****メキシコ大統領「麻薬カルテルのプレゼント配布に用心を」****
メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領は27日、麻薬カルテルによる物品配布に注意するよう国民に警告した。

ハリスコ州グアダラハラで麻薬カルテルの構成員とみられる人物らが、クリスマスの装飾を施したトラックからプレゼントを配布する様子を撮影した画像がソーシャルメディアに投稿されたのを受け、当局は捜査に乗り出した。

ロペスオブラドール氏は報道陣に「たとえ食べ物をもらったとしても、だまされてはいけない。それは善意によるものではない。国民を盾として使おうとしているのだ」と述べた。麻薬カルテルの狙いは、コカイン取引の摘発時などに「地域社会に密売人を守らせる」ことにあるという。

現地メディアによると、プレゼントを配布したのは有力かつ凶悪な麻薬カルテル「ハリスコ新世代」の構成員とみられている。

ハリスコ新世代は新型コロナウイルスの流行のピーク時、西部の複数の場所で食料を配布していたと報じられている。北西部シナロア州では、麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の写真入りのギフトボックスも確認されている。 【12月28日 AFP】
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【「麻薬王」故郷に市が密売博物館建設を計画し物議を呼ぶ】
麻薬組織のボスの中でも「麻薬王」と称されるのが上記記事にもある「エル・チャポ」(本名 ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラ)

*****ホアキン・グスマン*****
ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラは、メキシコの麻薬密売・密輸組織シナロア・カルテルの最高幹部。エル・チャポ(スペイン語: 「ちび」の意)の通称で知られる。2023年現在はアメリカ合衆国コロラド州にあるADXフローレンス刑務所にて終身刑で服役中。

『フォーブス』は、グスマンを「史上最大の麻薬王」、アメリカ合衆国連邦政府は「地球上で最も残酷で危険で恐ろしい男」、アメリカ麻薬取締局(DEA)は「パブロ・エスコバルに匹敵する影響力を持つ麻薬界のゴッドファーザー」と称している。2015年には、シカゴ犯罪委員会より「公衆の敵ナンバーワン」に指名された。【ウィキペディア】
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前述のように、「史上最大の麻薬王」ということは、一部地元住民にとっては「史上最大の英雄」でもあります。
麻薬組織と権力が癒着するのが“当たり前”の社会にあっては、地方政府も麻薬犯罪に対する抵抗感も少ないのでしょう。もちろん自分自身が組織と癒着していれば、抵抗感などは皆無。

****「麻薬王」故郷に市が密売博物館?=観光客当て込み物議―メキシコ****
メキシコ最大の麻薬組織の一つである「シナロア・カルテル」最高幹部の故郷が、観光客を呼び込もうと「麻薬密売博物館」の開設を計画して物議を醸している。

この最高幹部は「麻薬王」の異名を取るホアキン・グスマン(通称エルチャポ)受刑者。米国で終身刑を言い渡されて収監されている。

問題の自治体は、北西部シナロア州バディラグアト市。2日付の地元紙などによると、ロペスエレネス市長は建設中の展望台の一角に「麻薬密売博物館をつくる可能性がある」と指摘。「われわれの歴史であり、否定できない」として、エルチャポ受刑者や、麻薬密売に関連する品を展示する考えを示した。

これに対し、シナロア州のロチャモヤ知事は3日、ツイッターで「麻薬密売博物館のアイデアは共有できない。断固拒絶する」と激しく反発。想像を超える反響に驚いたロペスエレネス市長は地元ラジオなどで「私はあくまで可能性を話しただけだ。まだ最終決定ではない」と弁明に追われている。【2022年11月5日 時事】
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全くの想像ですが、こうした博物館建設が組織からの強い働きかけであれば、それを拒否することは現地では「死」を意味しかねません。

【2022年に世界で最も多くのジャーナリストが死亡した国はメキシコ】
当然の如く、麻薬組織の実態を暴こうとするようなジャーナリストは処刑の標的となります。

****記者殺害、今年はメキシコが最多=国境なき記者団****
国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」(RSF)は14日、2022年に世界で最も多くのジャーナリストが死亡した国はメキシコだったとのリポートを発表した。

それによると、今年1月から12月1日の期間に報告されたメキシコでの記者殺害は11件で、世界全体の20%に達した。

RSFは「一般社会や国際組織の働きかけ、地元当局の保護メカニズムが不十分」と指摘した。

このほか言論の自由を擁護する複数の団体がさらに多くのメディア関係者殺害を報告している。

RSFは、世界全体で殺害された記者は57人で前年から18.8%増加したと報告。ウクライナでの戦争が主な要因だが、殺害のほぼ半分はなお米州で発生していると指摘した。

特に、ハイチやニカラグア、ブラジルなどの暴力多発国では、組織犯罪やギャング、汚職の調査取材が最も危険だという。

またリポートは、ブラジルでアマゾンの森林破壊や違法伐採の取材中に3人の記者が殺害された事件にも言及。世界ではメディア従事員49人が行方不明になり、65人が拉致されたと報告した。【12月15日 ロイター】
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麻薬組織ボスが英雄視されるような社会にあっては、一般の犯罪に関してもハードルが低くなります。暴力で問題を解決するのが普通のような風潮も生まれてきます。

****男性が生きたまま焼かれる 私刑相次ぐメキシコ****
メキシコ南部チアパス州の先住民族コミュニティーで29日、自動車窃盗の疑いを掛けられた男性が生きたまま火を付けられ殺害されたとみられる事件が発生した。同国では私刑が相次いでいる。

チアパス州の検察当局によると、事件が起きたのは先住民族ツォツィル人が暮らすサンティアゴエルピナール。遺体で発見された男性は全身にひどいやけどを負っており、殺人事件として捜査しているという。

同州では先週、5人の若者が自動車窃盗の疑いを掛けられ、バスケットゴールのリングに裸で数時間つるされたとされる事件が起きたばかり。

非営利団体コモン・コーズによると、メキシコでは私刑が毎年数百件起きており、2021年には42人が死亡した。
専門家はこうした事態について、犯罪がはびこっているにもかかわらず犯人が処罰されないとの認識が広がっていることが一因だと指摘している。 【12月31日 AFP】
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【兵士数千人が参加する、「麻薬王」息子の拘束作戦 組織側の報復で騒然とした状況も】
そのメキシコにあって、「麻薬王」エル・チャポの息子が5日、当局によって逮捕されましたが、麻薬組織側の激しい報復で現地では騒然とした状況にもなっているようです。

****「麻薬王」の息子逮捕 米大統領の訪問直前―メキシコ****
メキシコ治安当局は5日、「麻薬王」ホアキン・グスマン(通称エルチャポ)受刑者の息子オビディオ・グスマン容疑者(32)を拘束した。バイデン米大統領のメキシコ訪問直前の逮捕となった。

サンドバル国防相によると、オビディオ容疑者は北西部シナロア州クリアカンで拘束され、軍用機でメキシコ市に移送された。

拘束後、クリアカンでは銃撃や放火が発生。シナロア州知事は、学校は休校、スポーツ行事も中止したが、1人が死亡、少なくとも28人が負傷したと明らかにした。
オビディオ容疑者は収監中の父に代わって麻薬密輸を統率し、数々の殺人を命じた容疑で米当局からも追われている。米国は、拘束につながる情報に最大500万ドル(6億7000万円)の懸賞金を提示していた。【1月6日 時事】
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拘束作戦では、麻薬組織側はマシンガンで応戦、治安当局が武装ヘリコプターを投入するなど激しい銃撃戦となったようです。

****「麻薬王」の息子拘束作戦、29人死亡 メキシコ****
メキシコのルイス・クレセンシオ・サンドバル国防相は6日、麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の息子、オビディオ・グスマン容疑者を5日に拘束する際に発生した銃撃戦の死者は計29人に上ると明らかにした。

北西部シナロア州クリアカンで行われた拘束作戦には兵士数千人が参加。「エル・ラトン(ネズミの意)」ことオビディオ容疑者を奪還しようとする麻薬カルテル側と銃撃戦となり、現場はさながら戦場の様相を呈した。

国防相によると、オビディオ容疑者を拘束した後に歩兵大隊が攻撃を受け、指揮官らが殺害された。政府側は10人が死亡、35人が負傷。カルテル側は19人が死亡、21人が拘束された。

さらに、カルテルの構成員がクリアカン国際空港を襲撃し、離陸しようとしていた民間機1機とメキシコ空軍機2機が銃撃を受けた。

空軍機は「かなりの衝撃」を受けたため、緊急着陸を余儀なくされた。負傷者は出ておらず、同空港は6日に運航を再開した。

オビディオ容疑者はクリアカンで拘束された後、首都メキシコ市を経由して中部のアルティプラーノ刑務所に移送された。同刑務所は厳戒態勢が敷かれているが、米国で服役しているホアキン受刑者はかつて脱獄したことがある。 【1月7日 AFP】AFPBB News
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個人的には、兵士数千人が参加するような拘束作戦が組織側に情報が漏れることなく行われた事の方が驚きです。
麻薬組織と権力の癒着というのは、言われているほどはひどくない・・・・のでしょうか?

なお、“治安当局は2019年にグスマン被告を拘束したものの、当時も麻薬組織による反発が広がり、報復のおそれがあることから大統領の指示で釈放されていました。”【1月6日 TBS NEWS DIG】

今回の麻薬組織側の報復も、上記のような線を狙ってのものでしょうが、政府当局も同じ失敗を繰り返すのは致命傷となりますので、そこは“覚悟”したうえでの作戦実行だった・・・のでしょう。(想像ですが)
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イラン  「ヒジャブ」問題に端を発した抗議デモ 現体制を終わらせる事態になりうるのか?

2023-01-06 22:11:55 | イラン
(マフサ・アミニさんの死から40日目、アイチ墓地に数千人が向かう様子。2022年10月にツイッターに投稿された写真。【1月3日 ARAB NEWS】)

【長引く「ヒジャブ」に端を発した抗議デモ】
イランでは、22歳の女性が髪を隠す布「ヒジャブ」の「不適切」着用を理由に逮捕され、急死した事件を受けた抗議デモが3カ月以上続いています。

単に、死亡した女性の問題、あるいは、「ヒジャブ」の問題にとどまらず、デモ参加者は「自由」を求め、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」といったスローガンが叫ばれ、現体制そのものへの抗議にもなっています。

最高指導者ハメネイ師は、デモ隊の一部はアメリカに扇動された「暴徒」だと断じ、警察官や革命防衛隊の傘下にある民兵組織「バシジ」が銃器も使ってデモ鎮圧を図ってきました。

死傷者は増え続けており、ノルウェー拠点の人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」によると、2022年12月17日時点で、デモ参加者ら計469人が死亡。一方、治安部隊の犠牲も出ており、イラン地元紙は同10日、計60人以上の治安部隊員が死亡したと報じています。【日系メディアより】

情報統制が厳しいイラン国内のことですから、犠牲者はもっと多い可能性もあります。

抗議行動が収まらないなかで、デモの対応にあたる治安部隊の間で「疲れ」が出ている、「治安部隊にとってもデモの終わりが見えず、自分たちが危険な目に遭う恐れが増している。隊員の間で疲弊感が漂い始めている可能性はある」(在テヘランの外交関係者)といった情報も伝えられています。

体制側も“引き締め”を図っています。

****イラン、対米批判強め結束誇示 精鋭部隊司令官殺害から3年****
イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官が米軍に殺害されてから3年となった3日、ソレイマニ氏の出身地ケルマンにある墓には大勢の市民が訪れ、祈りをささげた。

イラン指導部は各地で追悼式を開いて、体制への抗議デモを支援する米国に対する批判を強め、保守強硬派を中心とした市民の結束を内外に誇示した。

市民は墓に白い花を手向けたほか、手を置いたり口づけをしたりして追悼した。ソレイマニ氏は過激派組織「イスラム国」(IS)に対峙した英雄として国民の人気が高い。

米軍は2020年1月3日にソレイマニ氏らをイラクで殺害した。【1月3日 共同】
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【「イスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない」との見方】
昨年12月にはイランの検事総長が、国民に不評で今回問題の発端となった道徳警察の廃止に言及すような“体制側の譲歩”とも見えるような動きもありましたが、今後の焦点は、長引く抗議行動で現体制が危機に瀕するようなことがあるのか・・・という点になります。

これに関しては、論者によって差があります。“差”というより、どの側面を重視してものを言うか・・・ということでしょう。

下記は、“今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない”という趣旨の記事です。

****続くイラン抗議デモ だが革命体制崩壊は希望的観測****
米ヴァージニア工科大学のイスファハーニ教授が、Project Syndicateのウェブサイトに、最近のイランの反政府デモについて‘Iran’s Conservative Tightrope’と題する論説を寄稿し、今回の反政府デモがイスラム革命体制を脅かすとは思われないと断言する一方、イラン革命後、女性の教育水準が高くなっているにもかかわらず、保守強硬派は、服装規定を女性に強要しようとして今回のデモを招いたなどと指摘している。要旨は次の通り。

イランのデモはテヘランから田舎に拡大し、その要求も道徳警察に対する抗議から、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」に変わった。

しかし、今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない。国外の敵(サウジアラビア、イスラエル、米国)は、国内の異なる勢力を団結させることを助けている。

過去20年間以上、イランの改革派(ハタミ元大統領やロウハニ前大統領)は、限られた成果だがイスラム共和国をより寛容なものとするべく努力してきた。

苛立った保守強硬派は、真のイスラム革命とは何かを国民に分からせ、地域の覇権国家としてのイランの立場を確実にすることを期待し、非常に保守的なライシ師を大統領に当選させた。しかし、ライシ大統領は権限も経験も欠いている。

ヒジャブ着用の強制をめぐり、若い女性たちと体制側との緊張は徐々に高まっていたが、保守強硬派は注意を払っていなかった。多くの保守強硬派は、かえって、今こそ緩んだ1983年のヒジャブの着用規定のタガを締める時だと考え、公共の場での女性に対する監視を強めた。

しかし、1983年と比べイランの社会は変化している。かつてイラン女性は、高等教育を受けず、外で働かずに6〜8人の子供をもうけていたが、現在では、子供の数は平均2人で、20代の女性の38%が高等教育を受けている(同世代の男性は33%)。彼女たちは、道徳警察に逮捕され、再教育施設に入れられることは我慢できない。

10年間にわたる経済政策の失敗は、イランの若者達の怒りを蓄積させている。イランの大学の卒業生は、最初の職につくまで平均2年半も待たされている。ほとんどの20代後半のイラン人は、金銭的に自分達の家庭を作れず両親と同居している。

体制側は、反政府デモを沈静化させるには、大幅な経済成長の実現よりも嫌われ者の道徳警察を廃止する方が遥かに簡単であると考えるだろう。(中略)

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多くの欧米のメディアは、問題児のイランのイスラム革命体制が倒れて欲しいという希望的観測に基づいて、ヒジャブ着用問題から始まった反政府デモの記事を書いているが、上記の考察は、状況を冷静に指摘している。

例えば、「今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない」と論じているが、これには同意できる。

また、サウジやイスラエルなどの反政府デモを支持している外国勢力がイラン国内で不評であり、かえって国内の団結を高めているという指摘や、イランの女性は1980年代には教育水準が低くかったが現在では男性よりも高等教育を受けているのでヒジャブの着用を強制されることは耐えがたく感じているという指摘は、非常に参考になる。

12月4日、イランの検事総長が道徳警察の廃止に言及し、また、ヒジャブ着用規定についても見直しが進められているという報道が流れている。しかし、この体制側の譲歩について、今回の反政府デモでいよいよイスラム革命体制がぐらつき、譲歩を強いられたと考えるのは早計であろう。

デモの限界を見透かすイラン当局
むしろ、12月初めにクルド人地域で革命防衛隊がかなり強硬な反体制デモ弾圧を行い、9日には反体制デモ関係者1名が処刑されたことに見られるように、体制側は反体制デモの限界を見極めた上で、事態の収拾に動き始めたと見られる。

今回の道徳警察の廃止も、反体制デモからデモのきっかけとなった女性達を引き離す効果を狙っての戦術と思われる。

反体制デモ側は、12月5日から全土で3日間のゼネストを呼びかけ、バザール(市場)の商店が閉まっている写真が一部の西側メディアで取り上げられているが、それ以上のニュースになっていない。西側メデイアの期待と裏腹に、全国的なゼネストは失敗したのであろう。

40年以上かけて構築されたイスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない。もちろん、国民をあからさまに抑圧する現在の保守強硬派一色に染まった独裁体制が、永遠に続くとも思えないが、今はその時ではない。

なお、保守強硬派のアフマディネジャド元大統領が、保守強硬派の支持者を裏切って、より広汎な個人の自由と道徳警察の廃止を訴えているらしいが、元大統領の真意は不明である。そもそも今回の反体制デモのきっかけとなった道徳警察は、同元大統領の時代に設置されたものである。【1月6日 WEDGE】
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【他の要因も加わって不測の事態もありうるとの見方も】
一方で、体制にはかつてない圧力がかかっており、「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」「弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」と、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得るとする見方も。

****2023年展望:イラン体制の未来が危機に瀕している理由****
ワシントンD.C.:「マールギュ・バール・ディクタトール(独裁者に死を)」― イラン・イスラム共和国のほぼ全土を覆い尽くしたデモの大波のスローガンとなっている言葉だ。

報道機関は依然として国家の国内治安当局の厳しい統制下に置かれているものの、学校でのデモ、エネルギー施設でのストライキ、テヘランからアフヴァーズまでの主要道路沿いの集会などをスマートフォンで撮影した解像度の低い動画が、イランの最高指導者アリー・ハメネイ師による支配をかつてないほどに揺さぶっている。

イラン体制が大きな挑戦に直面するのは2009年の「グリーン革命」以来だ。当時、ソーシャルメディアがリアルタイムのアクセスと、不満を抱え改革を求めるイランの若者たちのために大いに必要とされていた声を提供できるようになった時代に巻き起こったこの運動は、世界の想像力を捉えた。

2009年のデモに対するマフムード・アフマディネジャド大統領(当時)の体制の対応は残忍かつ迅速なものだった。
「イスラム革命」の限界点と思われた状況に世界は魅了されたものの、改革を求める声に応えたのは異常なまでの残忍さと大量殺人だった。それを実行したのは、政府の私服準軍事支部「バスィージ」と、革命防衛隊(IRGC)の特別部隊「パサドラン」だ。

イラン国内のデモ参加者たちはこれまでと同じく決意を固めている。「モジャヘディネ・ハルグ」の抵抗部隊のメンバーでイランの都市ラシュトから来たアテフェさん(32)は、「(イラン)国民の利益に反する体制のせいで貧困、破壊、着服が蔓延していること」が「反乱とデモのスピードと進展を加速させている」原動力だと語った。「この3ヶ月でイランは完全に変わりました」

ハメネイ師の治安部隊は今回ばかりは、持続的な全国的反乱となりつつあるデモを鎮圧するために以前と同じ戦略は使えないかもしれないと、観測筋や専門家は見る。

米国を拠点とする「民主主義防衛財団」のイランアナリストであるサイード・ガセミネジャド氏はアラブニュースに対し、ハメネイ師の体制が終焉を迎えるのは時間の問題だという考えを示した。

イラン体制による弾圧の犠牲者の写真を載せたプラカード。今月、パリのフランス国民議会の近く。(AFP)同氏は次のように語った。

「体制とイラン国民大多数の間には血の海が広がっている。改革計画の失敗を30年間経験し続けているから、政治改革だろうが経済改革だろうが社会改革だろうが、国民はもはや改革という神話を信じていない。体制が置かれているのは、デモに譲歩すればほぼ間違いなく自らの終焉を早めることになるという状況だ」

これまでイランでは、身体的・性的暴力や、変革を求める人々の処刑・大量逮捕は、経済・社会環境の改善を間もなく行うという約束と同時に行われてきた。しかし、この戦術も自然消滅したようで、妥協の可能性は低くなっている。

ガセミネジャド氏は次のように語った。「残忍な暴力の行使が体制の唯一の選択肢となっている。今のところそれは功を奏していない。たとえ一時的に効き目があったとしても、過去5年間に見られたように、あらゆるデモの後にはさらに大きいデモが起こるのだ」

それでは、2023年には1979年に始まった体制が崩壊するのだろうか。

そのような帰結もあり得ないとは言えなくなっている。IRGCが国民のデモを鎮圧しようとして暴力の行使を独占しているかもしれないが、他の要因も作用し始めており、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得る。

ガセミネジャド氏は、「2023年には様々な要因によってイスラム共和国の運命が決まる」と予想する。
「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」

体制に対して突然ショックが与えられることもあり得る。ハメネイ師はもはやIRGCの精鋭部隊「コッズ部隊」元司令官のガーセム・ソレイマニ氏に頼ることはできない。2020年にバグダッドで米国のドローン攻撃により殺害されたからだ。(中略)

イラン体制はこれまで国内で、虐殺と政治的機敏性の合わせ技でこうした困難を乗り越えることができていたが、あらゆる階層の様々な思想的背景を持つ国民が直面している悲惨な経済状況が、支配層エリートに大きな存続の危機を突きつけるかもしれない。

ワシントンD.C.を拠点とする「戦争研究所」が最近発表したレポートは次のように述べている。「イラン経済は潜在的に重大な混乱の時期に入りつつあるようだ。最近になってデモの調整役やソーシャルメディアユーザーはイラン国民に対し、至急銀行預金を引き出し金(きん)を購入するよう呼びかけている」

「アメリカン・エンタープライズ研究所」で重大脅威プロジェクトの責任者を務めるフレッド・ケイガン氏は、イラン通貨の急激な下落によって前例のないインフレが進んでおり、銀行システムに深刻な負荷がかかっていると指摘する。

マクロ経済的トレンドとデモが相まって、経済の主要部門の大部分を掌握してきたハメネイ師とIRGC(革命防衛隊)は従来のビジネスの扱い方の再考を余儀なくされている。

ケイガン氏はアラブニュースに対し次のように語った。「この状況がどこに向かっているか、あるいはどれほど酷くなるかを判断するのは時期尚早だと考えている。しかし、体制が既に国民に対して行っている犯罪や、弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」

テヘランおよびイラン全土で続いているデモは、最高指導者アリー・ハメネイ師とその体制にかつてないほどの圧力をかけている。(UGC/AFP)同氏は、現在のデモは以前のものよりも良く組織されており、より持久力があると考える。

体制は銀行部門の支払い能力を維持することの重要性には特に意識的だ。銀行部門は、IRGCや、ハメネイ師が頼っている主要な支配層エリート家系を潤してきた慈善財団「ボニャド」と深く繋がっているからだ。

ケイガン氏は次のように語った。「イラン体制は自国の外貨準備を使用して銀行を救済せざるを得なくなる可能性に直面するかもしれない(…)デモ参加者たちは既に、協調的なストライキやボイコットを利用して限定的な経済的混乱を引き起こす実験をしている」

また、デモに対する体制の対応は最終的に、より的を絞ったアプローチの一環として銀行口座や引き出しの凍結にまで拡大するかもしれない。しかし、そのような取り組みによって「体制にとって非常に問題となるような形で連鎖が始まる可能性がある」とケイガン氏は言う。

体制を維持している経済的エンジンは、イランのより広範な地政学的野心と密接に絡み合っている。ロシアのウクライナでの戦争機構を支援するためのシャヘドドローンの販売・輸出により、大いに必要としている資金を稼いでいるのだ。エネルギー輸出は、国内の前例のない混乱の中で体制が存続するのに十分な外貨準備をもたらし続けていると、ガセミネジャド氏は言う。

同氏は次のように語った。「イランは現在も日量110万バレル以上の石油を輸出しており、非石油輸出もまだ堅調だ。人権侵害者に的を絞って象徴的な制裁を科すのは結構なことだが、体制の弾圧機構の資金源となる収入を断つことを主要な優先事項の一つとすべきだ」

ハメネイ師とその後継者は難局を乗り切ることができる可能性もある。過去を振り返ると、国際社会、特に西欧は、イランの国内外での行動を非難した後にこぞって同国とビジネスをしていた。

しかし、経済が急激に悪化し、失うものはほとんどないと言うイラン国民がますます増える中、2009年には暴力的に鎮圧された変革のチャンスが2023年には訪れるかもしれない。【1月3日 ARAB NEWS】
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抗議行動だけでは体制は倒れないという点では、前出【WEDGE】記事とそんな差はないのかもしれませんが、イランと敵対するアラブ系メディアだけに“希望的観測”というか“期待”も幾分こめられているのかも。

国民が体制による残忍な暴力の行使をはねかえし、変革を実現するためには、社会・経済への別のインパクトも加わる必要があるでしょう。
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イスラエル  「最も右寄り」政権の閣僚で極右政党党首の聖地訪問が惹起した緊張

2023-01-05 23:11:45 | 中東情勢
(【1月4日 khb東日本放送】3日、エルサレム旧市街のイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)を訪問するイスラエルのベングビール国家治安相)

【「最も右寄り」とされるネタニヤフ政権発足】
イスラエルで極右勢力を取り込んだイスラエル史上対パレスチナ最強硬内閣がスタートする見込みであること、過去の武力闘争挫折を知らないパレスチナの若者らが新たな過激武装組織を結成していること、イスラエル・パレスチナ双方で過激な勢力が勢いを得て、対立が先鋭化する危険があることなどは、昨年12月3日ブログ“イスラエルでは最強硬内閣発足予定、パレスチナでは若者らが新たな過激組織 再び衝突の危険”でも取り上げました。

事態はそうした懸念を現実のものとする方向で進んでいます。

****イスラエル、ネタニヤフ政権発足へ 民族主義重視、入植地拡大を強調****
イスラエルの右派政党「リクード」党首のネタニヤフ元首相は29日、極右、宗教政党との連立政権を正式に発足させる。ネタニヤフ氏は2021年以来、約1年半ぶりの首相復帰となる。

イスラエルでのユダヤ人の優位性や国際法違反とされるユダヤ人入植地の拡大などを掲げ、民族主義を重視する政権となる見込みで、国際社会とのあつれきは避けられない。

リクードと極右、宗教政党は11月の総選挙で勝利した後、約2カ月にわたって連立のための政策協議を続けてきた。政権発足に先立ち、ネタニヤフ氏が28日に発表した「政権の方針」によると、人口の7割以上を占めるユダヤ人がイスラエルで独占的な権利を持つことや、占領を続けるヨルダン川西岸やゴラン高原などで入植地を拡大することを強調。

一方で、イスラエルの安全保障を維持しつつ、近隣地域や隣国との平和を促進し、格差の是正や貧困問題などに取り組むとした。

極右政党党首のベングビール氏は新設される「国家安全相」に就任。警察やヨルダン川西岸で活動する国境警察を管轄し、警察の政策に介入できる。ベングビール氏は、警察の銃の使用条件を緩和する意向を示しており、警察とパレスチナ人との衝突が激しくなる可能性がある。

別の極右政党党首であるスモトリッチ氏は財務相と副国防相を兼任し、ヨルダン川西岸の一部地域で入植地の建設に権限を持つ。

また、19年に汚職疑惑で起訴されたネタニヤフ氏は、裁判所の判決を国会で「無効化」できる法律の制定を検討。法相には司法「改革」に積極的な人物を据えた。

ネタニヤフ氏は新政権について、国際社会の懸念を振り払おうとしている。今月、サウジアラビア資本の衛星テレビ局「アルアラビーヤ」のインタビューで、極右政治家は選挙で勝利後、「穏健になっている」と強調。首相となるネタニヤフ氏が彼らの「かじ取りをする」と主張している。

また、20年にアラブ首長国連邦(UAE)などとの国交正常化を果たしているネタニヤフ氏は、次の目標を「サウジとの国交正常化」であると宣言。サウジと関係を回復すれば、イスラエルとパレスチナの和平も促進されるとの自説を展開している。

だがイスラム教スンニ派の「盟主」であるサウジは、イスラム教シーア派国家のイランに対抗するためイスラエルと水面下でやり取りしているものの、国交正常化のためには「パレスチナ問題の解決が先」との姿勢を崩していない。また、ヨルダン川西岸で入植地が拡大されれば、サウジなどのアラブ諸国の反発は避けられず、新政権の戦略は不透明だ。

パレスチナとの「2国家共存」を主張する欧米諸国との関係も見通せない。新政権はパレスチナとの交渉には消極的で、同盟国・米国は新政権を「政策で評価する」姿勢を示す。

対イランを巡っては、米国が核合意の復活を目指す一方、ネタニヤフ氏は強く反対。ネタニヤフ氏はイランの核開発が進んだ場合、米国への事前通告なしでイランを攻撃する可能性も示唆しており、米国は警戒を強めている。

ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、イスラエルは「中立」を保ちつつ、米国の圧力を受けてウクライナへの支援も一部実施してきた。だがネタニヤフ氏はプーチン露大統領との関係が良好で、今後の動きが注目される。【12月29日 毎日】
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【国連総会の本会議で、パレスチナ人らの権利侵害などについて国際司法裁判所(ICJ)に見解を示すよう求める決議採択】
こうした「最も右寄り」とされる対パレスチナ強硬政権の成立を懸念するアラブ諸国などの懸念を反映して、国連ではイスラエルのパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区などへの占領政策をめぐり、国連総会の本会議で、パレスチナ人らの権利侵害などについて国際司法裁判所(ICJ)に見解を示すよう求める決議が採択されました。

****イスラエル占領で意見要請 国連総会、国際司法裁に****
国連総会本会議は30日、イスラエルによる東エルサレムとヨルダン川西岸の占領に関し、国際司法裁判所(ICJ)に意見を求める決議案を87カ国の賛成で採択した。イスラエルや米国、英国など26カ国が反対し、日本を含む53カ国が棄権した。

決議は国際法を考慮した上で、国連や加盟国にとってイスラエルの占領政策によるパレスチナ人の権利侵害がどのような法的問題をはらむのか、ICJに見解を示すよう要請した。

パレスチナのマンスール国連大使は採択後「国際法と平和を信じているのであればICJの意見を支持し、イスラエル政府に立ち向かうべきだ」と訴えた。【12月31日 共同】
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賛成国には中国・ロシアも含まれています。

国際司法裁判所(ICJ)の見解に法的な拘束力はないが、権威ある司法的な見解として尊重されます。
2003年にも、イスラエルが占領地に「テロ」防止の名目で建設する「分離壁」について、国連総会はICJに見解を示すよう要求。翌年にICJは国際法違反と判断。イスラエルはこれを受け入れていません。

今回の決議に対してネタニヤフ首相は声明で、占領を否定した上で、「イスラエル政府はこの決議に縛られない」としています。【日系メディアより】

イスラエルの同盟国アメリカも、イスラエル新内閣の「2国家共存」を否定するような強硬路線には懸念を持っており、改めてバイデン政権が「2国家共存」の考えであることをイスラエル新内閣に伝えています。

****「2国家共存」支持強調=イスラエル新外相と電話会談―米長官****
ブリンケン米国務長官は2日、イスラエルのコーヘン新外相と電話会談し、就任に祝意を表明した。その上で、パレスチナ国家樹立を認める「2国家共存」への米国の支持を改めて表明し、実現を危うくする政策に反対すると強調した。国務省が発表した。【1月3日 時事】
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【新政権の国家治安相で極右政党「ユダヤの力」党首のベングビール氏が「神殿の丘」訪問】
上記のような国際社会がイスラエル新政権への懸念を有するなかで、周知のように、新政権の国家治安相で、極右政党「ユダヤの力」党首のベングビール氏が3日、エルサレムにあるイスラム教とユダヤ教双方の聖地「神殿の丘」を訪問しました。ベングビール氏はこれまでも同地を訪問していますが、閣僚就任後は初めて。

ユダヤ教で「神殿の丘」とされる“聖地”は、イスラム教では「ハラム・シャリーフ」と呼ばれる場所で、イスラム教徒にとっても“聖地”。

同地がある東エルサレムは、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領しましたが、区域の管理はイスラエル側と占領前に統治していたヨルダンとの合意で、ヨルダン政府傘下の組織が行ってきました。

聖地で礼拝ができるのはイスラム教徒のみで、ユダヤ教徒や他の宗教の信者は「訪れることはできるが、礼拝は認めない」という取り決めがあります。ベングビール氏はこの現状を変更し、ユダヤ教徒の礼拝を認めるように訴えてきました。

“地元メディアによると、同氏はこの日午前7時ごろに訪れ、治安部隊に守られながら、敷地内に約13分間滞在したという。同氏はこれまでも繰り返し訪れてきたが、閣僚になってからは初めて。この時間にイスラム教の礼拝者はほとんどおらず、衝突などは起きなかったという。”【日系メディア】

ただ、パレスチナ側は強く反発しています。

****イスラエル極右閣僚が聖地訪問、パレスチナ側は猛反発****
イスラエル極右政党「ユダヤの力」党首でネタニヤフ新政権の国家治安相に就任したベングビール氏が3日、エルサレムにあるイスラム教とユダヤ教双方の聖地「神殿の丘」を訪問し、パレスチナ自治政府が猛反発するなど波紋を広げている。

ベングビール氏はツイッターに「神殿の丘は全ての人に開かれている」と投稿。ユダヤの力はかねてから、ヨルダン政府傘下のイスラム組織が管理し、ユダヤ教徒に訪問だけを認めている神殿の丘について、礼拝を認めるよう主張してきた。

昨年、ヨルダン川西岸地区などで幾つかの問題を巡ってイスラエル軍とパレスチナ側が暴力的な衝突を繰り返してきただけに、ベングビール氏の訪問で両者の緊張が一層高まることが懸念されている。

パレスチナ公式メディアWAFAが発表した声明によると、自治政府のアッバス議長は国連安全保障理事会に非難決議を求める意向だ。

国連のグテレス事務総長は神殿の丘やその周辺で緊張をエスカレートさせかねない動きを慎むよう求めている、と国連の副報道官は明らかにした。

米国家安全保障会議の広報担当者も、エルサレムの聖地の現状維持を損なうような一方的な行動は認められないと述べた。

一方イスラエル首相府高官の1人は、ネタニヤフ首相は神殿の丘でイスラム教徒のみに礼拝を認めている現状の取り組みを全面的に守る意思があると強調し、事態鎮静化に努めている。【1月4日 ロイター】
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欧米を含む各国から懸念や反発の声が上がった背景には、第2次インティファーダ(反イスラエル民衆蜂起)の経験があります。

2000年、当時野党だったリクード党首のシャロン元首相がこの区域を訪れたことをきっかけに、イスラエル治安部隊とパレスチナ人による軍事衝突が発生。インティファーダは5年近く続き、多くの犠牲者を出しました。

更に、ベングビール氏は一昨年も集団で「神殿の丘」を訪れ、パレスチナ人と衝突、ハマスが参戦する戦争の要因ともなっています。

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同党首(ベングビール氏)は昨年、東エルサレムのアラブ人の聖地「ハラム・シャリーフ」に集団で立ち入り、パレスチナ人と衝突した。この場所はユダヤ人にとっても「神殿の丘」と呼ばれる聖地だが、歴代政権はユダヤ人の立ち入りを抑制してきた。この衝突にパレスチナ自治区ガザのイスラム武装組織ハマスが参戦、11日間にわたる戦争の要因になった。

ベングビール氏は選挙でも、パレスチナ人を銃撃するイスラエル軍兵士の免責、国家に忠誠を誓わないパレスチナ人の国外追放、自治区西岸の併合などを主張、パレスチナ問題に強行方針を繰り返した。

そもそも同氏は人種差別主義を標榜した組織の出身。そのあまりの過激な言動で、イスラエル軍への入隊を拒否された経歴の持ち主だ。

94年にパレスチナ人29人を殺害したユダヤ系米国人の肖像写真を長年自宅に飾っていたことも有名だ。【2022年11月6日 WEDGE】
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イスラエル首相府は3日、これまでにも閣僚による訪問はあったとした上で、聖地の扱いについて「従来の方針を維持し、いかなる変更も行わない」とする声明を出しています。

ただ、ベングビール氏がネタニヤフ首相に知らせずに単独行動を行ったとは考えにくいので、おそらくネタニヤフ首相黙認のもとで行われた「神殿の丘」だったのでしょう。結果、大騒ぎになることも承知のうえでの黙認だったのでしょう。

日本の閣僚による靖国参拝に似たような微妙な政治マターですが、ネタニヤフ首相として保守の立場上、「行くな」とは言えないし、おそらくベングビール氏との連立を決めた時点で合意がなされていた問題でしょう。

とは言え、“次の目標を「サウジとの国交正常化」であると宣言”しているネタニヤフ首相としては、こうした極右閣僚の行動は悩ましいところかも。

イスラエル国内には、(復権のために極右と連立はしたものの)しかるべき時期にネタニヤフ首相は極右を切り捨てて穏健・中道派と手を組むのでは・・・との見方もあるようです。

いまのところ、パレスチナ側の報復的な反応は下記記事にあるぐらいに収まっています。

****ガザからロケット弾発射=閣僚の聖地訪問に対抗か***
イスラエル軍は3日、パレスチナ自治区ガザからロケット弾1発が発射され、自治区内に着弾したと発表した。

ネタニヤフ新政権のベングビール国家治安相が同日、エルサレムの旧市街にあるイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)を訪問。これに反発したいずれかの武装組織が対抗措置として撃った可能性がある。【1月4日 時事】 
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【日本が議長となる安保理審議】
ロイター通信は4日、アラブ首長国連邦(UAE)と中国が、国連安全保障理事会に対し、ベングビール氏の訪問についての公開会合を開くよう要請した、と報じています。

中国の名前が出ているところが興味深いところ。中国はイスラエルの技術力に関心があるところでしょうが、「アラブの大義」を尊重し、アラブ諸国に寄りそうというこれまでの外交方針のようです。

安保理審議(5日開催とも)となると、どこまでイスラエル非難を強調するのか、1月の議長国である(先日、非常任理事国に選出された)日本のかじ取りも注目されます。

****エルサレムに関する安保理審議****
(中略)アラビア語メディアはいずれも、アラブ及ぶイスラム協力機構の国連大使約50名が3日国連に安保理議長(1月の議長は日本)を訪問し、イスラエル国家安全保障相の訪問を非難すると共に、この問題を議論するために5日午後安保理を開催することを要請したと報じています。(中略)

この問題は、今年から安保理非常任理事国となった日本にとり、初の大きな挑戦かと思いますが、とりあえずは国際社会の圧倒的多数は勿論、バイデン大統領も同地の現状変更に反対としており、今回の安保理審議では大きな確執とはならなそうな気がしますが,仮にアラブ諸国やイスラム諸国、さらには中ロ等が決議案の中にイスラエル非難の文言を明確に入れようとすると、イスラエルと米等との間で確執が生じる可能性が強く、議長たる日本の采配ぶりが注目されます。

いずれにせよ今年は、パレスチナ問題が国連での大きなもんだとなる年となりそうです。【1月5日 中東の窓】
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ミャンマー  軍事政権、ロヒンギャ排斥を煽る“怪僧”ウィラトゥ師を表彰 民主派若者の悲痛な叫び

2023-01-04 23:04:38 | ミャンマー
(ミャンマーの首都ネピドーで、ミンアウンフライン国軍総司令官(右手前)から称号を授与されるウィラトゥ師(左手前)【1月4日AFP】)

【スー・チー氏裁判結審 選挙前に民主派一掃を狙う】
ミャンマーでは軍事政権によるアウン・サン・スー・チー氏に関する19件すべての裁判が結審しました。禁固刑は合計で33年。今年8月までに行われる予定の「民主的選挙」前にスー・チーら民主派勢力の一掃を図る軍事政権の狙いがあるとのこと。

****ミャンマー、スー・チーの裁判が結審 禁固刑合計33年で政治生命絶つ狙いか****
<軍政主導の「民主的選挙」前にスー・チーら民主派勢力の一掃を図る?>

ミャンマーで軍事政権の強い影響下にある首都ネピドーの裁判所は12月30日、2021年2月1日の軍によるクーデターが起きるまで民主政府の実質的指導者だったアウン・サン・スー・チー氏に対し汚職などの容疑5件について禁固7年の実刑判決を言い渡した。

これでスー・チー氏の裁判は19件すべての審理が結審したことになり、言い渡された禁固刑の合計は33年となった。

ミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍事政権は2023年8月までに「民主的選挙」を実施することを発表しており、年内にスー・チー氏の裁判をすべて終えて、2023年からは選挙実施に専念したいとの軍政の意向が12月30日の「全ての裁判で結審、判決」に反映したとみられている。

クーデター発生当日にネピドーの自宅で身柄を拘束されて以来、スー・チー氏は自宅軟禁下に置かれ、その後ネピドー郊外の刑務所に収監となり、19件の容疑で訴追され被告の身となっていた。この間1度だけ法廷でのスー・チー氏の写真が公開されたものの、消息や動向は弁護士を通じて伝えられるだけだった。

そして刑務所収監後は刑務所内の特別法廷で裁判が続き、独房での様子が断片的に漏れてくるだけだった。健康問題には変化ないものの、自宅軟禁時に一緒だった馴染みのお手伝いさんや愛犬の「同行」は許されず、孤独な日々を送っていたという。

また裁判所が弁護団に対して「法廷での被告の様子を海外メディアなどの部外者に公表することを禁ずる」と命じたため、スー・チー氏の健康状態を含めた状況はほとんど外部に伝えられることはなくなってしまった。

弁護団は以前、スー・チー氏は訴追されたすべての裁判で「事実無根である」として容疑を全面的に否定していることを明らかにしていた。

このため公判でスー・チー氏は無罪を主張したものの、軍政の意向を反映して公平、公正な裁判とはかけ離れた審理が進められた。その結果スー・チー氏は訴追されたすべての裁判で有罪となり禁固刑という実刑判決を受けた。

軍政は2023年に「民主的選挙」を計画しているが、スー・チー氏や民主政府の与党でスー・チー氏が率いていた「国民民主連盟(NLD)」関係者らの参加を阻止し、スー・チー氏の政治生命を完全に絶ち、民主派勢力の動きを封じ込めたい考えだ。今回の禁固刑の判決もこうした軍政の意向が色濃く反映された結果になったといえる。

抵抗勢力との戦闘激化
軍によるクーデター発生から間もなく2年を迎えるミャンマーだが、国内の治安は依然として不安定は状態が続いている。

これは国境周辺を拠点とする少数民族武装勢力やクーデター発生後に民主派が組織した反軍政組織「国民統一政府(NUG)」が組織した武装市民勢力「国民防衛軍(PDF)」が各地で軍と戦闘を続けていることが主な要因だ。

軍政は力による抵抗勢力掃討に力を入れるあまり、無実、非武装、無抵抗の一般市民が多数戦闘に巻き込まれ、暴行、拷問、虐殺といった人権侵害が多数発生する事態になっている。【12月30日 大塚智彦氏(フリージャーナリスト) Newsweek】
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【軍事政権 ロヒンギャ排斥を煽る“怪僧”ウィラトゥ師を表彰】
軍事政権は一方で独立記念日に大規模な恩赦も行うとのこと。イメージアップのためでしょうか。政治犯が対象になるかは不明です。

****ミャンマー軍事政権、独立記念日で7000人恩赦 政治犯含むか不明****
ミャンマーの国営放送MRTVは4日、軍事政権が同国の独立記念日に際して7012人に恩赦を与えると報じた。

報道によると、殺人や性的暴行で有罪判決を受けた者や、爆発物、不法結社、武器、麻薬、汚職など関する罪で収監された者は今回の恩赦い含まれないとしている。政治犯が対象になるかどうかは明らかでない。(中略)

ミンアウンフライン国軍最高司令官は独立記念日の演説で「あらゆる圧力、批判、攻撃の中で(ミャンマーに)積極的に協力してくれた国や組織、個人に感謝の意を表したい」と述べた。

「われわれは中国、インド、タイ、ラオス、バングラデシュといった近隣諸国と緊密に連携している。国境の安定と発展のために協力する」と表明した。【1月4日 ロイター】
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個人的に注目したのは、軍事政権が“ある人物”を表彰したことです。

****ミャンマー国軍、「仏教徒のビンラディン」を表彰****
ミャンマー軍政は3日、宗教的憎悪をあおり「仏教徒の(ウサマ・)ビンラディン」とも称される高僧ウィラトゥ師に、称号を授与したと明らかにした。

国軍の情報部門によると、ウィラトゥ師に授与したのは「ミャンマー連邦のために優れた功績を残した」人物に贈られる「ティリピャンチ」。

4日の英国からの独立75年を前に行われた授与式典には、ミンアウンフライン国軍総司令官が出席した。式典ではウィラトゥ師のほか、数百人が称号や賞を授与された。

ウィラトゥ師は、特にイスラム系少数民族ロヒンギャに対する反イスラム的な国粋主義で知られている。 【1月4日 AFP】
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「仏教徒のビンラディン」とも称される“怪僧”ウィラトゥ師については、5年ほど前に何回か取り上げたことがある、イスラム系少数民族ロヒンギャ排斥の指導者です。


“怪僧”ウィラトゥ師は軍事政権・ミンアウンフライン国軍最高司令官とも太いパイプを持つ差別主義者ですが、彼が民衆から支持されるにはそれなりの背景もあります。

****ロヒンギャを弾圧する側の論理****
(中略) ラカイン州はミャンマー南西部を南北に走るアラカン山脈によって、最大都市ヤンゴンから地理的に分断されている。1785年にビルマ人に侵略されるまでアラカン王国という独立国家が栄えていたこともあり、ラカインの文化はミャンマーの多数派であるビルマ人のものとは人きく異なる。
 
ラカイン州はロヒンギャのホームランドだが、6割以上は仏教徒のラカイン人だ。ラカイン人もまたミャンマーの少数民族で、中央政府からの差別や搾取に長年苦しんできた。それ故、ラカイン州の貧困率は78%と全国平均37.5%(世界銀行2014)を大きく上回っており、国内で最も高い。(中略)

イスラム教徒への嫌悪感
そんなラカイン人が不満のはけ口にしているのが、イスラム系少数民族ロヒンギャに対する差別だ。

ロヒンギャの祖先は英国植民地時代にベンガル地方からミャンマーにやって来たと言われているが、70年代後半から不法移民として扱われるようになった。現在は無国籍の状態にあるため、教育や医療、福祉といった基本的な公共サービスにアクセスできず、多くの大が貧困と差別、そして断続的な武力弾圧に苫しんでいる。
 
ラカイン人は普段は礼儀正しく親切だが、ロヒンギャの話題になると急に嫌悪感をむき出しにする。(中略)
 
ミャンマー市民にロヒンギャに対する憎悪を植え付けるのに一役買っているのが、13年に発足した強硬派の仏教徒集団「国家と宗教保護のための委員会(通称マバタ)」だ。マバタの前身は「969運動」と呼ばれた反イスラム団体で、それを扇動してきたのが「ミャンマーのウサマ・ビンラディン」の異名を持つ怪僧アシン・ウィラトゥ(50)である。(中略)

利権に群がる軍と中国
(中略)なぜ、ウィラトゥやマバタはこれほどまでにミャンマーの人々を魅了するのだろうか。シットウェにマバタの僧院を構える仏教僧ウーナンダバータ(51)は、「マバタが地域のセーフティーネットの役目を負っているからだ」と話す。(中略)
 
マバタは貧困者、少数民族被災者、女性に対する支援を積極的に行っている。食糧を施すだけでなく、学校建設に無償教育の提供、女性の積極的な雇用など、その内容は多岐にわたる。
 
ミャンマーで広く信仰されている上座部仏教は、修行の妨げになるという理由から、世俗的な活動を禁止している。ある仏教研究者によれば、戒律の厳守を重んじるミャンマーの仏教界において、僧侶たちが「俗世間の人々」のために奉仕活動をするのは珍しいという。(中略)

ラカイン人には、ビルマ人に対する根強い不信感もある。ラカイン州は、天然ガスや石油などの天然資源が豊富な地域だ。ところが、地理的な遠さやロヒンギャ問題のせいで、民主化前から軍部と深く結び付く中国以外に外資の進出は進んでいない。
 
ラカイン州のリ党であるアラカン国民党(ANP)の書記長フタンアウンチョーによれば、天然資源から生じる利益は中国と中央政府が独占しており、地元ラカイン人にはほとんど還元されていない。

ミャンマー政府とスーチーに対するラカイン人の評価は辛辣だ。フタンアウンチョーもこう不満を吐露した。「われわれは独立以来、ずっと差別に苫しんできた。アウンサンスーチーが返り咲いたときにやっと状況がよくなると思ったが、全く期待外れだった。政府はラカインの開発から得た利益を地元住民に還元すべきだ」
 
その一方で、マバタは信者に貧困の原囚と解決方法を明示してくれる。原因とはイスラム教徒であり、彼らを排斥することが貧困から抜け出す道なのだと。
 
そして、こうしたマバタの活動を支える潤沢な資金の源は、大勢の在家者によるお布施以外に軍部にもある。
ロイター通信によれば、ウィラトウは軍部出身の元宗教相サンシンに重用されてマバタの勢力を拡大した。また、ミャンマー紙イラワジは、ウィラトウと国軍司令官ミンアウンフラインとの間に太いパイプがあると報じている。(中略)

さらに、掃討作戦が起きたロヒンギャの居住地の近くには、中国の投資金融グループ「中国中信集団(CITIC)」が港や経済特区を建設しようとしている。

ミャンマー政府は17年9月、掃討作戦で空いたロヒンギャたちの居住地を「再開発」する目的で管理すると発表した。
 
ミャンマーの宗教対立の原因を「民衆を扇動する過激な仏教僧」と「少数民族を弾圧する無慈悲な多数派」のせいにすることは簡単だ。だが、マバタやウィラトゥもこの搾取構造の駒の1つにすぎないのではないか。

無垢な市民の妄信によって反イスラム運動は拡大し、ロヒンギャ危機は臨界点に達した。解決には、マバタやラカイン人といった表舞台の人間だけでなく、水面下で暗躍する「悪」を追及する必要がある。

そしてマバタの僧侶や市民もまた、自らに問いただすべきではないだろうか。自分の頭で考えることを放棄し、悪の甘言を信じ続けた罪はどれはどの重さなのかと。【2018年11月20日号 Newsweek日本語版】
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いずれにしても、“少数民族ロヒンギャを排斥することが貧困から抜け出す道”と扇動する“怪僧”ウィラトゥ師と実際に虐殺・レイプ・放火でロヒンギャを国から追い出した軍事政権・・・実にわかりやすい組み合わせです。

もっとも、軍事政権にとっては利用価値次第で、前軍事政権下の2003年には、暴動をあおったとして逮捕、投獄されています。

また2019年のスーチー政権下では、集会でスーチー氏について「化粧することや着飾ること、ハイヒールで歩くことしか知らない」などと侮辱発言して逮捕状が出され、1年以上逃亡していましたが、2020年11月に出頭しています。

【手製の武器で戦う民主派若者 「世界はウクライナほどミャンマーに関心を持ってくれない」】
最後に、ミャンマーの現状について、武力闘争で軍事政権に抵抗する民主派若者の声。

****泥沼のミャンマー内戦 若者の悲痛な叫び「ウクライナほど関心を持ってくれない」****
軍事クーデターが起きたミャンマーで、内戦が泥沼化している。空爆など暴力をエスカレートさせる軍。手製の武器で対抗する民主派。「世界はウクライナほどミャンマーに関心を持ってくれない」。ミャンマーの人たちは、忘れられていくことに危機感を抱いている。

■双子の弟を殺害された男性「世界は見て見ぬふりをしている」
2021年に起きたクーデターのあと取材で出会い、いまも連絡を取り合っている20代のミャンマー人男性がいる。男性はいま、母親を最大都市ヤンゴンに残し、父親とともにタイの国境地帯に避難している。民主派勢力に食料や寄付金を届ける活動を続けているという。

男性の双子の弟はクーデターの直後、軍への抗議デモに参加し、治安部隊に射殺された。その2か月後、男性は取材に対し「若者には誰でも夢を持って生きる権利があります。何かが間違っています」と、涙をこらえながら語っていた。あれから1年8か月。自らとミャンマーの現状について、SNSでメッセージを送ってくれた。

「クーデターで日常は完全に変わってしまいました。人々は恐怖と不安におびえながら、軍政下で生き延びようとしています。離ればなれになった母親には無事でいてほしいです。困難を抱えた生活の中では、“生きている”と感じられない時があります」

「いま、ミャンマーで起きているのは、軍と国民の内戦です。軍は自らの権力を維持するために、同胞を殺すことをためらいません。私たちが終わらせない限り、虐殺は今後も続くでしょう」

男性もほかのミャンマー人と同様、軍への抵抗を「革命」と呼ぶ。「ミャンマーの現実を世界は見て見ぬふりをしています。世界はウクライナの問題ほど、ミャンマーで続いている革命に関心を持ってくれません」。忘れられていくことに強い危機感がにじむ。

■増え続ける死者と国内避難民
ミャンマー軍に焼き打ちされた村(Irrawaddy)ミャンマーではいま、内戦が泥沼化している。民主派の武装勢力「国民防衛隊」は、少数民族から軍事訓練を受けてゲリラ戦を展開。一方の軍は、空爆や村の焼き打ちなど無差別攻撃を繰り返し、無抵抗な市民の犠牲者は増え続けている。

現地の人権団体によると、軍の武力弾圧による死者は2600人を超えた。国連機関によると、ミャンマー全土でクーデター以降、110万人以上が住む家を追われ、国内避難民となっている。

現地では何が起きているのか。激しい戦闘が続く北西部ザガイン管区の「国民防衛隊」3人がオンラインで取材に応じ、前線の生々しい状況を証言した。

■手製の武器で応戦する「国民防衛隊」
国民防衛隊の大隊長 ※本人の希望でモザイク不要インターネットが辛うじてつながるというジャングルの小屋で、37歳の大隊長は、1953年製の小銃を手元に置いたまま「戦闘は昼夜を問わず発生する」と話し始めた。

「寝ていた午前2時ごろ、軍の部隊が突然現れて戦闘になることがある。これまでに62人の隊員が犠牲となった。軍の攻撃に(抵抗のサインである)3本指を立てたことで、頭を撃ち抜かれた仲間もいる」

「軍はいま、ロシア製の軍用ヘリコプターで、近くの基地から15分ほどでやってくる。上空から見えるものすべてを撃ってくる。人間を人間と思っていない」

大隊長は手製の武器の写真を見せてくれた。大部分が木製の小銃とビニールテープが巻かれた手りゅう弾。「我々は軍と同じレベルで戦いたいが、武器や弾薬が不足している」

クーデターの前は学生だったという22歳の隊員は、国民防衛隊に入った理由について「市民を拷問する兵士を見て、独裁者を倒さなければならないと思った」と話した。

「死ぬのは怖くない。独裁政権から解放されないことのほうが怖い」と強がる隊員だが、家族は心配していないのかと尋ねた時、はにかみながら「ケガをした時は、無性に家が恋しくなる」と明かした。

■声なき声に耳を傾けて
クーデターから間もなく2年。国際社会は事態打開の糸口すら見つけられていない。

ミャンマーの独立系メディア「イラワジ」は2022年12月の社説で、軍事政権と関係を深めるロシアや友好関係を維持する中国とインドを名指しし、「この軍政の寿命は短く、付き合うと裏切られると分かっているはずだ。ヒトラーと友達になるようなものだ」と皮肉った。

その一方で、アメリカの議会がミャンマーの民主派勢力に非軍事的な支援を可能にする法案を可決したことを「心強い」と歓迎した。「これまでミャンマーに関わってきた欧米の友人たちは、抑圧されたミャンマー国民を見捨てず、長年の友人として立ち上がり、支援するべきだ」と強調する。

ミャンマーの人たちは国際社会の言動を注視している。ロシアのウクライナ侵攻の陰に潜む、声なき声に耳を傾けてほしいと訴えている。【12月31日 日テレNEWS】
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中国  ゼロコロナからの強引なハードランディングで「驚異の回復」も それを「勝利」と呼べるか?

2023-01-03 22:51:21 | 中国
(【1月2日 FNNプライムオンライン】年末 北京 池に張った氷の上では所狭しと人が遊ぶ)

【中国政府の想定を上回る感染爆発】
欧米・日本的理解では人権侵害とも言える極端な行動制限を国民に強いてきた「ゼロコロナ」政策に事実上終止符を打ち、一転して、感染者でも働ける状態なら出社を促すような経済重視の「ウィズコロナ」状態へのハードランディングを試みている中国・習近平政権ですが、習近平国家主席は年頭の祝辞で「ゼロコロナ」という言葉は使わず、「未曽有の困難と挑戦に打ち勝った」とも述べています。

*****習主席が新年の祝辞「未曽有の困難に打ち勝った」感染対策で自賛****
中国の習近平国家主席は新年の祝辞を発表し、新型コロナウイルス対策について「未曽有の困難に打ち勝った」と自賛しました。

習近平国家主席「苦難に満ちた努力の末、未曽有の困難と挑戦に打ち勝った」
習主席は31日夜、国民向けのテレビ演説でこのように述べ、これまでの感染対策が「最大限、国民の生命と健康を守った」と成果を強調しました。

その上で、厳しい行動制限を強いてきた「ゼロコロナ」政策に事実上、終止符を打ったことを念頭に、「防疫対策は新しい段階に入った」と指摘しました。

政策が急転換したことを機に、中国では感染が爆発的に拡大する中、習主席は「夜明けの光はすぐそこにある。団結がすなわち勝利だ」と述べ、国民に結束を呼びかけました。

また、ゼロコロナ政策による低迷が続く中国経済については、「強じん性と潜在力、活力に満ちている」と述べ、今後の回復に自信を見せました。【1月1日 日テレNEWS】
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「未曽有の困難に打ち勝った」云々は政治的詭弁に過ぎませんが、問題は現在の感染爆発状態が社会に(ひいては政治に)どのような影響を与えるのか、ハードランディングが成功するのかどうかです。

****中国コロナ死、1日9千人と推計 数日で大幅増、英調査会社****
英国拠点の医療系調査会社エアフィニティは29日、中国で新型コロナ感染による死者数が1日当たり9千人に上っているとの推計を発表した。

同社は21日付の発表で1日当たり5千人超の可能性があると指摘しており、ここ数日で大幅に増加したとみている。1日当たりの感染者数は推計180万人としている。
 
一方、中国疾病予防コントロールセンターは29日の発表で、28日に全国で新たに確認された死者は1人、感染者は5102人だとしている。
 
エアフィニティは推計で、1日からの累計感染者は1860万人、死者は10万人に達したとの見方を示した。【12月30日 共同】
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年末段階では火葬場に車列ができるような状況も報じられていました。

****中国 火葬場に車の長い列 新型コロナで死者増えている可能性****
中国で新型コロナウイルスの感染が急拡大するなか、首都 北京の火葬場では、ひつぎをのせた車の長い列が確認され、多くの人が死亡していることをうかがわせています。

中国政府が発表した感染による死者は、20日も全国でゼロですが、基礎疾患のある感染者が重症化して死亡するケースが増えている可能性が出ています。
中国では、今月7日、政府が新型コロナウイルスの感染対策の緩和に踏み切ったあと各地で感染が急拡大しています。

こうした中、首都 北京の郊外にある火葬場では21日午前中、ひつぎをのせた車が、およそ80台の列をつくっているのが確認されました。

火葬場の担当者は「ふだんよりも亡くなる人が多い。来月3日まで予約が空いていない」と話していて、多くの人が死亡していることをうかがわせています。

ただ、中国政府が発表した感染による死者は、おとといは全国でゼロで、今月に入って、10人にも達していません。

中国政府の記者会見で、感染症の専門家は基礎疾患のある感染者が重症化して死亡した場合は新型コロナによる死亡と数えていないという見解を示していて、こうしたケースが増えている可能性が出ています。【12月22日 NHK】
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中国政府も感染拡大は想定してのハードランディングだったでしょうが、その想定以上に感染は急拡大したようです。

****中国各地の感染率50~80% 専門家「想定外の勢い」****
新型コロナウイルス感染症がまん延する中国で、各地の感染率が50~80%に達したとの見方が12月31日までに相次いで示された。年末年始の3連休が31日に開始。1月下旬には春節(旧正月)の大型連休もあり流行拡大が必至だ。

中国メディアによると、中国の著名な感染症専門家は31日までに、北京の感染率が80%を超えたとの見方を示した。北京としては第1波の流行だが「想定外の勢いだ」と指摘した。

中国政府は正確な数を把握できないとして無症状感染者の発表を12月14日にやめた。一部の地方政府はアンケートで地元の感染率を推計。海南省は30日、感染率が50%に達したようだと明らかにした。四川省当局も25日時点の感染率は64%だったと発表している。【12月31日 産経】
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【集団免疫獲得で感染状況は急速に落ち着く可能性も】
“北京の感染率が80%を超えた”ということになると、今後については急速に感染が縮小することも予想されます。
ただ、都市部に遅れて感染が拡大する地方・農村部にあっては医療体制も不十分で、相当の犠牲者の発生も予想dされます。

ただ、“CDCは「実際の感染率はさらに高い」と分析。農村部でも感染率は54・91%になるとされている。都市部を中心に拡大しているとみられた感染が、農村へも広がっている模様だ。”【12月30日 日系メディア】ということからすれば、地方の状況が落ち着くのも早いかも。

こうした状況を国民がどのように受け止めているかですが、年末年始の人出は“そろり回復”とも。

****中国、人出そろり回復 年末年始、コロナ前及ばず****
中国の文化観光省は2日夜、同日終わった年末年始の連休のレジャー客が全国で延べ5271万人だったと発表した。前年同期比0.44%増と、ほぼ横ばいだった。

新型コロナウイルスの流行は収まっていないものの、北京など一部で人出が戻り始めた。ただコロナ流行前の2019年と比べると4割程度にとどまっている。

北京中心部の公園では凍った池に毎年恒例のそり遊び場が開設され、多くの市民でにぎわった。北京は昨年11月以降、市民の感染率が80%に達したとの見方が専門家から出るほどの爆発的流行になっている。ただ体調が回復した市民も多く、繁華街に人が増え始めている。【1月3日 共同】
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【社会も「驚異の回復」か】
上記にもあるように北京などは「驚異の回復」とも言えるような活況を呈しているとも報じられています。

****北京に溢れる人 コロナ禍から「驚異の回復」も 予測不能な今年の中国****
2022年年末の中国・北京には人が溢れかえっていた。
池に張った氷の上では所狭しと人が遊び、人気のある通りには老若男女が楽しげに歩き、笑う姿があった。コロナなどなかったかのような活気には唖然とするしかなかった。

火葬場に行列が出来たのも現実だが、すでに陽性を経験した「陽過」「陽康」という新たな言葉が定着し、人々が日常を取り戻しつつあるのも現実である。朝夕の渋滞は以前よりも激しくなった印象すらある。

日本をはるかに凌ぐスピードで変わっていく中国の今年を考える。

“異質な中国”を知る市民
コロナ対策への不満がデモに繋がったように、中国市民の権利意識、特に生活に直結する問題への関心は今後もさらに高まるだろう。

ネットやSNSの普及で人々は諸外国の実情を簡単に知ることが出来るようになった。中国の体制やルールが異質であることに、すでに多くの人が気づいている。海外旅行なども通じて自国と全く違う環境を体験する中、中国国内の限られた自由や権利を当局がさらに押さえつければ反発するのは当然である。

北京で最後の隔離生活を送った12月中旬、あまりの拘束時間の長さにバスの中で乗客が「もうフラフラだ!」と一斉に不満を口にする一幕があった。市民の不満は思いがけないところで噴出するものだと感じた瞬間だった。

去年12月のデモでは、習近平体制への批判も出る一方で「国の政策を実行しない地方政府、現場レベルへの不満もあった」(日本大使館筋)との分析もあり、体制批判は大きなうねりにはなっていないようだ。少なくとも北京市民は感染するリスクよりも各種の制限がなくなり、自由を享受出来ることに充実を感じているように見える。北京の感染増加が続く中で起きたデモだっただけに、複数の関係者が「(デモは)ゼロコロナを緩和するには渡りに船だった」と指摘している。

医療体制が脆弱な地方や、高齢者への影響についても「すでに地方もピークアウトしはじめている」(外交筋)との見方も出るほどで、今のところその影響は限定的なようだ。

政策の急激な変更に粛々と応じる市民には、政治に参画できない割り切りのようなものが感じられるが、ひとたびその不満と先行き不安の高まりが表面化すれば、国内はたちまち混迷の度を増すことになるだろう。(後略)【1月2日 FNNプライムオンライン】
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中国メディアCRI(中国国際放送)も海外メディアを引用しながら「回復ぶり」をアピールしています。

****【CRI時評】生気を取り戻した中国の都市が世界に発信するメッセージとは****
「北京の街中では再び渋滞が発生している。観光客は海外で休暇を過ごすために争って予約している。企業はビジネス活動の回復を見込んでいる」、「リゾート地ではホテルの利用客が著しく増えている」……。

これは英紙フィナンシャル・タイムズやロイター通信などのメディアによる中国の最新の観察だ。多くの海外メディアが、「中国人の生活は正常に戻りつつある」、「北京や上海で灼熱の活気が再び出現している」といった内容の記事に重要な紙面を割いた。

中国国外からは、中国の感染予防や抑制政策の調整の効果はどうなのかとの、強い関心が寄せられてきた。そして、新年早々に北京や上海など中国を代表する都市が復活した活力は、中国の積極的な回復の重要なシグナルと見られるようになった。街頭の活気が春の暖かさを運んでいる。

中国国外の観察者の報道に含まれる「秩序ある正常への回帰」、「生気の回復」、「需要の再燃」といったキーワードは、中国の新年の雰囲気を伝えている。それは予想外のように見えても、理にかなう現象だ。

中国の感染予防や抑制政策は、最近なり調整され転換され、感染の予防と抑制は新たな段階に入った。これらの調整は病原体と疾病に対する認識、集団免疫のレベルと衛生健康システムによる対抗能力、社会における公衆衛生の介入措置という、3つの要素についての判断に基づいて実施されたものだ。(中略)

中国政府がまさに一貫して国民第一、生命第一を堅持し、科学的で精確な予防と抑制を堅持し、状況の推移に応じて予防と抑制措置を最適化し調整してきたからこそ、国民の生命の安全と身体の健康を最大限に保護し、目下の活気にあふれて、元気ではつらつとした中国を実現することができたのだ。

消費者ニュースやビジネスを扱う米国の放送局「CNBC」は、中国で消費ブームが起こると予測した。世界経済の布局が一つの重要な分水嶺に至った時、中国経済の回復と上昇は世界にとって大いにプラスに働くことになる。【1月3日 レコードチャイナ】
*********************

中国政府の公式見解に沿えば、上記のような表現にもなるのでしょう。

確かに感染拡大の犠牲はありますが、国民も「感染拡大は自由の代償」として、とにもかくにも自由に行動できるようになったことを喜んでいる向きもあるようです。

****ゼロコロナの壁崩壊  「自由の代償」の行く先は****
“ゼロコロナ”の壁が崩壊して、まもなく1か月。師走の首都・北京では人出は徐々に戻るも、医療体制はひっ迫している。アメリカの研究機関の予測では、中国のコロナによる死者が来年、100万人を超える恐れもあると言われている。

厳しすぎる政策で国民を締めつけたかと思いきや、突然に与えられた自由な生活。政策1つで国民の気持ちをもてあそぶかのように感じ、まるでジェットコースターに乗せられているような気分だ。

中国の知人女性の1人が、感染急拡大の最中にこんなメッセージをくれた。
「世界は3年目のコロナだが、中国はまるで今、始まったようだ。最初にコロナが見つかった国なのに…」
この言葉に、ゼロコロナ政策がいかに国民の心をむしばんでいたのかと感じた。

一方、ゼロコロナの緩和とともに街を歩き始めた人々にインタビューすると、「感染は大変だが、治せば済むこと」「感染拡大は自由の代償」…こんな声も聞かれた。

中国に赴任直後、この国で生まれ育った人が口にした話を今でも覚えている。
「中国に“現状維持”という言葉は存在しない」

経済、技術、科学などあらゆる分野における「発展」のスピードはすさまじい。同様に、衰退するときも急速だという。このゼロコロナ政策をめぐる3年の動きも同じではないか。

ゼロコロナによる鎖国を続けた中国は「14億人の無菌室」とも指摘されている。この3年、世界が“ウィズコロナ”へ舵(かじ)を切っていくなかで、かたくなに“ゼロコロナ”を堅持した習政権は、今、諸外国から周回遅れでコロナと共存していくことを決めた。

経済への回復を急務にしているが、“ゼロコロナの壁”が崩壊した副作用は、2023年も続きそうだ。【1月2日 日テレNEWS】
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【「今も変わらず、自由にものが言えない社会だ」】
一連の報道を見ると、感染爆発で集団免疫を獲得し、かなり早い段階で表面上は感染状況は落ち着きとりもどし、中国社会・経済は「驚異の回復」と呼ぶべき状況に至るのではないか・・・と個人的には推測しています。

ただ、それをが「コロナに勝利した」と言えるかどうかは別問題です。
中国のような、火葬場に車列出来るような状況にあっても不平・不満、政権批判を許さないという体制にあっては、強引にハードランディングを進めることも可能で、結果、「驚異の回復」の実現も可能でしょう。

問題は、そういう不平・不満、政権批判を許さないこと、そのことで国民が一方的・強権的に強いられる犠牲をどう考えるかです。

****「原因不明の肺炎」発表から3年…中国SNS「今も変わらず、自由にものが言えない社会だ」****
新型コロナウイルスの感染が最初に広がった中国湖北省武漢市の政府が、原因不明の肺炎患者の存在を発表してから31日で3年となった。

政府の公表前に警鐘を鳴らし、その後感染死した武漢市の李文亮リーウェンリャン医師(当時34歳)のSNSのアカウントには、追悼の声や感染が再拡大している現状を嘆くコメントが相次いで投稿されている。

SNSには「3年たつが、3年前に戻ったようだ。今病院は人でいっぱいだ」「皆が陽性になり薬も買えない。2023年1月には、(中国人の海外旅行を再開し)中国を開放すると言っている。恐ろしいことだ」「今も変わらず、自由にものが言えない社会だ」といった投稿が並んだ。

李氏は19年12月30日、SNSに「7人がSARS(重症急性呼吸器症候群)と診断された」と投稿し、デマを広げたとして警察の訓戒処分を受けた。20年2月7日に死去した。【12月31日 読売】
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シリア  アサド政権、ロシア、トルコ、クルド人勢力、米・・・といった関係国・組織の関係に変化?

2023-01-02 22:55:48 | 中東情勢

(シリア・ラッカ近郊にある避難民キャンプで暮らす女性と少女(2022年12月19日撮影)【12月29日 AFP】)

【停戦はおおむね維持されているが、小規模な衝突は続く】
上記2回に続き、3回目の同じ書き出し。

“以前は国際問題の中心課題のひとつであったシリア情勢については、反体制派が北部イドリブに拠点をもつものの、現地での内戦が小康状態にあることやウクライナでの新たな問題の発生などで、あまり大きな扱いをされることがなくなりました。ただ、衝突がなくなっている訳でもありません。・・・・”

そして、下記は11月13日ブログで紹介した記事。

****死が死を呼ぶ報復の連鎖、シリア北西部****
在英NGOのシリア人権監視団によると今月6日の朝、政権側のロケット弾攻撃があり、子ども3人を含む10人が死亡、77人が負傷した。

国内避難民キャンプなど複数の地点で30発以上のロケット弾が爆発。ロケット弾攻撃はしばらく続き、反体制派は報復として砲撃を行った。政権側は午後遅くにもイドリブ県南部のカフルラタへの攻撃を行い、1人が死亡、3人が負傷した。死傷者はオリーブを収穫している最中だった。

前日の5日には、イスラム過激派組織「タハリール・アルシャーム機構」系組織による砲撃でシリア軍に5人の死者が出ていた。

政府が民主化運動を弾圧したことを受けて2011年に始まったシリア内戦では、これまでに数百万人が国内外に避難し、50万人近くが死亡。

ロシアとイランから支援を受けたバッシャール・アサド政権は、反体制派が一時支配下に置いた地域の大半を奪い返した。

シリア北西部は時折戦闘があるものの、ロシアと反体制派を支援するトルコが2020年に合意した停戦がおおむね維持されている。 【2022年11月13日 AFP】
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【ガソリン等燃料の不足と頻繁な停電で困窮する市民生活 背景にアメリカの対イラン制裁】
最近の動きとしては、シリア南部での生活苦住民による異例の反政府デモが報じられています。

****シリア南部で反政府デモ 2人死亡 独裁体制・アサド政権の恐怖政治下では異例****
強権的なアサド政権によって反政府活動が実質的にほぼ封じ込められている中東・シリアで、異例ともいえる反政府デモが起き、治安部隊が実弾を使って鎮圧しました。

シリアでは2011年に反政府デモが拡大し、大規模な内戦に発展しましたが、その後、シリア政府軍と同盟国のロシアによる武力弾圧によって、反政府活動は北部の一部地域をのぞき、ほぼ抑え込まれていました。

こうしたなか、ロイター通信や人権団体・シリア人権監視団によりますと、南部のスワイダで4日、アサド政権の打倒を訴えるデモ隊が県知事公舎に乱入。アサド大統領のポスターを破るなどしたうえ、治安当局の車両に火を放ったということです。疲弊した国内経済に起因する生活苦が原因とみられますが、詳しい動機は分かっていません。

当局側はデモを実弾を使って鎮圧し、AP通信によりますと、デモ参加者と警察官の2人が死亡、7人がけがをしました。

アサド大統領が独裁体制を固め、恐怖政治による統治を推し進めるシリアで、近年、こうしたデモや衝突は異例で、市民の不満が広がれば、再び緊張が高まる可能性があります。【12月5日 TBS NEWS DIG】
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上記反政府デモの背景にはガソリン等燃料の不足と頻繁な停電による生活苦があるようです。

****シリアの燃料危機****
シリアのダマスに近いスウェイダで騒擾があり、民衆が経済状況の悪化と生活苦について抗議したとのニュースを報告したかと思います、
おそらくこの話は、政府支配地域におけるガソリン等燃料の不足と頻繁な停電による生活苦から来たもので、al jazeera netの報じるところが事実なら、状況はかなり深刻な模様です。

同記事によるとダマス等、政府支配下のシリアでは、ガソリン等燃料不足が深刻化していて、何処のガソリンスタンドも車の長い列が並んでいるが、なかなか順番が来ずに生活は麻痺状態である由。

またガソリンの公定値段は、最近リッターあたり、3400から4900リラに値上げされたが、闇市ではリッターあたり10000リラとなっている由

このためサラリーマンや学生は乗り合いタクシーの順番を待つか、トボトボと家に帰るしかないが、やっと摑まった乗り合いタクシーの料金も、これまでの倍以上になっている由。

また軽油についても状況は同じで、また電気の供給についても一日10時間の停電など普通になりつつある模様。
さらに携帯電話が不通になる状況も増えている由。

その最大の原因は原料の石油不足で、最大の供給国イランはシリア向けの石油供給を最優先にするとしているが、イランからの石油が米国等の制裁に引っかかったりで、思うように供給されていない模様。

(政府軍が支配して比較的秩序が保たれているダマスや周辺でさえ、この状況とすれば、未だ戦闘の続いているシリア平原等の状況は更に深刻かと思われるも、あまりニュースはない)(後略)【12月6日 中東の窓】
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アメリカの対イラン制裁で、イランだけでなくシリアにも深刻な影響が出ているようです。
「イランにしてもシリアにしても“ならず者国家”だから、一石二鳥でいいじゃないか」という考えもあるでしょうが、苦しむのは一般民衆であるということをどのように考えるべきか・・・

【アメリカはIS掃討作戦を継続 クルド人勢力が米軍に協力】
イランのシリアでの活動全般について言えば、これまでロシアとともにアサド政権を支援しており、一時は反体制派によって追い込まれたアサド政権の反転攻勢を可能にしたのもイランの支援でしたが、制裁に苦しむ今のイランにはシリアなど国外で積極的活動を行う余裕はないでしょう。

そのイランに制裁圧力をかけるアメリカ。
(私的には意外でしたが)アメリカはシリアではIS掃討作戦を今も続けているようです。
そして相変わらずアメリカの作戦の地上実行部隊となっているのがクルド人勢力です。

****米軍、22年にIS686人殺害 イラクとシリアで作戦313回****
米中央軍は29日、2022年にイラクとシリアで過激派組織「イスラム国」(IS)に対し米軍やイラクの部隊、シリア民兵組織が実施した作戦は計313回で、686人を殺害し、374人を拘束したと発表した。クリラ米中央軍司令官は「ISを大幅に弱体化させたが、卑劣な思想は野放しのままだ」とし、作戦を続ける必要性を訴えた。

イラクで191回の作戦を通じて159人を拘束し、少なくとも220人を殺害。シリアでは122回で、うち14回が米軍単独。残りは少数民族クルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」と実施した。215人を拘束し、466人を殺害したとしている。【12月30日 共同】
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シリア北部のクルド人勢力に対しては、トルコが国内クルド人テロ組織と同じだとしてしばしば越境攻撃を仕掛けていますが、上記のような米軍とクルド人勢力の協力関係を背景に、アメリカはトルコを牽制しています。

【アメリカはクルド人勢力を見捨て、トルコが同勢力を叩き、トルコ・ロシア・アサド政権の関係改善・・・という関係の変化の兆し】
一方、シリアではロシアがアサド政権を支援し、トルコが反体制派を支援するという構図が続いていますが、年末にトルコとシリアがロシア・モスクワで会談したとか。関係正常化の兆し・・・とも。

****トルコとシリアの高官がモスクワで会談、関係正常化の兆し****
トルコのアカル国防相と国家情報機構(MIT)のフィダン長官が28日、モスクワでシリアの高官と会談したと、トルコ国防省が発表した。10年におよぶシリア内戦を巡るトルコ・シリア間の関係正常化の明確な兆しが示された。

トルコ国防省の発表によると、会談にはシリアのアッバス国防相およびアリ・マムルーク情報局長のほか、ロシアのショイグ国防相が参加。声明で「シリア危機、難民問題、シリア国内の全てのテロ組織に対する共同戦線の取り組みが建設的な会談で議論された」とした。

またトルコ、ロシア、シリアは3カ国間協議の継続にも合意したという。

トルコのエルドアン大統領は今月、トルコ・シリア間の外交加速に向け、ロシアおよびシリアとの3カ国間の機構設立をロシアのプーチン大統領に提案したと発表。また、シリアのアサド大統領との会談を望んでいるとしていた。【12月29日 ロイター】
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アサド政権、ロシア、イラン、トルコ、クルド人勢力、アメリカ・・・といった関係国・関係組織の関係が変わりつつあるのかも。

****シリア・トルコ関係****
ロシアの仲介の下、トルコがシリア政府との関係改善を図っていることは昨日報告しましたが、本日はこの問題について2つの興味ある記事がアラビア語メディアに出ています。

一つはal qods al arabi net で、記事はこれまでトルコは米欧の支援するシリア民主軍というクルド勢力の排除をシリア政策の最大戦略として、追及してきたが、これまでは米欧は、対IS等イスラム過激派掃討作戦の主力部隊として、その手に乗らず、トルコの戦略は必ずしも成功していないとしています。

然し、最近の国際情勢の変遷に伴い、米国はクルドへの関与を減らし、むしろギリシャ(トルコに取っての歴史的潜在敵)に対する支援を強化し、ロシアがトルコとシリア政府との関係改善に熱意を示してきたので、トルコはこれに乗り、YPG等の国境方面からの排除を狙っているとしています。

他方、同ネットの別の記事は、このような情勢とどこまで直接関係あるかは不明ですが、30日、シリアの北西部のトルコとの国境地帯の各地で、トルコ・シリア政府接近に反対する抗議があったと報じています。

デモは、idrib ,al bab ,ifrin .iazaz,tel abyadh 等のアレッポ周辺とラッカ県などで行われ、参加者は独裁者アサドとの和解に反対した由 (彼らの主要部分がシリアの反政府主義者かクルド系か等は不明)

とりあえずのところ以上ですが、どうやららトルコ・シリア国境方面情勢は、国際的にも現地でも、混沌としてきた模様です。

それにしてもやはり、米国等はシリアのクルド勢力を見捨てるということなのでしょうかね?【12月31日 中東の窓】
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問題は最後の指摘、「アメリカはアフガニスタンに続き、また協力者を見捨てるのか?」というところ。
アメリカはこれまでもトルコのクルド人勢力への攻撃を十分には止めてきていませんが、更に関与を減らし、最終的には“見捨てる”のか?

ISの脅威は少なくともシリアにおいては相当に低下しているでしょうから、「もうクルド人勢力は用済み」と言えばそうなんでしょうが、釈然としないところも。

【イスラエル「史上最も右寄りの政権」は親イラン組織の施設を攻撃】
あともう1か国、シリアでのプレーヤーを忘れていました。それはイスラエル。

****シリア空港攻撃2人死亡 イスラエルか****
シリアの国営通信は2日、首都ダマスカスの国際空港とその付近に同日未明に攻撃があり、兵士2人が死亡、2人が負傷したと伝えた。イスラエルによる攻撃だとしている。シリア人権監視団(英国)は、死者は4人で、親イラン組織の施設が標的となったと伝えた。

空港機能は一時停止した。イスラエルは、シリアのアサド政権を支援してシリア国内で活動する親イラン組織の施設への攻撃を続けている。今回の攻撃についてコメントしていない。【1月2日 共同】
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ネタニヤフ氏が首相に復権し、「史上最も右寄りの政権」となったイスラエルは、ヤル気満々のようです。
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東南アジア 昨年はウクライナ戦争の影響でインフレ、生産縮小も 強化される中国との経済関係

2023-01-01 22:18:55 | 東南アジア
(中国の地域別貿易総額 対アジア貿易の伸びが他の大規模市場を大きく上回っている。【12月30日 WSJ】)

【世界経済のつながりの中にある東南アジア 昨年はウクライナ戦争の影響でインフレ、生産縮小も】
昨年は世界中がウクライナ戦争、新型コロナ、それらの影響もあってのインフレなどの経済混乱に振り回された1年でした。

東南アジアも例外ではありませんでした。インフレは東南アジア諸国をも襲っています。世界的な食料・エネルギー価格の上昇、通貨安による輸入物価上昇などによるものです。世界経済がつながったグローバル社会にあっては当然の帰結です。

シンガポールなどの華人社会が選んだ「今年の漢字」は物価上昇を意味する「漲」という字だったとか。

****マーライオンの目 物価高直撃の東南アジア、今年の漢字は「漲」****
年末の風物詩であるその年の世相を表す「今年の漢字」。日本で選ばれたのは「戦」だったが、中国語を使う中華系住民が多い東南アジアの国でも同様の催しが行われている。

シンガポールの中国語紙「聯合早報」は読者投票の結果、今年の漢字を物価などの上昇を意味する「漲」と発表した。マレーシアの華人団体が選んだのも同じ字だ。2月のロシアによるウクライナ侵略が引き金となった世界的な物価高などが、各地で家計を直撃した様子がうかがえる。

たしかにシンガポールでは、ただでさえ高かった生活費の値上がりが顕著となった。英エコノミスト誌の調査部門が発表した調査によると、米ニューヨークとともにシンガポールは「世界で最も生活費が高い都市」にランクインした。

特に不動産価格の上昇は急で、日本人駐在員の間で家賃の高騰を嘆く声が絶えない。賃貸物件の契約更新時に「これまでの1・5倍以上の金額を要求された」との声も聞いた。安価なはずの公団住宅の販売価格も値上がりし、100万シンガポールドル(約9800万円)超の物件も相次いでいる。

ウクライナでの「戦」に終結の気配が見えない中、来年は世界で「漲」の傾向に拍車がかかると感じる。来年はもっと幸福な漢字が選ばれる1年であってほしいと願う。【12月27日 産経】
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物価上昇だけでなく、ウクライナ戦争の影響で東南アジアの人々が職を失いという事態も。

「ロシアのウクライナ侵攻を受けて、食料とエネルギー価格が上がり、欧米の消費者は洋服を買う余裕がなくなっている」という欧米諸国の需要減退は東南アジア諸国の生産縮小をもたらしています。

****「遠い国の戦争が…」 東南アジアの縫製工場を襲う解雇の波****
ナイキ、カルバン・クライン、ビクトリアズ・シークレット――。世界的なファッションブランドの商品を生み出すインドネシアやベトナムの縫製工場を、解雇の波が襲っている。背景には、ロシアによるウクライナ侵攻がある。解雇された社員は「戦争で自分が失業するとは思わなかった」と肩を落とす。いったいどういうことなのか。

「クリスマスに向けた繁忙期を前に私は無職になった」――。インドネシアの首都ジャカルタに住むシングルマザー、スリ・エスニ・インダルティさん(45)は10月末、勤めていた西ジャワ州の縫製工場から解雇を言い渡された。それまで有名ブランド衣料の新作サンプルを作り、価格帯を報告する仕事をしていた。しかし新作を発表するブランドが減り、人員削減の対象となった。

解雇の際、会社側からこう告げられた。「ロシアのウクライナ侵攻を受けて、食料とエネルギー価格が上がり、欧米の消費者は洋服を買う余裕がなくなっている」

欧州連合(EU)の統計機関「ユーロスタット」が12月に公表したデータによると、10月の小売りの売上高は前年同期に比べ、ユーロ圏で2・7%、EU全体で2・4%下落した。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版は「各世帯が光熱費と金利の引き上げに直面する中で、冬にかけて消費はさらに落ち込むだろう」とする識者のコメントを紹介している。

インダルティさんは「戦争の影響で食費の高騰に悩まされているのは私も同じ。でも、遠くの国の戦争が自分の職を奪うとは思わなかった。3人の子どもをこれからどのように育てればいいのか」と不安そうに話した。

西ジャワ州の織物製品事業組合によると、州内の多くの工場では夏以降、ナイキなど大手ブランドからの注文が半減した。売れ残りがあるために出荷の延期も求められているという。解雇は10月ごろから増え始め、これまでに州内の108の縫製工場が約5万5000人を解雇。この他に18社が倒産したことで9500人が職を失った。同組合のヤン・メイ代表は「今後もこの状況は続き、残る工員の労働日数も週6日から3日ほどに減らされる可能性が高い」と説明した。

靴などのブランドの縫製工場があるベトナムでも同様のことが起きている。現地メディアによると、9月から11月にかけて靴、衣料、家具の製造工場で働いていた約3万4000人が失業。約57万人が労働時間を削減された。現地メディアは「新型コロナウイルスの感染拡大時を超える規模だ」と伝えている。

インドネシア織物製品事業組合のジェミー・カルティワ・サストラマジャ代表は「買い控えがいつまで続くかも見通せず、このままでは東南アジア全体の繊維産業が衰退してしまう」と懸念する。「現状への対応だけでなく、新たな市場開拓、自国消費向けの生産への切り替えなど、抜本的な改革を迫られている状況だ」と説明した。【12月24日 毎日】
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今年2023年については、世界的なコロナ規制緩和による経済の持ち直し、また、東南アジア諸国にあってはインバウンド需要の増加により観光関連産業が持ち直し、内需を中心に安定した成長が続く・・・・・ことが予想(期待?)されています。

【アメリカの要請に反して対中国依存が強まるアジア経済】
東南アジア経済にあっては中国の影響が極めて大きくなっています。
アメリカは米中の対立・競争を有利に展開するため、アジア諸国にも中国経済から距離を置くことを求めていますが、実態はますます中国との関係が深まる方向にあります。

****中国がアジア貿易加速、米デカップリング尻目に中国と域内各国の関係、一段と深まる****
米国は世界2位の経済大国・中国への依存度を下げるよう各国の説得を試みているが、中国と他のアジア諸国の貿易上の結びつきは、域内各国の経済成長や企業のサプライチェーン(供給網)再構築が進む中で、一段と深まるばかりだ。

この傾向の背景には、小規模な経済を大きな経済と結びつける強い推進力が働いているほか、急成長国が求める手頃な自動車や機械などの製品の供給国として中国が圧倒的な役割を担っていることがある、とエコノミストは指摘する。

だが同時に中国のアジア諸国との貿易拡大は、世界の二大経済大国の関係悪化がもたらした波紋も映し出している。それは貿易戦争に始まり、テクノロジーや国家安全保障、外交政策にまで範囲が広がった。

2018年に本格化した貿易戦争は、それに続く新型コロナウイルス禍の混乱も相まって世界的サプライチェーンの再編を促した。中国に拠点を置くメーカーは生産ラインの一部をアジアの近隣諸国に移転させようとしてきた。関税の回避や、米中の関係悪化で将来状況が激変するリスクから身を守ることが目的だった。

だがこうした再編は、中国と他のアジア諸国の貿易を減らすどころか、拡大につながりやすいことをデータは示している。それは通常おびただしい数の部品と多工程の組み立てを必要とする製造プロセスの複雑さにも起因する。例えば、ベトナムやインドでスマートフォンを組み立てるには、最終製品を出荷する前に、メーカーがアジア域内で中国製部品や基本素材を移動させる必要がある。

要するに、米国は巨大な自国市場との貿易を促進する具体策を講じることなく、アジア諸国を中国から引き離すのは難しいことに気づくだろう。すなわち通商協定を結び、地域貿易協定に参加するなど、アジア諸国が米国の消費者にはるかにアクセスしやすくなるような措置を取るということだ、とエコノミストは話す。

「アジア域内で米国は本当に苦戦を強いられている」。英コンサルティング会社TSロンバードの首席中国エコノミストでアジア調査責任者のローリー・グリーン氏はそう指摘した。「彼らは経済の引力と戦っている」

インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国を相手にした中国の貿易総額(輸出+輸入)は、米国が最初の対中関税を発動した2018年7月以降に71%増加し、今年11月までの12カ月間に9790億ドル(約131兆円)に達した。中国税関総署のデータをウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が分析した。

アジアでの影響力
2018年の米中貿易戦争以来、 中国は他のアジア諸国との経済的な 結びつきを深化させてきた。

中国の対インド貿易は同じ期間に49%増加した。中国のデータによると、対米では23%、対欧州では29%増加しており、ことが浮き彫りになった。

米国の対中貿易は関税で窮地に陥り、米国の輸入に占める中国製品の割合は2018年以降低下しているが、コロナ下で両国の貿易は成長軌道に戻った。長期間の在宅勤務中に消費者が電子機器や家庭用品などに散財したためだ。欧州でも同様の傾向が見られた。

中国の対アジア貿易の伸びが突出する理由の一つは、中国の「引力」にある。エコノミストは数十年前、各国はより大きな経済国や距離の近い経済国との貿易を増やすことを立証した。アジア最大の経済規模を誇る中国が、急成長する近隣諸国の貿易パートナーとなるのは当然であり、カナダやメキシコの最大貿易相手国が米国であるのと同じことだ。

もう一つの理由は、中国の輸出品には安価なスマートフォンや基本的なモデルの自動車、安い工場設備が多く、周辺にある急成長中だが経済規模はまだ小さい国々でよく売れることだ、とエコノミストは話す。

中国はまた、米国が中国製品に高い輸入関税を課したのに対抗し、中国が他国から輸入する際の関税の多くを引き下げ、国内の企業や消費者がアジア製品をこれまでより安く買えるようにしている。中国はアジア太平洋地域15カ国の貿易関税を引き下げる2020年の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)にも署名した。
 
一方、アジア諸国も米中の緊張関係から大きな恩恵を受けており、対立する両国との貿易が大幅に伸びる傾向にある。

対中貿易が拡大している東南アジア10カ国からは、米国の輸入額も急増しており、2018年7月以降に89%増えた(米国の税関データによる)。米国から同じ10カ国への輸出額を合わせると、10月までの12カ月間の貿易総額は4500億ドルに達する。2018年半ばには2620億ドルだった。米国の全世界に対する貿易総額は同じ期間に29%増加した。

貿易戦争で加速した世界的サプライチェーンの再編は、台湾問題と国家安全保障をめぐる米中の緊張の高まりやコロナ禍で拍車がかかった。中国依存度の高い企業はゼロコロナ政策による混乱の危険にもさらされた。

生産の大部分を中国から他のアジア諸国に移転させた企業には、日本の電子機器大手パナソニック・ホールディングスやアンテナメーカーのヨコオ、アップルのサプライヤーである中国の電子部品メーカー、歌爾(ゴーアーテック)などがある。

米外交政策シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が台湾企業525社を対象に行った10月の調査では、中国で事業展開する企業の3分の1が同国からの撤退を検討中で、4分の1が既に活動の一部を移したことが分かった。

他のアジア諸国はこうした新規投資で潤っているが、現地の工場が機能するためには中国製の部品や材料が依然として必要だ。エコノミストによれば、そのことが中国と他のアジア諸国が絆を深めるのに役立っている。ただしその効果を正確に測定することは難しい。

WSJは、アップルが生産拠点を中国外に移す計画を加速させ、サプライヤーに対し、インドやベトナムなどアジアの他の国々でアップル製品を生産することをもっと積極的に計画するよう伝えたと報じている。だがアップルは中国を完全に捨て去るわけではなく、他の中国企業との取引量を増やす可能性さえあるという。

こうした相反する流れは、対中貿易をめぐる米国の政策にひずみがあることを明らかにしている、とエコノミストは言う。アントニー・ブリンケン米国務長官と米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、米中どちらかを選ぶよう強要するのではなく、選択肢を与えると発言してきた。

とはいえ「これらの国々がいずれにせよ中国と貿易したがる理由は山ほどある」。貿易経済学者でピーターソン国際経済研究所の上席研究員であるチャド・バウン氏はそう語る。米国のこれまでのアプローチは、中国への経済的依存が同国政府に利用されかねないと諸外国に警告することだった。

だがアジア経済の中国依存がますます強まる中、米国が真の選択肢を提供するためには、アジアとの貿易を加速させる努力がもっと必要になるとエコノミストは指摘。恐らく、米国の「環太平洋経済連携協定(TPP)」離脱後に11カ国が立ち上げた「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」に加わることが一つの手段になるだろう。

米バイデン政権は現状のまま参加することは支持しないが、再交渉に応じる用意はあると述べている。USTRはコメントの要請に応じなかった。【12月30日 WSJ】
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要するに、様々な理由でアメリカの意図に反して中国とアジア諸国の経済関係は強まっており、もし、アメリカがアジア諸国の中国依存を減らしたと思うなら、アメリカ自らがアジア諸国へ自国市場を解放してアジア諸国との経済取引を増大させる努力が必要だ・・・ということでしょう。

【年明け早々にフィリピン・マルコス大統領が訪中 予想される経済関係強化】
もちろん、「東南アジア諸国」とは言っても、中国との関係は各国が独自の事情を抱えており、一様ではありません。

例えば、フィリピンは12月23日ブログ“南シナ海近況 中国へ対抗するベトナム 親米姿勢、中国牽制を強めるフィリピン”でも取り上げたように、南シナ海情勢では中国牽制を強めていますが、一方で経済的には中国と強い結びつきがあります。

各国はそうしたバランスを求められていますが、フィリピン・マルコス大統領は1月にも訪中の予定です。おそらく、これまで以上の経済関係強化が示されるでしょう。

****フィリピン・マルコス大統領が1月に訪中、重点は中国との経済関係強化*****
フィリピン政府は29日、マルコス大統領が1月3日から5日まで中国を訪問すると発表した。大統領夫妻のほか、アロヨ前大統領、ロムヤデス下院議長、マナロ外相らと、さらに大型ビジネス代表団が同行する。

フィリピン外務省は大統領の訪中について「大統領就任以来、ASEAN以外の国への2国間訪問は初めてだ。両国指導者は2カ月足らずの間に、2回目の対面会談を行うことになる」と説明。

さらに、中国の習近平国家主席が10月の中国共産党全国代表代表大会で任期5年の党トップの総書記に再任され、マルコス大統領が6月の選挙で任期6年の大統領になったことから、マルコス大統領の訪中は、今後5〜6年の両国関係の基礎を決める重要な意味を持つとの認識を示した。(中略)

フィリピン外務省が発表した日程によれば、マルコス大統領は1月3日夜に北京に到着し、1月4日に本格的な訪問日程を開始する。(中略)

フィリピン外務省はまた、マルコス大統領の訪中に先立ち、中国側と農業、再生可能エネルギー、ニッケル加工、観光業、橋梁建設プロジェクトについて話し合っていることを明らかにした。今回の大統領訪中では10件から14件の両面政府間協定が締結される見通しという。

中国との貿易はフィリピンの貿易の2割を占めており、中国資本はフィリピンへの対外直接投資の主要な源泉でもある。

経済協力が緊密であるにもかかわらず、二国関係はしばしば、中国の南シナ海における領有権主張によって阻害されてきた。フィリピン外務省のインペル次官補は、大統領の訪中時に、領有権絡みの係争が発生した際に誤解が生じないよう、各レベルの外交官間の意思疎通を促進する協定が結ばれる予定と説明した。(後略)【12月30日 レコードチャイナ】
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