先日、ベルギーのブラッセル日本人学校同窓会の開催案内状が、愚息名宛で届きました。
ブラッセル日本人学校は1974年に土曜日か日曜日の補修校としてスタート。 1979年から(多分 中学生のみ対象の)全日制も開校。 1980年6月に現在の新校舎に移転し小中学生とも全日制ができました。 新校舎移転30周年記念の今年 同窓会を開催しようということのようです。 当時中学生だった1期生は既に45歳を超えている由です。
私めがベルギーの首都ブラッセルに赴任したのは1978年2月で、おっ家内と愚息は6月でした。 (←家族の赴任は4ヵ月後との会社規定があった為です) 家族一緒に日本に帰国したのは81年3月ですから、私めは3年1ヶ月間、家族は2年9ヶ月間のベルギー駐在でした。
案内状をスキャンして愚息にメールで送ったところ愚息から 「新校舎に移った記憶はあるが、(近所の友人は覚えているが)学校の友人はほとんど思い出せない。 同窓会は新築なったベルギー大使館で開かれるので、大使館内を覗くという興味本位だけで参加してみようかな」 との由。
おっ家内とは30年以上昔のブラッセル時代の思い出話に大きな花が咲きましたです、はい。
例えば、78年当時、成田空港は無く、羽田空港から出発でした。 また、冷戦中でソ連上空は飛行できなかったので、日本から欧州に行くにはアラスカのアンカレッジ経由でした。 その長かったこと。
例えば、FAXやPC(メール)は無くて、日本との連絡は電話とテレックスが主体でした。 皆さんは テレックス(TELEX)をご存知でしょうか? 知らないでしょうねぇ~。
例えば、ベルギーに駐在していたのは私(=おっ家内)であって、あなた(=私め)は西欧と北アフリカを走り回ていただけなのでベルギーに住んだとは言えない、というおっ家内の口癖を久しぶりに聞きましたです。 (← 当時は日本人駐在員3人で、西欧と北アフリカを担当しており、私めは 週末の土曜日曜を含めてベルギー駐在期間の73%はベルギー国外にいたというおっ家内の日記が残っております。)
次から次へと話題(=思い出)は尽きず、エンドレス状態でしたです。 全てがなつかしいですなぁ~。
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<参考>
Google Mapでブラッセル日本人学校を地図検索した結果が これ です。 私めが住んでいたマンションが この中央のビル です。 (← どういう訳か住所検索しても出てきませんでしたので マーク無しです) 日本人学校の真北約1kmですね。 縮尺を変えて見てください。