Girl with a Pearl Earring, 「真珠のイアリングをつけた少女」
c.1665, oil on canvas, 44.5 x 39 cm,
Inscribed top left corner : IV Meer (IVM in ligature)
Royal Cabinet of Paintings Mauritshuis, The Hague, Netherlands
エキゾチックなターバンを巻いた少女が、僅かに唇を開けて左肩越しに鑑賞者を見つめている。 フェルメールは、例えば口の両端に、小さい点を描くことで明るいアクセントを出している。 真珠のイアリングは、左上の透明な部分と、真珠の底への白いカラーの柔らかい反射光、といった僅かな反射光で構成されている。 最近の修復でも、フェルメールの洗練された光と精妙な色のハーモニーが全体の輝きを与えていることが確認されている。
1675年、彼の死後3ケ月後に作成された財産目録に、 トルコ風ファッションの絵が2点あると記されており、その内の一つがこの作品であると考えられている。
フェルメールの得意な室内の窓際の描写を一切省いて、暗い闇の中で振り向く一人の少女をクローズアップした珍しい作。 世界でも40点に満たない作品しか残っていないその中でも異色である。 絵の具がひび割れて折角の美しい少女の肌が惜しまれるが、左上方からの光が少女の黒い瞳の中にほのかな光の輪を作って反射しているところなど、見事な描写である。
この少女は口を少し開けて潤んだ眼で鑑賞者を見つめており、彼女を見つめる全ての人を魅惑する純粋さを発散している。 彼女のソフトでスムースな肌は、その大きな真珠のイアリングの表面のように一点の汚れも無い。 暗闇から発している幻想のように、彼女は特定の時間や場所には属していない。 クリスタル・ブルーのエキゾチックなターバンは、その肩の後までドラマチックに垂れ下がっている黄色の布を載せており、イメージにミステリーの雰囲気を与えている。
この絵の製作年を特定するのは困難である。 何故ならば、コスチュームがその時代のオランダのファッションとはかけ離れており、風俗画的な室内シーンという1650/1660年代のフェルメールのコンセプトともかけ離れているからである。
モデルはフェルメールの長女Mariaであるという仮説から、この絵の製作年を1670年代とする提案は賛同が得られていない。 (Mariaの正確な生年月日は不明だが、1655年/1666年生れと考えられている)
1670年代のフェルメールのどの作品にも、明瞭な輪郭を描いた下地の上に薄い肌色の輝く層を重ねることで、この絵のような柔らかくほやけた肌の色合いを出すようなことはしていない。
フェルメールは
「#16/天梓を持つ女」 (c.1664)や
「#18/水差しを持つ若い女」 (1664-65)のような1660年代中期の作品で既に肌の色合いを出す技術を使っている。 更に、両作品とも、うまく使い分けた暗い層の上に薄い輝きを塗ることで女の頭飾りの影になった部分をうまく表現している。 フェルメールはこの絵で、より大胆に且つより表現的にこれらの技巧を使っている。
少女の顔のソフトな外郭はイメージに浸透する温かさを創り出している。 少女の顔に生気を与える為に、フェルメールは眼に明るいアクセントを入れ、(1994年の修復作業で発見された)口の両端に小さいピンクの点をアクセントで入れている。 自由で大胆なターバンの青い輝きが時代を超越した永続性を与えるのに貢献している。
この絵のスタイルは同時代の絵、例えば、この絵と比較しうる構図の絵、"Portrait of the Artist's Wife, Cuune van der Cock (c.1657-60)の作者 Frans van Mieris (1635-81)とは違っている。 フォルムを作り反射光のニュアンスを出す為のフェルメールの幅広い技法は、彼の古典主義の基本的な一面であり、その起源は初期の歴史画に見られる。
この絵は
「#03/ダイアナと同伴者達」 (c.1655-56)から
「#12/デルフト眺望」 (1660-61)を経て「#18/水差しを持つ若い女」(1664-65)までのフェルメールの作品に見られる古典主義のもう一つ別の側面を表現している。 つまり、Timelessness、時代を超越した永続性である。 暗くてはっきりしない背景に対して、エキゾチックなコスチュームを着たこの若い婦人を、特定の時代背景に置くことは出来ない。 彼女は、例えば、ミューズ(学芸の女神)や巫女といった寓意的な人物として認識できるような物も身に付けてはいないし、見る人に時代性を感じさせるような歴史的、図像的なものがこの絵には完全に欠落している。
この絵がフェルメールの他の作品と違っているもう一つの点は、暗い背景に置いた一人の人物に焦点を当てた初めての絵である、ということである。 頭部が大きく描かれ、そのイメージは風俗シーンの絵よりも画面近くにある。 フェルメールがこの構図を自分で創り出した可能'性はあるが、1660-61年にアムステルダムに住んでいたMichael Sweerts (1624-64)の作品、“Portrait of a Boy“(c.1659)とのスタイル面での関連性と、二人が接触し、日常生活のシーンに古典主義的な品位を与えるというアイデアを共有した可能性がある。 Sweertsはアムステルダム滞在時代に、暗い背景に置いた人物をはっきりしたプロファイルで描いた若者の上半身像を数多く残している。 それらの絵の人物は全て画面から潤んだ輝く眼で鑑賞者を見つめており、その内の一点はエキゾチックなターバンを付けている。 記録は残っていないが、フェルメールが生涯にわたって関係のあったアムステルダムでSweertsの絵を見た可能性は高い。