絵が描ける訳じゃないのですが、子供の頃は結構描くのが好きでした。音楽より絵や彫刻の方が好きでした。それだけ に絵描きさんか彫刻家になりたいなんて思ったこともありました。ですから音楽の番組などはほとんど見ませんが、絵画 の番組は良く見ます。
そうした中で、何時も感心させられるのが日本の昔の絵描きさんです。特に、古くは緒方光琳などの現代でも通 用するデザインの凄さ、葛飾北斎などゴッホなどに影響を与えた江戸時代の浮世絵師など、どうして昔はあんなすご い人たちがいたんだろうと不思議に思ってました。今の時代にそうした人がいるのかどうかはそれこそ門外漢で知ら ないので、もしそんな人がいるのなら謝ります。
しかし、何時も日本の素晴らしさを教えてくれるねず さんが又目からうろこの話をアップしてくれていました。こんな目線で日本画を見たことが無かったので驚きました。結構長いので全文はリンク元を是非読ん でください。
ねずさんの ひとりごとよ り 4月6日
春 の院展に思う
・・・ 略
日本画の良さは、その文化性にありま す。絵がただの写実なら、現代社会において、それはどこまで行っても写真に敵いません。絵が写真とは別な、おも しろさや深みをもつのは、そこに歴史や伝統に基づく文化性があるからではないかと思うのです。
基本的に、人間の視覚は、光でものを見 ます。
ですからたとえば人物の顔なら、光沢や そこから生まれる質感などで対象の顔を見ている。
早い話が、真っ暗闇では顔は見えませ ん。
顔や姿カタチが見えるのは、そこに光 と、面があるからです。
ところが日本画というのは、対象を光や 面で捉えるのではなく、線で捉えます。
画材も、水彩絵の具ですから、光を反射 するというよりも、むしろ吸収する。
洋画のような油絵の場合は、油絵の具そ のものが、油で光を反射するし、それを重ね塗りすることで量感や質感が表現できます。
ところが、日本画はそれをしません。
なぜそうなったかといえば、答えは簡単 で、洋画が基本的に額に入れて飾る額装の絵として発展したのに対し、日本画は、掛け軸などにして、巻いて保存し ました。
紙を巻いてしまうのですから、油絵のよ うに重ね塗りをすると、絵の具のがバリバリと音を立ててはがれ落ちてしまいます。
ですから、日本画の画家たちは古来、水 彩絵の具の薄塗りで、絵に深みを出すことを修練の目的としてきたのです。
重ね塗りができないのです。
ですから当然、そこには、量感や質感を 出すのに、ハンデがあります。
そのハンデの中で、立体感や質感を出す ためにどうするのか。
リアリティを出すためにどうするのか。
そこが画家たちの修練だったわけです。
これはたいへんに難しいことです。
ただ絵が描けるというだけではダメで、 重ね塗りができない、油絵の具が使えないという一定の制限の中で、人々に感動を届けるのです。
昔の画家たちは、それを真剣に考えてい たから、絵に、素人の出る幕などなかったのです。…以下略
これでやっと何で日本にあんなすばらい 人たちが沢山いたことに納得されました。やはり、今の日本人特に自虐史観で育った戦後の日本人とは違った人達が 描いていたということですね。あれだけの素晴らしいものは単に技術じゃなく長い間の日本の文化をきちんと身につ けていたからこそ描けたということなのじゃないでしょうか。つまりは、世界に誇れる文化を日本が長い間かかって 作り上げてきたからこそ生まれた芸術と言うことです。
この凄さをもう一度取り戻すにはやはり日本の再生をまたなければならないということのようです。これは 大変なことですね。果たして取り戻すことができるでしょうか。こうしてみると、私のような戦後生まれの軟弱 物が画家など目ざさなかって良かったのだと納得してしまいます。絶対に良いものはできなかったと自信があり ます。情けない。
それにしてもねずさんのお陰で日本画を鑑賞するのが今まで以上に楽しみになりました。ありがとうござい ます。
是非日本を取 り戻してほしい!