田宮の館に関する詳細情報を入手しましたので、もういちど、ご紹介します。
山を背に、前に最大幅5m、深さ1m、延長100mの掘りをめぐらし、2000平方mの館。
●武者窓を開けた白塗りの高べいが高い石垣の上を走る
●鉄の金具を打ちまわしたいかめしい武家門が曲輪(くるわ)構え
●石垣の積み方が「鼓型切石積」という徳川期の城砦特有の様式、300年ぐらい前に築かれたと思われる
●田宮家の先祖、南北朝時代の万財新三郎友盛は、後醍醐天皇の笠置山挙兵に応じて活躍。宝剣を賜る
●明治2年、横井小楠を暗殺した刺客6人のうち、上田立夫ら4人をかくまう
●楠正成、正季、正遠の木像が伝わり、社を設けて祭る
3~40年前の館
現在の館
前回紹介分は、ここをクリック
山を背に、前に最大幅5m、深さ1m、延長100mの掘りをめぐらし、2000平方mの館。
●武者窓を開けた白塗りの高べいが高い石垣の上を走る
●鉄の金具を打ちまわしたいかめしい武家門が曲輪(くるわ)構え
●石垣の積み方が「鼓型切石積」という徳川期の城砦特有の様式、300年ぐらい前に築かれたと思われる
●田宮家の先祖、南北朝時代の万財新三郎友盛は、後醍醐天皇の笠置山挙兵に応じて活躍。宝剣を賜る
●明治2年、横井小楠を暗殺した刺客6人のうち、上田立夫ら4人をかくまう
●楠正成、正季、正遠の木像が伝わり、社を設けて祭る
3~40年前の館
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