『家康伊賀越えの道』の宇治田原後半部分(宇治田原湯屋谷~大福谷~松峠~正寿院~遍照院)を歩いてきました。全くの山道で、小さな道の三叉路が頻繁に登場。パンフレットに詳しく書かれていますが、初めて来た人にとっては、大いに迷います。最大の難関は、松峠で細い道にせせらぎのような水が流れています。しかも、凍った場所もあり、ちょっとした油断で、すってんころりと転んでしまいました。左手で、支えたので、頭部は打たず、大事に至らなかったですが、左手甲が少し切れました。その後は、車も通る道に出て、正寿院、遍照院に出ることができました。1582年(天正10)6月3日の12時に宇治田原の山口城を出た家康一行が苦労しながら、逃走した道を自分の足で辿り、その時の家康一行の思いが伝わる時間でした。松峠は、やまじろで観られる、土塁、堀切、切岸のようなものがあり、俄かやまじろファンにとっても、興味が高まります。信楽街道の旅籠跡と言われているものもあります。家康の逃走路は、より魅力価値あるもので、全国に発信していかなければならないものです。
煎茶発祥の地永谷宗圓の碑
煎茶発祥の地永谷宗圓の碑