「早くトイレに行きたい!」と思いながら15分くらい走っていた。終点の営業所前ターミナルに到着すると、数名のお年寄りが降りて地下鉄の出入口の方へ向かい… 私は運転席から身を乗り出して、とりあえず“簡単な車内チェック”を… すると、座席の上に黒いカバンらしきモノを発見した。
私はマイクのスイッチを車外にして「黒いカバンを忘れた方、いらっしゃいませんかぁ~」と呼び掛けたのだが… 多分、それの持ち主は真っ先にバスを降りて行き、すでに私の声が届かない所まで行ってしまっていたのか、バスの近くにいる人たちは誰も反応しなかった。
私はバスを待機場所に移動させて「トイレに行きたいけど、すぐに気が付いて戻ってくるかもしれない… どんな人なのか分からないけれど、キョロキョロとバスを探すような動きをするだろうから分かるはず… とにかく早く来てくれぇ~!」と祈りながら、カバンを取りに座席の方へ…
それはカバンではなく“ビニール製の衣装ケース”で、ポケットには“告別式の案内など”が書かれた紙があり、昼頃の新幹線で東京方面へ行く予定らしかった… 時刻は10時半過ぎ… 私はバスで5分ほど待っていたけれど、それらしき人が現れなかったので、目の前にある自分の営業所へ「忘れ物でぇ~す」と届けておいた。
後で聞いたところ… その持ち主は、地下鉄に乗ってすぐに気付いたらしく、隣りの駅から電話をしてきたとか… そして、新幹線の時間まで余裕があったので、再び地下鉄に乗って戻ってきたとのことだった。
もしも、そこが営業所前ターミナルではなく、バスの通過点の一つだったら… おまけにバスが遅れていて、終点で営業所へ連絡している時間もなかったとしたら… その人は手ぶらで行って、現地の紳士服店で新たな礼服を購入… いや、お金がもったいないから、他の斎場へ行って… そこで帰る人を捕まえて、礼服を借りたりして…(そんなアホな!)