ケイの読書日記

個人が書く書評

芥川龍之介 「玄鶴山房」(昭和2年「中央公論」に発表) 青空文庫

2023-12-05 15:15:51 | 芥川龍之介
 なんともどんよりした暗い話です。
 玄鶴というのは、年老いた画家の名前で、彼は昔はそれなりに有名で商才もあったので、小金持ち。お妾を囲っていた時期もあった。ただ今は、肺結核を患い、死の床に臥している。

 彼の妻は年齢のせいか下半身が不自由で、婿を取っている一人娘には幼い子供がいて大変なので、看護婦を雇っている。この甲野という看護婦さんが、なかなかの曲者なんだ。TVドラマ「家政婦は見た!」の家政婦さんみたいに。
 そりゃそうだ。この時代、病人の付き添いに看護婦さんを雇える家庭というのは裕福な家だし、家族が介護するのが当然という風潮の中で他人を家に入れるのは、家庭不和を思わせる。あれこれ言いたい人には、絶好のターゲットだろう。

 そんな中、玄鶴が昔囲っていたお妾が、1週間ほど手伝いに来る。子どもを連れて。(もちろん玄鶴の子) これも断ればいいのに、良い奥様、やさしいお嬢様と思われたいんだろうなあ。お妾は内気な人で、勝手なふるまいをする人じゃないけど、それでも家の中の雰囲気は悪くなる。
 この甲野という看護婦が、親切そうなふりをしながら、家の中の空気が悪くなるよう誘導する。看護婦としては優秀なんだろうが「他人の不幸は蜜の味」タイプの人。まあ、誰でもそういう所はあるけど。

 甲野さん、不幸な人生を送ってきた人らしいが、でも小説内では詳しく書いていないんだ。しかしこの時代に職業婦人として生計を立てている訳だから、明治に生まれても、そこそこのお家の出身で、教育をちゃんと受けさせてもらったんだろう。そんなに不幸な人生とも思えないが。もともとの性格が底意地悪いんだろうね。

 最後に玄鶴は肺結核で亡くなる。あまりに予定通りの事なので、誰も悲しまない。しかし、お妾さんは律義に火葬場の前で待っていて、遺族に頭を下げるのだ。偉いなぁ。
 玄鶴が倒れてから、いくばくかの金を送金するという事で話はつき、お妾さんは子どもを連れ、漁村にある自分の実家に戻っていた。養育費であるその金は、玄鶴が死んでも払われるだろうか? 払われなきゃいけないよね。
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芥川龍之介 「糸女覚え書」(大正12年12月)青空文庫

2023-11-22 11:13:29 | 芥川龍之介
 細川ガラシャ夫人は、聖女、賢女、才女、絶世の美女といわれ、小説や日本画の題材にもなっている。戦国大名・細川忠興の正室で、悲劇的な最期を迎えたことは知っていたが、私は、彼女がバテレン禁止令が出されたのに信仰を捨てなかったので、非業の死を迎えたとばかり勝手に思っていたが…違うんだ!!!
 『関ヶ原の戦い』の時に、細川家は徳川方についたが、石田光成方が細川家を自分たちの陣営に引き入れようと、夫人を人質にするため居城を襲った。守兵も少なく、もはやこれまでと悟った夫人は、キリスト教徒なので自害できないから、家臣に命じて自分を殺させたらしい。
 本当にドラマティックな最期ですなぁ。

 で、この糸という女性は、細川ガラシャ夫人の侍女というか小間使い? 糸の目から見た、夫人の最後の日々を書いている、という設定。それが「そうろう文」なので、読みにくいったらありゃしない。しかし短編だし、芥川の底意地悪い文章があまりにも面白くて、ついつい最後まで読んでしまう。

 夫人は美女ということになっているが、糸から見ると(つまり芥川が考えるに)さほどでもない。でもお世辞が大好きで、「二十歳くらいにしか見えません」という客とは何時間もおしゃべりする。
 ラテン語の読み書きができる才女ということになっているが、お祈りを唱えても「のす、のす」としか聞こえず、侍女たちが笑いをこらえるのに必死だった。
 聖母マリアのように慈悲深く優しい人ということになっているが、気に入らない侍女の事を「あの人はイソップ物語の〇〇のようだ」と悪口を言う。
 敵が攻めてきたとき、まず侍女や使用人たちを逃がしたということになっているが、皆、一目散に散り散りに逃げ出したのが本当。一緒に死ぬことになっていた夫人の長男の奥方(つまりお嫁さん)が逃げ出したのが、後で大問題になり長男は家督を継げなかったとか。当たり前じゃん、常に化粧が濃いと文句を言ってくる姑に殉死するなんて、冗談じゃない!

 こういった様々な内実が、面白おかしく書かれている。本当に底意地の悪い人だ。芥川龍之介は。

P.S. 細川ガラシャ夫人って、明智光秀の娘なんだってね。実際、賢い人だったんだろう。本能寺の変の後は、謀反人の娘ってことで大変だったろうなぁ。だからキリスト教に傾倒したのかな。
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芥川龍之介 「六の宮の姫君」 青空文庫

2023-10-20 16:00:52 | 芥川龍之介
 最近、風早真希さんという方が、私のブログにコメント下さることがあり、とても嬉しい。その真希さんのコメントの中に「六の宮の姫君」の事が書かれていて、私は思い出した。そうそう、私は「六の宮の姫君」をぜひとも読みたいと思っていたんだ!! 思い出したが吉日ということで、図書館で調べたら…なんと青空文庫に入っているんだ。ラッキー!

 六の宮の姫君は、昔気質の両親に大切に育てられていたが、その両親が相次いで亡くなり、頼る者は乳母以外いなくなってしまった。暮らし向きはどんどん悪くなり、乳母の勧めで、なにがしの殿をむかい入れる。殿は姫君を気に入り、夜毎通ってきて、金子や調度類を置いていき、屋敷を修理する。姫君はそれを嬉しいとも思わなかったが、安らかに感じていた。
 ところが安らかさは急に尽きる。殿の父親が陸奥守に任命され、殿も一緒に行くことになったのだ。姫君の事は隠してあったので一緒に行けない。5年の任期が終われば帰ってくるという話だったが、任地で新しい妻を迎えた殿は帰ってこない。屋敷は荒れ果て見る影もなくなり、使用人たちは乳母をのぞいて一人もいなくなってしまった。
 殿が帰京したのは9年目の秋。屋敷跡には何も残っておらず、殿は京の町を歩き回って姫を探す。やっと見つけた姫は、あさましい姿になりはて死にかけていた。
 最後まで付き添っていた乳母は、そばにいた乞食法師に臨終の姫のために経を読んでくれと頼む。法師は、往生は他の人がさせるのではなく自分で仏の御名を唱え、自分で往生すべきだと諭すが、姫はそうせず…

 後にその法師は「極楽も地獄も知らぬ不甲斐ない女の魂」と言うが、この言葉は少し酷なような気がするなぁ。
 だって六の宮の姫君は、そのように育てられたんだもの。「やんごとなき姫君は自分の意思を持たない」と、時勢に遅れサッパリ出世しない昔堅気の両親からね。だから彼女のせいではない。こんな悲惨な最期になってしまったのは、良い縁談が来るのを待っているだけで自分からは働きかけなかった両親のせい。有力な親族がいないなら、しっかりした姻戚を作るべきだよ。
 この両親に比べ、乳母の立派なこと!無給どころか持ち出しして、姫君を支えていたんだ。
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