ケイの読書日記

個人が書く書評

津村記久子 「つまらない住宅地のすべての家」 双葉社

2023-09-11 08:56:32 | 津村記久子
 とにかく登場人物が多いので、最初のうちは大変。だから、推理小説みたいに、住宅地地図や登場人物紹介が初めのページに載っている。

 お店といえば、コンビニが1軒とスーパーが1軒あるくらいで、あとはずらりと住宅が並んでいる区域。住民の高齢化が進み、勤め人は会社近くで用事をすませ家には寝に帰るだけ、年寄りは近くのスーパーで用がすむので遠出しない、眠っているような住宅地。
 住宅地は眠っているようでも、個々の住宅で暮らす人々はいろんな事情を抱えている。会社をクビになり実家へ帰ってきた人。息子が引きこもり気味なので自宅の倉庫を改造して引きこもり部屋を作ろうとしている親。各々が大学の先生をしている夫婦別姓高学歴夫婦。大きな家に住みながら、夜にはカーテンやシャッターを閉め切り門灯すらつけないで真っ暗な家で暮らすお金持ち家族etc。ああ、いろんな人がいるなあ。

 その眠ったような住宅地に、一つ小石が投げ込まれる。二つ隣の県の刑務所から逃げ出した女の脱獄囚がこちらに近づいているようだ。彼女はどうも、この近所の出身らしい。
 そこで丸川家の父親が、夜、見張りをしようと周囲に声をかけているのだ。この丸川さんには中3の息子が一人いて、その亮太君の視点で書かれている部分が多い。彼が主人公とまではいかない。いろんな人の視点でこの小説は構成されている。そして丸川さんちのお母さんは家を出て別居している。ここも事情を抱えている。

 私としては丸川さんちの亮太君も気に入っているが、一番印象に残っているのは、大柳家の望くんだ。古い木造住宅は親から相続したものだろう。一人暮らし。望くんは子どものころから、自分は世の中に虐げられていると思い込んでいる。彼はこうつぶやく。「同学年の活発な男たちがずっと苦手だった。動物の示威行為のようだと思う。自分たちの大声や不機嫌さで空間を支配することに味をしめた男たちは、一生それをやって生きていく」なるほどねぇ。
 この望くんが、近所の小さな女の子を誘拐して監禁しようと計画を練っている。ところが、脱獄囚の見張りをやろうという活動に巻き込まれ、近所の人と交流しているうちに、彼の被害者意識が薄れていくのだ。こういうことってあるよね。

 京アニ事件の青葉被告を思い出す。彼の成育歴はあまりに過酷なので、簡単には言えないが…でも、事件を起こす前の青葉に「へぇ、2次元アイドルが好きでライトノベル書いてるの?よかったら一度読ませてよ」と話しかける人がいたら…あんな結果にはならなかったかもしれない。
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津村記久子「ミュージック・ブレス・ユー」角川文庫

2023-06-23 10:49:51 | 津村記久子
 津村記久子の小説は大体読んでいるが、第30回野間文芸新人賞を受賞した、この「ミュージック・ブレス・ユー」だけは読んでおらず、気になっていた。それが、先日ブックオフで見かけ、さっそく手に取ってみる。(ごめんね、本屋じゃなくて)

 津村さんって本当にイケてない中高生を書くのが上手いのよ。この小説の主人公アザミもそう。彼女は髪を赤く染め、眼鏡をかけ、歯にはカラフルな矯正器をつけている。高校3年生で受験を考えなくてはならない時期なのに、成績はサッパリ振るわず、数学が大の苦手で、追試や補講の連続。
 パンクロックが大好きで、ヘッドフォンをかけずーーーっと音楽を流し込む。大好きというより一種の中毒、ミュージック依存症。
 軽音楽部でバンドを組んでいてベースを担当。でも内輪もめで解散になる。女の子だけのバンドで、たいした活動もしてなかったようだが、アザミはまあまあ上手だったみたい。

 女子高生バンドのメンバーなんていうと、スクールカーストの上位ポジションにいる子というイメージがあるが、アザミは成績同様サッパリ。男女間の浮いた話も全くなし。でも音楽の趣味が合い、いつもつるんでいる友達はいて、それなりに楽しい高校生活をおくっている。

 でもね、この超低空飛行のアザミの高校生活は、私に色んなことを思い出させる。
「日本の女子高生であることを恥じる訳ではないけど、それを謳歌できる同世代の女の子たちを遠く感じるのは事実だった」
「アザミは、慣れない高校に入った緊張でひたすらしゃべりまくっていた。そうしないと泣いて学校から逃げ出してしまいそうだったから」
「誰かとどのぐらい仲が良いかについて、誇張せずに慎重にその距離を語ることは、とても大事なことである。自分の思う近さと、相手の認識する距離感がずれてしまっていたら、目も当てられないからだ。特に、自分の方が相手よりも相手と親しいなどと思い込んでいる場合は」  それぞれ本文から

 心当たりがありすぎて少々苦しいほど。でもアザミは音楽の趣味が合い、いつもつるんでいる友達がいるだけ、私より幸せな高校生活を送ったんだろう。うらやましいなぁ。
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津村記久子 「現代生活独習ノート」 講談社

2022-12-16 15:17:28 | 津村記久子
 大好きな津村記久子の名前を見つけ手に取った。8つの心にしみる短編集。
 本当に、どうって事ないお話なんだ。仕事に疲れた女子会社員や地味な男女中学生たちが、さえない日々を送っている。キラキラしている登場人物がいないから読みやすいのかな?どうして私は、津村記久子の小説に心惹かれるんだろうと自問する。

 彼女の小説に一番よく登場するのは、職場の同僚や上司との人間関係に疲れ切った女性だが、そうするとどうしても彼女たちの食事がおろそかになる。それを書いた短編が「粗食インスタグラム」。
 豪華な食事をSNSで見ると体調が悪くなる主人公は、自分の貧弱な食事をSNSにUPするようになる。ひどいよーーー、その内容。「×月×日クラッカーと水」「×月×日ソフトクリームとコーンスープ」「×月×日インスタントのフォー」などなど。
 でも最後に主人公は自分でお米を洗ってご飯を炊く。なんとか立ち直れそうな気がする、という独白。良かった。少し明るい兆しが見えてきたぞ。彼女が無くしてるのは、ご飯を作る気分というより、何を食べようか決める気力なんだろう。

 疲れ切っていると、決定というか選択する気力がなくなる。「レコーダー定置網漁」の主人公は、会社の仕事として入社希望者のSNSをチェックする仕事をしている。もちろん入社を希望する大学生たちの自己申告するSNSに、ヘンな内容があるはずないと思うが、あるらしい。
 一番厄介なのは、自分ではこれOKだろうと思っていても炎上必至の内容があり、そういう人は要注意判定されるようだ。
 そういった大量のSNSを見ていると、もう何も見たくなくなる。情報疲れというのは、確かにある。
「膨大な情報を選別することは、その作業だけで私たちを疲れさせ、最悪の場合、選択そのものを放棄させます」(本文より)

 本当にその通り。大昔の切手を貼った封書をペーパーナイフを使って開け、中を確認した時代が無性に懐かしい。毎日届く大量のクズメールを確認するのに、どれだけ無駄な時間を費やすか、大損している気分になる。
 人に情報を送ろうとするなら、その対価(切手)を払えよ!タダで人に読んでもらおうとするな!
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津村記久子 「ディス・イズ・ザ・ディ」 朝日新聞出版

2019-07-01 13:32:05 | 津村記久子
 津村記久子は大好きだけど、私、サッカーに興味ないしなぁ…と少し躊躇しながら借りたが、杞憂だった。すごく面白い。

 サッカーの2部リーグJ2の試合結果に、一喜一憂するサポーターさんたちの日常を書いた小説なのだ。だから、そんなに難しい専門用語はでてこないし、試合展開にさくページも多くないので、私にもついていける。

 こういう地元のひいきチームを家族全員で応援している人たちの話を読むと、私はどうしてもサッカーのグランパスより、中日ドラゴンズを思い出してしまう。まぁ、私の年代からいって、プロスポーツといえば野球という時代が長かったせいもある。
 サッカーの試合は一度も観戦した事が無いけど、ドラゴンズの試合は何回かある。一度もチケットを買った事はないが、頂くのだ。一番最初に球場に行ったのは、小学校5年生の時だったと思う。近所の人からチケットをもらって。中日VS広島。当時、4位と最下位の試合だった。広島は今は強いけど、当時は弱かった。ほら、巨人のV9の時代。中日とヤクルトと広島は万年Bクラスだった。

 広島って資金力がないのに、どうして強くなれたのかな? 中日はそれなりにお金を出して補強しているはずなのに、どうしていつも最下位争い? ああ、落合監督の時代が懐かしい。中日が日本一になった時、野球にたいして興味ない私も、パレードを観に行ったりDVDを買ったりしたっけ。
 ああ、いかんいかん、平常心を保たなければ。

 あまり関係のない話をひとつ。私の親せきに、ひきこもり気味の人がいて、その人が野球やサッカーが好きで、よく1人で球場やスタジアムに観戦に行くという。グッズもせっせと買うらしい。30歳代の半ば過ぎの人だけど、働いてないので親からお金をもらって。
 スポーツ観戦に対する、そのアグレッシブな姿勢には驚いた。1人で行くのってすごくない?なんて心の中で思っていたが、この小説の中で、そういう人が結構いるのだ。その中の1人が「そこに集まる人が大勢で多様であればあるほど、自分が一人であるのを受け入れられる」という意味の事を言っていた。なんか分かるような気がする。

 そうそう、第7話「権現様の弟、旅に出る」 津村記久子らしい、ゆるーいユーモアがあって気に入った。映画化に向いてるんじゃない?
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津村記久子 「枕元の本棚」 実業之日本社

2018-07-06 15:26:51 | 津村記久子
 私は、自分の好きな作家さんが、どんな本を読んでいるのかすごく興味があるし、未読だったらその本を読んでみたいと思っているので、こういった読書エッセイを楽しみにしている。

 しかし、その点でいうなら、この本はちょっと予想がハズレたみたい。確かに読んだ本の紹介ではあるのだが…津村さんって辞典や事典、それに図鑑が好きな人なんだ。
 確かにそういう人いるよね。私の友達にも、ヒマだと事典や辞書を適当に開いて、そのページを読むのが好きっていう人がいた。津村さんは、まさしくそういう人。でも、私はあまりやらなかったなぁ。自分の育った家庭に百科事典が無かったせいかもしれない。
 だから、あ、津村さんがこの事典を見てる。私も見よっと!とはならない。残念。

 それと、スポーツの本を好きでたくさん読んでいるのに驚かされる。それも大相撲とか野球とか(ベースボールではない)日本のサッカーではなく、欧州サッカーやツール・ド・フランスといった自転車競技。
 津村さんは出身が大阪なので、野球は身近だったはずだが、出てこないね。そういえば以前読んだ『ウエストウィング』(だったと思う)に、少年野球チームのコーチをやっているいけ好かないオッサンが出てきたが、何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

 サッカー好きな女性は、今では珍しくもなんともないが、ツール・ド・フランス好きという女性は少ないと思う。自転車競技はヨーロッパではすごく人気があるらしいが、日本ではあまり馴染みがない。私の印象では、すごくドーピングと親和性が高い(失礼!!)スポーツだと思う。
 そうそう、フィギアスケートも好きなんだ。津村さん。なんてったってキレイだから、大好きな人は多いが、津村さんは、羽生選手とかプルシェンコとか浅田真央ちゃんといったメジャーな人だけじゃなく、全く無名の外国人選手にも熱を上げるので、すごいと思う。この熱量はいったいどこから来るんだろう。

 津村さんには『パリローチェのファン・カルロス・モリーナ』という小説があって、これにはアルゼンチンの顔の濃い男性フィギアスケート選手がでてくる。どうなんだろう。メジャー選手ではなくマイナー選手好きというのは、ダイアモンドの原石好きって事なんだろうか?
 でも、このファン・カルロス・モリーナは、最後まで輝かなかったけど。
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