ケイの読書日記

個人が書く書評

中村うさぎX三浦しをん 「女子漂流」

2015-09-30 14:48:44 | Weblog
 中村うさぎは1958年生まれ。私と同い年なんだ。三浦しをんは1976年生まれ。つまり18歳年下。年齢差があるから、対談できるんだよね。これが同い年だと、この二人の立ち位置からいって対談は無理だろうと思う。
 経歴で似ている所もある。二人とも、学校は違うが、横浜の中高一貫教育のキリスト教系女子校に通ってた。そのせいか、同性に対する見方は辛らつ。イジメは無かったって中村は言ってるけど、違うでしょう?! アンタがイジメる側だったから、気付かなかっただけでしょう?と教えてあげたい。
 
 対談では、中村うさぎが、いかに自分は女子力が高かったか、いかにモテまくったかという話が延々つづく。同世代の女だったらカチンとくるだろうが、三浦は18歳も年下なので、異界の話として熱心に聴いている。
 
 中村うさぎは、女ってのは男を発情させてナンボ!という超肉食系女子だし、片方の三浦しをんは徹頭徹尾、非モテ系。ハーレクインロマンスが大好きでお姫様にあこがれるが、じゃ、自分でモテようと努力は絶対しない。
 対談の最後の方で、「大変残念ですけど、私はモテとか、そういう文脈からは脱落させていただきますって事を、もっと分かりやすく世間に示す制度があっていいんじゃないか」と言っている。

 それについては、なるほどねぇと思った。他の人から、カレシできた?結婚は?って聞かれたくないんだよね。
 だったら、髪の毛を剃って坊主にしてしまえばOK。本格的に出家するとなると、仏教を勉強しなきゃならないし、戒律も厳しい。ただ「私はカレシも結婚も望んでおりません!!」という意志を内外に示すなら、頭を丸めれば、もう誰も言ってこないよ。
 でも、それはそれで寂しいでしょうね。


P.S.「腐女子」が、年齢と経験を重ねると「貴腐人」という尊称で呼ばれるようになるんだってね。いやーーー勉強になりました。
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三津田信三 「密室の如き籠るもの」(ひめむろのごときこもるもの)

2015-09-25 10:23:43 | Weblog
 4編の中・短篇収録。最初の『首切りの如き裂くもの』が、この刀城言耶シリーズの1作目のようだ。いつも、このシリーズの設定年代はいつ頃だろうと迷うが、昭和20年代の後半というところか? 西暦で言うと、1950年代の半ばごろ?

 戦前・戦中と弾圧されていた探偵小説は、戦後、一気に花開く。探偵小説雑誌の創刊が相次ぎ、その中の1つ、怪想舎の月刊誌『書斎の屍体』(すごいネーミング!そういえばクリスティの小説にも同じ名前があったような…)に連載している作家の1人が刀城言耶。
 彼は、怪奇譚蒐集家で、あちこち怪異話を求めてさすらうが、そこで遭遇する事件を解決する、隠れた名探偵。
 そこで、いろんな未解決事件が、彼の所へ持ち込まれる。


 表題作となっている『密室の如き籠るもの』が、4編の中で一番長いし、筆者も、作品中に密室談義(ほら、カーや乱歩が分類してる)を入れたりして、力を入れて書いているのは分かるが…つまらないです。
 それよりも『迷家の如き動くもの』が、一番良かったと思う。
 「迷家(まよいが)」というと、遠野物語に出てくるメルヘンチックなお伽噺を思い出す。

 村人が、山の中で道に迷っていると、やがて一軒の家をみつける。立派な屋敷で、庭には花が咲き、馬屋や牛小屋もあるが、なぜか人の気配がしない。もしや山男の家かも、と急に怖くなった村人はあわてて逃げ出し、ふもとの村までたどり着くことができた。
 その家から逃げ出すとき、村人はお椀を一つだけ持ち出していた。これで米を計ると、不思議な事にいつまでたっても、米びつが空にならなかった。

 ああ、ため息が出るような美しい民話です。でも、三津田信三の「迷家」は怖ろしい。人を誘い込んで家の中に入れ、喰ってしまう「迷家」なのだ。怖かったなぁ。もう一人で登山なんかできない。最後には、刀城言耶の解釈で、一応解決する。
 日本アルプスで地震多発地帯の山小屋の話だから、そういう考え方もできるんだろう。

 ただ、山登りしていて、予定より時間がかかり、宿泊地にたどり着く前に日が暮れてきたら…そんな時、半分朽ちかけた小屋が現れたら…中に入るより、野宿した方がいいと思わせる、そんなお話です。
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海渡英祐 「伯林 一八八八年」

2015-09-20 19:51:48 | Weblog
 たかさんのブログに紹介されていて面白そうだったので、読んでみた。ドンピシャ、私好み! 19世紀後半、ビスマルク首相ひきいるドイツが、ヨーロッパの強国にのし上がっていく時代、本当に興味あります。

 1888年、ドイツ留学最後の年を迎え、コッホ研究所で研究に励んでいた森林太郎(後の森鴎外)は、友人から詩人のクララを紹介され、その美しさと知性に惹かれる。
 林太郎は、クララの口利きで、ビスマルクの甥・ベルンハイム伯爵の城に招待される。彼が館についたその夜、ビスマルクが甥を訪ねてきた。
 しかし、ベルンハイム伯爵は、離れの古い城館の鍵がかかった一室で射殺されており、古い城館の周りに積もっていた雪の上には、犯人のものらしき足跡は無かった。この二重の密室の謎は、華々しい割には、なーんだというトリックだが、その舞台設定が素晴らしい。

 北ドイツのプロイセン地方の、森と湖に囲まれた冬の古城。どんよりとした鉛色の空からは、雪がちらつきだし、1時間もしないうちに吹雪に。そして、裏庭に佇む林太郎の横には、ミステリアスな美女クララが…。

 『舞姫』のヒロイン・エリスは、ここでは完全に端役。筆者の海渡にしてみれば、無教養な踊り子エリスより、上流階級のクララの方が、ヒロインにふさわしいと思ったんだろう。

 それにしても、日本の男って、本当に金髪に青い眼が好きだね。ヒトラーなんかも、生粋のゲルマン民族のあかしとして、金髪碧眼が大好きだったようだが、いくらドイツ人でも、金髪碧眼って少数だと思うよ。
 アガサ・クリスティが自分の作品の中で登場人物に、「ブロンド女はトラブルの元」という意味の事を言わせていたが、希少だからこそ美女の象徴になるんだろうね。


 林太郎も、有色人種としてドイツ国内で差別されたことも多かっただろうが、彼の才能がそれらを上回った。専門の医学だけでなく、文学や語学の才能も秀でていたようだ。社交もそつなくこなしている。
 こういう所が、ロンドン留学中、ノイローゼのようになってしまった夏目漱石とは違う所だよね。
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酒井順子 「徒然草REMIX」

2015-09-15 14:39:01 | Weblog
 吉田兼好の『徒然草』は、中学の教科書に載ってるし、高校受験によく出題されるというので、問題集も買った覚えがある。
 だから、昔に読んだことはあるんだが、全く面白いと思った事はない。ただ、子ども心に「大人になってから読めば、面白いと思うかも…」と感じてはいた。
 で、人気エッセイストの酒井順子さんが、REMIX(お色直し)した『徒然草』を読んでみたのだが…残念!さほど面白いとは思えないなぁ。


 吉田兼好は、若い頃は宮中にも仕えた貴族階級出身者だが、時は鎌倉時代。すっかり武士の世の中で、公家には実権は無い。でも、気位だけは高く、東国の武士たちの事を田舎者と見下す。(ここら辺の所は、現代の京都人の東京に対する感情と、大して変わらないかも)
 表紙の帯に、「にじみ出る自意識・あふれ出る自慢話」とあったけど、本当にそう! 自分では謙虚なつもりかもしれないが、謙遜話にはなってない!


 悪口ばかりで、これでは何のための読書ブログか、と不満に思われるかもしれないので、とっても楽しい第68段のお話を一つ。

 筑紫にいた、ある押領使(地方の反乱軍をおさえる任務)が「なんにでも効く素晴らしい薬だ」として、毎朝欠かさず、大根を焼いて食べていた。
 ある日の事、屋敷の中に誰もいない時を狙って、敵が攻めてきた。すると、誰もいないはずなのに、屋敷の中に二人の兵が登場し、敵を追い散らしたではないか。押領使は不思議に思って「ところで、あなた方はどちらさまで?」と尋ねると、二人は「長年、あなたが信頼し、毎朝召し上がっている大根でございます」と言って、どこかへ消えてしまった。

 驚きました! 「大根の恩返し」  鶴でも猫でも犬でもなく、大根が恩を返してくれたのです。すごいなぁ。野菜が恩返しする話って、他にもあるんだろうか?
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米原万里「オリガ・モリゾヴナの反語法」

2015-09-10 13:39:09 | Weblog
 作者の米原万里さんは、1950年生まれで、ちょっと変わった経歴の持ち主。お父さんが、日本共産党の高級幹部で、仕事でチェコスロバキアのプラハに赴任したので、万里さんもヨーロッパに渡り、在プラハ・ソビエト学校で1959~1964年まで学んだ。万里さん、9歳~14歳の時。

 その頃の世界って、アメリカを中心とした資本主義陣営と、ソ連を中心とした共産主義陣営とが激しく対立し、ソ連の内情など、鉄のカーテンと言われる情報規制が敷かれているので、西側からはよく分からなかったんだ。
 チェコの首都・プラハにあるとはいえ、ソビエト大使館付属8年制普通学校は、先生も事務員もソ連から派遣されているので、そこは小さなソ連。世界中から集まってくる生徒たちも、それぞれの国の共産党幹部の子弟で、将来のエリート。

 小説内には、こんなエピソードも載っている。
 1961年、ソ連の宇宙飛行士・ガガーリンは、人類初の宇宙飛行を果たした。その時、在プラハ・ソビエト学校内は皆、狂喜乱舞! 皆は口々に「アメリカは地団駄ふんで悔しがっているだろうな。」と言っていた。
 ソ連、および、その周辺の衛星国家にいる人たちは、誰もが、共産主義の資本主義に対する優位を疑う事なかったんだ。この時代は、日本でも、そう思っていた学者や知識人が大勢いたと思うよ。

 授業はロシア語でみっちりやるが、ソ連らしく、芸術教科も充実していた。特にダンス教師は、口が悪く毒舌で生徒を罵るが、素晴らしく有能! そのオリガ先生がいったい何者なのか、筆者はずっと知りたいと思っていた。



 ソ連が崩壊した翌年の92年秋、42歳の志摩(筆者の米原万里がモデル)は、長年胸に秘めてきた、オリガ先生の謎を解くため、ロシアを訪れる。調べていくと、その謎は、ソ連という国の歴史につながっていた。

 踊り子として人気のあったオリガだが、1930年代後半のスターリン大粛清時代、密告されて、強制収容所に送られる。なんとか生き延びてモスクワに戻ってきたオリガは、昔の恋人の手を借り、チェコに渡ろうとするが…。本当にハラハラドキドキの人生。
 でも、ソ連では、そういう人は珍しくなかったのでは?

 小説の中で、登場人物にこう言わせている。「ソ連で、スターリン時代の粛正に無関係でいられた人なんて皆無」一族の誰かが犠牲になっているらしい。祖父とか伯父や叔母、従兄弟とか…。


 スターリンの粛正って、すざましいね。北朝鮮の粛正どころの騒ぎじゃない。NKVDという秘密警察(後のKBG)が実行するんだが、その長官A氏も次の粛正のターゲットとなり、彼の部下も根こそぎ粛正。次に長官になったB氏も、やりたい放題やっていたら、次の次の長官C氏に追い落とされ、彼の部下も全滅…という事らしい。
 粛正って、強制収容所送りとか流刑とかもあるけど、ほとんどが銃殺。

 ソ連崩壊後、遺族たちが、故人の名誉を回復しようと色々調べても、殺した秘密警察官自身が、粛清で殺されているので、詳しい事は分からないようだ。

 そうそう、スターリンの娘って、アメリカに亡命したんだね。
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