ケイの読書日記

個人が書く書評

宮部みゆき 「ペテロの葬列」 集英社

2017-09-20 09:55:34 | 宮部みゆき
 本当は、これを前回の『火車』の前に読んでいたのだが、探偵役の杉村三郎の身に、最後の方であまりにも悲しい出来事があって最後まで読み通せず、しばらくほかっておいて他の本を読んでいた。
 杉村は、ずいぶん前に読んだ『名もなき毒』にも探偵役をやっていた。今多コンツェルンG広報室に勤務しており、妻の菜穂子は今多コンツェルン会長の妾腹の娘。つまり杉村は、会長の娘婿という事になる。小学校1年生の娘がいる。

 物語の本筋には関係ないが、杉村の奥さん・菜穂子や、彼女の実父にムカついてしょうがない。もちろん杉村にも。
 杉村の生家は、長野県で果樹園をやっていて、あまりにも不釣り合いな縁談だと思ったのだろう。律儀な人たちなんだろう。絶縁を申し渡された。それを良い事にして、杉村も妻も彼女の親も、杉村の両親を無視。まったく連絡を取らない。かえって気楽でいいと、妻も娘も顔を見せる事が無い。それって、人としてどうなの?
 なにが「お父様」だ、なにが「おじいさま」だ。父方にも、祖父母がいるのを無視して、よく平気でいられますね。


 そういった所がムカムカするが、本筋のストーリーは、とても面白い。杉村の乗ったバスが、バスジャックにあい人質に取られるが、犯人が要求してきたのは金銭ではなく、3人の男女を連れてくることだった。3人の男女は関わり合いを拒否、警察は人質救出を強行する。犯人の爺さんは拳銃で自殺。一件落着かと思われたこの事件には、意外な裏があって…。

 ストックホルム症候群という症例がある。人質たちが犯人に協力的な態度を取るようになることを指すけど、これは数日後からで、数時間後に起こることはないだろう。つまり犯人である爺さんは、他人の心をコントロールする能力を持っているのだ。正しいから従う、悪いから従わないといった単純な話でなく、相手を従わせるスキルがあるのだ。怖いね。スキルの無い人間は、立ち向かっちゃいけない。逃げ出さなくては。
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宮部みゆき 「火車」 新潮文庫

2017-09-15 13:12:00 | 宮部みゆき
 私は見てないが、TVドラマ化されてるのは知っていた。宮部みゆきの作品は、当たりハズレが少なく、どれを読んでも面白い。その中でも、この『火車』は傑作と聞いていたので、期待が高まる。

 
 休職中の刑事・本間は、遠縁の男性から、彼のフィアンセ・関根彰子を探してくれと頼まれる。彰子は、銀行員の彼と結婚するにあたり銀行系カードを作ろうと申し込んだが、できなかった。彼女は数年前に自己破産してブラックリストに載っていたのだ。
 驚いた男性が彰子に説明を求めると、彼女は翌日、姿を消した。徹底的に痕跡を消して。

 どうしても信じられない。何かの間違いだ。絶対に会って一度話し合いたい。そう強く願う男性の依頼を受け、本間は、彰子の勤め先に残されている履歴書から手がかりを得て調べ始めるが、驚くべきことが判明する。その経歴は一切でたらめ、それどころか、関根彰子は、関根彰子ではなかった。誰かが身寄りのいない関根彰子を勝手に名乗っていたのだ。
 一体彼女は何者なのか? そして、本物の関根彰子はいったいどこに消えたのか?


 こういった『別人に成りすます』は、生活に困窮した人がわずかなお金と交換に、自分の戸籍を売り飛ばすことで起こると思っていた。だから、世捨て人みたいにひっそりと生活している年配の男性、というイメージがあった。
 こういった若いキレイな女性が別人になりすます、というのは非常に難しいんじゃないだろうか?

 もちろん、相手を調べ、失踪しても誰も探さないような人に狙いをさだめ、巧妙に罠を仕掛けるのだろうが、もし別人になりすます事に成功しても、この狭い日本、どっかで思いもがけない人に出会うんじゃないだろうか?「あら、〇〇さん、おひさしぶり。ほら、私よ私。中学の時、卓球部で一緒だった」なんて声を掛けられる事もあるかも…。
 今回は、身元がばれそうになったら、結婚の約束をした男をほっぽり出して逃げ出すだけでよかったが、もし、別人の名で結婚し、家庭を持ち、子どももいたら? 子どもを置いて逃げるの?

 偽の関根彰子が、どんな手段を使っても、他人の戸籍を乗っ取らなくては自分の未来はないという苦境は理解できる。しかし、あまりにもリスキー。
 だったら…別の手段。警察や弁護士が当てにならないならば…。
 DV夫から身を隠してくれるNPOとか、どっかの宗教団体に駆け込むとか。

 こう書いた後、佐高信の解説を読んでいたら、なるほどと納得の文章があった。あの、山梨県上九一色村のオウム真理教のサティアンにいる信者たちの中に、多重債務者が多かったらしい。なるほど、取り立てヤクザたちも、あそこには近づきたくなかったのか。だから、借金でにっちもさっちもいかず、取り立て屋から追いかけられていた人たちが、オウム信者となってあそこに逃げ込んでいたのだ。
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