ケイの読書日記

個人が書く書評

角田光代 「さがしもの」 新潮文庫

2019-12-31 09:56:36 | 角田光代
 旧題は「この本が世界に存在することに」。そのタイトルからも分かるように、角田さんと本との蜜月が書いてある。
 本当に角田さんは本が好きだなぁ。私も本が嫌いではないが、本を所有したいとは、そんなに思わない。だから、図書館で借りても電子図書でもOK。でも角田さんのような熱愛派は、古本屋に売る事すらも抵抗があるんじゃないかな。でも古本を買うのは好きなんだよね。

 第2話「だれか」の中に、片岡義男を愛読する若い男が出てくる。片岡義男の描く世界にあこがれ、彼の描く主人公に共感し、自分を主人公になぞらえてウットリした。だた日々の生活が彼を片岡義男から遠ざけた。生活に追われ、本など1ページも読まなくなる。
 そして彼は恋をし、その恋に破れ、南の島に一人旅に行こうと決心する。旅のお供に文庫本を買おうと本屋に足を踏み入れて、彼は再会する。片岡義男に。「何かに強くあこがれて、そのあこがれの強度によって、あこがれに近づけると信じていたころの自分」(本文より)を思い出して…。
 それを買って彼は、タイの小島に行く。帰り際、彼は小島のバンガローの食堂の本棚に、その片岡義男をそっと差し入れる。
 日本に戻って再びあくせく働きだした若い男は、時々その本の事を思い出して、自分の分身が今もその小島のバンガローにいるような気分を味わう。
 これ、いいなぁ。本当に素晴らしい。ああ、もし自分が南の島に行くようなことがあったら、やってみたいなぁ。

 第8話「さがしもの」も素敵な話。
 死にかけた婆さんは、孫娘に「その本を見つけてくれなきゃ、死ぬに死ねないよ」と言って、ある本を探すことを依頼する。その本は、ある絵描きが昭和25年に出したエッセイで、当然の如く絶版になっており、孫娘は古本屋巡りをするが見つからない。
 そうこうしているうちに婆さんは死ぬが、まだ孫娘は探し続けている。が、彼女が大学3年生の時に、その運命の本に出会う。復刊してくれた出版社があったのだ。
 そして理解した。なぜ婆さんがその本を、死ぬ前に何としても読みたかったかを。この理由がすごく素敵なので、気になる人はぜひ読んでくださいね。


 皆さま、今年も大変お世話になりました。こんな拙い文章を読んでくださって、本当にありがたいです。また来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください。
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益田ミリ 「そう書いてあった」 ㈱ミシマ

2019-12-26 16:14:24 | 益田ミリ
 この本は、朝日新聞連載「大人になった女子たちへ」(2012年10月7日~2015年2月22日)に加筆修正を加えたエッセイ集らしい。
 すごいな益田ミリ! 朝日新聞連載かぁ。週刊文春連載のマンガもあるし、一流文化人じゃん!!

 彼女のエッセイを読むと、いつも幸せな気分になる。売れっ子文筆家だと、芥川龍之介のようにしかめっ面をして神経質なタイプを連想するが、彼女はのんびりゆったり。1969年生まれだから、今年50歳。いい事ばかりじゃなく、それなりに苦労もあっただろうに、それを感じさせない。表に出さない稀有な人。
 友人がすごく多いんだ。ミリさんは大阪生まれで大阪育ち。会社員生活を経て、イラストレーターになる事を目指して東京に出てきた。
 だから東京では、小・中・高・短大時代の友達ではなく、仕事関係の友人がほとんどだろうに、すぐ仲良くなるんだ。羨ましい。

 こんなに友人たちと、ランチや夕食会や映画のレイトショーやスイーツの食べ歩きをしょっちゅうしていても、原稿を落とさず、どんどん仕事の依頼があるなんてエライもんだよ。
 なんといっても出版業界は独身女性が多いから、誘い誘われが多いとは思うが、岸本洋子さんや群ようこさんのエッセイを読んでも、これほど友達は登場しない。やっぱり人好きする性格なんだろうね。

 それに家族仲も良い。作家さんだと、家族観の歪みを売り物にしているような人も多いから、ミリさんのような人は稀。妹さんは結婚して家を出ているが、お父さんお母さんは大阪にいて(お父さんは数年前に亡くなったが、このエッセイを書いている時は元気だった)お正月には必ず帰省し、なんと妹家族まで来て、新年会をやるらしい。
 その新年会の出し物で、ミリさんはマジックをやったり皿回しに挑戦したりするらしい。ああ、素晴らしき昭和の家族。

 だからだろうか、『お母さん、心配?』という章では、東京に遊びに来たお母さんを、ミリさんは観光案内して、夜レストランで和食定食を食べていた時、尋ねたそうだ。「お母さん、わたし、子どももおらんし、わたしがおばあさんになった時、心配?」そしたらお母さんは「心配」と答えた。
 ミリさんは「お母さん、わたし、自分が思うように生きてきて幸せやし、もし一人ぽっちで死ぬようなことがあっても大丈夫やで」
 
 ああ、心に刺さるねぇ。
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倉知淳 「壺中の天国」 角川書店

2019-12-18 14:50:29 | 倉知淳
 地方都市で起こる連続殺人事件。2カ月の間に4人の男女が殺されただけでも静かな田舎町は大騒ぎなのに、殺人のたびに電波怪文書が出されて、それが全く意味不明なのでますます混沌としていく。

 4件の殺人事件は同一犯と断定されたが、なにせ4人の被害者の繋がりが全くない。完全な無差別通り魔殺人かとも思えるが、何かの基準で犯人は被害者を選んでいるフシもある。その基準は犯人の妄想世界の基準なんだろうが…。
 4人の被害者に、それぞれ4通の電波怪文書。その電波怪文書が、また読みにくいったらありゃしない。句読点がない文章って、本当に異様だ。

 
 全宇宙規模に跨る天然の叡智が私のみに地球惑星での使命を伝える一時指令の重圧を忘却し一般的の平凡な人間の如く振舞うのも悪くなく気分転換のためにも散策し人込みの町を歩いていると問題の若い女を発見しどうやら私の妨害をしている人間であるらしい少し乱暴な解決策かとも感じたが殺害を思い切って実行した今度この様な邪魔をする妨害者が現れぬことを伏してお願いする次第である


 だ・か・ら・アンタ(犯人)の妨害って、何をすれば妨害になるのか、なんで書いてないのさ!! だから町中がパニックになってしまう。 

 フィギュア大好きな白オタク男が、4人目の被害者が出たところで被害者たちの共通項に気づき、この黒オタク男の妄想暴走をストップさせる。一種の白オタクVS黒オタクの闘いですな、これは。

 4人の被害者たちも、それぞれ記号ではなく生きた人間として描かれる。1人目の女子高生は、占いに夢中で、恋愛運を占ってもらうため駅ビルに行く。人気占い師は半年たてば恋愛は良い方向に行くと言ったのに、殺されてしまった。よく当たると評判の占い師だけど、なんの役にも立たないね。
 2人目は摂食障害に苦しんでいる21歳の女性。大学受験に失敗し、食べないと勉強がはかどるような気がして拒食になり、次に過食になる。味覚など関係ない。すべてを食いつくす勢いで胃の中に食べ物を収め、あとで罪悪感に苛まれ、吐くを繰り返す。
 3人目は、新聞に投書するのが生きがいの45歳の主婦。投書ってこんなにねつ造や誇張が必要なんだろうか?
 4人目は、高齢のおじいちゃん。子どもや孫に恵まれ、幸せな老後を送っている。ただちょっとボケが始まっていて…。

 ミスリード箇所もあちこちにあって、よく書けてると思う。作者のオタク考も素晴らしい。
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首藤瓜於 「脳男」 講談社文庫

2019-12-13 15:55:04 | その他
 第46回江戸川乱歩賞受賞作品という肩書につられ読んでみる。ケータイもスマホも全く出てこず、主要登場人物の一人・女性医師が公衆電話をかける場面があり、かなり前の作品だと分かる。

 一種のターミネーターモノなのかな? ダークヒーローにしては、主人公・鈴木一郎に花が無さすぎる。

 緑川という連続爆弾魔のアジトで、鈴木一郎という男が見つかる。彼は爆弾魔の共犯ではないかと逮捕される。男の精神鑑定を担当する女性医師は、彼が素晴らしい頭脳を持っているが、心が無いというか感情が無いので驚く。彼はどうも学習することによって、感情があるようにふるまっているらしい。元々の喜怒哀楽がないのだ。

 例えば、他人が怒って彼を怒鳴りつける。その人の顔の表情や大きな声によって、相手が怒っている事を理解し、こういう場合、普通の人は、自分も怒った表情をし大きな声をあげるか、黙ってしおらしい表情をするか、瞬時に判断し実行する。そこにちょっとしたタイムラグができる。
 だから、周囲がチグハグな印象を受ける。
 そうだよね。大喧嘩してるとき、相手の罵声を最後まで聞いて、それからこちらも怒り出すだろうか?相手の表情や雰囲気で、わめきだす前に、こちらも相手の胸ぐらを掴んで大声を出しているだろう。

 相手の感情を読み取ろうとしない、読み取る必要を感じない。つまり重度の発達障害? うーーーん、ちょっと違うような。
 10代後半の鈴木一郎は、両親が交通事故で無くなり、祖父と暮らしていた。ある夜、泥棒が屋敷に侵入し、彼の部屋で金品を物色する。そこに祖父が現れ、泥棒ともみ合い格闘している最中、一郎の枕元にあったロウソクが倒れ、火事になる。
 一郎は祖父が泥棒と格闘している最中も、ロウソクの火がシーツやカーテンや衣類に燃え移っている間も、意識はあるのに横になったまま。大やけどを負う。だって誰も彼に「爺さんに加勢しろ」「逃げろ!」と言わなかったから。

 どうにも感情移入しにくい主人公なのだ。それに比べ、アジトから逃げた爆弾魔の緑川の方が、まだ歪みが人間的で魅力的にみえるね。資産家の婆さんからどんな教育を受けたんだろう?と想像させる余地がある。
 後半、緑川が一郎を引き渡せと要求するが、その時に、どんな話をするか楽しみだったが、その場面が無く残念。
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皆川博子 「死の泉」 早川書房

2019-12-08 15:41:43 | 皆川博子
 これは…皆川博子の真骨頂。混沌と官能の物語だよね。私の好みどストライク! もっと早く読めばよかった。

 1943年、第2次大戦下のドイツ。マルガレーテは私生児を身ごもり、ナチの施設【レーベンスボルン(生命の泉)】という産院に身を寄せていた。そこの施設長クラウスは音楽を偏愛し、ボーイソプラノの美しい2人の孤児フランツとエーリヒを養子にするため、母親が必要だと、マルガレーテと結婚する。

 このレーベンスボルン(生命の泉)という施設は、私もNHKのドキュメンタリーで見て知っていた。戦争は大量の若い男を消費する。私生児でもいいので、どんどん子どもを産ませようというのだ。もちろんアーリア人種の子どもを!
 そのアーリア人種というのは、私はDNA鑑定でもしているのだろうと思っていたら、金髪で青い目だとアーリア人種とみなされるのだ。ビックリ! だってアーリア人種でなくても金髪碧眼っているじゃん! なんと非科学的な!
 だから、占領地の、例えばポーランドはスラブ系だけど、子どもが金髪で青い目だったら、このレーベンスボルンに連れてきて、ドイツ人として教育し、ナチスの家庭に引き取られていく。
 クラウスが養子にした2人の子供も、もとはポーランド人なのだ。10歳くらいのフランツは自分の出自を覚えていられるが、5歳くらいのエーリヒは自分のポーランドの名前も忘れてしまう。そうなるだろうね。

 だから、この小説では、男も女も金髪で青い目がどっさり出てくる。キレイなのは分かるが、正真正銘のプラチナブロンドって、そんなにいないと思うけど。かのマリリン・モンローも元々の髪は茶色で、ブロンドに染めてたっていうじゃない。
 だいたいヒトラー総統自身、金髪碧眼じゃないよ。それに、ヒトラーもユダヤ人の血が1/8か1/4混じってるって話も聞いたことあるなぁ。
 ご大層なスローガンを掲げて、でたらめな事、やってるなぁ。

 1944年6月には、連合軍はノルマンディーに上陸し、ドイツの敗戦が濃厚になってくる。レーベンスボルンは田舎なので空襲の被害は受けてないが、ベルリンやミュンヘンやハンブルグといった都市部は壊滅的な被害を受けている。
 こういう時、ドイツ国民は本当に「一発逆転の新型爆弾を今、作っている」なんて戯言を信じていたんだろうか?第1次大戦も負けているのに。敗戦を現実に知っている人も多いだろうに。

 1945年4月下旬、ヒトラーは自決し、5月上旬、ドイツは無条件降伏する。

 クラウスはSS幹部だったので、戦争犯罪人として処刑されるはずだったが、貴重な医学的研究をしていたので、その情報を提供することで、こっそりアメリカに渡る。打ち捨てられたフランツとエーリヒは…。

 この戦後の物語も興味深い。ネオナチのカッコいいお兄さんも出てくる。彼らにも言い分があるんだ。
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