ケイの読書日記

個人が書く書評

中野京子 「怖い絵」 朝日出版社

2019-07-31 14:28:00 | その他
 16世紀から20世紀の西洋名画20作品を選んで、その中の恐怖を解説した本。この絵のどこが怖いの?と不思議に思うような絵もあるが、ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』といった物凄く残酷な作品もある。有名な絵だから、見てる人も多いと思う。

 裸の巨人が目ん玉をひん剥いて、子どもを貪り食っている。子どもはすでに頭も右腕も食いちぎられ、巨人は今まさに左腕を喰おうとしている。喰われている子どもは、推測するにローティーンからミドルティーンか? 背中しか見えないが、男の子だと思われる。

 実はこの男の子、この恐ろしい巨人サトゥルヌスの息子なのだ。ギリシャ・ローマ神話によると、大地の女神ガイアは息子の天空神ウラノスと交わって、巨人サトゥルヌスを生んだ。サトゥルヌスは長じて父を殺し、神々の上に君臨する。
 ただ父は殺される時に「おまえもまた自分の子どもに殺されるだろう」と予言したので、その予言を成就させないために、妹であり妻でもあるレアとの間の子どもたちを次々、喰ったのだ。
 もっともっとおぞましいのは、ゴヤはもともとサトゥルヌスの股間に勃起するペニスを描いていたらしい。(現在では修復され塗り潰されているが)
 我が子を喰らう時、エクスタシーを感じている?仏教的な感覚だけど、サトゥルヌスは生きながら、畜生道に堕ちているね。

 古代神話の中に、近親相姦の話は頻繁に出てくる。日本の神話にも。神々って数が少ないから、どうしても近親婚になるのだ。よく知られているのは、ヴィーナスとキューピットの関係。二人は母と息子。よくキスしている絵があるが、雰囲気的に、それ以上の関係を匂わせるような絵も多い。
 ギリシャ・ローマ時代って、そういう倫理観はあまりなかったんだろう。近親相姦がXというのは、いつからの思想なんだろう。
 
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深緑野分 「ベルリンは晴れているか?」 筑摩書房

2019-07-25 15:45:05 | 深緑野分
 カバー絵は金髪のおさげ髪の少女。翻訳ものかなと思ってしまうが、れっきとした日本人作家の作品。私自身が、このナチスドイツ政権下のドイツにすごく興味があったので、興奮して読んだ。すごく読み応えのある作品。

 1945年7月。ヒトラーが自殺し焦土となったベルリンで、1人の老人が死んだ。青酸カリが入った歯磨き粉によって殺されたのだ。
 その当時のベルリンは、米ソ英仏の4カ国統治下におかれていて、殺されたのはソ連領域だった。翌日にポツダムで首脳会議があるため、ソ連NKVD(内務人民委員部)の大尉はテロを疑い、内情を調べるために、殺された老人の知り合いの少女アウグステに、老人の義理の甥エーリヒに会いに行くよう、命令する。地理に明るいからという理由で、陽気な泥棒カフカを道連れにするよう、押し付けられて。
 二人は、それぞれの思いを胸に、瓦礫の山となったベルリンを歩き始める。

 ポツダムって、あのポツダム宣言のポツダムなんだね。ベルリンの隣にあるんだ。7月だから、まだ日本は降伏してない。

 本編のあいだあいだに幕間として、アウグステが生まれた1928年から1945年の敗戦までの、ドイツ国内の様子が書かれてある。第1次大戦の敗北によって皇帝が退位し、飢えと暴力と秩序の崩壊で大混乱におちいったドイツ。
 世界で最も民主的な憲法を持つヴァイマール共和国になったが、暮らしはひどくなる一方で、誰もが現政権はクソで早く次のまともな政権になって欲しいと願っていた。
 そういう時に支持を伸ばしたのが、共産党とナチス。ああ、どっちに転んでも、ドイツに明るい未来はないね。ナチスが政権を取ると、共産党をはじめ他の政党を全て非合法化する。
 アウグステの両親は共産党員で、共産党に夢を持っていたが、ソ連のスターリンが、ヒトラーと手を組み、ポーランドを2分割したのに失望し、床下に隠してあったレーニンの肖像画を燃やす。
 結局、ファシズムも共産主義も、根は同じなんだ。

 ポーランドの分割やフランスの降伏で、破竹の勢いで領土を拡大し、被占領地からの物資がどんどんドイツ国内に入って来てうるおうと、ヒトラーの人気はさらに高まる。こういう所は日本も同じ。勝てば官軍なんだ。
 ただ、麗しい日々は長くは続かない。ナポレオンと同じで、ソ連侵攻でつまづく。アメリカも参戦し、イギリスも反撃に打って出て、戦局はどんどん悪くなる。大空襲を受けた都市部では、瓦礫の山の中で「総統はどうした!」という声も聞こえ始める。

 ヒトラーは4月の終わりに自殺するが、無責任にも後任を決めてないので、5月8日の無条件降伏まで、すごく多くの兵士が無駄死にした。
 自殺するなら、暗殺されそうになった時に死んでおけよ!!!
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中山七里 「作家刑事 毒島」 幻冬舎

2019-07-18 13:59:51 | その他
 毒島は「どくしま」ではなく「ぶすじま」と読む。私の初・中山七里作品。
 ミステリという事で、殺人事件があって、その犯人探しがあるが、この本のメインはそれよりも、出版業界の問題点を書いている事。筆者の中山七里に強い危機意識があるんだろう。
 
 ①小説家志望者VS文学賞の下読み編集者 ②かけだし小説家VSベテランの辣腕編集者 ③賞を取ったばかりのかけだし小説家VS人気も実績もある大家 ④変質的な読者VS売れっ子小説家 ⑤作品を映像化される小説家+担当編集者VS映像化しようとするTVのプロデューサー。
 こういった5つの争いから事件が起こる。なるほどなるほど、本が売れていた昔ならともかく、出版不況といわれる現在だったら、こういった揉め事が頻発するのも無理はない。

 特に第4話「愛涜者」には、心がえぐられた。小説家の皆様や出版社の人たちに申し訳なくて。
 この話の中に、辛口オトメという、あちこちの書評サイトに悪意の塊を投稿している女の人がいる。彼女は思う。「商業出版された作品、それもベストセラーになった作品をこきおろすのはとても気持ちがいい。今日1日あった不愉快な出来事もすっかり忘れてしまえる。本当にネット書評というのは、素晴らしい表現の場所だ。資格も知識も経験も必要ない。思いついたままを書き連ね、投稿するだけで一端の書評家になれる」
 この辛口オトメに対して、毒島の担当編集者・辛坊は、こう愚痴る。「あっちこっちの書評サイトに投稿してるのはいいとしても、全部図書館本なんですよ、これが。タダで読んでるものに何を難癖つけてんだって話で。タダで見聞きしたものの悪口をネットに拡散して悦に入り、自己顕示欲を満足させている性根がさもしい」
 そして、辛口オトメではなく、図書館ヤクザだと断ずる。そうだよね。本を買ってくれた人が悪口書くならまだしも、タダで読んで悪口UPされちゃ、営業妨害だよね。

 私は書評サイトに投稿せず、自分のブログにUPしてるだけだが、ほとんどが図書館本。申し訳ない。でも敬意をもって書いているつもり。だいたい商業ベースに乗った作品なら、そんな駄作はないよ。
 作家さん、および出版関係者の皆様、もう少し待ってくださいね。経済的にゆとりが出てきたら、月に5000円分くらい買いますよ。
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「伊勢物語」 吉井勇訳・竹久夢二絵 国書刊行会

2019-07-13 13:27:08 | その他
 竹久夢二のカバー絵につられて借りたが、この本は大正6年に阿蘭陀書房から刊行された、吉井勇訳・竹久夢二絵『新訳絵入 伊勢物語』を基に、現代表記に改めた本らしい。

 「伊勢物語」は高校の古典の授業以来。でも、酒井直子が現代語訳した「徒然草」が面白かったので、機会があれば現代語訳された古典を読んでみたいと思っていたのだ。でも和歌がよくわからない。だって私、百人一首だって覚えてないもんね。
 まあ、なんとなく分かればいいじゃんと自分を励まし、和歌の部分を音読してみるが…うーーーん、難しいなぁ。


 お話は、アンハッピーでインモラルな話ばかり。第六十二段は、昔愛し合っていた男女が疎遠になり、女は零落して田舎の役人の家の下女に身を落とす。偶然、男がその役人の家を訪れ歓待を受けると、酒を注いでくれる女が、かつての恋人だった。男はその家の主人から女を譲り受け、女に「オレの事を忘れてしまったのか?どうしてこんな境遇に」と和歌を詠むと、女は恥ずかしさのあまりポロポロ涙をこぼし、そのまま行方知らずになってしまった。
 悲しい話だなぁ。でも、婚姻制度がちゃんとしてない時代だもの、こういう事は多いのではないか?

 六十三段は、老いてもなお好色な老女が、なんとかして情け深い男(つまり自分と寝てくれる男)に巡り合いたいと思っていた。ある日、鷹狩に行く男を見つけ、男の乗っている馬の轡を取って、これほどまでに男を思っていると訴えたので、男は可哀そうに思って寝た。その後、男が通ってこないので(当たり前だ!)女は、男の家に行って様子をうかがっていると(ストーカーか!)男がその老女を見つけ、可哀そうに思って寝た。
 つまりこの男は、セックスボランティアをしているんだ。瀬戸内寂聴が好みそうな話ですなぁ。

 七十九段は、在原の一門の者の腹に親王が生まれたので、一門皆で大喜びして歌を詠んだ。だが、その業平の兄の娘(つまり業平の姪)の生んだ親王は、どうも業平の子だろうという噂だった。当時としては、よくある話なんですね。後宮や大奥がないと、こうなっちゃうんだろうね。

 それにしても貴族階級の恋愛はめんどくさい。もちろん歌が下手な人だっているから、上手な人に代作してもらうだろうが、自分の屋敷の奉公人の恋愛に首を突っ込み、あれこれ代作すると、かえって破談になるんじゃない?
 あんまり上手な和歌を作ってもらうと、後が困るね。

 最後百二十五段。ある男が重い病の床に伏して、今が最後と思った時よんだ歌。
  ついに往く 道とはかねて 聴きしかど 昨日今日とは 思はざりしを      いいなぁ。私もこの歌を心に留めておこうと思う。
 
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東野圭吾 「たぶん最後の御挨拶」 文藝春秋社

2019-07-05 16:24:01 | 東野圭吾
 東野圭吾のエッセイ集。この人、1958年生まれなので私と同い年だとは知っていたが、2月生まれなので、学年は1つ上なのだ。
 大学卒業してから、地元大阪を離れ、愛知県刈谷市にある日本電装にお勤めしていたので、名古屋市在住の私にとってはすごく親近感がある。(地元・大阪にいる時の話は『あの頃ぼくらはアホでした』に書いてある。これも、すごーーく面白い)

 このエッセイ集には、系統だったテーマはない。散文的というか…。それだけに東野圭吾の知らなかった面を、いろいろ垣間見ることが出来て楽しい。
 この人、奥さんの話が全然出てこないから、独身なのかしらん?と思っていたが、会社員時代に結婚している。そりゃそうだよ。日本電装に勤めている技術者で、背が高くなかなかのハンサム、しかもスポーツも得意!女がほかっておくはずはない。
 でも、30歳代終わりころには離婚している。その後からだね。どんどん売れ出したのは! 奥さん、離婚して残念がってるんじゃないの? あははは。(失礼!)
 すごく多作の作家さんだから、昔からいっぱい売れてたかと思えば、江戸川乱歩賞をとった『放課後』以来、まったく増刷にならなかったそうだ。でも注文は途切れずあったようなので、出版社からは注目されてたんだろう。

 東野がデビューしてからしばらくして、綾辻行人をはじめとする新本格の作家さんたちが続々とデビューして、一大ブームになった。彼らは、元々圭吾の地元の大阪や京都の出身で、デビューしてすぐに大勢の読者を獲得し、華やかな存在だった。こういう所も、圭吾の心中穏やかではなかったと思われる。 
 でも今は、新本格派のブームも落ち着き、東野圭吾が一番売れてる作家ではないか? 世の中は分からない。

 ただ、東野圭吾ですら「本が本当に売れない時代」と嘆いている。読者には、本を買ってくれと訴えている。図書館で無料で本を借りられるのは結構なことだが、皆がそうやって本を買わなくなると、本を作る事が出来なくなる、と。
 分かる。その通りだと思う。私も以前は月に5000円くらい書籍代に充てていたが、今は経済的にきついので図書館オンリーになってしまった。でも、あと2~3年したら、少し余裕ができると思うので、その時から買うようにします。待っててね。
 ただ私は、本屋さんには悪いけど、電子図書を買おうと思っている。トシを取ってくると、本の重さがつらくなるだろうから。

 そうそう、意外な事に東野は猫好き。このエッセイ本のカバーに圭吾の描いた猫の絵が載っている。それが結構、上手なのだ。ビックリ!!
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