ケイの読書日記

個人が書く書評

太宰治 「おしゃれ童子」

2020-10-30 15:56:19 | 太宰治
 太宰自身がモデルだろう、こましゃくれた男の子が、いろいろなおしゃれにトライし失敗するというお話。
 太宰の生家は、津軽でも指折りの大地主だったという話だから不思議はないのだが、この主人公の男の子の裕福さはスゴイ。村の小学校を卒業して、十里離れた県庁所在地の町に、中学校の入学試験を受けに行く。馬車に揺られ汽車に乗って。
 本州最北端のこの地方では、ほとんどの子どもが中学どころか高等小学校すら行かせてもらえず、尋常小学校を出て、すぐ働くだろうに。いや、尋常小学校に行ってる間も、家の手伝いで農作業に駆り出されていただろう。

 さらに、城下町にある高等学校に入学してからも、彼の贅沢なオシャレは続く。なんと、外套を三種類、仕立て屋さんに作らせたのだ。一着は「オペラ座の怪人」風マント。二着目は「イギリス皇太子の海軍将校」風マント。白のカシミヤの手袋と白い絹のショールを首に巻いて。三着目は、再び海軍士官風に全体を細目に華奢に胴をぐっとくびれさせて。(三着目の外套を着る時、少年はシャツを1枚脱がなければならなかったようだ)

 どんだけお金を遣ったんだろう。あきれちゃいます。そのうち、高等学校生でありながらめかしこんで、料理屋へ行って芸者と一緒にご飯を食べるようになる。まだハタチ前ですよ。小学校の同級生の多くが、懸命に働いているというのに、金持ちのボンボンはこうだからなぁ。
 粋でやくざなふるまいが、最も高尚な趣味であると信じている年頃だからなぁ。

 少年は上京して大学に入り、左翼思想にかぶれるが、あっという間に脱落。デカタン小説と人からは曲解されている、しかし本人はそうじゃないと信じている小説を書いて、糊口をしのいでいる。

 オシャレしたいが、金はない。子供の頃なら実家に頼んでなんとか金を作る事が出来たが、父親が死んで兄の代になった実家には頼れない。だから、恋人に会いに行くのに借り着する。そうやって、恋人には金持ちの好青年と思わせる。やだねえ。結婚式の披露宴でもあるまいし。
 お金を借りる時より、着物を借りる時の方が、10倍も恥ずかしいんだそうです。そうかもね。
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太宰治 「畜犬談」

2020-10-23 14:00:58 | 太宰治
 現代の感覚からすれば、とんでもない飼い主。動物虐待で逮捕されるかもしれない。
 でも、この昭和10年ごろの日本(この作品は昭和14年1939年に発表された)では、こういった扱いは普通の事だったんだろう。

 甲府に住んでいる犬嫌いの男は、ある日、散歩の途中で一匹のみすぼらしい黒い子犬を拾う。いや、拾ったのではない。勝手に家までついてきて居すわったのだ。男は犬が大嫌いだが、噛みつかれても困るので、しかたなしに縁の下へ寝床をこしらえ、食べ物を与え、蚤取粉をふりかけてやった。そのせいか、毛並みも整い、なんとか見られる風貌になった。

 当時、飼い犬でもリードをつけないのが一般的で、野良ちゃんも飼い犬も街中をウロウロと歩き回り、相手を見つけては犬同士でケンカしていた。(去勢するのは可哀そうという考え方で、荒っぽい犬たちのケンカは日常茶飯事だったのだ)

 そうしているうちに、男は妻と一緒に東京近郊に引っ越すことが決まった。もちろん犬は置き去りにされる。連れていくつもりは全くない。早く引っ越したいのだが、新築の借家がなかなか出来上がらず、イライラしているところに犬が皮膚病になった。醜いだけでなく悪臭を放つ。妻は男に犬を殺すように言う。犬は大嫌いだが、さすがに殺すのは気が引けてためらっていたが、自分の寝巻に犬のノミが付いているのを見つけ、殺すことを決意。
 牛肉と毒薬をふところにねじ込み、男は犬を連れだし…。

 ああ、彼らを鬼夫婦というのは容易い。でも、こういう事って、すごく多かったんだよ。置き去りにされたら、保健所に連れていかれ殺されるのが分かっていても置き去りにする。飼い主の責任うんぬんと言われだしたのは、最近の事。ほとんどの人が、仕方のない事だと見て見ぬふりをしていたのだ。私もその一人。まあ、私は猫しか飼った事、ないけど。

 でもね、皆さん、安心してください。これは太宰治の精神が安定していた中期の作品。悲惨な終わり方ではないです。ちょっとユーモラス。
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太宰治 「清貧譚」

2020-10-16 16:37:41 | 太宰治
 中国の古典『聊斎志異』を読んだ太宰。その中の一編にえらく想像力をかき立てられ、自分でそれをベースに日本に置き換えて書いた短編。こういう中国や日本の古典を読んだ小説家が、それを基に創作するという事はよくある話で、芥川龍之介などもよくやっている。古典をスラスラ読めるなんて、すごいなぁ。

 お話はこうだ。江戸に才之介という、貧乏だが菊の花が大好きな男がいた。良い菊の苗があると聞けば、どんな遠方にでも出掛け、高価でもこれを求めた。
 ある日沼津からの帰り道、美しく気品のある姉弟と出会い、仲良くなる。弟が菊好きと分かったので、才之介は自分の知識を自慢げに話すが、弟の方がそれを上回る菊の知識があるので、才之介は姉弟を自分の家の納屋に住まわせる。
 弟は、才之介の家の畑の半分を借り、そこで見事な菊を作り、浅草あたりで売ってお金を得るが、才之介はやっかみもあるんだろう、それが面白くなくて「自分の高貴な趣味を金銭にかえるなど汚らわしい」と罵って、ケンカしてしまう。

 だいたい昔話のパターン。私たちが、たぶんこうなるだろうなという結末に落ち着いて気分が良い。スッキリする。

 この才之介という男が、ものすごく人間的なのだ。菊の事で弟と仲たがいした才之介は、畑を二つに分けてその境界に高い生け垣を作り、お互い見えないようにして、自分のやり方で菊を作る。キレイな菊ができたが、お隣の菊が気になってのぞくと…今まで見た事のない素晴らしい大輪の菊が咲き誇り、しかもボロ納屋をキレイに改築して快適に暮らしているではないか!! 許せない!という気持ちと羨ましい!という気持ちが心の中でせめぎあい、才之介は思わず怒鳴りこんで…。

 姉が素敵な人なんだ。後に才之介の妻になるのだが、よくもまあ、こんなキレイな賢い人が才之介と結婚する気になったもんだと思う。バカボンのママみたい。(バカボン一家はどうやって生活しているんだろうか? パパは植木屋だというが、仕事してる所、見た事ない!)
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太宰治 「トカトントン」

2020-10-09 16:26:22 | 太宰治
 1947年(昭和22年)「群像」に発表された作品。熱狂の渦に巻き込まれ、自分の精神がすばらしく高揚していく時に、どこからか「トカトントン」という音が聞こえ、一気に熱情が冷める男の話。
 
 その音を最初に聞いたのは、昭和20年8月15日。正午に兵舎の前の広場に整列していた男は、玉音放送を聞き敗戦を知る。上官の若い中尉が「降伏は政治上の事。われわれ軍人はあくまで抗戦を続け、最後にはみんなひとり残らず自決して、もって大君におわび申し上げる。」と宣言するので、男も死ぬつもりでいたら…どこからか金槌で釘を打つ音がトカトントンと聞こえ、それを聞いたとたん、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、どんな感情も何一つわいてこなかった。

 それからも、そのトカトントンは、ここぞという時に聞こえ、きれいさっぱり無気力になる。
 例えば、故郷に戻り勤めながら小説を書き始めた男は、さあ、今夜で完成だという時、あのトカトントンが聞こえ、一気にバカバカしくなって、それ以降、原稿を毎日の鼻紙にした。(原稿用紙で鼻をかめるかという疑問は残る)

 例えば、地域の駅伝競走。地元の青年たちが、地区の名誉のため必死になって力走する姿を見て、男はえらく感動し、よし!自分も!と奮い立ったその時、あのトカトントンが聞こえる。
 このトカトントンの幻聴は、虚無さえも打ち壊してしまう虚無。

 でも悪い事ばかりではない。変な女の毒牙から逃れることができた。男は地元で一軒しかない旅館の女中さんに恋をする。女はなかなかやり手らしく、良いパトロンがいるのか貯金がどんどん増えていく。(男は地域の郵便局員なのだ)
 その女からお誘いが。待ち合わせの海辺に急ぐ男。ああ、この女のためならどんな苦労もかまわないと思った瞬間、あのトカトントンが聞こえて…。

 良かったね。悪い女に捕まらなくて。そうだよ。「トカトントン」が聞こえるのは悪いばかりじゃない。戦争前のミリタリズムの幻影に支配されていた日本人の10人に1人くらいに、この「トカトントン」が聞こえていたら…戦争が防げたんじゃないだろうか?
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門井慶喜 「注文の多い美術館」 文藝春秋社

2020-10-02 15:02:36 | その他
 美術探偵・神永美有(かみながみゆう)が主人公のシリーズ。この人、舌で美術品の真贋を鑑定するというから、美術品をペロッと舐めるんだろうか?と思っていたら違う! 現物や写真を見て、舌が甘みを感じたら本物、苦みを感じたら偽物、というすごく変わった特殊技能を持つ探偵さんなのだ。百発百中、ハズレた事はない。ただ、インフルエンザなどにかかり高熱が出て舌がダメになってる時は鑑定できない。

 そういえば、ものすごく鋭敏な嗅覚を持つ男が、絵画の鑑定をするというドラマが、NHKで放映されていた。絵具の臭いで、制作年代が分かるんだって!

 その美術探偵・神永美有の両脇を固めているのが、京都Z大学造形学部准教授の佐々木と、佐々木の教え子だったイヴォンヌ。イヴォンヌはれっきとした日本人だが、芸術家イヴォンヌと名乗り、奇矯な言動で周囲を悩ませている。

 お話ごとに、由来のハッキリしない美術品が登場し、佐々木先生がウンチクを垂れまくる!!! こういう話って、どこまでが本当でどこからが作者のでっちあげなんだろう? 珍しい情報を手に入れたぞ!とほくそ笑み、友達に自慢気に喋ったりしたら、赤っ恥をかきそう。

 主人公のはずの神永は、実の所あまりパッとせず、佐々木とイヴォンヌでドンドン話は進行していく。イヴォンヌが猛烈に佐々木先生にアプローチするのでバカップルなんだろうと思っていたら、どうもイヴォンヌには双子の姉がいて(顔は似ているが性格は正反対。謙虚でおとなしい人)その姉が佐々木先生を好きなので、なんとかまとめようとしている。しかし佐々木先生には想い人がいて…。

 神永の商売敵の悪徳古美術商・山崎恭子も出てきて、てんやわんや。ただの薄汚い竹とんぼに「藤子不二雄が『ドラえもん』を描いた時、タケコプターを着想するきっかけとなった一品」というでっちあげの由来をつけて100万円で売り捌いた、という凄腕のインチキ業者。
 この山崎恭子さんが本当に良い味をだしている。またこのシリーズに登場してほしい。
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